2025年2月12日

プレザーはどうでしょう

「セットアップ」って、以前から何だろうと思っていたんですが、今回を機会に調べてみたら「上下同じ記事、統一のデザインだけれど、上下別々に販売されているもの」という定義らしい。一般的な「スーツ」の場合は、基本上下一セットでの購入になるので、例えば外移動や帯格的にピチピチな人は、スラックスのヨレヤスレが激しくて、上着よりも先にスラックスが傷んでしまうことも。その場合、スーツだとなかなかスラックスだけ購入することは難しいけれど、セットアップならば簡単に交換できる、ということなのかな。

例えば、スーツを購入する場合、傷みの早いスラックスは予め2本購入しておくというのはあったと思います。上着は一つでスラックスは2本で、そのスラックスも例えばノータックとツータックにするとか、結構昔でも融通を聞いてくれたと思うけれど。それでも、2本であっても上着よりもスラックスの消耗が激しいので、結局は上着はボタンを付け替えてブレザー風にして再利用するなんて言うことも。

私は「セットアップ」は持っていないけれど、ブレザーは複数所有していて、これが便利なのは上下別々でも「フォーマル風」に(少なくともアメリカなら)利用出来るから。下をジーンズにすれば、カジュアルにもなるし、ネクタイ無しでポロシャツとかに羽織っても良いし。ブレザーにチノパン、ボタンダウンにレジメンタルタイ、靴はコインローファーなら、完璧な「アメリカントラッド」の完成ですね(笑)。日本の場合、ブレザーだとどうしてもカジュアル感が強いのか、余り仕事の場面では見ないのですが、私は結構お客様先でもブレザーで出かけていたりしましたね。まぁ、営業と異なり日頃お客様とお会いする機会の少ない「開発エンジニア」という肩書きなので、多少の不釣り合いな雰囲気も「まぁ、外の世界を知らないエンジニアだし」と許されていたんだろうなぁ(笑)。 

ブレザーの場合、どうしても上着部分だけ注目されるけれど、ブレザーでも上着と同じ記事で作ったスラックスとあわせる「ブレザースーツ」という組合せがありました。一般的にブレザーの場合は、ボタンが金ボタンなので、スーツスタイルにすると妙にその金ボタンが目立つんですよね。下を違う色のチノパンとかにすると、不思議と目立たないのになぁ。個人的には、セットアップスーツは価格的にお得な点はあると思うけれど、それよりもしっかりとしたスーツを着た方が「ピシッとしている」という雰囲気は感じられると思うし、気持ちが違うと思う。それならば、ブレザーを活用したらどうだろうか、と私は感じますね。

雪の怖さ

昨日位から何度かニュース等で放送されている映像で、信号機の上に積もっていた雪の固まりが、運悪く落下したときにその下を通過していた車のフロントガラスに辺り、フロントガラスが蜘蛛の巣状になるというものがあります。最初は、一緒に木か何かが落下して、それでフロントガラスが割れたのかと思ったら、そうでは無くて、雪固まりのように見えるけれど、堅く固まってしまい氷状になった固まりが数m上から落下してぶつかったとのこと。固まりの大きさから想像するに、十分に数kg以上の重さは想定できるし、しかも氷の塊だから突起状の部分もあるんだろうな。それがかなりの速度で落下してぶつかるわけだから、フロントガラスも堪らないでしょうね。

自分達のように、雪に慣れていない地方で想像する「雪」は、あくまでチラチラと降ってくる綿状のもので、それが積もったとしても、新雪が積もったくらいのふわふわ感を想像するのが精一杯。そんなふわふわの雪だって、大量に積雪してくれば、中身は水分な訳ですから、どんどん圧縮されて水分が固まり氷となり、重さもどんどん増えていくし、強度としても分厚い氷柱みたいなものと思わないと、かなり現実とは違いますよね。まずは物理的な固まりとして、それなりに強度がある物体だという認識が無いのが問題。そして、雪の場合外で積もって固まるから、どうしても屋根とか軒先とか高い場所に積もるもの。で、そこで積もって圧縮されてさらに氷上になり硬度と重さが桁違いに増した状態で、数m位の高さから落下してくるのだから、直撃したら命の危険もあるでしょうね。無かったとしても、例えば地上で分裂して破片で怪我をする可能性もあるだろうし。

固まりで無い場合でも、雪に埋もれてしまうと、周囲全てが白一色になるのでそれで上下前後の方向感覚を失うらしい。私は経験無いから分からないけれど、目をつぶって海に飛び込んで水中で目を開けたときに、咄嗟に上下の判断が出来ないような状態なんでしょうね。海の場合は、それでも落ち着いていれば少しずつだけれど体は浮いてくれるけれど、積雪の中だとそんなことは期待出来ない。それに、回りが雪だらけだとそのうちに呼吸も出来なくなるだろうし。雪崩に巻き込まれたときに、どうしたら上限の判断が直ぐにできて、上に向かって雪を掻き分けられるかどう判断するんだろうか。スマートウォッチとかしていれば、上下の判断も表示してくれるかもしれないけれど、仮にそれが出来たとしても、積もっている雪が掻き分けられる程度の常態かという問題もあるし。それこそある程度固まっている雪が積もってしまったら、手で掻き出すことは無理だろうなぁ。

考えてみたら、大学生時代にアルバイトでスキー場へ行ったのが最後で、積雪の有る場所へ行った事はそれ以来殆ど無い。そう言う意味では、雪慣れしていない自分みたいな人間が、偶々そういう場所へ行ってそういうトラブルに遭遇すると、もうパニックで何も出来なくなるんでしょうね。あらためて、雪国の方の苦労と努力に頭が下がります。「最長・最大寒波」は、やっと終わりそうな雰囲気だけれど、早く暖かくなって大量に積もった雪が少しずつでも消えてくれることを祈るばかりです。 

2025年2月11日

Super Bowl LIV

昨日開催されたSuper Bowl LIV (59th)。2年前の再戦となった今回のChiefs vs Eaglesの対戦。前回は試合終了8秒前に、ChiefesがFiled Boalを決めて38-35で逃げ切った劇的な試合。今回も接戦が予想されたけれど、序盤からEaglesが好守ともにChiefsをリードして、40-22で勝利して、2年前の雪辱を果たすとともに、2017シーズン(52nd)以来2回目のSuper Bowl Championに。最終スコアは40-22だけれど、前半で24-0と大量リードで折返し、3Q終了までは34-6と圧倒。4Q終盤にChiefsは2TDを上げてTFPでも2点コンバージョンを成功させて、40-22と追い上げるけれど、あれはEagles側が時間消費のためにわざとプレーをさせた雰囲気もありましたね。

今回思いのほかChiefsのQB#15Mahomesパフォーマンスが悪い気がしたけれど、試合序盤にハードタックルを受けて、頭をグランドにぶつけたシーンがあったんですが、の時に脳震盪を起こしていたんじゃ無いかと言う解説もあり、それも納得。ただ、その前のプレー等を見ても、いつもの切れ味が無かったような気もします。いずれにしても、雪辱に燃えて準備に準備を重ねたEaglesが、存分に実力を発揮できたということだと思います。まさに、準備のスポーツのアメフトと言えるのでは。

これまでSuper Bowl連覇をしたチームは幾つかあるんですが、今回のChiefsが狙っていた三連覇のチームはまだ無い。NFLは、特定のチームに戦力が集中しないように、ドラフトとか色々ルールを設定して、各チームの実力を出来るだけ揃えて実力伯仲の試合が増えることで、ファンを離れさせない・新規ファンを獲得するというのが、たしか組織として目標であったと思うんですが、やはり三連覇が難しいというのもその結果の現れだと思いますね。広いアメリカと言えども、NFC/AFCそれぞれ4チーム×4ディビジョン=16チーム、合計32チームが参加していますから、毎年西絵画院のチーム同士とか偏りがあっては国内の人気も高まりませんからね。

この試合でアメリカのフットボールシーズンは完全に終了して、次は6月だったかな、ドラフトがあり、7月位からチーム練習が始まり、8月にはプレシーズンゲームが始まるまで、暫くは完全にお休み状態。その代わり、それ以外のスポーツが補完するようなシーズン制が徹底しているから、スポーツ好きが飽きることは無いと言うのは羨ましい。日本も、そう言うシーズン制を導入したらという意見も昔から有るけれど、日本の場合はこれまでの経緯を見ると余り受け入れられていない状況。他のスポーツは分からないけれど、日本のアメフト(Xリーグ)は、春は東西のトーナメント戦があり、秋はリーグ戦があるけれど、もう少し連続性のある、通年開催とは言わないけれど、例えば春に2~3試合を開催して、その結果で秋のリーグ戦の所属ブロックが決まるとか(今は前年のリーグ戦結果)、ホームチームとしてのアドバンテージが増えるとか、もっと色々な意味で露出度を増やすことを考えた方がいいと思います。フラッグフットボールを含めるとか、色々アイデアはあると思うし、私は練習参加とかもっとチーム活動へファンとか一般観客を巻き込んだ方が良いと思うけどなぁ。チーム練習を見学しつつ、体作りとか体力作りをチームトレーナーが指導するとか、高校、大学チームの選手やコーチには、積極的に練習見学やクリニックみたいな事を開催していくとか。今の時代だと、映像や動画配信もどんどん出していくべきだと思う。まぁ、毎年のことだけれど、Super Bowlのもの上がりと国内のアメフトの盛り上がりの差をいつも感じてオフシーズンに入る繰り返しは、そろそろ何とかして欲しい気もします。 

遷都方式

埼玉県八潮市の下水道管濾水が原因と思われる沈降事件で、50年を経過した上下水道管のメンテナンスと、それ以外のもののメンテナンスとやリニューアルに関して話題が大きくなっています。こうなるまで必要な対策を取らなかった行政への批判は、分からないわけでは無いけれどそれだけのお金と人と時間が掛かることを考えると、なかなか手が回らない事情も理解出来るし、今回だって決して放置していたわけでは無く事前に検査等はしていての事故で、ある意味自然災害に近い物とも言えるのかも。今回の事故現場は、埼玉県南東部の下水システムの集合地点で、最終処分場へ繋がる直前の幹線部分。ですから、直系が4m以上もある建物みたいな下水管が地下に埋設されていると聞いて、最初は単位が「m→cm」の間違いじゃ無いかと思ったくらい。そんな大きな地中建造物が、地下10m位の所に埋設されているんだから、単純に掘り返して交換するなんて言うことは無理でしょう。それにその埋設場所は普通は道路下等の公共部分の地下を利用しているはずだから、長期間道路使用も止めないといけなくなるし、現実的にはかなり難しいでしょうね。

この沈降事件に関連して、人口減少等色々な理由から土木や建築関係に関わる人材が減少している現状から、今後は新規に建物や設備は作ることは出来ても、それを将来にわたりメンテナンス出来る人がいなくなると言う話が見られました。今後大規模な建物とかコンクリート造りの建物が作る事が出来るのは、東京、大阪、名古屋などの大都市圏でのみ可能になるだろうというのは、あながち遠い未来の話でも無いような気がします。更に、ここ最近一種のブームのように乱立していた、高層マンション(タワーマンション)に関しても、メンテナンスは勿論その解体に於いても今後は技術者や作業員が不足して出来なくなるのではと言う話も。そうなると、廃墟としてそのまま残されることになるわけですが、当然あれだけ大きな建造物だから万一東海とかという事態になると大きな被害を周辺に及ぼすことも確実。神戸市などは、既に新規の建築を制限していると言う話もあるみたいですが、確かに言われてみたらそうだよなぁと納得する事実。

ふと思ったのは、例えば50年毎とか100年毎に、町ごと新しい土地へ移動する「遷都方式」でグルグル回るような都市計画は駄目だろうか。例えば50年毎に4箇所の候補地(仮に、A, B, C, D)があり、Aでの50年間が始まると同時に、その直前まで使用していたDの資材を分類して再利用出来るものと分類する作業を開始、更にその前のCでは旧建築物やインフラを撤去しつつ更地にする作業を進め、Bでは次の50年間の利用に今日するための新都市建設を始める、とか。B, C, Dの作業には自動機械を投入することで、省力化しつつ効率的に進められるだろうし、資材に関しても再利用を進める事で、コストダウンや効率アップも考えるようにすれば良いんじゃ無いだろうか。勿論、これはあくまでアイデアで、現実的にはA-Bの二地区で交代で移動すれば十分かもしれない。要するに、日々生活している環境の中で、その生活を維持しつつ修理や更新作業を進める難しさよりは、新規にゼロから創り上げる方が、より効率的に準備出来そうな気がするけれどどうだろうか。

勿論、そうで無くても「土地信仰」の強い日本では、自分の土地を離れる、他人が利用することの抵抗感が大きくて、難しい事は十分理解出来るんですが、同じ社会インフラの上で生活している限りは、やはり妥協しないと今後は生活自体が成立しない時代になるでしょうね。また、「勿体ない」信仰の日本人からすると、使えるものがあるのに新規に作るということは「無駄」という意識もあるだろうし。さらにこういう仕組みが仮に出来たとすると、どうしても過疎地域などでの生活はさらに制限されるだろうから、それこそキャンプの様に自給自足でのみ許されるような仕組みになるかもしれない。そういう人達が中心部に集まり、公共サービスの提供コストが下がり効率化されることは、社会システムとしては悪くない話しだと思う。後は、その人の人生観というか、生活スタイルに対して、どこまで保証してどこから自己責任という認識が浸透するかでしょうか。 そう言えば、何かそう言う題材のSF小説を昔読んだ記憶があるなぁ...

2025年2月10日

Super Bowl Day!

今日は第59回Super Bowl開催日。今回は、アメリカのニューオリンズのスーパードームで開催され、3連覇を目指すK.C. Chiefsと、2年前の雪辱を狙うPhiladelphia Eaglesとの対戦。まだ試合開始前なんですが、もうニューオリンズ開催ということで、プリゲームションの地元の大学生などによるドリルが素晴らしい。さにトランプ大統領も現地観戦に参加していて、これは現役の大統領としては初めてらしいけれど、トランプさんってフットボールに興味あるのかなぁ。

今日は、明日が祝日で飛び石連休となるので、正々堂々と有休を取得してのテレビ観戦。国歌斉唱でのドーム状のフライオーバーでは、海兵隊創設350周年ということで海兵隊のV-22が飛んできたけれど、個人的にはB-35とかB-22とか飛んで欲しかった(笑)。 

コイントスがあり、Chiefsが前半の選択権をデクラインして後半を選択して、いよいよChiefsのキックオフで試合開始。楽しみな試合が始まります。結果は、明日に...

仮定の質問

先日の石破・トランプ共同会見で、記者から相互関税対応に関しての質問、日本では定番の「仮定のご質問にはお答えできません」と石破総理が答えたら、それがアメリカ側特にトランプ大統領に受けたという話題。 

仮定を含む質問というのは、良くある質問形態だと思うけれど、その「仮定」の度合いがかなり実現可能なものから、本当にどうなるか分からない「想像・推測」の域のものまで様々。良くある流れとして、その仮定条件の中に自分の願望とか想像とかを含ませて、それによって結果的に結論を誘導したり自分の欲する方向に向けさせるというのも、日本の記者会見などではよく見る光景。例えば「現在接近中の台風が首都圏を直撃した場合、どの様な対策を取る予定出いるのか」というような質問ならば、事前の計画運休とか備蓄の前倒しなどという答えが想像されるけれど、「南海トラフ大地震で首都機能が喪失した場合、政府は戒厳令を発効するのか」みたいな質問は、先ずその自然災害の規模や内容が異なるし、対策として示されている事例もちょっと突拍子の無いもので、具体的に何をどうするという答えは難しいでしょう。

今回の記者としては、どの様に質問したら具体的な回答を得ることが出来たんだろうか。例えば、

今回の合意内容で、日本は米国の関税アップを回避するに十分と考えるか

とか聞いたら、石破総理としては「Yes/No」に近いニュアンスの解答をしないといけないのかな。自分で「十分」と言ってしまうと、トランプ大統領から「まだ不十分」と言われたら立場が無いし、不十分と言えば自分自身の力不足を認めることになるし、トランプ大統領からも「そうだそうだ」と更なる譲歩を要求される切掛を自ら与えることになるだろうし。石破総理としては、

今回の会談で関税に関しての話は無かった。それだけ合意内容に関してはお互いに納得して、相互に利益をもたらすWin-Winの内容だったと理解している。今後も、更なる日米関係の強化に向けて、両国は協調と前進を続けるものと理解している。

とか回答したら満点かな(笑)。

あくまで個人的想像ですが、石破総理としてはここまでアメリカ側に受けるとは考えずに、日本での会見どうよう「仮定のご質問にはお答えしかねる」という定番の発言をしただけ何じゃ無いだろうか。今回の日米会談の内容に関しては、日米相互の裏堅人の多大な努力の結果だと想像するんですが、もしかしたら最後の最後に石破総理が「相手が上げたら、こちらも上げるのは当然でしょう」とか言って、最後のアドリブで全てをぶち壊したかもしれない。幸いにも、そのアドリブが偶然にも良い方向に転んで、全体としても波風が殆ど無い安定感を見せたのは成功だったと思う。この成功を何とか国内にも持ち込んで、まずは経済対策をして欲しい。物価高は、ある程度仕方ないとして、やはり春闘の賃金アップに、減税対策が重要じゃないかなぁ。夏の参議院選挙の結果次第では、石破政権交代も有りうるかもしれないけれど、石破さんも政権延命をしたけれど、国内でやらなきゃいけない事の優先順位を間違えないで進めて欲しいですよね。

2025年2月9日

ディベートとディスカッション

以前も何度か書いていると思いますが、「ディベート(Debate)」って日本では「徹底討論」みたいな意味に誤解されていると思うんですよね。だから何かのテーマで議論をして、論破することを「ディベートで勝った」みたいな言い方をする。 記事にも書かれているけれど「ディベート」は、相手をやり込めることでは無く、あるテーマに関して「賛成」「反対」の立場から、どれだけ自分の主張が正しいかを説明するもので、普通は2開戦として立場を逆にして同じテーマで主張して、どれだけ周りから賛意を得られるかを競うもの。自分の考えや主義主張と正反対のことでも、それが「正しい」と考えて自分が情報や背景に論理を組み立てて、相手の反対主張を越えなければならない。これが日本人が一番苦手な部分だと思います。

また、ディスカッションに関しても、日本人は誤解している部分があると感じていて、それはやはりその場で自分の主張を通すことが「ディスカッションの目的」と誤解している節が多々あること。つまり、一度ディスカッションが始まったら自分の主張を通せば「勝ち」で、通らず他人の意見が採用されたら「負け」みたいな感じになるんですよね。本来のディスカッションは、多数の意見や主張の中から、最大公約数的な「妥協点」を見つけることだと思うんですよね。勿論時には幾つかある首長の中で優れたものがあり、その首長ならば他の首長の問題点や課題も解決出来るし、不利益も最小限に出来るみたいな本当な稀な場合も有るけれど、多くの場合は利益競合があったり、リスクが大きくて不利益も大きいみたいな事も多くて、そう言う雑多な中から以下にして妥協と強調を作り出せるかが、ディスカッションの本来の目的のはず。それが、日本の場合は上意下達の場になったり、声の大きな人が最後に残るみたいな場面が続くのが日本式ディスカッションで、誤解されているところだと思う。

自分の場合はアメリカ人相手の話合いが多いし一番経験があるけれど、何か討論するような場合に一番に要求されるのは具体的な数字・数値・時期で、それに対してどの様な対応・手法を適用してどうなるのか、というかなり具体的な話をしないと、相手は取り合ってくれない。日本人との付き合いが長い相手だと、多少は融通が利く場合も有るけれど、それでもきっちりと数字で話をすると言うことをやらないと相手に伝わらないし、理解もしてくれない。そういう場合、その数字を守れなかった時にどうするのかという心配が生まれるんですが、その場合どうしても安全係数を大きめに設定しようとするのも日本人の悪い癖で、そうなると本来の目標値からも大きく乖離した設定数値となり、相手も受け入れてくれない。そういう場合は、前提条件を明確に設定するんですよね。要するに、自責と他責を明確にして、自責の部分で失敗したなら責任を取るけれど、他責の場合は自分の責任ではないと、日本人から見るとある意味「居直り」みたいな風にも見えるんだけれど、そう言うドライな部分も日本人は2が苦手だと思う。だから、なかなかディベートの技術も身につかないし、ディスカッションにしても結局は無駄なことはやりたくないから、早々に妥協して流れに任せるか、やはり上から言われたことを確実に処理するのが楽という思考モードになってしまうのかもしれない。

日本の高度成長時代というのは、そういう上から下へのピラミッド構造が良くも悪くも堅固に確立されていて、それで上手く回っていたから何とかなったし、評価もされていたと思います。また、それ故にいろいろ「無駄」と思われる「余裕」もあって、そこからとんでもない製品や商品が誕生していたのも、1980年代の背景の一つだと思う。そこで必要なのは、ディベート技術でもディスカッションを成功裏にまとめるファシリテイターでもなく、とにかく言われたことをバリバリこなすそれこそ「24時間戦える人」みたいなタイプだったと改めて感じます。あの頃は、だからゴールに辿り妻で紆余曲折があって当たり前だったけれど、今は最短距離を最速で到達しないと生き残れない世界。ディベートとかディスカッション等すらやっている余裕もなく、とにかく強力なリーダーシップの元一丸となって行動すると言うのが一番望まれているし、乗りやすい仕組みなんでしょうね。最近になって、自分的にはカルト色の強い団体が、YouTubeとか政治とか社会の中で活動していて不思議な事に一定の評価も得ていることは、そういう背景があるからでは無いかと言う気もしています。ますます、ディベートとディスカッションから縁遠い社会に、日本は進んでいると思うなぁ。

政治家も見栄えが重要

石破総理の初訪米&トランプ大統領との初会談は、事前に心配されていた状況よりはかなり上手く言ったように思います。勿論、あのトランプ大統領のことなので直ぐに豹変する可能性はあるけれど、懸案の一つだった日本製鉄のUSスチール「買収」も「投資」という言い方で網よりが見えた気がするし、来週早々日本製鉄の関係者がトランプ大統領と面会するというのは、この「買収劇」が前進する兆候じゃ無いだろうか。ただ、トランプ大統領としても選挙前には「買収反対」を言っていたので、その辺りを同辻褄合わせをするのかという疑問はあるけれど、でも彼の場合は余り前後の辻褄合わせを気にしないような正確にも見えるので、そこは彼としては米国内の雇用が守られ経済が発展する方向であれば、文句は無いんじゃ無いだろうか。

それ以外の交渉内容に関しても、色々な報道を見てもほぼ満点に近い内容と言う事で、多分外務省とか言質外交関係者等の相当の根回しがあり、それが成功したと言う事なんでしょうね。その点では、まずは石破総理としては最初の試練を乗り越えたので、次はこの成果を国内の国会運営や夏の参議院選挙でどう効果的に利用して反映できるかで、次の試練はさらに大変だと思う。で、そういう観点から見ると、既にネットでも色々取り上げられているけれど、石破総理がトランプ氏と対談しているときの様子が「マナー知らず」と批判を受けてるのは、折角の成果を損なうことにもなるかもしれない。

実は以前から気になっていて、今回はかなりの確証に代わったんですが、石破さんは自然と顎が上を向く癖があるんじゃ無いだろうか。ちょっと遠くが見えにくくなって目を細めて遠くを見ようとするときに自然と目を補足しつつ顎が上がるような形になると思うんですが、そんな状況みたいに見えます。これ、まぁ普通に生活しているときにそうなるのはそんなに不思議は無いけれど、一対一でしかも相手は米国大統領と対談しているときにそういう表情というか状態になるのは、見た目的にも不遜な感じを受けるし相手も決して良い印象は持たないでしょう。特にアメリカ人の場合、こういう交渉時には物理的な距離がイコール相手の真剣度みたいな印象があって、身を乗り出して話をすれば「あぁ、こいつ本気なんだな」と思うし、逆に距離を取って話をするようでは「興味が無いんだな」と思われても仕方ない。今回の場合は、表情だけで無く、体全体を椅子の背も為に100%持たれ掛けていて、反っくり返るような姿に見えるんですよね。これ、石破さんが米国大統領で、そこに日本の議員団とかが面会に来た、みたいな話なら分かるけれど、立場的には真逆なわけで、ちょっとああいう姿勢を取る意図が分からない。また、握手をするときにも、左手を椅子の肘掛けに置いたままとか、あれって「置いたまま」という事よりも、そういう体の姿勢で悪所をしている=体全体で相手に熱意を伝えようとしていない、と取られても仕方ない。あと、座っているのにスーツの第2ボタンを外していない事も批判されていて、これは立っているときには填めて、座るときに外すという自然のマナーが板に付いていないんでしょうね。よく見たら、隣に座っていた岩屋外務大臣もボタンを填めたままだったし、この辺りは日本人としてスーツ文化になれていない証拠でもあると思う。

「お洒落度」では、やはり麻生元総理が一番だと思うけれど、岸田元総理も外務大臣が長かったからか、やはりああいう舞台に出たときの存在感は感じられたし、安倍元総理も在任期間が長い上にその前の経験もあるから、やはり見ていてスッとしていた気がします。それと比べるとと言ってしまうと失礼なのかもしれないけれど、石破総理はもう少し自分がどの様に見えているのか考えて対応した方が良いと思うなぁ。少なくとも海外の要人と対面するときには、先ずは顎を引いて目線を相手と正対させるべきだと思うし、座って話をする時には背もたれに決してもたれかからず、一歩前に体を出して相手との距離を詰めることで、相手に自分の真剣度と迫力を伝える事になると思うんですよね。個人的には、石破総理に期待感はそんなに無いし、出来れば大事になる前に次の総理へバトンタッチして欲しいところだけれど、それが急にくるわけでは無い以上、またご本人としても出来るだけ長く今の地位で活躍したいのであれば、もう少し「見栄え」という事の重要性を考えて実践するべきだと思う。 

2025年2月8日

バックパック最強説

私も、プライベートや仕事で、いろいろなバックパック、ショルダーバッグ、キャリーバッグ、スーツケース等何十年も利用していますが、多少の荷物の量ならパックパックが一番楽だし便利だと思います。なんと言っても一番の理由は、荷物を保持(背負い)しつつ、両手が使えることが一番大きい。盗難のリスクを考えると、どうしても片手が塞がれるキャリーバッグやスーツケースの類は不便。ショルダーバッグも、両手は一応あくのだけれど、バッグを掴んで引っ張られたらスポッと抜かれて取られてしまうリスクはあります。

自分で色々試して感じるのは、同じ重さであれば体に感じる重さは「バックパック<キャリーバッグ<スーツケース<ショルダーバッグ」の順に、だんだんと重く感じるように思います。また、キャリーバッグやスーツケースは、平らな床とか地面ならば転がせば良いから便利だけれど、そうで無い石畳とか砂利道とか土の道などは「悲惨」の一言。どうしても荷物の量が多い場合は仕方ないのですが、出来れば避けたいバッグの一つの様に感じます。ショルバーバッグの唯一良いと感じるのは、肩が消しているとその時の必要性に応じて、背中側に回して前を開けたり、前に回して両手で確保したりと、電車移動の時等のバッグの位置変更が楽ということかな。ショルダーバッグは、いちいち方から外して前に持ち直したり、その逆でまた後ろに背負い直したりという動作がちょっと面倒かも。

そういうメリット、デメリット色々ありますが、ショルダーバッグ以外のバッグは、片手で操作したり、片側の方に荷重がかかるなど、荷重のかかり方が一点に集中するのでどうしても負担が大きくなります。キャリーバッグやスーツケースに20kgとか30kgもの荷物を入れて、それを腕一つで引っ張るのは、仮に車輪が付いていても大変。ショルダーバッグは、そのバッグの重さが片側の方に掛かるので、肩の感覚が無くなることも。その点ショルダーバッグは両肩と背中で荷物の重さが分散されるので、凄く軽く感じます。ただ、特に若い人などはショルダーベルトを長めにして、下に落としたような感じで背負う人が多いけれど、あれだとブラブラして逆に疲れると思うんですよね。私は出来るだけベルトは短めにして、荷物が出来るだけ上の方に来るようにしたい。出来れば、背中の腰の所に荷物の下の部分が来ると、腰で支えることも出来るのでさらに楽になります。

実は、これくらいのサイズで数日くらいの海外旅行で使えるショルダーバッグを探していたんですが、今回照会されているばっぐは良さげな感じがします。 この手のバッグで一番よく見るのは、The North Faceの四角いバッグ何ですが、あれはちょっと余りに角張りすぎ立方体過ぎでちょっと自分の好みには合わない感じでした。でも今回照会されているグレゴリーのバックは、全体が角が取れたデザインで、個人的に好きなデザイン。どこかで実物を確認することが出来たらいいなぁ。今度都内へでる予定があるときに、ちょっと探してみようかと思っています。4月のハワイ行きに間に合うといいなぁ。

餃子購入日本一

昨日は「○○日本一」の発表がいろいろあって、ローカルニュースではお昼頃から「餃子支出額で浜松市が昨年に続いて日本一」という話題を取り上げていました。浜松市が4,066円で1位となり、2位の宮崎市は3,517円、3位の宇都宮市は2,801円との事。以前と比べて宇都宮市の支出額が減っているように感じるんですが、「支出額」の定義が「スーパーや専門で購入した持ち帰り生餃子・焼き餃子への支出額」で、冷凍餃子、外食、飲食店のテイクアウトは含まれていない。多分宇都宮市では、外食とかの頻度が多いように思います。そう言う意味では、「餃子消費」全体の金額で言えば、まぁこの3都市の違いは殆ど無いんでしょうけど、統計上のルール(設定)から、浜松の購買状況がここの所有利に働いているのかな。

この日は総務省からそれ以外の支出額ランキングも出されていて、ちょっと意外なことに浜松はハンバーグの支出額でも昨年はそれまでの1位那覇市を押さえて1位だったのが、今年は静岡市が1位、浜松市が2位となったらしい。で、多分地元民ならこの理由に関して、「さわやかの出店が静岡市に集中したのか?」と思うでしょうね(笑)。餃子に関しては、私は子供の頃はそんなに流行ってもいなかったし、名物と言うほど食べた記憶も無いと、何度かここにも書き込んでいるんですが、ハンバーグにしても同様。大体今では全国的に有名な「さわやか」にしても、私が地元にいた最後の時期である高校生の頃には、多分まだ浜松辺りでは出店していないくらいで、浪人、大学、就職と浜松を離れている30年余りの間に変わった物の一つ。自分の頃は、ハンバーグやステーキと言えば「あさくま」が憧れでしたからね。

こういう総務省の調査って、確か全国の県庁所在地と政令指定都市が対象じゃ無かったかな。だから、もしかしたら人口当たりの支出額とかだと、政令指定都市よりは人口が少ない中核都市とか地方でも大きいところはあるような気がします。まぁ、別にそれでその都市や地域の優劣が決まるわけじゃ無いので、興味の無い人も多いだろうし、今ではゆるキャラ同様町おこしの道具の一つですからね、この手のランキングは。で、世界的にもう有名な、Tokyo、Yokohama、Osaka、Kyoso、Fukuoka、Sapporo、Hiroshima、Nagoya等有名な場所は多分気にもしないだろうなぁ。

「浜松と言えば鰻」とは今でも言われることもあるけれど、もう浜松(浜名湖)での鰻養殖は殆ど終わっていて、市内の鰻料理屋さんで使う鰻も、鹿児島とか別の地域からのものが多いんじゃ無いかな。最近では同じ静岡でも、三島の鰻とかの方が有名な気がするし。自分も、もう何年も鰻は食べていないし、地元の名物なんてそんなものじゃ無いだろうか。それでも、海があり、湖があり、山が有りと自然環境に恵まれている地域ではあるので、魚も牛も豚も鳥も美味しいものも多いし、野菜に果物もあるし、自分の高校の同級生はオリーブ油とかやっているし、和食、洋食、何でも恋の良さが浜松の味なのかも。

浜松初冠雪

ここの所続く大寒波。今朝起きて外に出てみたら、何か庭の様子がやけに白っぽくなっていて「なんだろう???」と思ったら、薄らと雪が積もっていてビックリ。気がつくと、チラチラと粉雪みたいなものも降ってきます。一番冷え込む、明け方くらいから降り始めたのかなぁ。流石にアスファルトみたいな場所は白くなっていませんが、芝生だったり土の場所は一面真っ白。と言っても1cmも積もっているわけでは無く、下の様子が見えないくらいの薄らとした積雪なんですが、浜松でこういう状態になるのって、多分10年に1回位かなぁ... 連日ニュースやワイドショーで報道されている地域の方には申し訳ありませんが、これは浜松に取ってもちょっと異常な状態。

「最大寒波」という言葉は、大体冬場になると何度か聞きますが、今回の場合は「最長・最大寒波」と「最長」という冠も付いて呼ばれるのは、初めて聞いた気がします。確かに過去の「大寒波」は、長くても数日くらいだったけれど、今回は1週間以上続いていて、この週末も大寒波が予想されて、やっと来週の飛び石連休明け位から少し暖かくなる予報ですからね。ここの所の寒波で、部屋の中で暖房を入れても良くて足の踝くらい、悪いと膝から下が冷凍頃には行っているように冷たくて、全然暖かくなりません。サーキュレーターとか扇風機を微風で回して、暖かい空気が環流するようにしているものの、暖かい空気が対流で下に来ると一気に冷却されて更に冷たくなって上に戻るような感じです。

今日はこれからお昼くらいまで車で外に出る予定が有るんですが、大丈夫だろうか。雪とは無縁と言っても良いくらいの浜松なので、タイヤは当然ノーマル。凍結しているような場所(地域)へは行かないし、高速道路も利用する予定は無いので大丈夫だとは思うけれど、いつも以上に慎重に運転しないと。この寒さだと、今晩の食事も鍋になりそう(笑)。機能の鶏鍋の残りがあるので、一度具をすくって新しい具と入れ替えて、鍋つゆも今は鶏出汁に塩味胡椒味とシンプルな感じにしていますが、今晩はそこに炒めた豚キムチを投入して、キムチ鍋風に改造して、豆腐と白菜をたっぷり入れようか。あっ、後茸もたっぷり入れて風邪予報もしないと。 キムチの唐辛子のカプサイシンで、今夜はしっかり温まらないと、寒さに耐えられないかも。

この最長・最大寒波が終わると、来週くらいからあたたくなるという予報で、3月は例年よりも暖かいと確か長期予報で出されていたと思います。となると、今年も4月位から半袖でもOKなくらいの気候になるんだろうか。その暖かさを少し早めに持ってきて貰って、今大雪で困っている地域に少し前倒しで配置してくれないだろうか。今日は、若狭湾から強烈な寒気が吹き込んできて、それが岐阜、名古屋、三河と移動して、浜松にも届くらしい。今日はお昼前には戻ってきて、確定申告の最後の準備とか明日にかけて進める予定ですが、凍えないように暖かくして頑張らないと、寒さでそのまま眠ってしまいそう。凍死しないようにしないと。いゃ、本当に室内にいてもちょっと油断すると足の指の感覚が無くなりそうになるときもあるくらい浜松も冷え込みが厳しい今年の冬。何とかこの後も風邪を引かずインフルエンザにも罹患せず、何とか春を迎えたいですね。

2025年2月7日

注意残余

佐々木俊尚氏が紹介している「注意残余」の話。電話が一番の原因とは思うけれど、私はショートメッセージツールによるインタラプトも同様の理由から嫌いで、仕事でも実は無視しています(マテ)。 

仕事のツールとして電話が主流の時代が、電子メールに取って代わられ、それが最近ではショートメッセージツールに入れ替わっています。ショートメッセージツールは、確かに簡便で次ぐに相手に連絡が作り鞭声はあるけれど、その強襲性は電話同様問答無用にその時に実行している仕事を中断して対応を要求するもので、個人的に派非常に不愉快に感じています。特に不満感じるのは、ショートメッセージ故に情報量が全く不足している依頼を投げてきて、それで相手側はこちらが了承して自分の要求がそのまま進められるという「美しい(迷惑な)誤解」をいつもしていること。私は仕事柄時間帯によって、中国、アジア圏、欧州、米国とメールやショートメッセージが来るんですが、特に中華・アジア圏の人間はこのショートメッセージが性に合っているのか、もう内容や此方の都合関係無く無節操に送ってくる時期があり、それで頭に来て以降はこちらではOFFにすることに。OFFにしていても、メンションされたものは一応その旨ポップアップなどで分かるので、それが出たら時間のある時に確認すれば、殆どの場合はそれで問題無く対応出来る。で、そう言う内容に限って「緊急」「即対応お願いします」「急いでいます」みたいな枕詞が、件名とか本文に散りばめられているんですよね。

電話の場合も、そこで中断されて相手の依頼を受ける場合でも、その場で「出来る・出来ない」とか「見込み」とか話をして一区切り付ける事が出来るから、まだ少しはマシだと思います。ショートメッセージの場合は、相手から唐突に不完全なメッセージが送られてきて、此方で確認のメッセージを送っても逆に相手からなかなか反応が無い場合も有ったりするので、電話でのケースよりも時間も掛かるし手間も掛かるし、そう言う意味ではそれまで実行していた作業中断される割合は、ショートメッセージの方が大きい気がします。まぁ、その辺りはその人の好みの問題もあると思うけれど、自分の場合はもう30年以上前にこの手のツールが登場してきた頃から「性に合わないなぁ」と感じていたので、多分DNAレベルで相性が悪いと思います(笑)。

少しSF的な話になってしまいますが、やはりAIを利用したコンシェルジェAジョンとみたいな機能が欲しいですよね。それで、電話対応とかショートメッセージ対応等任せたいし、メール処理だって今の迷惑メール振り分け程度以上に、優先順位別に振り分けるだけで無く、内容の要約をして必要な物だけ順次知らせるとかというのは、そんなに遠くない将来に実現しそう。それとともに、仕事をしている自分監視用AIみたいなものも並べて設置して、仕事の様子をモニターしつつ、集中しているときには出来るだけ外部ノイズを遮蔽して没頭できるように配慮しつつ、その集中力が切れたときには優先度の高い連絡事項をさりげなく伝えたら、それこそ仕事に集中しすぎの場合にはあえて警告を出すとか(車の長時間運転警告みたいな感じで)、そういう二重のモニターシステムがあれば欲しいなぁ。どこかから出てこないだろうか(他力本願)。

さらなる技術革新で解く

毎日新聞の記事から、利便性を目指して最近導入が進んでいるタッチパネル操作に対して、障害を持つ人達の不便さが逆に増しているという内容。私も技術者(エンジニア)の端くれなので、ここで書かれている問題点はよく理解出来るし、何とか解決したい。ビジネス観点からだと「制限事項」として、多分多数の問題無くタッチパネル操作できるユーザーを優先するのだろうけど、やはり技術というものは多くの人にこれまで以上の利便性や利益を提供するものであるべきだと考えるので、何か解決策を開発して提供するような世の中にしないと。そして、結果的にそれが日本製品や日本の差別化にも繋がると思うんですよね。

タッチパネルに関しては、視覚障害者の方が操作できないという指摘は至極最もだと思うんですが、そうで無い目も見える指操作も出来るような人に取っても、実はタッチパネル操作のUI(User Interface)は、各社というかその場面毎にカスタマイズされているので、最初の操作に戸惑うことも多いので実はまだまだ問題の多い仕組みだと個人的には思っています。例えば飲食店のメニューでは、多くの場合階層構造になっていて、例えば「ランチ」→「今日のお勧め」→「その他ランチメニュー」→「飲み物」→「清算」みたいな感じで、階層を行ったり来たりしないと行けない。この時に単に「戻る」という操作をする場合、

  1. 表示していた「一つ前の画面に戻る」(Windows Explorerの←)
  2. 構造的に「一つ上の画面(レイヤー)に戻る」(Windows Explorerの↑)
という二つの操作が考えられます。「戻る」ボタンを押しても、ある所では1番の振る舞いをするし、別のお店では2番の振る舞いをしたりするので、それ以外のお店ではどうなるか実際にやってみるまで分からない。また酷い場合には、一度階層を潜ると、言ったりキリできなくてまた「ホーム」で最初に戻らないといけない「一方通行」みたいな階層構造の場合もあります。 私は右端なり左端にそういう移動用ボタンを配置してくれて、さらに「Undo」機能のボタンがあると嬉しいのだけれど、それはそれで不満に感じる人もいるだろうしなかなか難しい。

個人的に思うのは、最近テーブルにQRコードを置いてスマホから注文する仕組みが増えていますが、あの仕組みを利用してQRコードからお店のサイトにアクセスするのではなく、QRコードからお店のメニュー構造を記載したXMLをダウンロードして、それを自分のスマホに入れてある汎用のメニューアプリに読み込ませると、自分好みのUIの中にお店のメニュー内容が配置される、何て言う事が出来ないだろうか。お店側は、メニュー構造のXML配布と、後はスマホから注文内容のデータを受けとれればいいわけだし、そんなに負担になら無いと思う。で、データを受けとるだけだから、スマホ側アプリを改善すれば、例えば音声出力でメニュー内容を発声して、音声入力でそこから選んで注文する、と言う事も可能だろうから、そうすると視覚障害者の方の負担も少しは軽減するかも。勿論、AIエージェントを利用して、更にスマートな音声だけのI/Fで完結するような仕組みも可能だと思いますよ。要は、テンプレートは自分のスマホで幾らでもカスタマイズ出来る分けだから、後はその中で使う「メニュー内容」というデータ構造のフォーマットを統一すればいいだけだから。

アナログ的な部分をデジタルで置き換えるというのが、今の技術革新での殆どのケースだと思うんですが、逆にデジタル化しないであえてアナログ化しても良い部分もあるかもしれません。例えば「配膳猫型ロボット」を、モードを変えて「注文伺い猫型ロボット」にして、入店時にお願いしたら専用の猫型ロボットが席への案内から、注文時には内蔵AIが対話しながら商品紹介と注文の受付までやってくれる、とか。あるいは、予めインストールしているアプリが、店舗に入ると自動的に反応して必要なガイドを提供するだけで無く、その時には店内のスタッフにアラートを飛ばして支援が自動的に受けられるようにするとか。100%完璧なシステムなんて作る事は不可能と言ってもいいくらい難しいけれど、だからこそ少しずつでも理想に近づくように技術が人を助ける仕組みや社会になると嬉しい。

Wi-Fi APトラブル

良く分からないけれどWi-Fiトラブルに遭遇して、何となく解決してしまった件の備忘録。自宅では、仕事やプライベートのためにNTT西日本のフレッツ光(1Gbps)を引いて利用しています。仕事部屋に引き込んで、そこからルーター兼Wi-Fi APのNEC WX6000HPを繋いで、デスクトップ機や仕事のノートブック機へはEthernet経由で、それ以外のスマホやタブレットに、4KテレビやHDDレコーダー等のWi-Fi対応家電にはWi-Fi接続しています。さらに、自室以外の場所へ例えばリビングとかで、弟家族などが来た時に接続出来るように中継器(レピーター)を設置して、自室のWi-Fi をそれ以外の部屋へと拡大しています。

異変に気がついたのは数日前。自室でスマホを手に取りふと気がつくと、Wi-Fiアクセスのアイコンが消えたり点いたりしていて、しかも付いたときにも非常に弱いレベルで表示されます。iPhoneとPixelどちらも同じ状態なので、スマホ側では無くWi-Fi APの問題のように見えます。で、試しに中継器でアクセス出来る場所へ移動して様子を見ると、こちらは以前同様Wi-Fi接続してアクセス出来ます。この中継器は、自室のWi-Fi APの電波を拾って再送信しているから、中継器とWi-Fi APの間の通信はできていることになるのがちょっと不思議。

で、まずはWi-Fi APを再起動してみました。暫くしてアクセスランプが点灯しますが、状況は変わらず。Ethernet経由でのネットアクセスは問題無いので、やはりWi-Fi部分が何か問題が発生していそう。次に、Wi-Fi APのSSIDを変更してみますが、AP側のツールで変更してみても、何故かスマホ側でそのAP/パスワードを設定しても「SSIDが見つかりません」と言われてしまいます。この時は、SSID名だけ変更してそれ以外のセキュリティモードやパスワードはそのままにしていたんですが、何故かパスワードをスマホ側から入力しても「パスワードが違っています」とか言われて、ますます「?????」です。ここでちょっと閃いたのが、何かの理由でWi-Fi AP側の設定が壊れているのかなと言うこと。そこで、設定ツールから保存していた元々の設定値を戻して再度保存してみます。

結果、あっけなくWi-Fi接続が回復しました。私は、2.4Ghzと5Ghzに二つのSSIDを設定していますが、どちらも以前のように(目の前にWi-Fi APがありますから)最高強度でWi-Fiのアイコンがスマホ画面の上部に表示されます。こういう時は別の問題が逆に発生している可能性もあるので、今度は部屋を移動して中継器経由でのアクセスも試してみることに。こちらも問題無くアクセス出来ることを確認しました。 症状としては、WX6000HP本体のWi-Fi AP機能が何故か正しく動作していなかったことが、設定値を再設定することで活が入ったような感じ。でも、それだと中継器とは繋がっていた事が不思議。中継器との接続はモードが違うのかなぁ。何となく解決したから結果オーライですが、ちょっと不思議な現象でした。

2025年2月6日

フュージョン!

松原みきの「真夜中のドア」が切掛と言って良いのか、日本の1980年代のJ-POPが海外でヒットしていると言うは無しは少し前に評判になりましたが、同時期のフュージョン系バンドSPECTRUM何かも人気上昇中という話。1980年代は、私も大学を卒業をして仕事を初めて、経済的にも少し余裕が出来てきた頃なので、AV (Audio-Visual)に走った時期。その前の学生時代は、黎紅堂でレコードを借りてひたすらカセットテープにダビングをしていた時代でしたが、社会人になってからはSONYのPROFILEを購入してVHS VideoやLD (Laser Disk)の収集に走り始めた頃。音楽CDもバンバン購入していて、最終的にはLDは200~300タイトル位あったかな。音楽CDも1,000枚近く購入したと思う。現在はどちらも処分をして、LDはBlu-rayにシフトしたし、音楽CDはリッピングして半分位は今でもiTunesに入っているけれど、新規に購入することはなくなりましたね。

その音楽CDのタイトルで、多分70%位は1980年代もの。残りのうち20%が1990年代で、最後の10%が2000年代以降に購入したもの(ダウンロードも含む)という感じ。ですから、今でも車を運転しているときには、CASIOPEAとか米米CLUBとかEPOとかドリカムとか高中とかSQUAREとか、まあ80'sしてます(笑)。この頃のフュージョンも海外で発掘されたとなると、CASIOPEAも既に有名だったけれど、再評価されるんじゃ無いだろうか。スターダストレビューもかなり受けそうな気がするし、今だったら東京スカパラダイスオーケストラなんてドンピシャじゃ無いだろうか。 

勿論、SPECTRAMのアルバムも今のiTunes(=iPhone)に入っていて、「In The Space」も良いけれど、「トマトイッパツ」もいいなあ。数日前に「無駄と余裕」の話があったけれど、この頃の音楽シーンって、まさに色々無駄と思われることを色々なバンドや個人がやっていて、その中で自分にハマる「余裕」みたいなものが幾つもあったように感じますね。スローなシティポップが今受けていて、それとはちょっと経路が違うちょっとポップでギャグ的センスも感じられるフュージョンも受けているというのは、色々問題はあったもかしれないけれど当時1980年代の日本というのは、ある意味面白く恵まれていたのかもしれない。まぁ、その頃を頂点にして、そこから30年以上も停滞していたことはその反動なのかなぁ。だったら、今こそ再び昇り調子になるチャンスなのかも。

蛇足ですが、「フュージョン」と今聞いたら、殆どの人はドラゴンボールを想像するんだろうなぁ。それはちょっと寂しい(笑)。

大寒波

全国手に大寒波のニュースが毎日続き、航空機の欠航や遅延も発生している状態。浜松も、今季一番の冷え込みが一昨日くらいから始まり、昨日は昼間でも粉雪が舞うくらいの寒さ。いゃ、東北・北陸などでは、2m近く積雪があり大変なときに、「粉雪」くらいで文句を言うなと言われそうだけれど、浜松の住民にとっては粉雪でも「雪」が見えることは大変なことなんですよね(笑)。

昼間用事があり車で移動していたんですが、表示される外気温は「3℃」とか表示されるし、しかも路面凍結注意のアイコンも表示されて、当然ノーマルタイヤの自分はいつも以上に慎重に運転することに。多分、実際には漏水しているような所以外は大丈夫だと思うけれど、こういう時は高速道路とかは走りたくないですよね。 

最近の建物は、高気密高断熱が徹底していて、それなりに寒さや暑さにも強いと思いますが、うちの自宅建物はもう40年近い古い建物なので、そういう部分は期待出来ない。だから、冬になると外の冷気がほぼそのまま室内にも感じられるような「寒い家」。その寒さを強力なガスファンヒーターで撃退するみたいな力業で暖房を獲得していました。でも、最近の最強寒波にはちょっとガスファンヒーターの力不足が露呈してしまい後退気味。朝点火しても、室温が一桁台だとなかなか暖かくなりません。更に室内でも、足の踝から下の部分が妙に冷え込みが厳しくて、室内でもレッグウオーマーしようかと思うくらい。更に外出ると、今度膝から下の部分の空気が完全に冷え切っていて、その辺りを境に上の方はまだ少しは我慢できる「寒さ」だけれど、膝から下は何か冷蔵庫の中に足が入っている可能よな「強い底冷え」状態。今朝は買い物に出るのも躊躇するくらい、その底冷えが酷く感じられます。

雪国は勿論、日頃余り雪が降らない九州なんかでも積雪が酷い様子で、それに比べたら浜松なんて「何てこと無い」以前の状況なんだろうけど、やはり慣れていない土地の人間としては大変なこと。今日明日は水道管凍結の恐れもあると言う事で、注意も回ってきているんですが、本当こんな底冷えの状態では、夜水道の流れが滞留してくたらちょっと不味いかも。朝の天気予報では、今日の浜松の最高気温は「6℃」との事で、これはちょっと異常な状態。雪こそ降らないけれど、岐阜・名古屋から豊橋に掛けて、寒波が流れ込んでいて、それが浜松にも届いているらしい。今日はヒートテック装着、ダウンジャケット装備の完全体で外出しないと、本当にヒートショックのリスクが生まれるかも。注意しないと。

ANAからターキッシュ

チーキッシュエアライン(旧トルコ航空)が、成田のT1 4サテに海外では最大規模となるラウンジを開設したという記事。へぇ~と思いつつ記事を見ていて、この写真を見てふと思うんですが、「ここ、ANAの4サテラウンジじゃない?」という事。


成田空港のサイトでラウンジ情報を調べ見ると、やはりANAは5サテのラウンジのみ言及れていて4サテの表記は無い。またターキッシュラウンジへのリンク設定はされていないけれど「T1 第4サテライト4F」と書かれているから、となるとANAのラウンジスペースしか無かった場所だから、そこに居抜きで入った(マテ)という事なんだろうな。

ANAも、羽田に国際線をシフトしていて、以前ほど成田からの出発便が無いから集約したんだろうし、同じスタアラ青組だから、4サテとか3サテ出発の場合は、こちらを案内することもあるんでしょうね。ただ、例えばA380なんかは4サテからしか出発出来ないから、夜の遅いホノルル便利用者は、5サテから4サテまで地下通路を利用するかぐるっと遠回りして移動するのかぁ。ちょっと不便不親切な気がする。

気になるのは、成田に再びフライトを集約しつつあるUAのUnited Clubをどうするのか。4Fの昔のファーストクラスエリアをPolaris Loungeにして、3FのエリアをUnited Clubにしてくれたら理想的だけれど、駄目だろうなあ... あるいは、ターキッシュのラウンジで、将来的に第二機工事完了時には、以前のANA SuitesのエリアをファーストクラスとAMC Diamond用にして、ANA Loungeエリアをスタアラゴールド用にしてくれたら、それはそれで良いけれど。私は利用したことも渡航したことも無いトルコですが、料理は美味しいという評判を良く聞くので、今度成田を利用する機会があったら一度試食してみようかな。あっ、4月にホノルルに行く予定が入っているか。こうなると、失敗したと思った成田発も悪くありませんね。

2025年2月5日

(NH Leg#3) HND-OKA/-HND

一月ぶりとなる国内線のフライト。元々は、日帰りでの利用の予定でしたが、急遽前日にオフィスに出る用事ができたので、前日はオフィスに出て、そのまま横浜に宿泊して前泊しての利用となりました。前日はそこそこ冷え込みも厳しかったんですが、この日は少し和らいでいる感じ。京急横浜駅から羽田空港へ向かい、08:40頃にはT2の国内線カウンターまで到着しました。優先保安検査場を抜けて、一旦ラウンジに入りトイレを済ませると、帝国出発であることを確認してから出発ゲートの59番ゲートへと向かいました。

1) HND 09:25 - OKA 12:25 (NH995)

59番ゲート前に到着すると、修学旅行の団体さんが集まっていて、どうもこのフライトも満席に近い様子。そろそろ事前改札も始まるだろうと、グループ1の列に並びますが、なかなか事前改札が始まりません。途中「機内整備に時間を要しています」とアナウンスが流れますが、定刻近くになって「機体を交換する必要があるので、出発は10:20に代わりゲートも58番になる」という無情なアナウンスが。いゃぁ、シップチェンジなんて何年ぶりだろうか。以前、確かSFOから日本に戻るときだったと思うんですが、成田行きの機体不具合でシップチェンジとなり、時間がかかるだろうなぁと思ったら、すぐにトーイングカーにB747が引かれてゲートに入ってきて、さすがUAのハブのSFOだけあると感心したことがありました。今回も、さすがANA@羽田だなと思って、まぁ1時間弱の遅延ならなんとかリカバー可能かなと思いつつ、ラウンジへ戻って出発まで待ちました。

新しいゲートは58番と、T2の正面の並びの一番端っこ。そろそろ事前改札も始まろうという10:00前にゲートに着きますが、この時点でまだ機体はゲート前に到着していません。「ありゃぁ、これはさらなる遅延だなぁ」と思ったら、代替機の準備に時間を要しているので、さらに遅延する。ミールクーポンのURLを配布するので、アプリからなんたらかんたらとアナウンスが流れます。ミールクーポンまで配布するとなると、こりゃ1時間2時間の騒ぎじゃ無いかなぁと心配になり、となると那覇からの復路便にも間に合わない。こちらをリスクしてもいいけれど、あまり遅くなると翌日の予定に響きます。もう今日は全部キャンセルしようかと思ったところで、新しい出発時刻は10:40というアナウンスがあり、さらにその後の那覇行き(=自分の那覇からの復路搭乗機)も、到着遅れで20分くらい出発が遅延するとアナウンスがあります。そうなると、この2機はほぼ同じくらいに那覇に到着することになり、つまり接続時間は1時間弱はとれそうです。それならばと、先方にも連絡をして予定を変更しつつ、とりあえずそのままゲート前にとどまって、搭乗開始を待ちます。

ゲート前に来たときにはいなかった機体も、トーイングカーで牽引されて無事に到着。事前改札が始まったのが10:25からでグループ1からの優先搭乗はその数分後から。やっと機内に入りましたが、なんせ修学旅行の団体さんも居る多分満席近い乗客で、ドアクローズしたのは定刻過ぎの10:48。プッシュバックまでも時間が掛かり、二つ隣りの60番ゲートに駐機していた、この後の遅れている那覇行きNH469便が、先にゲートアウトしていきました。うーん、出来ればこのNH469便よりも先にOKAに到着したいのだけれど。ヤキモキしているとこちらもゲートアウトして、RW05へとタキシングが始まりました。

離陸までこちらも少し時間が掛かり、RW05から飛び立ったのは11:20。到着予定時刻は14:00過ぎというアナウンスで、まぁ先行するNH469の後ろにピタリと付いているので、那覇空港で向こうは着陸してもこちらは上空ホールドなんて言うことにならなければ良いけれど、何か死亡フラグが立ちそうなことを想像しながらのフライトになりました。向こう(=NH469)はB787-9で、こちらはB777-300なので、やはり追い抜きは無理かなぁ等と想像しつつ、軽食を頂いた後は機内Wi-Fiに接続してメール確認やブラウジングをして時間を潰しました。そう言えば、最近までは機内Wi-Fiに接続するために、APにアクセスした後ANAアプリを起動すると数分くらい無反応みたいな状態になることがあったんですが(その後、何もなかったかのように起動してWi-Fi等にアクセスは出来る)、今回は「すっっ」と言う感じで直ぐに起動してホーム画面が表示されるようになっていました。Bug Fixしたのかな。まぁ、使い勝手が良くなることには不満はないのですが。機内Wi-Fiも、修学旅行生とかかなりアクセスしていると想像しますが、そんなにトラブルになる事も無く最後まで利用することが出来ました。色々改善させているんでしょうね。

流石に2時間近い遅延はリカバリーするのも難しく、また那覇空港に近づくと空港混雑のためか、着陸機の列はかなり遠回りをして時計回りに沖縄本島を回り込み、RW36Lへの進入経路へと列を作っています。さらに、先行するNH469機は真っ直ぐにRW36Lへと向かっているのに、当機(NH995)は途中蛇行するなどして時間調整をしているようす。結局NH469機に遅れること5分後位に着陸。32番ゲートに入ったのは、14:22でした。通常到着-出発のターンアラウンドタイムは1時間を想定しているのですが、多分遅延しているから50分位で何とかするかなぁ。すでに5分遅れているから、そうすると45分位かと計算しつつ、機体から出て一旦外に出ました。今回は時間が無いことが分かっているので、予め先方に連絡済みで、空港で必要な受け渡しなどモゴモゴを処理して、文字通り「Touch & Go」で再びセキュリティポイントを通過して、制限区域に戻ります。

2) OKA 14:15 - HND 16:30 (NH468)

復路のNH468便、すでに定刻14:15に対して実際には14:17に到着しているので、この時点での新しい出発時刻は14:50。一旦外に出て直ぐに戻って、出発ゲートの33番ゲートに戻ってきたときには、もう14:30過ぎでしたが、まだ事前改札も始まらず、更に遅れることは確実そう。でも、そういうアナウンスはまだこの時には無くて、搭乗開始を待ちます。そのうちに、となりの32番ゲートに入っている遅れて到着した往路NH995便、復路はNH996便は搭乗が始まり、もしかしたらこちらの方が先に出発しそうです。出発時刻が更に遅延して15:05となり14:45頃から事前改札が始まり暫くすると優先搭乗も始まり機内に入ることが出来ました。今回はB787-9の最新シートなので、それだけが救いです。

こちらのフライトも修学旅行の団体が搭乗したり、あるいはかなり遅延したことに安心して買い物などをしていたのか、かなり後から乗客がL1ドアを通過して乗り込んできます。ドアクローズしたのは15:12と更に遅延。また、隣りのNH996はプッシュバックをしてPBBから離れていくのに、こちらはまだびくとも動かない。やっと動き出したのが15:25で、そこから反対側のRW36Rへと移動していきました。で、NH996機に続いて離陸したのが15:43と、復路もかなりの遅延が覚悟される状態でした。多分予約している品川発のひかり号に間に合うかどうかギリギリなところです。

それでも、何とか飛び立ったので後は安全に到着することを祈るばかり。食事を頂いた後は、こちらもメールなどを確認しつつ、後半はKindleで本を読みながら到着を待ちます。夕方の混雑する時間帯なのでちょっと心配しましたが、A滑走路のRW34Lへの進入経路に乗ると、そのまま順番に着陸していき、搭乗機も17:29に着陸すると、59番ゲートに入ったのが17:37でした。これで、予約していたひかり号には間に合わないことは確定。ゆっくりと、京急へ移動して、京急車内でひかり号をその後の18:34発のこだま号に変更して、帰宅しました。

いゃぁ、過去いろいろなトラブルに遭遇していますが、久し振りのシップチェンジで正直ビックリしました。流石に幹線路線の那覇線だし、修学旅行とか振替のきかない乗客もいたから、何とか代替機をひねり出したんだろうけど、現場の皆さんのご苦労に頭が下がるフライトでした。

成果主義か成長主義か

うちの元の会社も、一年に一回目標設定をマネージャーとして、1年後にその達成度を互いに評価をして、それがボーナスの割合に繋がったり昇給の度合いに繋がったりしていました。まぁ、達成出来ない大きな目標を立てて失敗するよりは、小さくても良いから堅実な目標を設定して100%とか120%達成する方が、上からの評価はアップするんだろうけど。この富士通の事例と弊社が違うなと感じるのは、弊社の場合は仮に短期目標の重みを減らす場合でも、中期目標、長期目標も一緒に評価をして、その過程というかマイルストーンとして適切かどうかと言う事を、マネージャーの責任として設定することも要求されていた事。だから案外互いに納得してそれなりに有益な設定が出来たと思うし、実際目標達成していくことで自分の進路というかキャリアパス形成にも役だったと思います。

私もその当時今で言う「Yahoo知恵袋」みたいな社内の掲示板システムみたいな物の一部を、アドミンみたいな形で運用したり管理していたことがあり、そこでのやり取りをまとめたものを社内資料として社内出版したこともあり、結構当時感謝された記憶があります。まぁ、そういう有形無形の活動みたいなものが、昨日も書いた「無駄と余裕」の違いになり、それが製品だけで無く会社組織としての優劣にも繋がるのは確かだと思う。

ただ、弊社の場合も、ビジネスが厳しい時にはそういう余裕も減ってきて、目標設定も何か成果主義みたいな側面が見えたときもあったし、時代や環境が変われば良かった仕組みも形骸化したり陳腐化していくことも事実。それを以下に見直しつつ改善しつつ、その時その時にあった仕組みに改善していくか、そういう努力はなかなか難しいですよね。開発部門にいると、「特許」というのが一つの証しというか、エンジニアとしての勲章みたいなものだと思うのですが、特許申請はずつと奨励されていたし、それに至らない例えば「改善提案」みたいなものも、社内褒賞システムみたいな感じで評価されていて、私もその社内掲示板システムで何度か表彰されたことがあります。最近はどうか分からないけれど、もうあの当時のような余裕は流石にないだろうなぁ...

富士通の様子は、まさに就職する直前にNHKだったかな、社内昇進システムみたいな特集番組があり、その内容を見ていの一番に就職活動の候補から外して、さらにNECも似たような感じとか風の噂で聞いて、やっぱり国産企業は性に合わないと外形企業に絞ったら、最初の某社で即内々定を出してくれたので、結局そのまま就職したという脳天気野郎なので、まぁ社風があっていたのかも。「成果」というものを、当然会社の利益や業績のような「会社の成果」に結びつける必要が有ることは必要だと思うし、現実だと思います。一方で、そのために社員が何をしたら成長できるのか、どうしたらスキルを伸ばすことが出来るのか、そう言う「成長」というものを社員目線で見守ってくれるような、そう言う「社員成長主義」みたいなものが、結果的に「会社・組織成長主義」にも繋がって、現実的な成長へと繋がると思うんですよね。そのための支援や褒賞にはいろいろな形があると思うけれど、やはり世界的に成功している会社はそういう仕組みがあると思います。問題は、余りに居心地が良すぎて社員が堕落してしまうところで、まぁある意味飴と鞭両方が必要だけれど、そのバランスが悪い企業が日本には多い気がする。だから、「成果主義」と言う考え方が変質していくのかもしれない。

Hilton Yokohama

仕事終わりで翌日のフライトのために前泊した、Hilton Yokohama。久しぶりの宿泊です。ホテル高騰は未だ収まらない仲、他のホテルの半分くらいのレートが出ていたので速攻で予約。隣のK-Arenaでイベントがあると高騰するんでしょうけど、幸いにも特にそういうこともない日はかなりお得に宿泊できるホテルという認識。横浜駅からだと、東口の横浜そごうの横を抜けて、日産本社のギャラリーを通過して、本当はこの先から運河沿いの遊歩道が開通しているはずなんですが、何か設計上だったか施工上のミスがありまだ未開通のまま。富士フイルムのビルを回り込んで、アンパンマンミュージアムの横を抜けて、やっとホテルの1Fエントランスに到着するというかなりの回り道で到着しました。

到着したのは15:30過ぎで、すぐにチェックインできると思ってロビーフロアに上がったら、10組くらいの待ち行列がありちょっと焦ります。実はこの後16:00からリモート会議があり、それまでにはチェックインをして部屋からアクセスする予定でしたから。ちょうどレセプションの外に女性スタッフがいて、「チェックインですか?」と聞かれて「はい」というと、その列の後ろに案内反れそうになるのですが「ヒルトンオーナーズのメンバー様ですか?」と聞かれたので「ダイヤモンドです」というと、ちょっと雰囲気が変わり、「それでは5Fのエグゼクティブルームでお手続きいたします」と、エレベーターへ案内されました。エグゼクティブルームは午後のティータイムでガラガラでしたが、ここでの手続きもなぜか時間がかかり、やっとカードキーをもらって部屋に入ったのは、リモート会議開始5分前。急いでPCを起動して、なんとか滑り込みました。

その後今回も夕食で悩み、結局ロビー会のバーに行って、軽く飲みながらおつまみを二品ほど頼んで夕食は終了。途中、ラウンジによってコーヒーをいただいて酔い覚ましにしましたが、相変わらずカクテルタイムのお酒類は豊富だけれど、つまみ類は乾き物系しか無くて、これは食事で長居されることを嫌がった対策なんだろうか。翌朝は、少し余裕があるので朝食をいただくことに。5Fのラウンジか4Fのビュッフェレストランいずれかで朝食はとれますが、どちらも7:00スタートと少し遅いのが難点。今回はサクッと食べればよいからとラウンジへ7:00少し過ぎにいきましたが、ガラガラでした。多分、朝の食事をここでいただくのは初めてだと思うのですが、結構充実していて、和食あるし洋食もそろっているし、卵料理のオーダーもできるし、自分的には多分混雑しているだろう3Fのレストランよりは使いやすいかなという印象でした。その後、部屋に戻り、そそくさと出発の準備をして、08:00前にはチェックアウト。羽田発が09:20なので、もう少し余裕があるとよいのですが、間に合うためには08:06京急横浜発の特急に乗る必要があるので、これがちょっと大変でした。Hiltonブランドの中では、ちょっと駅からのアクセスは遠いけれど、価格が安いときには非常に使いやすいお得なホテルだと思います。 

2025年2月4日

無駄を省いて余裕がなくなる

佐々木俊尚氏の引用から、無駄を省きすぎると、冗長性も無くなり二進も三進もいかなくなるという話。私も、過去ここに似たような話を何度か書いていますが、一見無駄な時間・作業に見えても、実はそれが後工程で必要な準備をするものだったり、後工程では見つかりにくい問題を未然に防ぐための対策だったりということは、長く物作りとか開発とかの仕事をしていると経験しているもの。

私は、いわゆる「バブル期」の最後の1980年代最後の数年を社会人として経験しているので、あの頃の「余裕っぷり」はよく覚えていますが、それよりも先輩社員にやると、その当時はすでに「いろいろ制限が増えていて、昔はもっとよかった」という位なので、1970年代のバブル最盛期はもっとすごかったんでしょうね。それだけが理由だとは思わないけれど、当時は無駄も多かったけれど、そこから生まれたいろいろなアイデアや工夫も多くて、今にして思うとSpaceXが何度も失敗をしているけれど、その繰り返しから画期的な技術を生み出していることが、まさに当時の「ビジネスモデル」というか「開発スタイル」と行ってもよいかも。

例えば、「無駄を省く」ということで、いの一番に海外出張が大きく制限されて、当時はまだ国際電話での電話会議しかなかったから、そちらにどんどんシフトしていきました。自分たちの世代は何度か出張して相手の顔も人柄も様子も知っているから、電話で話をしていても通じるのだけれど、出張経験が無い若い世代すれば、顔も知らない外国人といきなり話をさせられて仕事をさせられるというのは、かなりのストレスだったんじゃ無いだろうか。当時は、スリム化とか無駄排除みたいなことも平行して進んでいたから、すごくビジネスライクになり、仕事にしても「あ、うん」の呼吸みたいなものも無くなってしまい、ミスの数も増えていき、そうなると「なぜそのミスが発生したのか」という反省会大会が毎回行われて、確認と訂正のプロセスがどんどん追加されていき、結局は以前の開発工程よりも手数も時間もかかるような状態に。で、負担も増えて工程が増えてもスケジュールはどんどん短くなるから、ますます余裕がなくなりミスも増えて、みたいな「負のループ」に陥った気がします。

さすがにそういう状況になると無理があることは認識されて、少しは余裕を含ませることも検討されたけれど、ちょうど当時は外部委託でコストを下げるみたいなことが進められていた時代でもあったので、今度は自分たちのコントロールが完全には及ばない外部委託先のトラブルで四苦八苦する時代が続き、本当に暗黒時代と言ってもいいくらい。結局、外部委託先を教育して、品質管理だとか工程管理みたいなことを何年もかけて教育したりしたけれど、それがよかったのかどうか。一見無駄に見えて、実は別の人から見るとそれは次の作業のための準備だったりするわけで、なかなか一律に効率化すればよいというもでも無い。 逆に最近は技術革新でいろいろなツールとか利用できるので、そういうものを導入して効率化すれば「無駄排除」も可能になるんだけれど、なかなかそういう新しい技術導入には抵抗がある人もいるし、難しいところですよね。「日本の失われた30年間」と言うけれど、それって「無駄を排除して効率化」ということを最優先した結果でもあるような気がします。そう考えると、社会の仕組みがそういう方向に進む故に、いかに自分自身で自分に対して余裕だとか余地を生み出せるかがその人にとって大きな資質になるんじゃ無いだろうか。ちょっとした趣味を見つけるとか、うまく自己との割り振りができるとか、あえて面倒なことを請け負いつつも、本当にリスクのあることには手を出さないとか。考えてみると、自分も年齢を重ねるごとにそういう傾向が出てきているような気がする。

促成栽培AI

 ソフトバンクの孫正義社長と米国OpenAIのサム・アルトマンCEOのイベントを伝える記事。英国Armのレネ・ハースCEOも登場するなど、まるで「ソフトバンク一座旗揚げ公演」とか言ったら怒られるかなぁ(笑)。実際どれだけの話が実現するかわからないけれど、1/10としてもかなり大きな話。

記事の中で「へぇ~、そうなんだ」と思ったのが、今のLLMには「長期記憶」が実装されていないという話。私は漠然とした形で、いろいろ学習した内容は時々は整理されて参照情報みたいな形で保存されているんだと思ったけれど、そう単純な話ではないのかな。考えてみたら、LLMからみたらそれは何万何千という利用者から質問されて回答した雑多な知識検索の結果であるから、「記憶」として保存しても雑音にしか見えないのかもしれない。ここで言う「長期気温」とは、そのユーザーごとに過去の履歴や結果を保存して、重み付けをして将来必要ならば再利用したり再参照したりという目的に活用できる仕組みなんだろうな。

将来的には変わるだろうけど、今の生成AIの本体はクラウドにあるから、すべてクラウドに保管すると連携は簡単だろうけど、実行速度的にはどうなんだろうか。生成AIのエンジンがクラウドにあってもよいけれど、「記憶」だとか「推論ルール」とか「想定条件」みたいな、実際に自分の考えや行動を決める大きな要因データに関してはローカルに持っていて、それをどんどん更新していくような仕組みが必要じゃないかなぁ。まぁ、そうなると生成AIのエンジンもそこに載らないと、パフォーマンス的に無理があるだろうから、やっぱり高性能で超小型の情報処理装置の提供がまずは「肝」になるのかな。

「長期記憶」と言っても、何でもかんでも「記憶」として保存すればよいわけではなくて、その記憶データとそのデータに関連付けする「きっかけ」みたいなものをどのように処理するかが重要なんでしょうね。いわゆる「閃く」という行為が生まれるような、いつもはデータバンクの奥にあるんだけれど、あるキーワードーに対してその紐付けされた「きっかけ」が見つかり、奥から引っ張り出せるような仕組み。どのデータを優先して残していくかというアルゴリズムと、そのデータと将来「思い出す」ためのきっかけとなる、一種のインデックス作りがかなり有機的な仕組みにしないと実現は難しそう。単純に乱数みたいな形で優劣つけては無意味だし。多分人間の場合は、生まれたときからの様々行動や考え方を通じて、自分の「思考プログラム」みたいなものが自然に形成されて、それが大人になってバックグラウンド処理的に動作するんだろうから、そのタイムギャップをどう埋めていくかが大変そう。クラウド上に「仮想人格」を作って、そこで最初にパラメーターを与えて時間を加速させて、自分なりの「思考プログラム」を作るとか。なんか、促成栽培の軽薄なAIができそうでちょっと嫌かも(笑)。

2025年2月3日

みちびき6号打ち上げ成功

日本のGPS衛星「みちびき6号機」を搭載した、H3ロケット5号機が昨日打ち上げられ、見事打ち上げは成功して衛星も予定の軌道に投入成功。今後指導テスト等をして無事に昨日確認出来れば「みちびき6号機」なんだけれど、既存の4機に次ぐ5番目の機体として運用開始。来年度打ち上げ予定の5号機、7号機が成功すれば7機体制で日本を含む大洋州エリアの位置情報提供が可能になるという計画。 

日本版GPS」と言っているけれど、実際には米国のGPSをベースに、日本上空を8の字で飛行するみちびき衛星と併用することで、GPS精度を上げてより実用的に利用するのが、確か「準天頂衛星」の目的。米国GPSは、軍事目的の衛星でもあるので、確か一般に開放されている情報精度は一桁二桁精度を下げたもの。だから、一般的な位置特定とか自国製に利用するには十分だけれど、自動運転等より高精度な利用には精度不足。そこで日本独自の準天頂衛星を上げて精度不足を補完することで、必要な情報を得るようにしているわけですね。確か最初の頃は3機体制で、日本上空には1機しか一度には通過しないので、どうしても制限が多かったけれど、それが7機体制になれば3~4機が日本上空を常に通過するので、米国GPSが無くても日本の導きだけでも十分な精度が得られる、と言う話じゃなかっただろうか。中国、ロシア、欧州も、それぞれ独自のGPS衛星を打ち上げて利用しているけれど、まぁ日本の場合は自国周辺での利用に限定しても問題無いので、効率的には一番良いでしょうね。

あと2機打ち上げて7機体制2すると言うのも大変な作業だと思うけれど、確かStarlinkの衛星って全世界で5000機位地球の周りを回ってるんじゃ無かったかな。で、毎日4~5機が寿命などの理由で使用停止をして、地球に再突入していると言う話も。日本が5機目だ7機体制だと入っているのに対して、何千という衛星を周回軌道に乗せて、毎日数個の衛星を廃棄している、その規模感の違いが凄いですよね。勿論、衛星の規模や内容は大きく違うので、1対1での比較は出来ないだろうけど、でも宇宙に打ち上げる作業はそんなに違わないわけで、Space Xの凄さだよなあ...

JAXAには、日本の技術リーダーとして頑張ってほしいけれど、ホリエモンジェットを筆頭に民間のロケット打ち上げも何とか成功に結びついて、事業、産業、ビジネスとして成功して欲しい。いずれは、地上から宇宙へと進出する時代が来ることは確実で、その時に独自の技術や手段をどれだけ持っているかは重要であることは言うまでも無いでしょうし。それに、自然災害対策として、GPSを利用した地形観測だとか、可能ならば日本版Starlinkみたいな事業も可能になれば、万一の場合にもより安全が確保できるわけですし、決して無駄に成る投資では無いんですよね、宇宙ビジネスは。衛星などの動力源として、太陽光パネルは今重要な技術だから、太陽光パネル開発は進めても良いと思うけれど、それを地上に敷き詰めるんじゃ無くて、宇宙で展開してより有効活用するようにして欲しいなぁ。軽量化されたペブロス会と太陽電池なら、より大量に宇宙空間へ持ち出して発電できるんじゃ無いだろうか。そうなると、宇宙発電をして、それを地上に送電する事もそんなに遠い未来の技術では無いかも。

コンプライアンスの差

フジテレビの問題に関して、色々評価は異なるだろうけれど、先日の10時間半にも及ぶ2回目の会見と、その直後に発覚した週刊文春のサイレント訂正記事の問題が相まって、何となくこれまでの勢いが減速していて、結局は3月末予定と言われる第三者委員会の発表待ち何だなと感じています。そもそも問題の内容がプライバシーに関わる話だし、当事者間では「示談」という形で一応の解決(妥協)が成立しているわけだから、本来ならば外野がとやかく言う話ではない。批評するにしても、フジテレビのコンプライアンス対策が十分だったのか適切だったのかという評価はするべきだと思うけれど、それだって当事者の状況を全く無しで検証出来るわけでは無いから、どうしても現状では限定的になるでしょう。第三者からの情報で再構築するという方法もあると思うけれど、その情報がどれだけ確からしいかは検証出来ないのだから、結局は伝聞でしか無い。

偶然だとは思うけれど、元TBSアナウンサーの生島ヒロシ氏が、不適切な行為・言動があったということで、30年近く続くラジオ番組を突然降板し、さらに活動も自粛するというが明らかに。生島氏は、現在は社長から退いて「相談役」になっているみたいですが、元々は生島氏が作った会社で、実質的なオーナーというか責任者と言っても良いくらい。別に煽るつもりは全く無いけれど、それだけ中心人物が不適切な行為があったというのに、その詳細はまぁプライバシーもあるから出せないとしても、会社としての責任はフジテレビみたいな要求しないのだろうか。フジテレビの場合は、当事者二人の関係をテレビ局関係者が取り持ったから問題だと当初言われていたけれど、それが文春のニュアンスが代わりそういう事実はないとフジテレビは当初から言っているわけです。でも、スポンサー企業を始め世間はフジテレビの責任を強烈に要求していることに対して、余りに差があるように感じるけどなぁ。生島氏の場合も、昨日今日の話では無さそうだし、やはり業界全体の問題と言うことじゃ無いだろうか。でも、それを言い出すと全てのメディア、芸能事務所、タレント、全員が討ち死にみたいな話しに成るから、何となくフジテレビを「被害担当艦」みたいな感じで注目を集めて、それでこの件を幕引きしようとしているような雰囲気も感じます。

ちょっとビックリしたのは、昨日夕方の日テレ系のニュースで、「フジテレビのスポンサー企業が、○○件がACジャパンに代わり、今でもCMを出しているのは△△軒です」 と、スポンサー企業の動向を伝えている。それって本来の問題とは直接関係内は無しですよね。それに、そう言うスポンサー離れが問題ではなく、プライバシーなりコンプライアンスが本来設定されていたプロセス通り対応されたのか、それで十分だったのか、というのが根本の話だと思うのに、なんでそう言う事は言わないのだろうか。例えば、海外の企業なり国内企業で、そういう対策が進んでいる企業の状況や仕組みを紹介するとか、そういう報道が今は必要なんじゃ無いのか。さらに言えば、昔からそう言う「武勇伝」というか、今の規準で言えばセクハラとかパワハラみたいな話は、幾らでもあったわけで、それを蒸し返せ・ほじくり返せとは言わないけれど、そう言う事に足しての反省なり対応なりというものを今は改めて確認する時期じゃないだろうか。

別にフジテレビの肩を持つわけでは無いけれど、大企業が一斉に広告供出を停止したのは、やっぱり勇み足だったと思うなぁ。最初にテレビ局局員が裏でお膳立てしたみたいな記事が週刊誌で出て、それでネット等からの圧力もあって停止したのだと思うけれど、まずは「警告」とか「注意」という形でフジテレビに対策を要求するべきだと思うし、1回目の港前社長の対応が不十分と思うならば、例えばこれからの契約を一旦保留にするとかして不快感を表すとか、まだやり方はあったと思うけどなあ。例えばフジテレビが「うちは無関係です」と白を切ったり、警告を無視して何も対策しないとか、そういう状況であれば停止するのも当然だと思うけれど、いきなり奥の手を出してしまっては、もし今後今回以上の事象が発生したらどうするんだろうか。フジテレビではいきなり厳しい対応をしつつ、でも重さでは比較できない同等の問題を発生させた別の事務所にはお詫びのメッセージだけで不問に付すような状況こそが、コンプライアンスとかハラスメントの視点から言ったら問題なのでは。

2025年2月2日

規律と自由

佐々木俊尚氏が紹介している、山﨑エマ監督の映画「小学校~それは小さな社会~」。映像は見ていないけれど、記事の内容から感じるのは、同じように日本の小学校や子供の様子を配信しているYouTubeの様々な動画に対しての海外からの反応と同じということ。自分も小学校時代は、こう言うことを六年間経験しているし、賛否は今の時代あるとは思うけれど、やはりあの年代くらいに経験して身につけておくスキルというか「作法(マナー)」という意味で、私は好意的に考えています。 

勿論海外の子供達、自分の場合は殆どがアメリカの友人達の家族なんだけれど、子供教育は「家庭」の責任みたいなところが大きかったように感じます。作法厳しい家庭とか、ある程度自由にしている家庭とか。まぁ、お国柄的に「自由」が最大のテーマの国なので、日本の目線で見ると「作法に厳しい」と言っても、よほど厳格で無い限りは「自由放任だよなあ」と感じる事も多かったけれど。その代わり、学校によっては厳しく躾を歌うところもあって、そう言う意味では両極端なところはあるかもしれませんね。

多感な人格形成や「個人」として成長している時期の6年間にこういう環境にいるから、多くの場合はその後もそういう資質は維持されて、今の「整然とした日本社会」というスタイルが生まれていると思うんですが、例えば中学生の頃は過渡期としても、高校生とか大学・社会人になってからは、そういう規律を謳うことも無くなり、かと言って個人の特性を伸ばすような教育とか環境も豊富なわけでも無く、折角獲得した良い基盤をそのまま人生の資産・遺産として費やしていくだけみたいな状況が、ある意味日本の問題点というか課題点では無いだろうか。小学生の頃にしっかりと基礎資質を獲得したところで、中学生くらいから個人の興味だとか能力を生かすような環境があると、日本の社会ももう少し一皮抜けて脱皮するような気がします。最近だと、デジタル技術の導入もありそういう方向性が生まれつつ有るのかもしれないけれど、それが今度は基本的資質構築機の小学生にまで浸透して、脆弱なまま大きなテーマ追求だけするようなリスクにはちょっと気になっています。

「集団」で生活するという事は、色々な摩擦も生まれるわけで、それを互いに妥協しながら軽減しつつ満足度もできるだけ高く維持して行くには、やはり「ルール」は必要だと思うんですよね。「多様性」という話だって、今批判されるのは、元々あった環境にいきなり新しい「ルール」を持ち込んで、それを中心にしようとするから最大摩擦が生まれる。まずは、既存のルールと新しいルールをちゃんと摺り合わせをして、互いに妥協できる部分と譲れないところを出して、その中でも摺り合わせをして行くという作業をして、尊重するところは尊重する、分離と言うか関わらないところはその様に互いに無意識に入れることで「受け入れる」みたいなことをやらないと、本当の意味での「多様性」にはならないと思う。この小学校の共同生活というか、共通社会経験というのは、色々な子供達の共通基盤を作るという意味で重要だし、それが大人になっても維持されているところに、日本の良さもあると思うんですよね。だから、海外から移住なり帰化するなりして日本で生活する場合には、もう一度小学生からやり直せとは言わないけれど、その意図というか基盤は優先するべきだと思うし、受け入れてほしい。「自分の国では○○だった」というのであれば、「それはそこの話で、ここの話では無い」で終わりだと思う。それでもそれを優先してほしいのであれば、やはり全員が納得出来る説明をすることは義務だと思う。それをせずに、何か人情話的浪花節的論法で通そうとするから、そういう一部の人達に対しての風当たりは強くなるだけで、結局は誰も得しない状態になっているのが現状だと思う。

 

AI技術の腕の振りどころ

元産経新聞記者・三枝玄太郎氏のコラム記事。先日の長野駅前殺傷事件の犯人逮捕に繋がった、各種ビデオ映像を繋いで足取りを操作する「リレー操作」に関して。「リレー操作」とは、住宅地などの防犯ビデオや、店頭などの防犯ビデオ、さらには車載ドライブレコーダーの映像などを順番に綱があわせて、犯人の足取りを類推しながら特定していくもの。私は生成AIに関しても、こういう警察捜査にも素人何だけれど、こういうリレー操作に関してはまさに生成AIの腕の振りどころじゃ無いかと言う気がするんですよね。

例えば私が思いつくのは、先ず固定カメラや写真等の映像データを、

  • 撮影場所
  • 撮影方向
  • 撮影時刻
と言った属性データとともに、どんどん生成AIに登録します。同様にドラレコや防犯カメラの映像も、

  • 映像開始時の
    • 撮影場所
    • 撮影方向
    • 撮影開始時刻
  • 映像終了時の
    • 撮影場所
    • 撮影方向
    • 撮影終了時刻 
  • 撮影開始・終了地点を含む地図データ
と言った属性データを点けて登録します。生成AIは、先ず基点となる犯行時、あるいは犯行後で犯人が特定出来る映像をスタートとして、

  1. 属性データから、基点データの撮影場所に近い物を抜き出し、連続すると想定されるデータを拾い出す
  2. 同様に、基点データの撮影開始時刻に近い物を抜き出して、連続すると想定されるデータを拾い出す
  3. 拾い出されたデータを今度は基点データとして、そこから関連すると想定されるデータを拾い出して繋げていく
  4. これを基点データから遡る(犯行前の足取り)方向と、進む(犯行後の足取り)方向のデータストリームを生成AIが構築していく
  5. ある程度足取り操作、あるいは途中でデータ連係が切れたような場合には、人出で補正を加えていく
というようなコマンドプロンプトを与えて(実際にはもう少し詳細化が必要だろうけど)行けば、結構簡単に足取り操作の情報が作成される気がします。勿論、少しのデーターでもとんでもない分岐ツリーが生まれるだろうけど、そこにどんどん新しいデータを追加して、何とでも再評価出来るのが「生成AI」の最大のメリットですからね。今だと、例えばドラレコには位置情報や時刻情報等含まれているから、ドラレコを登録すればそのまま多分利用出来るでしょう。防犯カメラ映像にしても、設置場所は分かっているし、タイムスタンプも中に含まれるだろうから、これもほぼそのまま映像データを生成AIに突っ込めば活用できそう。後は、個人がスマホで撮影したようなデータのように、不確定だけれど結構重要なデータをどれだけ取り込む事が出来るかが重要でしょうね。最近では、既存メディアがそういう一般人からの映像投稿を自分達が利用するために、投稿サイトみたいなものを儲けているけれど、ああ言うものを利用してもいいかも。データをアップロードするだけだから、もし実際の操作に有益であったら、報奨金みたいなものを出しても良いと思う。AIによる偽装映像や悪戯目的の投稿を防ぐために、マイナンバーでスクリーニングするとかしてもいいかも。

今は、記事にもあるように、捜査員の勘と経験が点と点を結ぶ重要な能力なんだけれど、生成AIでもこういう動画を活用してリレー操作の経験を積ませれば、その「経験値」がアルゴリズムとして「捜査AI」に蓄積されて、より精度の高い評価をするように成長するかも。まさに生成AI技術を今投入するべき分野のような気がします。

2025年2月1日

メディアファンディング

「武富士ダンサーズ」って、ドンピシャ世代です(爆!)。当時も「サラ金(サラリーマン金融)」と言われていたものが、暴利を貪る悪徳金貸しみたいな印象になると、体裁を整えるためか「消費者金融」と名前を変えたんじゃ無かったかな。ただ、3割、4割、5割という嘘みたいな金利はそのままで、でも担保は勿論理由も聞かずにお金は貸してくれるから、色々な意味で困っている人には助かる存在とも言われていた気がします。

CMも、最初の頃は一日中流していたけれど、途中から色々帰省が入ってくると、深夜帯だけに最後はなったのかな。逆に夜遅くになると、消費者金融のTV CMばかりになったような記憶があるなぁ。当時のTV CMでよく見る企業と言えば、まずは化粧品関係で、その次がお菓子メーカーとか食料品関係かな。で、消費者金融のCM露出は、それらを上まわっていたと思います。広告料として、時間帯とか視聴率の取れる番組の中でとか、そういう場面よりも、とにかく数で押すみたいな感じだったかな。当時の噂で、売れ残ったCM枠は消費者金融に相談すれば、直ぐにその場で契約してくれるみたいな話が有ったとか無かったとか。そう言う意味では、広告費の額も大きかったんだろうけど、本来は売れ残るような枠とか、なかなか買い手が付かない時間帯なんかでも、どんどんCMを出してくれるテレビ局の営業からしたら「打ち出の小槌」みたいな存在が、当時の消費者金曜業界だったと思います。

実は、1990年代から2000年代に掛けて、コンピューター業界でのお得意さん企業の一つが、実はこういう消費者金融業界だったりしたはずです。知り合いの営業が「明日は武富士へ売り込みに行く」とか言っていたのを聞いて「をぃをぃ大丈夫かよ」と心配したことは何度もありました。色々聞くと、結構彼らもコンピューター化にはお金を掛けていたようで、中小型機系の結構良いお客様だったらしい。しかも当時は全国に支店と言うか出張所みたいな店舗展開をしていたから、結構ネットワーク化の話なんかも先進的に進んでいたらしい。で、そのうちに色々規制が厳しくなり、中小から大手も倒れていき、どんどんメガバンクがリテール向けに買収したりして、一つの時代は終わったわけですが、ある意味自分の関係している業界的にも「激動の時代」を象徴する事象の一つと言ってもいいかも。

この消費者金融がCMでメディアを制していると言う話は、他の大口の顧客だって昔から同じじゃなかったかな。出、そういう所に対しての報道は、やはり曖昧というか手心を加えたものというか、そんな空気というか話は以前から有った話。考えてみたら、テレビ局のビジネスモデルって、クラウドファンディングみたいなものですよね。つまり「こういうコンテンツ作ります。付いては経費・制作費・その他ご支援ください」と言って、広告を獲得していくわけですから。で、広告を出す方も、「視聴率は○○%を予定していて、視聴者のセグメントはこれこれで、ですから御社の製品に対しての効果はこれくらいで」と言われて、それ以上になるかもしれないし以下かもしれないという、ある意味ギャンブルみたいなもの。そのギャンブルに対して、どんどん賭け金を掛けてくれる乗客に対しては、やはり多少の無理も利きましょう、無礼にも片目つぶりましょう、となるのは仕方ないと思うけれど、日頃そう言うことを批判している立場の人がやったら、やっぱり駄目でしょうね。まぁ、そうで無くても互恵取引は駄目なんだけれど。

新幹線停車増加

数日前に、鈴木県知事と丹羽JR東海社長が会談。その中で丹羽社長が、リニア名古屋開通時には現行の静岡・浜松停車のひかり号を1時間に1本から2本に、大阪まで開通時にはさらに増便して、かつその他の県内駅逓社も考えるという、かなり前向きというか大盤振る舞いの発言があったと言う事で、ローカルニュースではずっとこの話題を取り上げています。 

私も「おやっ!」と思ったのは、ひかり号停車増加を言うのに「静岡、浜松停車の」と、静岡・浜松を同様に増やすことを明確に言っていたこと。現在早朝・深夜帯を除けば、静岡・浜松停車のひかり号は1時間に1本で、これを2本に増やせばかなり都心方面や簡易西院方面への移動の自由度が増します。今だと、ひかり号を逃すとその後のこだま号を捕まえるより1時間後のひかり号に乗った方が早かったりするけれど、それが約30分間隔で停車してくれるなら余裕で待てますしね。但し、今二本あるこだま号が、上り方面(東京行き)は浜松から見ると変わらないけれど、下り方面(名古屋、新大阪行き)は、2本とも名古屋止まりになるかもしれませんね。

更に驚いたのは、リニアが名古屋から大阪まで延伸したときには、さらに静岡・浜松停車の新幹線を増やすとともに、その他の県内駅逓者の増加も検討するという発言。今のぞみ号がカバーしている、東京-名古屋-新大阪のそれなりの乗客がリニアに移動すれば、例えばのぞみ号の静岡停車、浜松停車、という運行パターンも生まれてくるかも。まあ、それをそのままひかり号として運行してもいいわけですけど。そうなると、例えば1時間に3本でほぼ20分間隔で運行してくれると、自分がよく利用する浜松から都市方面、その逆に都心から浜松帰宅がかなり便利になるけれど、その頃まで自分は存命なのだろうか(笑)。

ただ、そういう新幹線停車増便に関しては、あくまでリニア開通が前提条件。肝心な静岡工区は、川勝時代と異なり色々な議論や会合も活性化されてきているけれどまだまだ事実上停止したまま。浜松市長時代はリニア推進派だった鈴木市長も、県知事となると立場が大きく変わるわけで、そこは彼も以前のような発言は出来ないのは仕方ないですしね。ただ、大井川流域市町の首長の考えも柔軟になってきているし、正直なところトンネル開通でどの様な状況になるかは不明。想定と対策をしっかり積み重ねて行くことは、今は優先するしかないけれど、それとともに少しでも早い開通が実現出来るような準備も並行して進めて欲しい。例えば作業用道路の敷設は地元の利益にもなるわけだし、それが出来ても問題は無いはずですしね。是々非々で構わないから、前を見た話合いと実行を期待したいですね。

脳と身だしなみ

こちらも、佐々木俊尚氏紹介の記事から、身なりと脳の状態は相関する、という話。年齢的に、「老後の生活」が切実な問題になりつつあるので、やはり健康で自分の手や足を使って他人に迷惑掛けること無く生活するというのは、どんどん最優先事項になっています。怪我とかして不自由になるのも困るけれど、それらを動かす「脳」の働きが衰えるのはもっと困るわけで、その場合は手足の運動機能だけでなく、日常生活に必要な記憶ダとか判断だとか、そういう部分まで影響する話に。

筆者の方は、約16万人もの脳MRIを診察・解析して、そこから脳の状態と見た目は相関がある」と言われているので、説得力を感じます。まぁ、「脳」というのは人間の行動や思考全てを司る存在だから、そこに何か問題があれば外部にもその影響が出るであろう事は理解出来ます。例えば、脳に何か異常が発生して「嗅覚」に問題が生まれてしまうと、それこそ体臭だとか香水の付け方とか、当然変わってくるだろうし、「色彩感覚」が変化してしまえば衣類の好みとか傾向も変わってくるだろうし。ただ、その要素の一つ「サイズ感と色合わせ」に関してはちょっと困るのは、サイズ感に関しては好みの問題もあること。私は、どちらかと言うと少し余裕がある、「ゆったり感」が感じられるサイズが好きで、今の主流である「スッキリ」とか「シャープ」さ見たいな感じとはちょっと異なるんですよね。まぁ、「ゆったり感」と言ってもワンサイズ、ツーサイズ大きいものという意味ではなく、スーツで言えばヨーロッパ系のぴっちりした感じではなく、アメリカントラッド系の少しだぼっとしたものが好みということ。

もう一つ重要なのは、そう言う傾向になる事で、人との会話、コミュニケーション機会が増えることで、生活が活性化されて結果見た目も整えるようになるし、整えることでそういう場に行きたくなるという話。自分はどちらかと言えば「内向的」で、余り人と話をするのは得意でも無いし好みでもないのですが(その割には、仕事でのプレゼントかお客様コールの時には「上手い」「饒舌」「分かりやすい」「名人芸」と言われるのは何故? 笑)、それでもやはり何らかの形で外部との情報交換は継続する必要が有ることは痛感しています。個人的には、自分との比較対象がある事である意味客観的に自分を振り返ることが出来るから、そう言う機会が多ければ多いほど、自分自身も活性化されていくのだろうと思います。そう言う意味では、幾ら外部との会話が多くても、それなりに良質な相手や内容にしないと意味が無い訳で、その点今のネットワーク時代というのは安易に情報に接しやすい、相手のことを良く理解する前に信用してしまうリスクが問題なのかなあ。ネットを利用して広く相手を探して出会えるメリットは大きいと思うんですが、やはり松竹梅とか玉石混交じゃないけれど、そういう所は実社会と同じですからね。

そう言う事って、外から良い刺激を受け取る「外部刺激」の話だと思うんですが、それとは逆に自分時間が常に探究心を失わないというか「好奇心」を失わないことが重要と言う最後のページの話も何となく腑に落ちます。やはり、インプットだけでは「知識(データ)」としては増えても、「情報」としては活用出来なくては意味が無い。インプットとともにアウトプットもすることで、知識の整理も出来るし、そこから情報として生きた活用法にも繋がるはず。それって、やはり自分の中で「このデータはこう加工したらどうなるんだろう」という、興味や好奇心やさらに言えば「向上心」を持ち続けることが一番重要ですよね。世の中のことは、知らないことが殆どな訳で、その中から一つ理解し、二つ認識し、三つ身につけることが出来れば、それは知識欲を満たすという「報酬」になり、更に次の報酬へと興味が拡大する事が大切何でしょうね。ある意味、それって年齢に関係無く「夢」を持ち続けることなのかもしれない。

2025年1月31日

Starlink Mini

ITmediaに掲載された、Starlink Miniの導入記事。お寺に導入されたというので、ある意味地域の公共施設の一つでもある自社施設に導入されるのは、理想的な事例なのかもしれない。初代のStarlinkの時も、個人的に凄く興味を引かれたんですが、如何せん個人で利用するにはちょっとToo Muchかなぁと言う印象を受けましたが、このStarlink Miniは物理的サイズはかなりコンパクトにしつつ、性能は以前と同等という事なので、可搬性が充実したのは「万一」という時には頼りになりそう。

消費電力も減っているので、大規模なバッテリーを準備しなくてもかなりの時間利用出来るならば、非常時利用としては大いに期待出来そう。日常利用にしても、月50GBもあれば十分だろうし、データ量の追加に関しても凄く常識的に設定されているみたい。悩ましいのは、今自家用車のWi-Fiサービスも利用していて、もしこっちに乗り換えたらそれは不用になりそうということ。車載Wi-Fi APが月1,650円なので、持ち出しになるんだけれど、もし使わなければ休止にすれば良いから、コスパ的には料金設定ほど悪くない気がします。

自家用車のLexus N350hには、USB-PD対応のUSBポートは無いのですが、シガーソケットに点けるタイプのUSB給電ソケットものでサポートしているものもあるみたいなのでそれを利用するか、AC100Vのコンセントも内蔵されているので、室内で利用出来る状態でそのまま車に持ち込めばどこでも利用出来る利便性は捨てがたいですね。何か、一月もしないうちに「おや、こんなものがUSから...」とか書き込んでいそう(マテ)。

衝突事故

自分も何度か利用したことがある、米国Washington D.C.の国内線用空港のReagan National Airportでの、American Airlines機と米軍機のUH-60機との衝突事故。両機の乗客乗員全員の死亡が確実視されていて、非常に悲惨な事故になりました。

最初に航空機とヘリコプターが衝突したと聞いて、「飛行速度に大きな差があるのに、なんで衝突?」と不思議でしたが、AA機は空港へのファイナルアプローチ中で、高度も速度もかなり落ちていた状態。一方の米軍機も空港への着陸を目指していたらしいけれど、ちょっと良く分からない。ただその後出てきた航空路の情報とか見ていると、結構ジグザグな飛行経路で、しかも最後はわざわざAA機にぶつかりに行っているように見えます。

今の所の情報を聞く限りでは、米軍機側が航空管制の指示を誤解したか無視したように感じられます。米軍機は訓練中だったと言う事もあり、そのミスの可能性もあるのかなと感じますが、詳細は今後の調査を待つしかないでしょうね。ただ、偶然偶発的事故にしては最悪の結果になったなと言う感じですね。

少し前に韓国での事故があり、何となく航空機関系の事故が続いているように感じます。偶然だとは思うけれど、何か事故が起こると連鎖的に発生しているように感じてしまいますよね。特に航空機関連の事故だと、何か伝染しているように大きな事故が続くような気がします。利用する側としては、とにかく安全な運航を願うしかないのですが、それ以上にやはり運航側運用側の意識を更に引き締めてほしいですよね。いずれにしても、不幸にして事故に巻き込まれてしまい亡くなられた方のご冥福を祈ります。

2025年1月30日

モバイルバッテリー

先日韓国釜山の金海国際空港で発生した、航空機火災事故。離陸前の出発準備中に航空機機内から出火し、乗客乗員はシューターで脱出して、怪我人は出たものの全員無事。ただ航空機は機体の上1/3位が炎症したような状態で、多分機内のビンボックスに入れていた荷物は駄目だろうなぁという印象。

「機内から出火」という一報を聞いて、最初何が原因なのか不思議だったのですが、どうも乗客が機内に持ち込んだモバイルバッテリーから出火したことが原因らしい。まだ原因確定には至っていないようですが、理由としては凄く納得出来る話で、航空機に限らず最近の移動環境に対しての継承でもあるのかなぁと言う印象を受けます。

モバイルバッテリーは、スマホやパソコンなどをAC電源の代わりに接続して利用するもので、私も2年程前に購入して仕事やプライベートで移動するときには便利に利用しています。最近はさらに安価になっていると思いますが、私も購入した時にはやっと値段が熟れてきた感じのタイミングかな。19200mAhあるので、持ち歩くパソコンだと1回充電することが可能な位の容量。それだと、本体のバッテリーを満充電しておけば、本体とモバイルバッテリーで6~7時間位は十分利用出来るので、日帰りの移動だったらACアダプターを持ち歩かなくても賄えます。サイズや重さから言えばACアダプターの方がモバイルバッテリーよりも小さく軽量ですが、どこでもACコンセントがあるわけでは無いから、利便性を取ればモバイルバッテリーかな。

そのモバイルバッテリーは、航空機利用の時には預け入れて荷物には入れられなくて、機内持ち込み手荷物に入れる必要があります。しかも、その場合でも大容量過ぎる場合は持ち込み拒否されるもので、これは一般的なモバイルバッテリーなら問題行けれど、最近のようなどんどん大容量化していくと今後は困ることもあるかも。課題は、モバイルバッテリーは高価なので低価格品が任期なんですが、そういう低価格品で手を抜いてコストダウンするのが「安全装置」関係。だから、安価なモバイルバッテリーには、個人的には絶対手を出さないし、有名メーカー実績のあるメーカーでも、出来れば発売後時間が少し経過して実績があるものを選ぶようにしています。大げさでなく、モバイルバッテリーで安全装置が付いている手榴弾みたいなものですからね。爆発も恐いけれど、発火すると単純に水を掛けたりして消すことも出来ないですし。今回は離陸前だからまだ良かったけれど、これが飛行中となると目も当てられない。そのうち、飛行機への持ち込み禁止になるかもしれないなぁ。価格も重要な選択要素なのは理解出来るけれど、是非安全性を最優先にして選択して欲しい。

時代に逆行が党是

新規発行が終了した「健康保険証」を復活させるために、嬉々として法案提出をする立憲民主党議員達。何度も書いている話だけれど、本当にこの人達は政治には不向きというか不必要な存在だなぁと言う気がする。昨日夕方のニュースでも、これから始まる国会で、また自民党の裏金疑惑を最初に取り上げるとか言っていて、まぁそれを喜ぶ人もいるだろうけど、殆どの国民は物価高を何とかしろ、給与アップを実現しろ、税金を減らせと今日の生活に対しての窮状を訴えているのに、あくまで自分達の趣味に走る無能な働き者達だよなぁ。

マイナ保険証なに関してですが、自分の周りだけ見ると、流石に利用者数が多い地本大学病品の受付では半分位はまだ既存の保険証を利用している様子だけれど、近くのかかりつけ医ではほぼ100%がマイナ保険証だし、そこから薬を貰いに行く薬局でも、マイナ保険証が90%以上。印象的なのは、結構高齢者の人でも今ではマイナ保険証を利用していて、多分家族とか同居していたらそっちに誘導されることも多いんだろうなぁと想像しています。 マイナ保険証の端末は、確かになれないと使いづらいところも多いけれど、一度慣れてしまえばマイナンバーカードを端末に於いて、後は顔認証すればほぼ完了。実はうちの両親などは、たまに病院とか行くときに「保険証が見つからない」と一騒動起きることが多いのですが、マイナ保険証も運転免許証と共有出来るとか、その利用頻度が上がればそう言う事も無くなるだろうし。

記事に書かれている法案提出理由が「不安払拭」と言っているけれど、それを煽っているのは自分達ですよね。それに、今の紙の保険証では偽装利用が問題になっているのに、それに対しては何も言わない。ふと疑問なんだけれど、この議員さん達はみんなまさか反対しているマイナ保険証なんて利用して居ないですよね? 現行保険証を未だに利用しているんだろうか。でも、私もこの問題が何年か前に出てきて知ったんですが、当時まだマイナ保険証が無い時代、うちの会社の保険証ってプラスチックカード製だったんですよね。その後、紙に印刷したものを使用しているところもあると知ったんですが、そう言う意味でもあえて「紙の保険証」という言い方をするのは適切では無いと思います。ただ、媒体が違っても記載されているのが「文字情報のみ」だから、色々偽装や虚偽使用が可能なわけで、そこは正さないといけなくて、そのためには顔写真が必要だとか、本人確認が出来ることが必要だとか、条件を付けて行くと「マイナンバーカードで良いじゃん」という事になるですよね。

偶々直前にフジテレビの2回目の会見を見たからもあるかと思うんですが、古い権威みたいなものが暴走している様子が、どちらも似ているなぁと感じます。自分達が正しい、自分達が正義、自分達こそが中心みたいな思い込みだけで、周りを見ずに我が道を行くという様子は、土俵は一寸違うけれど見た目は全く一緒。だから彼らの関係もよく見えるのかな。「類は友を呼ぶ」という事なんだろうなぁ。あの会見後、既存メディアもネットメディアでも、そして一般社会からも批判の声が大きくなっているように感じるんですが、立憲民主党にしても今は国民民主党へという「向かい風」が強まっていることをもっと認識しないと。でも無理だろうなぁ。フジテレビの会見では、一般人からの批判が悪質なジャーナリスト修正に繋がりそうだけれど、政党政治にしても一般国民からの強い意見をもっとぶつけないといけないのかな。

2025年1月29日

温故知新

30年前の阪神淡路大震災に対しての、社会民主党のコメント。 阪神淡路大震災への追悼コメントのはずが、何故か途中で東日本大震災での原発事故への批判になり、さらに昨年の能登半島地震での政権批判へと繋がっているけれど、阪神淡路大震災の時の政権は自社さの連立政権で、首相は社民党の前身である社会党の村山富市氏。東日本大震災の時も、その時の与党は現在の立憲民主党の前身と言うか、殆どそのまま。少なくとも自分達の先達がどうだったのか、その反省から始めるのが筋ではないだろうか。

想像ですけど、30年前の話なので執筆者は当時の事が記憶に無いくらいの世代の人じゃないだろうか。40代位だと、当時はまだ小中学生くらいで、首相がどうとか言う記憶も殆ど無いだろうし。流石に50代だと、もう仕事もしていて当時の様子もそれなりにちゃんと記憶しているだろうし。さらに「想定外を許すな」と言っているけれど、当時の村山首相が震災対策の遅れを指摘されて「何て初めての経験で」と言ったことが発端じゃないだろうか。

阪神淡路大震災は、今の時代に生きる人にとっては最大の自然災害と言っても良くて、あの震災以降それまで以上に地震対策にしても、南海トラフに対しての警戒も重要視されるようになり、被害も大きかったけれどその経験や知見を生かした対策も進んでいたと思います。東日本大震災も、地震の被害よりも津波による被害が多数だし、原発事故に関しても震災事態の影響というよりは津波による電源喪失という自体に対しての知見がなかったことが致命的でした。ただ、それでも最後に首の皮一つで発電機が動いて危機を乗り越えた福島第二原発の存在は忘れては行けないと思う。

「温故知新(故きを温ねて新しきを知る)」という故事は、比較的良く聞く言葉だと思うけれど、このコラムというか彼らの認識には、温故知新ということが欠如していることが確実な気がする。残っているのは、昔の栄光(みたいなもの)だけなんだろうなぁ。 

素人並みのベテラン

佐々木俊尚氏のmondで、先日のフジテレビの2回目の会見に関して問われた事に対して、佐々木氏が回答していて、1回目の反省からフルオープンにしたから「自称・ジャーナリスト」なる怪しげな参加者も紛れ込む、と言う説明をしています。それも正しいと思うのだけれど、実は不正規発言みたいな事をやっていた「自称・ジャーナリスト」の中には、例えば以前の官房長官会見で一人芝居をして顰蹙を買っていた某女性記者とか、最近では国民民主党の幹事長会見を出禁にされたフリーランス記者とか、それ以外にもネット界隈を中心に「悪名」高い人達も含まれているんですよね。だから、決してフルオープンにして玉石混交状態が混乱を招いたわけではなく、最初から(無意志に)混乱を招く原因となる人物がいるという事が、いまのメディアの問題だと再認識されたと思います。 

その佐々木氏は、当日の会見の様子を見て呟いたのが、こんな話。「対消滅」とは言い得て妙というか、思わず膝ポンしてしまいましたが、いゃ本当に消えてほしい。

今回の事案では、1990年代数多くの人気番組を放送していた当時のフジテレビの社長だった日枝久相談役に関しての質疑も多かったけれど、どういう根拠というか理由から彼が話題になるのか、業界に疎い自分は良く分からない(笑)。役職の地位なる物にも疎いけれど「相談役」って、ある種の名誉職というか慰労金を渡すためのポジションじゃないのだろうか。そこでどれだけの影響力を、配下のフジテレビ等に及ぼすとしても、時代も人も変わっている現在どれだけの物があるんだろうか。今回辞任した港浩一前社長などは、その日枝氏の元で人気コンテンツ作成をしていた人だから、確かに上下関係というか先輩後輩みたいなものは存在しているでしょうし意識しているかもしれない。でも、当時の番組は、今ではほぼ全て終了しているし、正直現在の規準というか視聴者の興味の対象からは、かなり外れても居ると思うんですよね。つまり、世の中ではInstagramとかTikTokで動いているのに、そこに昔流行ったパソコン通信を入れても駄目なことと同じだと思う。それに、仮に日枝氏の存在が問題ならば、先日亡くなられたけれど読売新聞の渡邉恒雄氏なんて、読売新聞はもとより日本テレビにだって影響力があったと思うけれど、今回の様な話にはならいのは不思議。

さらに言えば、準大手新聞とはいえそれなりに知名度はある東京新聞の某女性記者なんか、コンプライアンスやルール無視の好き放題やっていて、回りは勿論同僚の記者からも批判を受けているのに、会社側は忖度しているのかそういう行為が知名度アップしていると思っているのか、単に誤解して人気実力があると思っているのか、全く対応する様子が無い。しかも、東京新聞所属の記者なのに、それとは別のネットメディアの肩書きを使い分けて、講演会に出たり記者会見では別枠で入場したりと、会社に対しての論理感とか倫理観はどうなっているのか、そっちの方が大問題じゃないのか。以前から「迷惑系YouTuberとどこが違う」と言われているこういう人達が、これまでのようにつまみ食いみたいな形で露出するのでは無く、全て公開される形で可視化されることで、多分これまで以上に彼らの様子を知って評価を帰る人も増えるんじゃないだろうか。でも、心酔しているというか、コアな支持者やファンは、ますます喝采を与えて評価するんだろうけど。そうやって、乖離だけが大きくなっていく様子が、色々な場面や場所で見られるのが、現在の課題の一つなのかな。

ところで、会見が始まる直前に文春がしれっとこれまでの報道内容を訂正していたらしい。

しかも、今回フジテレビのガバナンスが批判される理由の一つである、同局の局員が関わっていたという重要な部分が「誤りでした」と訂正しているのだから、これって詐欺みたいなものじゃない?  で、その後のニュース等でも訂正前の情報でフジテレビの対応批判をしているコメンテーターとかいるわけで、これって意図的で無かったとしても悪質なのでは。例えばフジテレビが文春に対して立場が逆転したような報道で「○○でした」と言ってきた後に「△△でした、訂正します」と言ったら、多分彼らは激怒しますよね。全部が全部走だとは言わないけれど、今言われている色々な事柄には本人からの直接の言及は無いわけで、それは第三者委員会の調査と公開があるまで何も分からない。周辺取材で確認という言い方もするけれど、伝聞された情報が元の情報を100%再現しているとは確証は無いし、同じ内容でもその発言者が異なればニュアンスも変わるでしょう。それって、元の情報の変質なんだからやはりそういうノイズ込みの情報はそこで止めるべきで、元情報としては信用できない。でもいまはその信用できない情報が「正しい・正義」として何となく裏付けされていて伝搬しているわけで、その責任は毎度の事ながら大きいと思う。週刊誌がメディアとしてその存在感を増していることは事実だけれど、本家の事象ジャーナリストの凋落を見ると、やっぱり週刊誌は週刊誌なんだなと再認識する事象だと思いますね。

2025年1月28日

デパート化、スーパー化

ITmediaビジネスONLINEの記事から、家電量販店の「デパート化」に関して。秋葉原へ行けば「ヨドバシAKIBA」には必ずと言って良いほど立ち寄るし、浜松駅前の高架下には「ビックカメラ浜松」が入っていて、時間潰しの良い場所(失礼)になっている自分としては、凄く納得出来る記事。ヨドバシAKIBAの店舗は本当に大きな建物で、家電やカメラ等の種類も台数も豊富という言葉を通り越しているように感じる位販売されていますが、それ以上にそれ以外の色々な商品も販売されていて、「ここは何のお店なんだ」と毎回のように感じる所。ビックカメラ浜松も、お店に入って先ず目に入るのはお酒コーナーだったりして、店名にも入っている「カメラ」なんて、ちょっと奥に入らないと売り場には出会えない様な「本末転倒じゃ無い?!」と感じる位。

自分が大学に入り都内方面に引っ越してきたのは、もう40年以上も前の話ですが、当時のビックカメラにしてもヨドバシカメラにしても、その頃販売していたのは本当に「カメラやレンズ」だけで、家電なんて置いていないような状態でした。家電と言えば、秋葉原で購入するのが当然なときに、なんでわざわざ池袋や新宿で家電なんかを買わないといけないの、みたいな感じでした。 それが何時の頃からか、カメラ量販店が家電を扱いだして(最初はテレビとかがスタートだった気がします)、そこから秋葉原よりも安いみたいな感じになり、その影響もあって秋葉原は家電の街からパソコンの街に変わっていった気がします。最も、秋葉原は、元々は部品の街だったりしたから、秋葉原自体から見たらそんなに大きな変化では無かったと思うけれど、何時の頃からか家電買うなら池袋、新宿みたいな流れが完全に出来て、その頃からカメラ量販店が「家電量販店」にどんどん拡大して行ったと思います。

その家電量販店もパソコンを扱うようになり、カメラの販売面積は減るのに家電の販売面積だけはどんどん大きくなっていって、とうとう家電以外の品物を売り出したのはいつ頃だっただろうか。20年位前かなぁ、いゃ10年位前が大きな転換期だったかな。バブルとか景気低迷が始まり、家電の買い換え需用が一段落したり、低価格の商品が2000年代になると入ってきたりして、家電だけでは商売が難しくなってきたんだと思います。自分が記憶している中で一番ビックリしたのは、ビックカメラAKIBAでアルコール販売をしていたことで、試しに観に行ったら結構まともな品揃えでビックリ。そこからどんどん販売商品の範囲が広がり、余り行かないけれどヤマダデンキとかケーズデンキとかだと、リフォームとかまでセット販売していますし。確かに記事で言っているように「デパート化」と言っても良いでしょうね。フロアーの構成とか販売商品の比率などは、自分が良く知っている昔の「百貨店(デパート)」とはちょっと趣が違うけれど、でもその内容は「量販店」と言うよりは「デパート」と言う方が合っている時代になりつつあります。

記事を読んで同じように感じるのが、ドラッグストアの「スーパー化」。店名に入る薬の販売面積はどんどん小さくなって、増えているのは生活用品だったり洗剤だったり、最近では食料品や生鮮食品に力を入れているドラッグストアも増えています。自宅近くにある杏林堂には、地元で結構有名な精肉店の支店が入っているらしいのですが、その隣にはやはり地元で有名な惣菜販売の「知久屋」が入っているし、そらにその隣のパン屋さんも有名なところらしい。確かにこの店舗は、朝から夕方までそこそこ大きな駐車場がずっと埋まっているんですよね。別の場所にある杏林堂にも行くことがありますが、同じように薬や生活用品だけで無く食料品や生鮮食品も扱っているけれど、そこは小規模な感じで同じチェーン店でも違いがあります。フランチャイジーが違うのか、地域によって特色を出そうとしているのか、本当昔のような「薬屋さん」というイメージは、今のドラッグストアには無いのは、自分的にはカメラ店が家電量販店になり、更に現在デパート化している様子と大いにダブります。規模はちょっと落ちるけれど、コンピにも厳しい競争の中薬の販売もするようになったけれど、お店の規模的に多角化するにも限界があるので、案外これからはコンビニが厳しい時代になるかもしれない。ドラッグストアが、24時間の所もあるけれど、例えば7時から23時位まで営業したら、かなり脅威になるのでは。これからの流通ビジネスは、コアビジネスを確保しつつ、そこからどの様な方向に多角化出来るかと言うのがさらに厳しい競争になりそう。

長けりゃ、多けりゃ、良いというもんじゃない

昨日開催された、フジテレビの2回目の会社会見。冒頭から当事者と関係する個人名を最初の質問者が発言して、「あぁ、やっぱりな」と今回の10分遅れの放送措置が正しかった事を証明することに。その後も、ドタバタして居て直ぐにチャンネルを切り替えたんですが、何処も同じ会見を中継しているので、もうソースを切り替えてNFLのデビィジョナルチャンピオンシップの試合を見ていました。その後就寝をしたんですが、何か寝付けなくて夜中の1時過ぎに目が覚めてしまい、何気なくテレビを点けたらその会見の様子が放送されていて、「あぁ、こんな夜中のニュースで伝えているんだ」と思って少し見ていたら、まだその時点ではリアルタイムで続いていたと分かってビックリ。結局10時間半も会見は続いて、終わったのはそれよりも後の今日の午前2時半頃だった様子。まぁ、欲もそれだけ続けた方も方だし、最後まで参加した方も方だと、その持久力と言うか粘りは評価したい。

でも、開けて今朝伝えられ色々な様子を見ていると、10時間半と言いつつも凄く薄い内容というか、今回はフリージャーナリストやネットメディア等、所謂フリーランスに近いような人達も多く参加していて、そういう人達が好き勝手に引っかき回していた様子。既存メディアが優れているとは思わないし、彼らだって酷いときはあるけれど、それでも「会社」を代表している以上それなりのルールというか秩序は感じられます(一部例外はあるけれど)。でも、そう言うものは無くとにかく目立つことが優先される、「悪名は無名に勝」が座右の銘の人達はとにかく場を占有することが優先するような行動ばかり。しかも、それで自分に酔ってしまうのか、コンプライアンスが問題の案件でコンプライアンス的に許されるのか、みたいな事が中継されてしまう事態になったのは、ある意味「可視化」という事で良いのかも。

フジテレビの1回目の会見は、参加者を制限してかつほぼ非公開のような状態で開催されて批判を浴びたけれど、逆にそれら制限を無くした今回の会見を見ると、私なんかは「だから1回目の会見措置がある意味正しかったんだってば」と感じますね。大体肝の部分は守秘義務だったり、これから正式にスタートする第三者委員会で核にされるべき内容な訳で、それがこの場で「斯く斯く然々」と話が出てくるとは思えない。結局は、当事者が口を滑らすなり不注意な発言を引き出して、それを言質として自分達の主張を構成することが木的なわけで、正義の味方みたいな行動をしつつも結局は被害者、関係者を出しにしているだけだよなぁと言う、いつもながらの印象しか感じない会見でした。それが10時間以上も続くのだから、まぁフジテレビ側も大変だけれど、それに付き合わされる「真面目なメディア関係者」もウンザリしたことでしょうね。

その会見が放送されているのと前後して、突然TBSが生島ヒロシ氏の放送を終了することを発表。TBSのコンプライアンスに違反する行為が確認されたからと言う事なんだけれど、それがどの様に判明したのか詳細は不明。何となく今回の中居氏の件で、フジテレビ以外のメディアも自社に状況を再確認して、そこでこういう話が出てきて慌てて対応を取ったんだろうか。となると、TBSも日頃からコンプライアンス意識が低かったから、これまでそういう行為が見過ごされていたということになるのでは。勿論程度の差はあるんだろうけど、問題の根本はフジテレビと同じですよね。そう言う意味では、メディア全体というか「タレント・芸能人」という素材を利用して、「番組」という商品を制作して、それを「販売」することで利益が得られるというビジネスモデルを作っている、放送、雑誌、エンタメ、全て同様の話が有るはず。実際少し前に、某映画監督がセクハラ行為があったと言う事で批判されて、その影響で今年の紅白出演歌手の歌が差し替えられると言う事も発生したわけです。そう言う意味では、既存メディアはどこも膝に傷持つ存在、同業な訳で、彼らがいかに正義感を持って追求しても、どうしても茶番にしか見えない。だからこそ、そう言う事とは関係性が薄いだろうフリーランスや最近のネットメディアには期待するところもあるんだけれど、どうしても「悪名」が有名な人達ばかりだから、尚更酷い状態にしかならない。10時間半という長くて中身の薄い今回の会見は、そういうメディアの問題点というか現状をまさに表現していた10時間半だったんじゃないだろうか。

2025年1月27日

繋がっている時代

PC Watch山田祥平氏のコラムから、KDDIが通信費込みのWANデバイスをPCメーカーに提供するという記事記事にも登場するHPのeSIM Connectがどういう仕組みなのか興味があったんですが、なるほどこういう背景だったのかと納得です。自分のいまの自家用車にも、車内監視情報の共有だけでなく、車内にWi-Fi APの設定も可能で、車内からデジタルデバイスを最大5台まで接続してインターネットアクセスが可能になっています。auの開戦をしようしていると思うのですが、今回もKDDIなので同じauの回線。それだけauは回線容量に余力があるんだろうか(笑)。先日CMを見ていたら、確かホンダの軽自動車のCMでも「車内からWi-Fi接続可能」と告知していたので、もうそんなに珍しい機能でも無いんでしょうね。最近では、ドラレコのデータをモニターしたり、Lexusなんかは車内の映像をそのままリモートで参照して警察へ連絡するところまでネットに関わっているのは、自分も実体験したばかりですし。 

HPの固有技術だと思っていた、このWAN通信費込みの設定は、今後はHP以外のPCメーカーでも実装されるようなので、価格的にそんなに高くないのならちょっと興味が有ります。PCメーカーによって対象の設定に違いはあるだろうけど、HPの場合は5年間の4G LTE/5Gでの無制限利用が設定されているので、それこそ社内でWi-Fiに接続する時を除けば、もう公衆Wi-Fiすら使わなくなるかも。オフィスだって、Wi-Fiではなくマイクロ5Gのネットを配置しても良いわけですし。流石に海外でのローミングサービスは無いだろうけど、もしDual eSIMが可能なWANカード内蔵なら、海外に行くときにはそちらのeSIMを入れれば良いわけで、可用性は劇的に高まると思う。

KDDIとPCメーカーの間の契約というか、KDDI側のビジネスモデルがどういうスキームで作られていて、コストリカバリーがどうやって成されるのか分かりませんが、ほぼWANカードのコストに含ませてPCメーカーとして納得出来る範囲なんだろうなぁ。Lexusの場合、以前は車内Wi-Fiの使用料金が1,100円(税込み)でしたが、昨年12月から50%アップの1,650円(税込み)になっています。仮に年間15,000円としても、5年間で75,000円の料金が掛かるという事は、その半分がコストとしても数万円程度は余分に掛かると想定されます。それ位は転嫁されている設定なんだろうか。KDDIとしては、より有効に回線利用できるのであれば良いわけで、しかも新規に基地局とかこのサービス用に増設する必要も無いわけで、そう言う意味では自らの追加コストはゼロ。逆に、PCメーカーからは固定費が入ってくるわけだから、財政的にはより安定したものになるという想定何だろうなぁ。KDDI/auからみたら、その分auのスマホが売れたと思えば良いだけの話なんでしょうね。

追加の契約が不要で「eSIM内蔵モデル」を購入すれば、少なくとも国内ならばほぼどこでも通信が可能になるというのは大きな魅力です。私も、スマホの利便性携帯性は100%認めるものの、どうしても情報量の多さとかキーボードを利用した文字入力のし易さでは、これまでの経験もあってPCに軍配があがります。会社から支給されているオフィスPC、全部このモデルにならないだろうか(笑)。文字通りの「常時接続」は、スマホが一足早く実現して、それをパソコンが今追いかけている構図だと思いますが、やっとパソコンがスマホの後ろ姿が見えるところまで来た、と言っていいのかな。今はKDDI/auの独占状態だけれど、例えば楽天とかSoftbank当たりは類似のサービスを始めそうな気がします。eSIMだけ提供すると、既存の契約者とのサービス内容と差が付けられないから、やはりデバイス込みで組込前提のビジネスモデルに成るんだろうけど、でもそのうちにeSIM自体が「契約年数」だけ縛りがあって、データ容量等は短期間で大量利用みたいな著しい利用の制限は付くとはしても、常識的な範囲での「無制限容量」サービスで展開される時代が直ぐに来るんじゃ無いだろうか。もう、音声通話は事実上VoIPに変わってきているとも言える訳ですしね。データ通信が出来れば、それで十分というのが利用者の大本になってきている現在、ある意味正しい囲い込み手法かもしれない。

ポリシー闘争

4時間近くも続いたという、フジテレビの社員向け社内会見の様子が、他局のニュースやワイドショーで公開されていて、その内容を見ると、どうも全部のデータが何らかの形で流出しているみたい。社内向け会見の様子を当日会場に参加出来ない社員向けにオンラインでもその様子を流していて、その映像が流出したらしい。注目されている事案であり、社内外から興味も高いものとは言え、あくまで社内向け社員向けの会見(というか会談というかミーティングというか)の内容が、多分等のフジテレビの承認を得ずに他社が流用しているというのはどうなんだろうか。

例えば、社内向けにビデオ配信するとしても、最初に「このビデオの内容は社内向け利用のみで、外部への漏洩は許諾されていません」とか表示するとか、常に画面の一部に「社内視聴のみ」とかテロップを常に表示するとかしなかったんだろうか。この件が世間も含めて興味が大きい事は理解する反面、何の許諾も得ずにこういう情報が漏れていくというのも問題だと思うんですよね。元々の事象は、会社としてのガバナンスというかプライバシーポリシーだったりコンプライアンスポリシーが問われている案件。それと同様に、こういう情報が当事者の了解を得ずに外部に出ていくことも、セキュリティポリシー違反だと思うのだけれど。勿論、そこに公益性があればとか、例外は存在するんだろうけど、今回の場合社員向けの説明と質疑応答で、にこれまで言っていなかった事柄が発言されたわけでは無いと思われるので、そういう理由は出来ないと思います。また、映像が無造作に流出することで、その一部分が切り貼りされて別の意図のために利用されることで、更にノイズが増える可能性もあるわけです。それは、フジテレビにとっても、それ以外の人にとっても不利益になるだけで、利益を得るのはそう言うことをやってPVや「いいね」を増やしたい怪しからん人達だけだと思う。

そのビデオを自分達の放送で利用している他局も酷いというかタヌキだと思うのは、自分達が利用しているその映像の出所だったり、入手先・方法に関しては何のクレジットも示さず、さも当然のようにあるいはフジテレビが提供したかのようにフジテレビの会長や社長の映像を流して、そこに自分達のコメントなりテロップを重ねて、自分達の映像として放送している。まぁ、過去にも似たようなことがあったような記憶があるけれど、いざ自分達が逆の立場になると文句を言うのにこういう時には何も言わないのは卑怯だと思う。最近では、彼らメディアもネットに上がっている個人やプライベートな映像等を放送や番組で使いたいからと、その撮影者にコンタクトして「利用したい」と言う事があるらしいけれど、「では使用料を」というと何も言わなくなるらしい。それでいて自分達の公開している映像を利用すると、「著作権が」とか「使用料が」とかいうのだから勝手なものだと感じます。フジテレビも、「社内ミーティングの映像を他局が利用しているが、提供目的で準備したものでは無いので、利用が確認された場合はそれ相応の利用料を請求する」とか言えば面白いのに(マテ)。

考えてみたら、当のフジテレビも含めて既存メディアはそういうプライバシーとかセキュリティとか、そう言うものには無頓着なわけで、何を今更という話でもあると感じます。何か事件があると、被害者は直ぐに特定されて、それこそ子供の頃の話から最近の行動など、それがどれだけ被害者が被害を受けた理由と関係するのか分からないのに、とにかくそういう関係していると思われる情報を多数出したものが「勝ち」みたいな風潮を感じます。更にいえば、加害者は加害者で、その後の捜査や裁判があるからかある程度情報が制限されるんですよね。別に加害者だから容疑者だからプライバシーを晒してリンチしろなんて思わないけれど、被害者に関しては加害者以上にそう言うことが守られるべき存在では無いのかといつも疑問に感じます。今回の事案は、有名タレントと知名度の高い放送局関係者のプライバシーの(過激な?)問題が発端だったと思うけれど、それが拡大してメディアとしてのポリシーの話に拡大してきている。で、当のメディアだけで無く、それ以外のメディアも自分達の勝手なポリシー無視の活動をして相手のポリシー違反を批判しているという、奇妙だけれど見慣れた光景が展開されているなぁと感じます。だからか、フジテレビを批判している他のメディアの主張も空々しい印象を受けるし、何か期待出来るような事もないなぁというのが今の印象です。

二足歩行ロボット

24日まで東京ビッグサイトで開催された「ロボデックス」で展示されていたという、中国のUnitree Robotics社製のヒューマノイド型ロボット「G1」の記事

YouTubeに登録されている動画を観て驚くのは、その歩行動作の自然さ。ぱっと見は、ホンダのASIMOと構造的にはそんなに違わないように見えるんですが、動きのスムースさは段違い。腰の付け根と、膝の関節部分、そして足首の動作が歩行動作の肝になるのかな。しかも、このサイズで軽量化もされているようだし、これが今は300万円だとすると、多分1年ごとに半減していくんじゃ無いだろうか。競争の激しい中国だと、2年位で一桁下がっても不思議では無い。

個人的に勝手に想像しているのは、こういう二足歩行タイプのロボットの動作がスムースになり、かつ操作系もある程度自律して動作出来るならば、物理的な荷物の輸送というか「配達」という流通の一番の末端部分を置き換える事が出来るんじゃ無いかと思うんですよね。Uber Eatsや宅配便の配達作業を、この二足歩行ロボットが置換する時代があと10年、もしかしたら中国国内だと5年後位には実現するんじゃ無いだろうか。既に同様な自動運搬ロボットがあるのに何で二足歩行ロボットかというと、人間が日々利用している交通機関や移動手段経路を、そのまま活用する事が出来るから。今も自動運転による配送とか実証実験されているけれど、戸別のドア前までの配達は出来ない。でもこういうロボットならば、例えばマンションの30Fの部屋の前まで配達する事も可能になります。しかもも、24時間いつでも配送可能。受け取る側も、プライバシーを心配する必要が無いのもメリットになりそう。

歩行性能にも寄りますが、例えば過疎地域への配送なんかでも期待出来そう。斜面や悪路走行性能がどの程度まで拡張されるかにも寄りますが、都会のマンションなんかだと車型の自動配送装置でもアスファルト走行でエレベーターで移動という想定でかなりカバー出来るけれど、過疎地域だと例えば斜面とか階段とか、そう言う経路だと二足歩行の方が利便性は高そう。キャタピラー式でも階段の上り下りは出来るだろうけど、「人間が歩ける場所なら、同様に移動出来る」という特性は大きいんじゃ無いだろうか。それに、全て二足歩行で移動しなくても、例えば電動スクーターとかキックボードみたいなもので幹線道路は移動して、細かな小径や斜面は自分で移動するという「乗り分け」みたいな事も可能だろうし。日本の得意な変形ロボットを取り入れたら、車の形で道路を移動して、家の手前で人型に変形して配達する、何て言うことも満更出来ないわけじゃない。もしかしたら、「バルキリータイプ」なんて言うのも登場して、空路もOKとか(マテ)。

こう言うのって「SFプロトタイピング」の世界の一つじゃないだろうか。特に記事の中で、下半身の動作は仮想空間で色々な試行錯誤を高速で繰り返してデータを取り実機に反映させるとか、上半身の動きは模倣学習を取り入れるとか、そういう話つて少し前のAIとかロボット学習系のSF小説に結構登場するシーンなんですよね。特に仮想区間にモデルを複数作成して、それを加速実験をしてデータを取るというのは、今でも物理サーバー上に仮想マシンを幾つも作成して複数の機能実現サービス提供するのと同じで、今後はそう言う「仮想なんだけれど限り無く実空間に近いもの」をどの様に生成するか勝負になりそう。生成AI自体が、そういう存在になるかもしれませんね。その仮想空間で高速にシミュレーションを回して、より確実な未来予想をすると言う事なんてもうやっているだろうし。それに、仮想空間に作るのは「実空間の特性を再現したもの」で良いわけで、本当に実空間と同じ物を作る必要は無いと言うのも大きな特徴だと思います。そういう分野というか部分は、結構大きなビジネスとか技術革新の可能性が大きいだろうなと感じます。そういう部分って、子供の頃からアニメでDNAに刷り込まれている日本人が得意そうな気もしますがどうだろうか。

2025年1月26日

夢みたいなゴール

佐々木俊尚氏が紹介している、Wedge ONLINEの原田泰氏の記事。所謂「石丸新党」をテーマに、かけ声だけで実は変える気持ちは感じられない政治的スローガンに関しての批判。まぁ、石丸氏の新党に関しては、記事にも書かれているように、政党としての政策や公約があるわけではなく、しかも他党との兼任もOKという意味不明な集団。「意味不明」度で言えば、NHK党とかれいわとか、似たような政党が先に登場しているけれど、2期8年という任期だけ制限して、その他は自由でお金だけ出しますという団体が、果たして信頼出来る集団を形成出来るのだろうか。

何か問題が発生した場合、あるいは何か大きな課題が発生した場合、その問題・課題解決をするためには、直ぐさま必要な解決策対策とともに、今後そういう事例が再発しないような中長期的な対策も要求されます。特に企業活動の中でも開発製造みたいな部門にずっといると、そう言うものは「カイゼン」という名称で毎回フィードバックされて次に繋がるようなサイクルが続けられています。ただ、そのカイゼンも適不適があると思っていて、同じ物を作る上でその工程を磨き上げていくことは良いのだけれど、最近のような多品種短期大量生産みたいな状態だと、まずカイゼンを入れ込む時間が無いし、そのカイゼンが次の製品でも適切かどうかも保証出来ない場合も有って、無闇にカイゼンすることで改悪してしまうことも多いと思います。また、その問題・課題の根本理由をピンポイントで突き止めて、そこだけ修正するのが一番望ましいのだろうけど、それもなかなか難しい。多くの場合は、一つの理由で何か問題が発生すると言うよりは、色々な事象が大なり小なり重なって複合的な要因で発生する場合が多くて、それ故に「カイゼン」使用とすると、全体をやり直さないと駄目な場合も。となると、なかなか手を付けるのも難しくて、でも上からはカイゼンせよと追求されて、仕方なく当たり障りの無い所をカイゼンして、裏で再発しないようなモニターシステムみたいなものを準備して暫く凌ぐみたいな本末転倒な場合に落ち着くことも多かった気がします。

「構造改革」もそうだし「無駄排除」とかも同様で、確かに無駄な部分は無くして最適化すれば、コストも効率も改善されて品質も上がるかもしれない。でも、その「無駄」という判断を実は現場ではしていなければ、それは問題発生をそこで緩衝して遅らせて回避する、あるいは衰退させて解決していたかもしれないんですよね。例えば、何かものを作った直後は高熱状態だから、それを放熱して常温になってから次の工程二という場合に、待つ時間を節約するために冷却工程を入れて時間短縮する場合、一見問題無さそうだけれど、急冷することで品質にばらつきが出たり、強度が弱くなったりして別の問題が発生するようなこともあるわけです。世の中もそうだと思うけれど、物作りの世界だと、一見無駄とか余計な手間と思われる部分が、実は結構重要な要素に最後に影響するというのは、何度も苦い経験をしていると体験することだと思う。例えば小型化していくと、基板上の配線がどんどん複雑化して、かつ多数の部品配置をするために配線の幅も細く密集してくとる、それまでは問題では無かった電気信号の品質がノイズで悪化したり、さらに小型化とともに回路周波数が高速化してくると、ほんの僅かな信号線の長さの差が微妙なタイミングの連れを生んだり、互いに干渉したりとそれまで予想もしなかったことがどんどん新しく生まれてくるんですよね。

例えば「構造改革」とは何かと考えて、例えば一人一人が固有のマイナンバーがあれば、それをキーにして家族構成や相続関係が一意に把握出来るので、例えば今問題になっている「選択的夫婦別姓」も、エイリアスみたいな感じで表の「名前」は自由にして、でもそこに紐付けるマイナンバーを必須にすれば、結構簡単に解決出来想起がします。個人の電話番号とかメールアドレス何かも同様にすれば、電話キャリアーの移動なんかも簡単だし、メルアドもずっと同一のものが使い続けられるから不便さも無いだろうし。でもその為にはマイナンバーという「裏の構造改革」が必須なわけで、それに対しては反対する人が今でも少なくないでしょう。となると「構造改革」する素材や環境はあるのに、別の理由で構造改革が阻まれている、事はかなり多い気がします。ビジネスの世界では、どんどんコスト削減が進んでいって、昔のライバル企業同士が共同配送したり、共通の部品を活用したり何て言うのは、今では常識的なスタイル。だから、生活に於いても構造改革することでの利益(動機付け/インセンティブ)を大きくすれば、結構みんな素早く乗り換えていくだろうし、結果生活は豊かになる気がする。夢みたいなスローガンは駄目だけれど、ゴールとして具体的に設定して進捗していくことをもっと評価していければ、仮にそのゴールが夢みたいなものでも案外簡単に実現してくれそうな気がします。

後出しジャンケンで墓穴を掘る

なんでこんな人が国会議員、それも衆議院議員に当選しているのか、まぁ世の中色々だなぁと陰鬱とした気持ちになる話。今回の件に限らず、何か世の中でトラブルが発生すると、「実は以前から知っていた」「相談を受けていた」「別のあの人も同様」みたいな暴露系発言をして、自分が正義の味方被害者の味方みたいな立ち位置を誇示する人が、それも悪名の高い人に限って多い気がする。「許しがたい」なら、なんで相談を受けたときに対応しないのか、まぁそういうツッコミが集中するのは当然。

所謂「ジャニー喜多川問題」が明るみに出たときも、こんなこと言っていなかったかなぁこの人は。オウム真理教の時には、その取材能力と色々な発言で注目を集めた所謂ジャーナリストの人だけれど、それでチヤホヤされたからか、その後はどうも変な方向にベクトルが向いているというか、まぁあの当時にオウム真理教を追及していた人達って、結構その後は何か変わっていったような気がする。例えば江川紹子氏なんかも、彼ほど酷くは無いけれど時々ピント外れに感じる発言がその後は増えた気がする。

例えば会社生活の中でも、陰の噂なり色々な筋から情報が入り、その時には「そんな馬鹿な」とか「あの人に限って」という状況だと思っていたら、後日それがもっと酷い状況だった、みたいな話は長く仕事をしていれば何度か有る話。それもって「以前から知っていた」「聞いていた」という言い方を後からして、してちょっと目立ちたい気持ちになるのかもしれないけれど、それって隠れた「共犯者」を自白していることにもなるんですよね。その発言意図が、実は単に目立ちたいだけであっても、当時関係していた・認識していたのに、何も行動しなかったという事は、被害者から見たら加害者の一部と思われても仕方ない。仮に結構詳細に聞いていたとしても、本来ならば自分に火の粉が降りかからないように、「いゃ、全く気がつきませんでした」「いつものと変わらない付き合いだったので想像もしなかった」と関係を切るのが、普通だと思うのだけれど。

それに「僕が知っている女性タレント」というのも、実際どこの誰かも分からない存在な訳で、それすらも怪しい話。例えば、彼が以前誰か女性タレントとの交際が発覚していたとか、そういう噂があったのならまだ少しは説得力も感じられるのだけれど(その女性タレントが当事者で無かったとしても)、そういう浮名を聞いた記憶も無いしそういう関係になりそうな雰囲気も感じられない人が、多分テレビ出演とかしたときにすれ違った程度の関係性から、何か噂話で聞いた話を膨らませているだけじゃ無いのと突っ込みたくなる。 いずれにしても、現在もその前も国会議員という立場で居たわけで、その前は曲がりなりにも「ジャーナリスト」を名乗っていたくせに、当時はそういう話を聞いても何もせずに受け流していたことを自白して、それを自ら誇るという所に、利益を狙って後出しジャンケンして勝ったと思ったら実は墓穴を掘っただけという間抜けさを感じる投稿ですよね。

2025年1月25日

日本中国台湾韓国

佐々木俊尚氏が紹介していた、日本語と中国語を英語と漢字を混在させて表記すると、何故か日本人も中国人も意味が分かるという話。こういう話は、今でもアメリカ人やインド人に欧州人(英語)だけでなく、中国人や台湾人、さらには少し前までは韓国人等と毎日会話したりメールのやり取りをしていた自分としては良く分かる話。

日本・中国・台湾・韓国、そして英語も含めた五カ国語でのコミュニケーションを考えると、何ともむずがゆい関係が成立していて、

  • 中国語(=台湾語)と英語は、文字は異なるけれど文法は似ているので、ほぼ逐語訳が可能
  • 日本語と韓国語も、文字は異なるけれど文法は似ているので、 ほぼ逐語訳が可能
  • 日本語の「漢字」と台湾で試用されている「繁体字」は、繁体字が日本の「旧字」に相当する文字が多いので、ある程度の年代の日本人だと台湾語で書かれた内容は漢字から類推可能。逆に台湾人から見ると、日本の漢字はほぼ意味が判別出来るらしい。
  • 同じ「漢字」でも、中国は「簡体字」で省略された漢字が使用されているので、日本人から見ると分からない漢字も多い。台湾人でも、中国と仕事などで関係していればかなり判断出来るらしいけれど、分からない文字もあるらしい。
  • 中国語(北京語)と台湾語は、発音・会話は同じだけれど、使用する文字が異なるので、中国人と台湾人は会話は問題無けれど、筆記は難しいらしい
韓国の人と仕事をしたときには、正直ハングルの作りが良く分からなくて書き文字は全く理解出来ない勝ったのですが、会話に関しては文法が日本語と似ているから、単語をある程度覚えると、案外会話する位はできるようになります。それは向こうでも同じで、だから韓国の人で日本語の上手い人も多いのだろうと思っています。日本人でも韓流ブームとかありますが、結構韓国語を習い始めて話せる人が多いのもそんな理由かも。あと、中華系の人って結構英語が上手い人が多いように感じるのも、言葉の構造が似ているからなんじゃ無いかと言う気もしています。特に以前は、香港では英語(文字通りQueen's English)が使われていたから、香港人のエンジニアと話をすると本当に惚れ惚れすることも(笑)。

生成AIを使えば、日本語と韓国語のリアルタイム会話システムなんて直ぐにできそうなんですが、まだ実用レベルのものとか無いのかな。同様に、中国語と英語のリアルタイム会話システム何て、多分中国政府は既に開発済みなんじゃ無いだろうか(勝手な憶測)。それを考えると、語順が異なる日本語と英語の翻訳は、本当に難しいと思いますね。同時通訳の人達は、色々な経験や知識から先読みしたり、後から補足する言い回しの仕方を工夫して、出来るだけ日本語として不自然にならないように仕事をしているんですが、やはりリアルタイム翻訳(=同時通訳)と、その後もう一度翻訳し直したものと比較すると、かなり印象が異なります。あれって、例えばライブ放送でも一度キャッシュをして全部を聞いてから翻訳をして、それを乗せて数秒遅れで放送すると言う事は出来ないのだろうか。どうしても、ライブ性が重要視されて翻訳の品質は二の次三の次なんだろうけど、そこで何秒かの遅延が発生しても、やはりちゃんとした相手の言葉を聞きたいと私は思います。

社長会見

フジテレビが、社内向けに開催した社長会見で、先にクローズドで行った会見を「失敗」と表現しているんですが、まぁそう言われても仕方ない状態だったことは確か。一方で、そのようにした理由の一つ手に、所謂ネットメデイア等の不規則発言で、被害者のプライバシーなどが犯されることを危惧したという理由も個人的にはもっともと感じる話しで、メディアにもピンからキリまであるという事も事実。特に「ネットメディア」と呼ばれているメディアは、その自由度は武器であるとともに、とにかくPV稼ぎ、話題性が最大の要求項目だけに、どうしても衆目を集めるような伝え方をしていることも事実だと思う。それ故に、課題な表現、過剰な修飾、誤解を招くような伝え方も多いわけで、そこはネットメディアとしての大きな反省点だと思う。 

社会的な関心も高いので、当のフジテレビは勿論、ライバルの民放各局も大きくかつ何度も伝えているのですが、厳密に言えば今回の問題はフジテレビだけの問題では無く、タレントや芸能人を使うメディア全体の話だと思うわけで、そう言う意味では他局も本当は厳密な意味での「第三者委員会」を設置して自分達のこれまでの行動を検証する必要があると思うんですよね。でも、多分他局はそこまではやらないでしょうね。

ネットでは、フジテレビのCMの殆どがACジャパンに変わったと揶揄する発言も多いのだけれど、CMは差し替わったとして、その番組の視聴率はどうなんだろうか。CM供出停止は、あくまでテレビを利用する企業とテレビ局の話で、実は世間的にはそのCMが無くなっても本体の番組が放送されるならば実は影響は無いとも言えます。世間が本当に今回の件に怒りを感じていて、フジテレビをボイコットしているならば、視聴率が大きく下がるはずだけれど、例えばここのランキングを見るとそんなに大きく下がっているようには個人的には感じられません。変な話だけれど、視聴率が高いという事は広告効果も期待出来るわけで、既存の停止しているスポンサーに変わり広告供出したいという企業が新たに現れるかもしれない。それ以上に代替措置として放送されているACジャパンの公共広告も多くの人の目に留まるわけだから、それってある意味フジテレビの公共奉仕みたいなことにもなるのかも(マテ)。

日頃は他社の同様の事例を取材して報道している側が、いざ自分達が当事者の立場になると下手を打ってしまうというのは、何やってるんだという事もあるけれど、人にしても企業にしてもなかなか突発的な事例に対しての対応には慣れていないだけに上手く行かないことの方が多いという事でしょうね。来週月曜日に改めて公開での会見があり、その内容次第ではもしかしたら停止している広告供出を戻すところもあるかもしれない。肝心な中居氏が芸能界引退を発表しただけに、ある意味一区切りついたと考えるところもあるかもしれませんね。企業として商品を売るために、広告効果が認められるならば、それも利用したいだろうし。一方で、三月末に発表するという第三者委員会の内容次第では、例えばフジテレビ側に何らかの関与が認められたとしたら、メディアとしての信用も失うわけで、となると今ここで再会するリスクも考えないといけない。まだ暫くは微妙な駆け引きが続くのかな。厳しい状況がまだ続くけれど、現場としてはそういう見方を払拭するようなコンテンツを提供して欲しいですね。

2025年1月24日

(UA) NRT - HNL (1) - 思い立ったが吉日

一度火がついてしまった思いは、燃え上がることはあっても衰えることは無い、を実感(笑)。3月までは、ちょっと悩む料金ばかりでしたが、4月に入りG.W.前までの端境期(?)ならばZクラスでお得な料金が幾つか出ているので、ここはやっぱり行くべきだよなと自分を3秒で説得して予約することに。まぁ、予想通りの成り行きですね(苦笑)。

ただここで残念なお知らせが。元々は、週末を挟んだ日程で最初に検索した時には希望通りに、ずっと寝ていく往路は羽田発の遅い便が取れて、復路は成田行きの早い便が取れていました。ところが2日後の昨日同様に予約検索を入れて見ると、その旅程での安い設定(Zクラス)はもうなくなっていて、思わずため息orz 「なんであの時に予約入れなかったのかなぁ。1,000円で72時間予約保持出来るので、それで一度仮予約していれば良かったなぁ」と自分で自分に自己嫌悪。仕方が無いので、別日程で検索してみると、一週間後の週末を挟んだ日程ではまだZクラスが取れそうですが、経路は成田発だけでこれがちょっと残念。往復A380になるのは、嬉しいと言えば嬉しいけれど、時間的には羽田発の一番遅いフライトの方が、現地到着がお昼前になるのでそちらの方が色々都合が良いのですが仕方ありません。更に、復路の成田行きは、早い方の便が取れなくて、遅い方のフライトになってしまい、これで帰宅時間が遅くなります。朝少し余裕を持ってホテルから移動出来るとは思いますが、それに余りメリットは感じられないし、確か自分の経験上、この2便目のA380の方が混むんですよね。こちらは、ファーストクラスへのアップグレードをかけようと思っているんですが、となると競争も厳しくなりそうな気がします。再び「なんで最初に予約しなかったんだろうか」とウジウジしながらも、この予約も翌日にはもう取れなくなるかもしれないと思い直して直ぐに予約したんですが、その後1時間もしないうちにそのクラスも売り切れとなり、結構危ないところでした。 

さて、次はホテル予約。そうで無くても高いホノルルのホテルは、円安でさらに割高になっています。そこに、リゾートフィーでUS$50位が上乗せされますから、これも大きい。実際、いつも利用している、BONVOY系、Hilton系はUS$400~$500位が相場。久し振りにHyatteを見てみたら、こちらはUS$300位のレートが出ていましたが、これは即決の場合でキャンセル可能料金だとやはりUS$400近くになります。InterConti系は一箇所しかないので今回は見送り。試しに、それ以外のローカル系のホテルとか見てみましたが、やはりUS$300前後に成るのでそんなに違わない気がします。自分の場合、弾丸トラベルで短い期間でサッと回るのが旅行スタイルなので、ホテル立地は出来ればアクセスの良い場所や利便性の良い場所が望ましい。そうなるとFSPメンバーになっているBONVOY系かHilton系になります。昨年は2回ハワイへは渡航していますが、いずれもHilton系でした。うち一回はHilton Villageで、こちらはポイントで宿泊しましたが、リゾートフィーも掛からずデジタルキーも利用できで便利だったので、今回もポイントを利用してHilton Hawaiian Villageを押さえておきました。これで取りあえず最低限の準備は出来たことになります。

今回のフライトは、ANA発券ですがマイルはUAに点ける予定で、獲得予定のPQPは、約2,300PQP。チケット購入時にSKYコインを少し使ったこともあり、1PQPあたりのコストは、約120円位と今の円安状況を考えると効率は結構良い感じ。UAで同様の旅程を予約すると、2,000PQP行くかどうかですから結構違いますが、でももう少しPQPが獲得出来たらなぁと言う気持ちもありますよね。今年は11月始めにUSのESTAが切れるので、それまでに出来るだけ渡航するのと、11月か12月に次のESTAでの1回目の実績を作って、それ以降の入国審査を簡単にしたいんですよね。ところで、4月のHonolulu行きが決まったので、一気に今年の海外旅行魂に火がつきました(笑)。3月の近場(?)のSingaporeへ飛べないかなぁとANAのサイトを彷徨う様子を覚めた目で観る自分が見えるような気がします。(続く...)

引退宣言

昨日の中居正広氏の芸能界引退発表にはビックリしましたが、実はこれで個人的にはちょっとホッとした印象も。実は、世間的には中居氏への圧力が高まっている中で、彼もこういう状況では決して安定した考えとか行動が出来る状態では無いだろうから、何かの切っ掛けで最悪の事態にならないかと心配していました。それが、色々問題や課題はあるんだろうけど「芸能界引退」という大きな決断をしたことで、少しは彼への圧力もへり彼も一区切りしたことで、以前よりは余裕ができるようになるんじゃ無いかと。ただ、それが逆に精神的な不安定感を生み出して、ふとした切っ掛けで「全て終わった、片付いた」と言うことで、自分自身にも区切りを付けて最悪の事態にな可能性もないわけじゃ無いので、それも今後は見守らないといけない。

今回の件は、元々は中居氏と相手の方との個人間の話で、それは100%納得したわけでは無いけれど、それなりの慰謝料を払っての示談が成立しているので、それはそれで「一応の解決」と思って良いはずだと思います。でも、中居氏のこれまでの社会的立場とか、その後の本人やフジテレビの対応に疑問が発せられて、それが次の問題点になっている。でも、世間的に派というかメディア的には、それら全部をひっくるめて一つの大きな「話題」として伝えているから、色々なノイズも多く発生しているし、それが問題をますます複雑かつ面倒な状態にしている気がします。

本来ならば「示談」という一つの方法で解決しているわけだから、その事が問題視されるのはおかしいと思う。ただ、とは言っても何かトラブルが発生しなければ「示談」という方法も取られることも無いわけで、そのトラブルの内容や原因によってはその行為者に対しての信頼感だとか責任という事にも疑問が生まれるわけで、そういうイメージがビジネスの肝でもあるタレント・芸能人としては致命的でもあるんですよね。そう言う意味では、示談成立した時点で中居氏自らが「トラブルが発生し、示談成立したが自分としては反省しなければならない、暫く休養します」とでも言ってしまえば、引退までは行かなかったかも。でも、その場合相手との示談内容に膨れる「守秘義務」に関してどうするかという話しも出てくるだろうし、当然相手側も特定されてそちらへ取材という名目で圧力が発生するだろうし、それはどちらにとっても望ましくない話。結局は、当事者同士で示談成立したならば、後は不問に付すのが一番良いのだろうけど、それも今回の様にどこからか漏洩しないうちはと言う事ですよね。

今回の場合、最初にスクープした芸能誌はウハウハなんだろうけど、結局はそのトラブルの火中にあった当事者にとっては、ほじくり返されたくも無いことを公にされてより傷ついただけだろうなぁ。「いゃ、フジテレビの不適切な体質を明らかにした」 という意見もありそうだけれど、中居氏がフジテレビとだけ仕事をしていたなら別だけれど、人気者の彼は全てのメディアと仕事をしていたわけで、となると全てのメディアの身体検査をしないと行けなくなる。スクープした雑誌メディアだって、完全にシロだとは言えないわけで、芸能人とかタレントと関わり合いのある全てのメディア関係者に対しての問題だと思うんですよね。それをフジテレビに矮小化して有耶無耶にしようとしているとも見える気がします。

2025年1月23日

CM出稿停止

フジテレビの対応に対して、更なる改善と進展を求めて、多くのスポンサー企業がCM出港を停止したり、企業名入りの番組名や表示の削除など、所謂「フジテレビ離れ」が加速中。確かに、港浩一社長の会見は、やり方にしても、内容にしても、発言にしても、もう少しやりようがあったんじゃ無いかと言う気がするし、その後の元フジテレビ役員で現在の関西テレビ社長の大多亮社長の会見はそれらの反省点を踏まえて準備されたように感じて、こちらは今の所話せるギリギリの所だろうなぁと言う印象。

実は、今回の大手企業のCM出稿停止に関しては、気持ちは分かるけれど何かむずがゆさというか違和感を感じる部分もあって、その行為自体は企業側としても「ちょっと勇み足だった」んじゃ無いかと言う気がします。でも、大手の例えばトヨタなどが最初にCM停止にすると、多分それに釣られて世間からの声も大きくなって、企業イメージ維持のために追随せざるを得ないんでしょうね。企業だけで無く、最近始まった 「119エマージェンシーコール」では、タイアップした消防庁がPRポスターの配布を延期するとか、公共機関にも拡大しています。どの場合も、理由はフジテレビの対応に対して不満、不足、不十分だと感じているからだとは思うんですが、元々のトラブルが個人間の微妙な内容で、しかも当人同士の間では既に示談が成立していてその中では守秘義務も要求されているから、本人から直接説明する機会は望めない。逆に、それを強いれば被害を受けた女性側を再び痛める行為になるわけで、それは一番避けるべきことだと思います。となると、当時のフジテレビの対応が適切であったかどうかを、中立かつ独立している第三者機関で確認するのが唯一の方法で、それに対して「望まれる体制での第三者機関を設置して当時の行為を検証する」ことを、スポンサー企業としてはまず要求するべきで、それが期日までに出来なかったのであれば、最後の手段としてCM出稿停止という行為になるのだと思うんですけどね。

もう一つ不思議なのは、火中の中居氏は民放とかもしかしたらNHKも含めて多くの放送局なりメディアなりに登場をしていて仕事をしていたのだから、今回表に出てきた事象はフジテレビ関連だったけれど、それと同様の規模や内容は小さいかもしれないけれど、適切に対応されたのか検証されるべき行為が他のメディア出なかったことも確認するべきだと思うんですよね。日本テレビだったかな、早々に「当局ではその様な行為は無かった」みたいなことを言っているけれど、それって中立的な第三者がちゃんと調査しての結論なんだろうか。関係者にインタビューだけして「どうなの」と聞いて「無いです」と言われたから「無かった」と言っているだけなら、フジテレビの行為を批判出来ないと思う。それに、中居氏がそう言うことを実行したのか同化が問題なのでは無く、そういう雰囲気なり環境が、演者とメディアの間で暗黙の場合も含めて存在していたのかどうかが一番の追及点だと思うんですよね。実際少し前の、所謂「ジャニー喜多川問題」だって、結論としてはジャニー喜多川氏個人の話に矮小化されているような気がするけれど、その回りに居た「知ってはいたけれど見て見ぬ振りをしていた業界関係者」の責任も大きいのでは。少し前までは、あれだけ騒いでいたのに、その後は全くと言って良いほど報道されなくなり、ちゃんと対応して解決しているのかどうかも良く分からない。少し前に、アメリカへ行った時に迷惑行為を受けたと言う事で、アメリカで裁判を起こしたというニュースもあったけれど、現在どういう曲面になっているのか、事象として解決したのか未解決ならばどれだけマイルストーンは進んだのか、そう言うことをちゃんと提示しないから、暫くしてみんなが忘れると似たようなことが再発するんじゃ無いだろうか。

キー局のフジテレビの放送では、もっと変わっているんだろうけど、地元の地方ネット局のローカル局ではACジャパン、全国CM、ローカルCMが1/3位担っている印象。正直そんなにACジャパンのCMが増えている印象は受けないんですよね。まぁ、以前と比べたらテレビ自体視聴する時間は減ってきているから、CM自体見る機会も減っているんだろうけど。で、そのACジャパンのCMなんですが、「公共広告」という事で、特定の企業や製品ではなく、ボランティアだったり生活改善だったり社会貢献だったりと、非常に健全で社会的に意義のある内容が毎回放送されています。ある意味、問題だと指摘されているフジテレビ(系列)のCMが、一番真面目で社会貢献しているという矛盾を感じてしまいます。また、出稿停止という「伝家の宝刀」を抜いて仕舞ったのだけれど、今回と同等以上の問題が今後発生した時には、同様の対応を取るのだろうか。今回は、フジテレビに対してはコンプライアンスの問題と対応という事になるんだろうけど、別の内容でもメディアとか放送局として重大な課題・問題が発生した時には、同様の対応を取るのだろうか。例えば、最近よく言われる「虚偽報道」とかは情報伝達企業としてメディアとしては一番の問題だと思うけれど、あの時に問題として意見したスポンサー企業は居なかったように思います。これまでも、何かあると特にネット等では「○○企業はスポンサー降りろ」とか「提供停止しろ」みたいな過激発言が出てきたけれど、今後は今回の件を実例として、さらに圧力が増すような気がします。言い方が適切かどうか分からないけれど、企業側も対応を急ぎすぎて入らぬ墓穴を掘ってしまった、様な印象を受けますね。

Hall of Fame

元MLBプレーヤーのイチロー(鈴木一朗)氏が、資格獲得1年目で「野球の殿堂入り(National Baseball Hall of Fame)」を獲得。史上二人目、野手としては初の満票での殿堂入りが期待されていたけれど、何故か一人は投票せずに「99.7%」という限り無く満票に近い獲得票で殿堂入り。日本人としては勿論、アジア系選手としても初めての殿堂入りとのこと。一番長く在籍していたマリナーズでは、イチロー氏の背番号「51番」を永久欠番にすると発表したけれど、これも日本人選手としては初の快挙じゃないだろうか。 

ちょっとビックリしたのは、発表の時にMCの人が日本語で発表していて、さらに別番組かもしれないけれどイチロー氏が日本語で受賞の喜びを向こうの番組で話をしていて、MLBとしてもイチロー氏の存在感を尊重しているような気がします。ただ、それを考えると何故イチロー氏に投票しなかったのか、その一人の人は。いゃ、これが一人一票で候補者の誰かに投票するというのなら分かります。でも、このHall of Fameの場合は、一人10人まで投票出来るとの事で、そうなるとその一人投票しなかった人は、イチロー氏は11番目以降の存在だったという事になるのかな。10人全部投票しない人も多いとのことなので、やはり「あえて」避けたとしか思えないのだけれど、確か投票券のある人は400人近く居たと思うんですが、それ以外の人達はイチロー氏へ一票入れたことを考えると、何か単純に「満票での選出」という事実だけを避けたかっただけのような気もしますね。

印象的だったのは、インタピューに応えるイチロー氏が、自分が知る限りでは一番嬉しそうな表情で応えていたことで、やはり彼にとってもこの「野球の殿堂入り」というのは最高の名誉の一つなんでしょうね。私は、アメフトの殿堂は一度訪問したことはありますが、私みたいな素人に毛が生えた程度のファンでも感激するし興奮する場所でした。アメフトよりも歴史としては長いしチームも多い野球(MLB)の場合は、それ以上の喜びなんでしょうね。アメリカの野球の殿堂は、ニューヨーク州のクーパーズタウンという所にあるらしいのですが、車がないと駄目な場所だなぁ。一番近い馴染み(聞き覚え)のある年は、シラキュース(Syracuse)ですか。「キングストン(kingston)」とか「ロチェスター(Rochester)」とか、昔聞いたような名前もあるし(笑)。まぁ、今回のイチロー氏の受賞で日本からのツアーとかも設定されるんだろうなぁ。

今は野球のオフシーズンだけれど、佐々木朗希選手がドジャースに入り、3月の開幕戦で投げる可能性もあるし、なんと言ってもこのまま順調にMLBで活躍すれば、次は大谷選手が殿堂入りすることは間違いない。それ以外にも、イチロー氏が活躍していた、あるいはその頃のMLBと比べると、何倍もの日本人選手が活躍している時代な訳で、本当にある意味日本の「準国技」と言っても良いかもしれない存在。それもこれも、やはり日本でも野球人口が多いことが一番の理由だと思うんですよね。歴史的長さでは、他のスポーツ、例えばアメフトともそんなに違わないけれど、何故か日本人の心を掴み子供達の憧れのスポーツになり、世界を目指して活躍する選手が世代を超えて登場し、とうとうMLBを代表する選手まで生まれてしまった。いつかアメフトでもそういう選手が登場して、Cantonのアメフトの殿堂に入る人が生まれてくれないだろうか。可能ならば、その瞬間を見てみたいなぁ。

オーバーホール

昨年末にオーバーホールに出していた、10年程前に購入したTAG Heuerが戻ってきました。前回オーバーホールしたのが4年ちょっと前なので、少し間が空いたかなぁと言う印象。自動巻きの腕時計なんですが、手巻きをすると少し空回りするような感じになったり、時刻表示の遅れや進みが少し大きくなってきていて、「そろそろオーバーホールかな」と思いつつも、なかなか踏ん切れずに延び延びになっていました。ある意味、ギリギリのタイミングだったかもしれない。 

昨年の12月始めにオーバーホールをTAG Heuerのサイトから申込、その後送付用のパッケージが送られてきたのが、12月11日。直ぐに梱包をして返送したのが翌日で、そこから数日後に受け取り確認のステータスとなり、翌週17日には見積が提示されて、まぁ前回と比べると倍位の価格だったんですが、それを了承してオーバーホールが始まりました。年末・年始にかかるので、完了予定日は今月の20日から24日という想定でしたが、丁度中日の昨日宅配便で送られて戻ってきました。

オーバーホールと外部の研磨もリクエストしていたので、本体、ガラス、バンドと新品同様になっています。流石に購入後10年経過しているので、それなりの鈍さみたいなものは感じられますが、まぁお金をかけてメンテナンスしただけはあると納得します(笑)。

一度時刻を合わせて、3時間程そのまま机の上に置いておきましたが、その間に秒針が3秒程遅れているのが気になります。確か以前は、1日の誤差が+/-10秒位だったと思うのだけれど、それと比較するとちょっと大きいですよね。ただ、ずっと置きっぱなしの場合と、腕に装着して動いているときで、また精度も変わるので今度は1日外に出かけるときに比較してみようと思います。

実はこのTAG Heuerと平行して、同時期に自分へのご褒美として購入して中古(「アンティーク」とも言うが-笑)のIWCもオーバーホールに出しています。こちらは手巻き式の機械時計何ですが、2018年にオーバーホールに出したのが最後で、昨年末には巻き上げも出来ない位になってしまいました。先月羽田利用の帰りに都内の購入店へ出向き、6年振りのオーバーホールをお願いしてきましたが、未だに見積も来ないのは大丈夫なのだろうか。3ヶ月位掛かると言われたので、まだ時間が掛かることは覚悟していますが、見積位はもう来ても良い頃なんだと思うけれど。契約している時計士の方も忙しくて、まだ待ち行列に入ったままなんだろうか。次のオーバーホールはいつになるか分からないけれど、こまめにメンテナンスはしていかないと。

2025年1月22日

花粉症初め

今年は花粉が来ない」とかお気楽なことを書いていたからでしょうか、昨日は季節外れの暖かさもあって、ちょっと微妙に「花粉症」っぽい症状が出始めました。 まずはクシャミ。鼻がむずむずっとしたかと思うと「はぁぁっっくしょん」と出るクシャミは、冬場などに出るものと一寸違う感じ。次に気になるのが・目の周りがムズムズと言うかピリピリというか、少し乾燥しているような、花粉症の時に良く感じる状態になりつつある事。最後の決め手は鼻水。風邪を引いたときのように、少し粘り気のあるものでは無く、水のようにさらさらした感じで、でもそんなに大量に出るわけでは無く、鼻に違和感を感じてティッシュペーパーで鼻をかむと、少し濡れているような感じで、何となく「花粉症序盤」を感じさせるもの。

そんな「花粉症の前兆」みたいな症状は感じつつも、今の所鼻が詰まることは起きているときも寝ているときも無くて、それは助かっているところ。そう言う意味では、「花粉症」とまではまだ言ってはいないけれど、このまま外の環境が悪化してくれば、今年もそれなりの症状にはなりそうな予感がします。今の所花粉症の薬を確保しておこうかなぁ。ただ、花粉症でも、鼻水が酷いのか、熱なのか、目のかゆみなのか、症状によっても効く効かないがあるので、先に購入した薬が当たれば良いけれど、外れると無駄になるし。

人によって花粉症の症状や困る部分は異なると思いますが、自分の場合は基本在宅勤務(リモートワーク)なので、例えば鼻水が出ればテッシュを鼻に突っ込んで仕事をしても問題無いし、回りや人目を気にする必要は無いので、そういう部分は無い方が良いけれどあっても実はそんなに困らない。個人的に一番困るのは、鼻が詰まることで、それで夜寝られないのが一番の問題です。どうしても睡眠が細切れになって熟睡出来ないので、朝目が覚めても寝た気がしない。当然昼間の仕事や生活のパフォーマンスも落ちてしまい、気がついたら椅子に座って船を漕いでいたりしています。そのままではまた同じ事の繰り返しになるので、一度ベッドに言って昼寝じゃ無いけれど少し休んでみると、そういう時には鼻が不思議な事につまらないんですよね。で、結局昼間はそんな感じで睡眠不足を補うことが中心になり、生活が夜型になったりしていくので、ますます夜の生活が苦しくなったりして寝られなくなります。

それでも、一番酷いときには寝るにも寝られず、鼻も詰まって口呼吸になって喉も痛くなり、変に微熱よりも少し高い発熱状態になったり、もう散々なときに比べれば大分良くなりました。仕事も手に付かず数日寝込むようなことも何年か続き、その頃の酷さを「100」とすると、今は「5」とか「3」くらいかなぁ。それでも、全くそんなことの無いときよりはやっぱり気になりますよね。何が効果的だったかは定かで無いけれど、今は寝込むことは流石に無くなり、鼻水も酷い的には数日で大きめのディッシュボックスが無くなることもあったけれど、普通に夜寝て朝目が覚めるようにそれなりに熟睡出来ることが一番個人的には嬉しい。今年は去年の倍位の花粉飛散量が予想されているそうですが、コロナ禍の時みたいにマスクした方が良いかなぁ。そう言えば最近インフルエンザが流行しているせいか、以前に増してマスクをしている人が増えたように感じます。コロナ禍でマスク着用はかなり一般的になったけれど、その後反動で外す人も増えました。でも、インフルがあり花粉症があるとなると、またマスク復活するのかも。

ハワイへ行きたい

今年の初海外の予定がまだ決まらないのですが、3月までは色々仕事関係で忙しくてちょっと余裕がありません。まぁ、2泊3日位なら何とかなるので、Singaporeなら行けそうだけれどちょっと思案中。行くならば、やはり米国のどこかなんですが、3月までだとまだMLBも始まっていないし、NFLはオフシーズンだしちょっとモチベーションが上がりません。近場で行くなら、やはりハワイかなぁと思って試しにANAのサイトで検索してみたら、2月とか3月はハイシーズンなのかな、安いレートが無い。やっと3月中旬位から少し安めのレートが出てきましたが、Dクラスなのでまだ少し高い。で、4月に入るとやっとZクラスが出てきて、これならば何とかなるかなぁと言う感じ。ただ、出発日が日曜なので、有休は4日分取らないといけないのがちょっと痛いかなぁ。

その4月のZクラスのホノルル行き。同じ工程をUAで検索してみると、提供されているコードシェアの座席の関係か、少しルートが変わるのと、2万円位高くなるのは為替レートの関係だろうか。UA発券の場合、トータルで32万円位に成るんですが、今の円安だと為替レートはUS$1=155円位なので、US$1=1PQPの計算では2,000PQPを僅かに越えるかどうかと言う状態。一方でANA発券でUAのFFPにつける場合、こちららだと2,300PQPに届くので効率的にはこちらに軍配が上がります。

試しにこの時期のホノルルのホテルを検索してみると、うーん「高い」。US$ベースで高いから、円安で円に換算すると「もっと高い」。それならばポイントではどうだろうと検索してみると、2泊で手持のポイントをほぼ吐き出してしまう位で、これも参ったなあ... だんだんと、おちおちハワイにも行けない時代になったなぁ(マテ)。

「闇バイト」と「不法移民」

トランプ大統領の就任式関連のニュースや映像を見ていて、良く出てくる言葉の一つに「不法移民(対策)」があるんですが、改めてこの言葉を聞くと疑問を感じます。本来「移民」というのは、その国の制度や法律に則って海外から入国して滞在(生活)が保証された存在のはず。そこに「不法」が付くという事は、本来満足させるべき規則や手順を満たしていないという琴奈分けだから、そもそも「移民」ではなく「不法滞在者」とか「違法入国者」とでも言うべき存在だと思うんですよね。似たような言葉の例として「闇バイト」なんて言うのも似た響きを感じるもので、「闇」というのは表に出せない公に出来ない非合法な者という意味合いがあると思うんですが、それって「犯罪行為」であって「バイト」なんて言う事柄じゃ無いはず。 

前回トランプ氏が大統領に当選した時の選挙でも、この「不法移民問題」が大きなテーマの一つで、自分もこんなことを書いていました。日本だと「止むにやまれない理由から何とか日本に入国してそこで生活基盤を持ちたい」みたいな解釈が一般的な認識だと思うけれど、そもそも入国目的を偽っている時点で本来ならば入国出来ないはず。米国の場合は、その不法移民が社会の底辺を支える労働力として暗黙の存在になっている気がするけれど、日本の場合は正規に入国してきた「海外実習生」が搾取されるケースが多くて、逆に入国後難民申請をして「不法移民、不法難民」みたいな立場の人の方が、いろいろと支援なども受けやすくてそれなりに日本に定住しているのは、日本ならではの矛盾だと思う。

日本でも法律が改正されて、難民申請も3回を越えると強制送還されるようになり、実際そういう事例も発生しているようです。対象の全ての人がそうだとは言わないけれど、実際に難民申請や対応している人のインタビューなどを聞くと、本当の意味での「難民」は殆どいないという話は、もっと重要視するべきだと思う。それなりにルールに則り入国して、その後本来の目的とは異なる定住理由に変更して手続きをする点は、まぁまだ米国よりもマシだと思うけれど、米国の場合は陸続きということもあり国境を文字通り物理的に越えて侵入して、それで米国国内で生活しているわけですからね。あらためて、正規の方法で米国に移民として移住した人、あるいは難民として受け入れられてきた人達からすれば、自分達は苦労して獲得した権利を蔑ろにする迷惑な行為だと感じるのは当然だと思う。

ネットの世界では、もう国境みたいなものは無くなって「一つの世界」が生まれていると思うんですが、物理社会に於いても交通機関の発達や考え方の多様性から、色々な理由から移動する事の抵抗感は殆ど無くなってきていると思います。そう言う人の流動性はどんどん拡大していき、日本のような地勢的に閉鎖的な地域であっても色々な人が入ってくることは避けられないことだと思います。ただ、だからと言って無節操に外からの流入を許していては、元々生活していた人達に対して不利益や実害が生まれる可能性もあり、例えば治安の悪化だとか、独特の文化や風習の違いからの摩擦などはどこでもある課題・問題だと思います。以前も書いたけれど、多くの場合移民・難民と言う人達の立場は弱いことが殆どなので、ある程度保護されるべきだとは思います。でも、特に日本の場合、それが過剰に要求されて元々居住していた人達の行動や生活に大きな制限が要求されることはおかしいと思う。少数意見をくみ上げることは大切だけれど、それを理由に多数の存在を否定とは言わないけれど制限することも最小限にするべきだと思う。その為にも「不法移民」という、何か曖昧で何となく正統性を仄めかすような言い方では無く、「非合法滞在者」とか「不法入国者」とか現実に即した言い方が必要じゃないだろうか。「闇でも『バイト』だから」という安易な印象が犯罪抑止どころか犯罪を助長しているのと同じような印象を受けます。それは、急増しているインバウンドの人達に対しても同様で、先ずは日本に来るのであれば日本のルールを守りなさいと言う当然な事を言うべきで要求するべきだと思う。

2025年1月21日

トランプ大統領 2.0

トランプ大統領が正式に就任して、2期目となる「トランプ大統領 2.0」が再スタート 。現地の気温が低すぎる(-10.0)ということで就任式は室内で行われて、その後のパレードも室内で開催されるなど、何十年振りという異例の開催は彼らしいのかもしれない。考えてみたら、前回のバイデン vs トランプの大統領選挙の時も、結構勝敗が決まらず接戦だったのだから、今回のトランプ大統領再選も不思議では無い。強いて言えば、就任当時からその高齢が問題視されていたバイデン前大統領の年齢とその後の衰え、そしてコロナ禍による様々な経済や社会生活への影響が、悪印象は生み出しても好印象は殆ど無かったことは、ある意味不運だったかも。

トランプ大統領は、早速選挙前から自ら公約としていた様々な政策の実現を訴えて、支持層からの指示を堅固にしているように見えます。ある意味「独裁」とも映る様子で、実際その様にも発言しているらしいのだけれど、そういう様子を見ていると「トランプ氏の調教役」とも言われていて、実際信頼も高かった故安倍晋三氏の存在の大きさと重要さを改めて感じますね。二人が、日米の大統領・首相として世界の中で活動していたとき、とにかく突拍子も無い事、自分本位のことしか言わないトランプ氏に対して、その他の国々と根回ししつつ何とか落とし所を見つけてそこに落ち着かせることが出来た安倍氏の力量というか存在は大きかったと再認識されます。あれから4年が過ぎていて、当時いたEUやその他国々の主要首脳も殆ど入れ替わっていて、トランプ氏の扱い方を経験している人材も居なくなっているわけで、となると「安倍晋三」という重しの無いトランプ大統領の暴走みたいなものがやはり不安になりますね。

当時の世界も決して安定していたわけではないけれど、それでも何となく安定感があって微妙なバランスが保たれていた気がします。ところが今の世界は、ウクラナイvsロシアに始まり、イスラエルvsハマスはやっと何とか落ち着いてきた感じだけれど、当時と比べたらかなり不安定さが進んでいることは事実。その中で、世界最大の軍事パワーであるアメリカが世界で無く自国しか守らないと宣言してしまうと、ロシアはますますウクライナ進行を優先するだろうし、中国は裏で色々周辺諸国へと浸透を続けるだろうし、それ以外の世界の不安定さは増すことはあっても減ることは無い事も確実でしょうね。

望むと望まざるとに関わらず、これから4年間はトランプ大統領時代が続くわけで、前回1期4年を務めているので、間が空いていても残りの就任期間は2期目の4年間だけというアメリカの法律は、かなり先見の明があったのでは(笑)。自ら無理矢理法律を改正して、幾らでも大統領にとどまれるようにしたどこかの大統領に爪の垢を煎じたい位(マテ)。逆に言えば、その4年間で自分としての集大成を完成させようとすると、結構無理なこともやりそうな気がするのが恐い気もします。時間をかけなきゃいけないようなことも強引に自分の意見を押し通したり、とにかく実席を作るために思いついたことをどんどん打ち上げて行くみたいな。実際就任直後に署名する大統領令は100通を超えるという事で、歴代でも一年間で最大は133通との事から考えると、かなり異例というか何でもありなんだなと半分呆れてしまう。特に今回のトランプ政権の場合、下院、上院、大統領と、すべてトランプ氏側の共和党が多数を占めているので、ブレーキが掛からない。以前は共和党内にもそれなりに存在していた、「反トランプ」みたいな勢力も、今回は殆どいないそうで、そうなると「アメリカ合衆国」が「トランプ共和国」みたいな形になりかねないですよね。今でも十分に混沌としている世界を、これ以上引っかき回すこと無く少しでも落ち着くことを祈りたいです。