2026年5月6日

味噌とAI

佐々木俊尚氏の引用から、Claude Codeの生みの親であるBoris Chernyは、Anthropic入社前に日本の奈良で味噌造りを氏ながら農村生活をしていたという記事。「えっ?」の100乗位疑問符が付くくらいの話。記事の中では、味噌造りに掛ける(掛かる)数ヶ月から数年という年月と、一瞬で目的のプログラムを生成するClaude Codeを対比しているけれど、なんだろう、もっと突っ込んだ記事を読みたいなぁ...

私も老後のたしなみ(?)で、生成AIの世界を少しずつ囓り出しましたが、やはり難しい。コマンドプロンプト自体には抵抗感は無いのだけれど、なんて言うかその場その場で思いついたアイデアをブラッシュアップさせていくやり方にまだ慣れていないというか。最近ではアジャイルも時代後れなのかもしれないけれど、「走りながら車を作る」みたいな感じの開発手法は、昔ながらの「ウォーターフォール方式」で開発のイロハを叩き込まれた自分としては、なかなかしっくりこない(笑)。ただ何度か書いているけれど、「対話形式」にはそんなに抵抗感は無いので、そこは良いのだけれど、「巻き戻し」というか、「あっ、失敗した」という時にリセットするんじゃ無くて、幾つかの分岐点に簡単に戻って別の方法を試すような、そんな「やり直しのきく手法」みたいなものが中々見つからなくて、自分の中で悶々としています。

記事中、味噌とコーディングの関係を説明する部分で、

これは味噌の論理だ。

と書かれているところは、少し辻褄合わせというか強引な気がする。多分、今開発しているソフトの結果では無く、そのソフトが使われるようになった後に次に求められる事柄を想定しつつ、今のソフトを完成させるみたいな思考を言いたいのだと思うけれど、そうすると今のソフトが作られたときの前のソフトはそのようにして作られたのだろうかという、無限の負のループが始まってしまいそうな。多分、そのソフトの性能・機能に責任を持つことは当然としても、それによってどの様な世の中の変革が生まれるのか、そう言う事を想定して開発作業することが重要と言いたいんだろうなぁ。これは、そのソフトウェアが世の中にどの様なインパクトを与えるかとともに、人間がそれをどの様に活用するのかという部分も重要なわけで、日本現側もAIが与えてくれるであろう便利な世の中を口を開けて待っているだけでは駄目という話だと思う。

「味噌」というのは、それ単体で食べることもあるけれど、多くの場合は調味料として他の食材や調味料とともに使用して、寄り幅広い味覚や栄養を提供していくもの。AIが色々変化していくように、味噌だって白味噌、赤味噌に素材の違いや地域によっても異なる味噌があるのと似ていますよね。また、味噌から醤油も生まれるし、納豆や日本酒も大枠として似ていると言えそう。そう考えてみると、日本の発酵食品というのは全て同じ様に言えそうな気がしますね。最近では、強制的に発酵加速させたり調味液を浸透させた「発酵食品風」のものも増えているけれど、原理は自然の営みからの産物。案外その「発酵期間」ってAIの「学習期間」に相当して、AIが熟成していく事とも類似性がありそうな(マテ)。もしかしたらBrois Cherny氏がAGI(汎用人工知能/Artificial General Intelligence)誕生後再び味噌造りにもどったら、今度はその味噌から「バイオAI」が生まれたりして(笑)。SFの読みすぎかな。

メディアの光明

元朝日新聞政治部記者の今野忍氏と言えば、まだ朝日新聞記者だった昨年後半辺りくらいから知名度がどんどん上昇。さらに年明けに退社して「政治ジャーナリスト」としてフリーランスになってからは、色々なネット番組やテレビメディアにも頻繁に登場するようになり、特に静岡では「静岡朝日テレビ」で週レギュラーにもなっているので、静岡県では更に知名度は高いんじゃ無いだろうか。

ちょっと不思議だったのは、朝日新聞在職中から結構歯に衣着せぬ論評や記事で「朝日新聞らしくない朝日新聞政治記者」として有名になりつつあったけれど、なんでそんなことが可能だったのか疑問でしたが、このコンテンツを見て納得。今野氏の上司であった現在アサヒシンブンのDEEPPOLITICS編集長の林尚行氏は、今野氏のそういう行動活動を見つつ対社内的にも批判を抑えつつ政治記者としての活動を許していて、そのバランス感覚というか包容力というのか、こう言う人も居るから今野氏みたいな人も生まれてくるんでしょうね。

「朝日新聞」というと、自分の高校・大学受験の頃などは、朝日新聞の「天声人語」は受験勉強の必須項目の一つみたいな感じで、それだけ「社会の公器」としての存在感があったもの。また、私が初めてアメリカ出張をしだした1980年代後半から90年代初頭においては、当時インターネットがやっと歩き始めた頃でしたが、そんな黎明期に近い時期でも朝日新聞は自社のインターネットサイトを開設。しかもURLは「asani.com」と.comだったのが以外でした。その後他の新聞社もサイト開設してきたけれど、確か全部「.co.jp」だったように記憶しています。確か当時は社内からだと社内の専用回線からゲートウェイ経由で社外にもアクセス出来たから、会社からよく日本のサイトにアクセスしていたなぁ。ホテルとかに帰ると、まだモデム接続の時代でしたからね(苦笑)。本当に当時の「朝日新聞」は重要で貴重で信頼出来る「メディア」だったわけです。

その「朝日新聞」が変節というか独自色を強めてきたのはいつ頃から何だろうか。 Wikiを見てみると、所謂「吉田証言」みたいなものが出てきたのが1980年代初め頃で、その後1990年代に入りその正誤の検証が行われて、1997年に朝日新聞は「吉田証言の審議は判定できない」みたいな結論をだしているみたいですが、その後その反動なのか左翼色がどんどん強くなっていったのかな。佐々木俊尚氏が、朝日新聞の新社長角田克氏の記事を取り上げて期待感を表していたけれど、どうだろうか。メディアと言えども私企業だから、自分達の方針なり社会観をもって居ることは問題無いと思いますが、メディアとして情報を伝えるときにはそれだけで伝えるのは報道では無く「宣伝」になるわけで、今は宣伝組織化しているように感じられる朝日新聞がこれからどの様に変革していくのか、楽しみのようで恐いような(笑)。

2026年5月5日

正義の押し売り

佐々木俊尚氏の引用から、都内で開催された「肉フェス」会場で宇宙人が人肉を食べるパフォーマンスをして「ヴィーガンになろう」と呼びかけるという話。佐々木氏も「戦術を間違えている」とコメントしているけれど、まぁこの手の主張って自分達こそが正義という匂いがして個人的には全く賛成出来ないし迷惑なだけ。 

勿論、何か体質的な理由とかで肉食を避けないと身体的な問題が発生するような場合には、それは「菜食主義」として言って貰っても構わない。ただだからと言って「肉食を止めて菜食主義に変わろう」とまで言うのは、それでも間違っていると思う。「自分のような体質のお客にも他王出来るように、肉系素材を使わないメニューを増やして欲しい」というならまだ変わる。小麦粉とかそば粉とかのアレルギー体質対策と同じレベルの話なら、世間的にも受け入れられるし支持もされると思う。でも、今回の様な行動を取る人達は、単に自分達の「菜食主義」という思想というか主義主張を他者に押しつけているだけで、そこにあるのは動物愛護というよりは「正義の押し売り」みたいなもの。

動物の中にも「肉食系動物」は居て、他の動物を捕食して食べるわけだけれど、それは彼らは許すのだろうか。そうであれば「家畜」を自然に話して、「野生化した元家畜」を人間が狩猟して食べることは問題無いと言えてしまうのでは。「いゃ、人間は知性があるのだから、動物を割く陸しなくても植物を食べれば十分」というのかもしれないけれど、それでは体に必要な様々要素が取得出来ないことは医学的にも説明されているはず。実際ヴィーガンの人は精神的に不安定だったり、病気に対しての耐性が低いというような話も聞くし、結局はバランス良く栄養素を取ることが一番大事ということでは。

良くヴィーガン対応という事で、豚骨ラーメンとかハンバーガーとかステーキとか、人工肉(大豆肉)とか代替製品を使用した、「肉系食事とそっくりな食事」を日本だと提供しているけれど、あれってヴィーガン的には受け入れられるのだろうか。肉食を否定しているのに肉系の食事を食べたいというのは論理的矛盾な気がする。そう言えばたまたま見ていたネットのコンテンツで、鯛焼きを食べたいけれどヴィーガンなので動物の形をした物は食べられないと話すインバウンドの人がいたけれど、形だけでも駄目ならラーメンとかハンバーガーとか完全にアウトじゃん。ヴィーガンと言っても、その内容というかレベルは色々別れていて、単に「肉」を食べなければ卵や牛乳はOKなレベルから、完全に動物油来品は駄目という厳しいレベルまであるらしい。それならば一番厳しいレベルの人達は、軽いレベルのヴィーガンに対しても批判するんだろうか。所謂「左翼・左派」という人達が、自分達の主張が正義みたいな形で声高に主張して押しつけてくるけれど、それと同じ印象を感じますね。だから本当に必要で菜食主義の生活をしている人達から見たら、こう言う「押し売りヴィーガン」は迷惑なんだろうな。

2026年5月4日

御用読者、語用論者

沖縄タイムスの読者投稿欄に掲載された、亡くなられた被害高校生の意図を勝手に解釈した記事に対して、沖縄タイムスが当該部分を削除して訂正するという話。似たような事は、事故直後にインタビューを受けていた基地反対派の女性がインタビューでも話をしていて、あぁこの人達の頭の中では自分達が正義だという事しか無いんだなと感じたけれど、そういう人達が一定数それなりの力を持って活動しているんでしょうね。でも、最後の結論部分を削除するなら、その投稿自体無効にするべきだと思うけど、それはしないの?

この沖縄タイムスの記者氏のコメントは当然のことだと思うし、社内でも批判や反省が生まれているという部分には期待したいけれど、その引用元の記事では自分達も転覆事故の件を報道していると反論している。少し前のネットのコメントでは、この件では産経新聞が抜きん出た質量ともに報道しているけれど、記事本数だけ見ると確かに地元紙も産経新聞程度の本数の記事掲載をしているらしい。但しその内容に関しては、事故の表面を舐める程度の本質に関わらない部分も多く、さらに産経新聞が地元記者一人に対して、その何倍もの人員を担当できるであろう地元紙がその程度というのも納得いかない。 

さらに内容の差に関しては、こんな分析記事があり、確かにその旅行の責任者である学校側と、事故当日の実行者である地元の反対派によるボート運航の責任に関しては、産経新聞はかなり色々取材した記事を掲載しているのに対して、地元では殆ど触れられていない印象は明けます。地元紙の記事を読んで一番感じる違和感は「この事故を理由に『平和運動』が阻害されてはいけない」という意図が感じられる事。例えその行為に100%の正義なり理由があったとしても、死傷者を出すような事故が発生したならば先ずはその内容を検証するべき。それがどんなに崇高な考えであっても、人の命を奪って良い理由は無いはず。今学校側は文科省が、反対派側は海上保安庁が検証活動をしているようですが、手続きや工程が適切だったのか、先ずはそこが問われるべきで、それに対して何か組むべき理由があるかどうかは、その後の問題だと思う。

この件に関して現地の責任者であるはずの玉城デニー知事は、全く何もしていないようにしか見えないのも問題なのでは。1年少し前のダンプカーでの死亡事故の時だって、彼の発言は事故を誘発した反対派では無く、それを防げなかったと事業者側を批判するような言動が目立ったように思います。あの時にちゃんと対応していれば、今回問題となっている無法な「抗議船」の運用だって無くなると是正されていたかもしれないし、そうなればこの事故だって発生しなかったかもしれない。結局は自分達の「正義」しか見えておらず、その膿が溜まって耐えきれなくなって発生したのが今回の事故じゃ無いだろうか。遺族の方が書き綴るnoteの内容に関して、それ以上の内容の記事を(産経以外の)メディアがちゃんと報道することは無いのだろうけど、ネット時代という背景がそう言う歪んだメディアの不具合を露呈させていることがせめてもの救いなのかも。後は、法の適切な判断が先ずは出されることに期待するだけですね。

2026年5月3日

本当の節約

G.W.には弟家族や姪っ子家族が帰省してくるので、ちょっと奮発して「国産黒毛和牛でも飼っちゃおうかな」とイオンへ出かけて行ったときのこと。普段は通り過ぎるだけ(笑)の牛肉コーナーへ行ってみました、。購買層としては、ファミリー層とか近隣の高齢者家族などを想定しているからでしょうか、国産物よりもオーストラリア産とかアメリカ産で価格的にお安い物が主流のようです。そんな中で燦然と輝く「国産黒毛牛肉」なるポップですが、その周りに陳列されているプラスチック製のパッケージが頂けません。

「上げ底」だけでなく、透明な蓋部分も中身がよく見えるようにと大きく高く作られていて、そのパッケージ全体のサイズはアメフトのフットボールよりも大きくラグビーボールくらいありそう(比較対象が...)。でも中に入っている牛肉は250g位ですから、多分普通に切り並べて入れれば、その容器の半分どころか1/10位でも良いくらい。全体のサイズは大きいけれど、何というか本来の購買対象の「お肉」以外にも、空気も一緒に購入為ているような気分です。

販売者側の気持ちも理解出来ます。自分のようなこういう食材は「ハレの日」のものだから、味だけで無く雰囲気だって盛り上げたい。豪華にリッチな感じにして売上げも伸ばしたいし顧客満足度も高めたい、というのはビジネスとしては当然の考え方。でも、以前から無駄を無くそうという事は言われているし、最近ではナフサ不足でプラスチック容器が足らないと言われているのに、まだこういうパッケージングするのかなと小一時間。もしかしたら在庫分なのかもしれないけれど、これだけ世間でナフサ、ナフサと言われているとちょっと違和感すら感じます。

普通こういう食材の容器と言えば、白色のトレータイプが一番馴染みがあり標準的だと思います。記憶を遡ると、昔は食品の高低にかかわらずトレーは共通だったけれど、そのうちに付加価値というか差別化なのか、白トレーに印刷してカラー化したり、ちょっと底の部分を盛り上げて内容量が多めに見えるようにしたりということはあったと思います。でも、それが段々強調されすぎて誇張されすぎて、今では肉を買うのか容器を買うのか良く分からない状態。自分としてはお肉を買いたいけれど、そのパッケージが大きすぎて他の購入品がバックに入らないみたいな事にもなるので、もう見ただけと購入意欲が減退します。個人経営の精肉店へ行くと、対面販売ということもあって白い紙(ホワイトパーチ)で包んでくれるので、本当に必要な領分のスペースしか消費しません。まぁ、上から更に買物品を置くと潰れるとか、デメリットもあるけれど、今の時代を考えたらもう少し過剰パッケージに対しての姿勢を考えないといけないような気がします。あっ、今回はやはりお肉が必要なので、本当に数年ぶりにあの大きな容器に手を伸ばしました。買物籠の中で、本当に邪魔でした(笑)。 

富士山静岡空港復活?!

地元の富士山静岡空港は、地方空港としては珍しく国際線利用者数が多くて、一時は好調でした。しかし、コロナ禍があり最近の中国政府による渡航禁止令もあり、中国路線依存度の高い富士山静岡空港の利用者数は激減。このまま廃港かとも言われましたが、FDAによる国内線が持ち直したり、国際線でも韓国線が好調になりさらに東南アジア方面への路線開発も進み、2025年度は利用者数は70万人を越えたらしい。 

中国からの渡航者激減は、富士山静岡空港だけの問題では無くて、全国の空港共通の問題とも言えますが、でも実際には中国からの渡航者は減ったけれど、他の地域からの渡航者がそれ以上に増加していて、全体では前年比でも上まわっているらしい。それによる経済効果も、特に中国路線の影響は「無い」と言っても良いくらいの状況というのは何度か報道もされています。皮肉と言えば皮肉なんだろうけど、中国政府としては日本の痛いところを突いたつもりが、それが効果が無く相手にダメージを与えていない事に。逆に、日本国内で中国経済圏でビジネスをしていた、所謂民泊業者や白タク業者などは、それまでの顧客がぱっと消えてしまったことになるので大変らしい。それで国内の観光産業が適正化、最適化されるなら望ましいと思うけれど。

日本から消えた中国インバウンドは、韓国とか東南アジアとか、行き先を切り替えていて、中国の観光需用自体は旺盛らしい。ただ、それらインバウンドが増えた地域は、日本が抱えていたような問題に苦慮しているらしいけれど。さらに、中国からのインバウンドが減るとともに、日本から中国への渡航者数も減っているらしく、中国国内の観光産業のうち日本に依存して居るところは大変らしい。別に日本側の責任では無くて、中国政府の責任なのだから彼らも文句も言えないのは苦しいところなんでしょうね。

ただ、都内なんかを移動していると、中華系と思われるインバウンドグループ(家族連れ?)は結構遭遇します。羽田空港なんかでも、確かに以前ほどでは無いけれど、渡航禁止令が実質出ているにしては結構日本に来ている人はいるんだな感じる位には遭遇します。昔は、台湾の人と中国本土の人は、何となく区別が出来たんですが(仕事で、それぞれの地域の人達と結構付き合いがあったから)、最近は中華系の人というのは分かるけれど、どっちの側なんだろうかという判断が難しい(笑)。まぁ、厳しい状況下でもわざわざ日本に来るというのは、それだけ日本に興味が有るという意味でもあるから、そういうインバウンドの人は歓迎するべき何でしょうね。その一助に富士山静岡空港も是非一つよろしく(笑)。

2026年5月2日

Domestic B777-300 Retiring...

ANAが運用している国内線使用のB777-300を、今年度中に前期退役させるというニュース。先月も搭乗機会がありましたが、Premium Classを利用してもあの手動式のリクライニングシートに遭遇すると申し訳ないけれど「ガッカリ」しますね。

国際線で使用しているB777-300ERは残るという事で、こちらが退役したら貴重な「THE Suite」搭載機材が減ってしまうから、こちらはまだまだ頑張って欲しい。今年出来れば搭乗したいと思っているので(笑)。予定していたB777X(B777-9)が今の所早くても2027年後半くらいの様子なので、1年後くらいからはB777-300ERの退役も始まるかもしれないけれど、まだまだ頑張って欲しいですよね。

 国内線で言えば、B787-10が一番新しい機材で、先日のB777-300利用の往路利用の帰りがB787-10でした。これはちょっと皮肉な組合せかも。流石にB787だと機内が少し狭く感じるし、実際シートのアサインもB787-300の2-3-2の7アブレスト(abreast)に対してB787-10でも2-2-2の6アブレストですし、通路幅も少し狭い気がする。ただし、機内の静粛性はB787-10の方が優れているし、B787は機内の湿度も高めなので喉の調子も良い気がします。

1機で定員500名以上の期待と言えば、自分達の世代はB747シリーズに散々お世話になったわけですが、今ではA380だけなんだ。その500人以上も入る機体を贅沢に使用して300人位の定員にしている中東の航空会社はなんと太っ腹か(笑)。あんまり興味は無いけれど、それでも一度位は覗いてみたい気もします。今計画中のスタアラ世界一周フライトでは、SQのA380のファーストクラス利用を狙っているんですが、中々難しそうだし。さて、年内あと何回B777-300に搭乗できるのだろうか。ちょっと楽しみな遭遇かもしれない。

2026年5月1日

不思議なメルアド

とある事情から、新しいドメインでのメール設定をしているんですが、これが上手く行かない。デフォルトメーラーであるGmailに集約したいんですが、GmailやYahooメールとかは、昔のPOP3サポートが終わっているので、IMAPを使いたいけれど、何故かGmailから対象メールアドレスへの確認(招待)メールが届かない。

別アドレスのYahooメールから、その新しいメルアドにダミーメールを飛ばして、その新しいメルアドのWebメールシステム(システム上のメール管理ソフト)にアクセスしてみても、何故か送ったはずのメールが届いていない。試しにその新しいメルアドから、GmailとYahooメールの自分のID宛にダミーメールを送信してみると、Yahooメールには届いたけれどGmailには届かない。Yahooメールから別のダミーメールをGmailと新しいメルアドに送信すると、Gmailには届くけれど新しいメルアドには届かない。

新しいメルアドは、昨晩別の管理者が設定したところなので、まだ完全にアクティブになっていないのだろうか。いや、そんなはずは無いはずだけれど。以前も同様のことをやって、直ぐに利用可能になったんですよね。その後そのシステムがEOLとなってしまったので、久し振りに今回同様のサービスで新しいドメインでのメールアドレスを設定したんですが、何が悪いんだろうか。管理画面にアクセスしてみると、特に問題なく動作している様子なんですけどね... 

昔は仕事のメールソフトがOutlookだったんで、こちらも利用していましたが、今はもう使っていない事も有り出来れば慣れたGmail一本にしたいけれど... MSNにアクセスして、Outlookのアカウントシステムからアクセスしようとしていますが、こちらもどうもOffice365のOutlookとWeb版のOutlookは、色々仕様も違っているみたいで四苦八苦。仕事ではいろいろなメールソフトを使用しているけれど、その設定なんて数年に1回やるかどうかなんで、毎回苦労しますが今回はちょっと手も足も出無い感じ。さてどうしようかと思案だけが続くG.W.の中日です。やれやれ...

[ 2026年5月1日 12:00追記]
担当者と相談してみたところ、どうも新ドメイン用のMXレコードにDNSが登録されていないのが原因だった様子。契約したら自動的に設定されると思っていたら、自動登録はしないのが初期値らしい。まぁ、突然アクティブになっても困るからなぁ... 取りあえずDNSの値をMXレコードに追加して諸環境への反映待ちということで、多分解決するだろう(希望的観測)。

G.W.折返し

G.W.は、速くも中間折り返し地点。昨日で4月が終わり今日から5月が始まりますが、それって2026年も1/3が過ぎたという事でも有り、もうあっと言う間に一年なんて過ぎるんじゃ無いかと言う感じ。つい先日1月1日の元旦だったと思うのに、昨日までの記憶って殆ど無いぞ(汗)。

G.W.は、昨日今日とあいにくの雨模様で、昨日は一度仕舞い込んだ長袖のスエットをまた取り出して着込むほどちょっと冷え込みました。今朝も深夜からの雨で少し肌寒い感じでしたが、お昼頃からは雨も上がり逆に午後は22度くらいまで気温は上がるらしい。一週間の中での気温の上下も大きいけれど、一日の中でも気温が上がったり下がったりの差が大きくて、ちょっと年寄りには厳しい気候。「寒い」という程では無いものの、今朝も朝起きたときにはちょっと肌寒さを感じて、ファンヒーターを入れて少し部屋を暖めましたが、G.W.中はまだ暖房器具は残しておいた方が良いかなぁ。

 ずっと水不足が言われていましたが、ここ最近の雨で少しは潤ったんだろうか。そう言えば少し前に佐久間ダムから愛知県東部の豊川水系への放流を終了したようなニュースを見ましたが、まだ十分ではないかもしれないけれど危機的な状況は脱しつつあるような雰囲気。昨日今日とちょっと纏まった雨が降るようなので、これで梅雨までの間の水不足を何とか凌げたらと思いますね。自宅近くの田圃は、まだ代掻きもしていない状態で、G.W.明けに水不足で無ければ代掻きが始まり田植えも始まるんだろうか。もう少し雨というか水は欲しい気がします。

浜松はこの5月3日から5日が「浜松祭り」で賑やかになりますが、天気は3日4日がちょっと雨模様らしい。ただ雨模様になるのは3日の夜から4日の朝くらいまでのようなので、凧揚げには影響しそうなのは4日の午前中くらいかな。夜は雨でも御殿屋台の引き回しはやるだろうし。市街地特に駅周辺はこのお祭りの人出で年に一回騒然とした雰囲気になるんですが、3日は今年の開幕戦が有り東京ドームへ朝から行かないといけない。早めに出かけて、何とか駐車場を確保したいけれど大丈夫かなあ... 

2026年4月30日

やっちまったこと

老いというか「あぁ、自分もそうなりつつあるんだ」と、ちょっと愕然とした事が昨日発生。

買っておいたナポリタンの残りをお昼に温め直して食べようと思い、トレーにラップをして電子レンジでレンチンしました。 チン! と鳴ったところで電子レンジのドアを開けて、その上に中のお皿を置いてラップを取り温まり具合を混ぜながら確認します。山盛りになっていたからか、まだなかの方が少し冷たい感じだったので、全体を軽く混ぜて再びラップをしてドアを閉じて、スタートスイッチを押そうとして「ハッ!」

いゃね、ドアの上でラップをしてそのままドアを閉めたから、トレー毎電子レンジ内部でひっくり返ったわけですよ、当然ながら。「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」と言いながら急いでドアを開いて、中の物を取りだして慌てて内部を綺麗にしましたが、お昼が台無しになった事よりも何の疑問も無く電子レンジのドアを閉めてスタートボタンを押そうとした自分の動作がショックでした。

電子レンジとしては、横にドアが開く物と、上下に開く物があって、内は今使っている物もその前の物も上下に開くタイプ。以前は同じ様なことをするにしても、一度外に取りだして混ぜてから再び中に戻していました。でも、最近横着になってきたのか、温め直しをするときにレンジ中から手前のドアの上に置いてまた中に戻したりしていました。やはりそういう癖をつけてしまうのが一番の原因なのかなぁ。それでも、「開いたドアの上に置いている」と認識する事を忘れて、そのままドアを閉めてしまう動作にはショック。こう言うのって、駄目だ駄目だと思っているとますますダメになるわけで、「二度と間違えないぞ」くらいに「経験値を増やす」ポジティブな方向に考える方が良いと聞いたけれど、それを信じることに。今日からは電子レンジを使うときには「中から必ず一度出す」と唱えながら使うことにします。(笑)