2026年7月10日

円安株高

素人投資家の一人として、日々の株価の上がり下がりよりも、恒常的に少しずつでも良いから上がってくれて、自分が最終的に利益確定するときにピークであるのが理想(笑)。ここ数日は株価が乱高下気味だけれど、それでも7万円台前後で比較的安定して居るし、まだ2026年も半年残っているから、年末には7万5千円どころか8万円台で終わる可能生もありそう。 

幾つか視聴しているYouTubeの経済関係のコンテンツでも、円安が続く中で株高が続くというのは結構な矛盾らしく、中々上手く説明出来る背景がないみたいですが、この引用記事では国内の資産価値の再評価が株高に繋がっているのではと言う話。でも、実際に株価が上がっている分野はAI半導体関連で、先ずはそういう分野の再評価が始まっているという事だろうか。そうなると、高市内閣の責任有る投資での17項目の重点目標で、今後AI半導体以外の分野への投資が進み再評価が進むと、さらに株高になる可能生が高いという事だろうか。少なくとも、例えば造船関係は自衛隊艦船の海外輸出の話も始まっているし、かなり可能性は高そう。また、それ以外の防衛関係でも、中国の台頭もありアジアだけで無く欧州も含めて協力関係や輸出が増加して、この分野への投資も期待出来そう。実際ウクライナのゼレンスキー大統領は、不足しているPAC-3ミサイルのライセンス製造で、既にライセンス製造を行っている三菱重工の協業を期待しているらしく、代わりにウクライナからドローン技術がは行ってくる可能性が高く、そうなると日本がアジアでのドローン強国の一つになるかも。

円安を是正するには、国内輸出が増えるか、国内への海外投資を呼び込めば改善するだろうから、今の国内の供給力を増やすという高市内閣の方針は少なくと間違っては居ないはず。順番的には、先ずは国内企業が国内製造を拡大させて供給力や品質向上を進めて、それを売り物として海外からの投資を呼び込むのかと思いますが、先ずは骨太の方針が出て国としての投資分野が有る程度絞られないと、最初の動きもまだまだ様子見なのかな。個人的には、この夏くらいからそういう動きが始まってくれると嬉しいけれど、やはり年末から来年に掛けてまでは時間が掛かりそうなのかも。一方で、ここ最近はさらに円安が進み162円前後になっていますが、このまま有る程度安定してしまうのか、円安・円高どちらかに大きく振れることになるのか、ちょっと微妙ですよね。某元日銀関係者が「ドル円レートは120円/1ドル位が理想」みたいな話をしたとのことですが、まぁ個人的にもその辺りが一番落ち着くのかな。ただ、全く個人的意見としては、一番計算しやすい「US$1=100円」にして欲しい(笑)。

現在の国会は、紆余曲折有りながらも何とか予定通り閉会して、今度は秋からの臨時国会での来年度予算に関しての論戦が始まりますが、今回から成長分野に対しての複数年度の予算措置が検討されています。となると、今年決定して来年から始まる予算によっては、今後数年間の日本の動勢が有る程度決まるわけで、これまで以上に重要な国会になる事は確実。とは言っても、無責任に予算だけ付ければ良いというわけでは無いし、そこは是々非々でちゃんと精査できるような作業も必要で、その為にはしっかりとした野党の存在が必須なんですが、今の様子を見ていると週刊誌の記事一つで国会空転までさせるくらいだから、そのまま審議拒否で休んでいて貰った方が良いのかな、と(マテ)。高市内閣に対しての支持率は、まだ高い数値を維持していると言うけれど、やはり国民としては「生活苦」みたいな感情という開式は消えていないのが問題。物価高に対して賃金アップが追いついていないのでそう感じるわけですが、その部分が少しでも逆転するような効果が、年内には何か生まれてほしいですよね。そうならば国民としても一息つけるわけだし、数年先に結果が出てくるだろうこれからの投資効果を待つ余裕も生まれてくるだろうし。

天然芝スタジアム

現在アメリカ・カナダ・メキシコで開催されているサッカーワールドカップ。アメリカ国内の試合会場では、NFLチームのホームスタジアムが何カ所か使用されていて、その設備の豪華さが話題になっている様子は、NFL好きとしてはちょっと微妙な印象。 初めてスタジアムを利用したサッカーファンの人達は、その豪華さにビックリしたようですが、日本チームが試合をしたダラススタジアムもヒューストンスタジアムも、もう築20年のどちらかと言えば「古い」スタジアムですからね。

そんな中で、どちらのスタジアムも室内スタジアムということで人工芝のグランドが使用されているのですが、今回のワールドカップのために天然芝のフィールドに変更したことで、本来の利用者であるNFLの選手達が「出来るんだったら自分達の試合の時も天然芝にしろよ!」と猛烈にアピール。最近の人工芝も、かなり性能的には良くなっていますが怪我のリスクが天然芝よりも大きい事は事実だし、やはり天然芝特に入念に整備された天然芝に勝るものはありませんからね。少し前だと、NFLでも天然芝のスタジアムが主流で、人工芝のスタジアムと言えば昔のアストロドームとか室内スタジアムのごく一部だった記憶があります。現在NFLは32チームが所属していますが、Gemini君に聞いてみたら今は半分のスタジアムが人工芝を利用しているという回答が。芝育成の問題があるから、室内スタジアム(ドームスタジアム)の場合は人工芝にするのだと思いますが、それでも結構天然芝のスタジアムが多かったと思うんだけれど...

昨年訪問したラスベガス・レイダースのホーム、Allegiant Stadiumは室内スタジアムな事も合って、ベースは人工芝グランドだけれど、天然芝のフィールドにも交換可能。昨年訪問したときには、土曜日のカレッジ(UNLV)の試合は人工芝で行われて、翌日日曜日のNFLレイダースの試合の時には天然芝に変わっていてビックリ。後で調べたら、天然芝のロールが外(スタジアム横には、レイダースの練習場も併設されている)で養生されていて、必要な時には室内に運び込んで、人工芝のフィールドが床下に隠れてその上に天然芝のシートを引くらしい。多分、このスタジアムは最初からそう言うデザインをしたのだと思うんですが、ダラスやヒューストンのスタジアムはそういう想定はしていなかったので、今回のワールドカップ招致がきまったところで、天然芝のシートをドーム内に設置するような方法を考えたんだろうなぁ。ああいうスタジアムは、試合の無いときにはイベントとかコンサートにも使用されるので、大きな装備の搬入なんかも可能なはず。となれば、大きな天然芝のロールを持ち込んで設置する事も可能ではあるけれど、それをNFLのオンシーズン中出し入れするのは大変だろうなぁ。NFLは、基本毎週試合があり、ホーム開催試合が半分。場合によっては数週間試合が続く場合もあるし、一月以上ホームゲームが無い場合も有るので。

日本の札幌ドームは、外に天然芝のフィールドがあって、必要な時にはドームの横が開いてその天然芝のフィールドをドーム内に引き入れて使用する、確か日本で初めての人工芝・天然芝両対応スタジアムじゃなかったかな。残念ながらアメフト想定では無く、多分札幌のコンサドーレ向けなんだろうけど、例えば東京ドームで同じ様なことをやろうと思うと、外に養生して置く芝不要の用地なんて取れないだろうから、日本では中々難しそう。メンテナンスの手間を考えたら、人工芝の方が何倍も有利なのは確かだし、最近の人工芝もかなり改良されているので、今後どうなるかは分からない。確かオーストラリアにはラグビー用の人工芝なんかもあるので、ラグビーで使用できるならアメフトでもそんなに問題無い気がする。日本の場合は、アメフトの試合会場として陸上競技場が流用されることが多く、その場合陸上競技のフィールドは原則天然芝なので、この時には天然芝で試合が出来るんですが、機会が少ないので慣れないのが難点なんですよね。あと、天然芝の場合利用規則が厳しくて、あれは駄目、これも駄目、この部分は進入禁止とか、本当に大変。それならば、そういう心配をしなくて良い人工芝グランドの方が良いと思ってしまう。

2026年7月9日

シンガポールに住む

某タレント家族が、5年間のシンガポール生活に区切りを付けて、日本に帰国するという話がちょっとした話題になっています。ご主人が、まぁ良くも悪くもネットを利用して話題になっている人という事も有り、シンガポール移住の時も今回の帰国に関しても賛否色々言われているけれど、結局は移動の自由があるわけだし明らかな法令違反が無い限りは、いつ誰とどこで生活しようと、それはその人なり家族の自由だし外野がとやかく言う理由は無いと思う。

この話題から、シンガポールが生活の場として適しているかどうかという派生した話題も良くも悪くも盛り上がっていて、こちらも賛否色々あるんだけれど、結局は何かメリットがあればそのまま生活するだろうし、そうで無ければ日本に帰国するとか別の場所に移動するとか考えれば良いだけの話し。仮に自分がそういう状況になったとしたら、自分の場合は日本を拠点として年に数回訪問する場所の一つという形が最適解になると思う。そう感じる最大の理由は、シンガポールを表す言葉の一つ「多民族国家」が、自分にとってはメリットよりもデメリットに感じるからなんですよね。 

誤解を恐れずに言うと、良くも悪くも同質的な日本社会で生まれて生活していると、ああいう社会は最初は珍しく興味深く映るけれど、日々の生活がそうなる場所で我慢できるかとなると、私は駄目だと思う。それは差別とか言う話ではなくて、その「他文化」の中に「日本人」としての居場所が殆ど無い状態で暮らすことの苦痛というか。だから短期間の滞在ならば刺激になるけれど、ずっと生活するとなると居心地の悪さというか窮屈さを感じると思います。勿論、そういう環境を好きな人や適応力がある人は問題と感じる事無く、逆に新しい世界に嵌まることもあるでしょう。それを否定するつもりは無いし、実際シンガポールという国は「西側の北朝鮮」と揶揄されることもあるけれど、安全性も社会基盤も日本と同等以上に整備されているし、私はコンパクトに纏まっているところに利便性も感じています。なんて言うか、寒い地方に生まれた人が、沖縄へ行ってその気候に最初は喜ぶけれど、何日も滞在していると自分の地元を懐かしく感じるみたいな、そう言う「差の大きさ」が自分的には問題かなと感じるわけです。

「多民族国家」と言えば、一番よく訪問しているアメリカもまさにそうなんですが、アメリカはシンガポールと比べると「多民族化」してから時間がたっているので、何となく全体が融合して「アメリカ人」みたいな共通項の多い社会になっている気がするんですよね。勿論、出身がヨーロッパとか南米とか先祖は違うし、多少なりとも生活習慣に違いも残っているけれど、「アメリカ」という大きな括りでは共通項を互いに認識出来る感じというか。シンガポールの場合は、まだそこまで融合というか練れていない印象があるところが一番の違いかな。自分が、アメフトとかその他メジャーリーグスポーツが好きだとか、スタートレックとかアメリカの番組が好きだという部分もあって、日本やシンガポールと比べると多分QOLは低くなるだろうけど、親近感というか憧れみたいなものも含んでそういう気持ちになるんでしょうね。勿論アメリカならどこでも良いというわけでは無くて、個人的には2回目の長期出張で滞在したフロリダの某所には、また訪問してみたいですね。ここは大西洋側の街で、海沿いの運河沿いには船着き場付きの住宅が並んでいて、毎日夕日を見ながら一杯やるのが日常の街。もし自分の最後の我が儘が許されるならば、ここで夕日を見ながら人生最後の日を迎えるのが最高の人生の締めくくりかたかなと何度か思ったこともあります。仕事やプライベートでここで生活した日々は、トータルでは一年弱だと思うけれど、自分にとってはある意味人生の大きなマイルストーになった場所です。来年は、WDWへ行きながら、久し振りに訪問してみようかな...

女の敵は女

余りに酷い言いがかりばかりで、リンクを貼ることすら不愉快なのだけれど、Abema Newsで公開された高市総理に失望した女性達の批判理由が酷いこと酷いこと。曰く、「名誉男性」「母親の発想が無い」「主婦感覚が無い」「料理できない」「子供が居ない」等等。こんなの完全な言いがかりや差別で有り、それを幾らネット番組とは言えそのまま流すことの責任を、彼女達は理解しているんだろうか。 

高市総理に限らず、総理大臣あるいは色々なリーダーに対して、賛否様々な批判や意見が生まれることは当然だと思うし、それによってより良い方向へと物事が進めば、誰にとっても良いことと言えるはず。ただその為には、特に批判や意見に関しては筋の通ったというか、それを聞いた第三者も少なくともその批判内容を理解して、ちゃんと自分の意見との違いを判断出来るくらいの内容は必要だと思う。単に容姿だったり、思い込みから否定的な意見を言うだけなら、それは自分の自己都合な我が儘なわけで、そんなものは自分で解決しろよと小一時間。

「選挙」という、かなり大規模でそれなりに成熟している「評価システム」の洗礼を受けて、自民党だけで衆議院の2/3以上の議席(314議席、実際は330議席)を獲得したことは、それだけ国民からの支持を得ていると言って良いと思うんですよね。また、それが一時の出来事では無く、政権発足後未だに高い支持率と低い不支持率を維持しているわけで、それは多くの国民の信任や支持が継続している証しのはず。そんな状況も含めて気に食わない人達がいることは理解出来るけれど(不支持率で20%位あるわけだから)、それならば彼女は「政治家」なんだから、政策なり政治活動で批判すれば良いのに、女性としてあれが足りないこれが足りないと批判するのは、もう「姑の嫁いびり」レベル。そんなレベルで、全国民の代表みたいな態度で偉そうな意見を開陳しないでほしい。

ネットだからこういう情報も広く拡散されるのは、聞いた方は不愉快になる事もあるけれど、偏った情報だけで判断するというリスクが軽減されつつあることは良いことだし、それが今の時代のルールだと思う。そう言う意味では、このネット番組に出演して啖呵を切っている人達は、自分達が正しい事を代表して実行しているような高揚感見たいなものを感じているのかもしれないけれど、多分視聴している多くの人達は「可哀想に」と哀れみの感情が沸いてくる人の方が多いんじゃ無いだろうか。参加者の中には、ジャーナリストなる職業の人も居たらしいけれど、ジャーナリストが感情的な個人攻撃をしたら、それってたんなる不満をぶちまけているだけな訳で、ジャーナリストの肩書きを降ろしたらどうだろうか。いゃ、ちゃんと取材をして客観的に高市総理がそう言う属性を持っている見せていると説明できるだけの情報があるなら、それをまずは提示して「だから高市総理は...」というならね... 以前から、女性の社会進出とか男尊女卑と言う話がよく出てくるけれど、結局はそう言う事が実現しない最大の理由は、「女性」なんだなと今回も感じた話です。

2026年7月8日

リニア新幹線静岡工区

鈴木康友静岡県知事が、JR東海によるリニア新幹線静岡工区の着工を容認する意向を、県議会で表明したというニュース。午後には、関係市町村の首長、JR東海社長、さらには山梨県知事、愛知県知事などからも関係のコメントが出されたけれど、やっと問題解決して多くの静岡県民も「やれやれ」という印象では無いだろうか。

まぁ、日本の「30年のデフレ」よりは短いけれど、それでも10年も空転していたことは大きいですよね。鈴木知事も川勝前知事に対してのコメントでは、まぁ大人の対応を示して、水資源や南アルプスの環境保存に関しては問題提起したことを好意的なコメントしていました。でも、問題提起は良いけれど解決するために自らも努力したならば評価するけれど、自分はどんどんゴールポストを動かして「解決」ではなく「混乱」あるいは「遅延」をしていたようにしか、私は感じられない。自らの舌禍で辞任したけれど、あれが無ければまだ混迷状態が続いていたでしょうね。

JR東海と県知事は、来週17日に会見をして、そこで正式にJR東海の静岡工区工事が再開されることになるんだろうけど、10年の停滞は大きいしその間に資材コストも高騰。かなりの計画変更が要求されることは確かで、2030年代の品川-名古屋開通が今言われているけれど、それも怪しい気がする。JR東海としても、一日も早く先ずは名古屋までの開通を目指したいだろうけど、残っているのが最難関のトンネル工事では急いで事故が起きてはさらに困るしなぁ。また、水資源に関しては、今山梨県側に流している水を万一の場合には静岡県側へ戻すことで、有る程度の対応は可能だけれど、どういう形で地下水系が変わるかも予想できないし、まだまだ前途多難な状態ですよね。

それでも、これで東海道新幹線のバックアップが出来ることになり、北陸新幹線のルートも含めれば、関東と中京圏・関西圏が三重の高速交通で結ばれる意義は大きい。北陸新幹線も、最後の新大阪までのルートが定まらず、もしかしたらリニア新幹線の方が早く名古屋まで行ってしまうかもしれないけれど、名古屋まで開通できれば、名古屋-大阪間は、JRだけでなく近鉄も走っているし、かなり冗長度は高い気がします。名古屋-東京間が、今は東海道新幹線だけですし、JR東海道本線も新幹線と並行している部分が多くて、万一の場合は両方ダメージを受ける可能性も高いだろうし。いずれにしても、自分が生きている間にリニア新幹線には乗車できるように、JR東海、静岡県、国交省には頑張ってほしい。

Sound Masking by YAMAHA

ITmediaの記事から、地元企業の雄、ヤマハが開発した「聞こえにくくする技術(Sound Masking)」 。「より大きな音」や「無意味なノイズ」などで会話や目的の音を上書きするのでは無く、目的の音と似ているけれど、それをランダムに加工するなどして無意味な音を作成し、それを再生することで小さな音量でも目的の音が隠されるらしい。元の音(会話等)に似ているけれど、無意味な「音」にして被せることで、元の音と親和性はあるが内容は把握出来ないという絶妙なバランスが生まれるらしい。

利用目的としては、商談室会議室のような場所や、オープンオフィスでのWeb会議のような場合にも、回りに会議内容が聞こえづらくする効果が有るとのこと。確かに、完全防音の会議室を準備することはコストの面でも大変で、多くの場合は中壁で区切っただけだったり、場合によってはパーティションで区切っただけで、隣りの会話が結構聞こえたりする場合も有るけれど、そういう時に効果的らしい。また、スピーカーからマスキングノイズを再生するだけなので、オープンオフィスのような場所でも例えば「マスキングエリア」みたいな形で、空間的な区切りが可能なのかな。

現在の装置は、ステレオアンプくらいのサイズの機器にスピーカーが必要だけれど、これを例えばスマホに組み込んで、外で歩きながわ通話するようなときに回りにマスキングノイズを発生させて、通話内容が聞こえなくすることは出来ないだろうか。理想は、電車で横に座って通話していても、その内容は把握出来ないくらいのマスキングで且つそのマスキング音が不愉快で無い程度の音量と内容になることかな。SFなんかでよく登場する「個人シールド」みたいな感じで使用できたら完璧ですよね。

記事にも書かれていますが、本来は「良い音」を追求することが目的のはずの楽器・音響機器メーカーのヤマハが、逆に「聞こえにくい音」作りをするのは相反しているような気もしますが、でも工学系企業だとより良い物を作ろうとすると、それを阻害する要素がいろいろ発見できて、結果的にその要素を利用した別ビジネスで成功するなんて言うことも結構有る話。一方で、これを悪用しようと思えば(あえて書かないけれど)可能な事も多いので、技術の利便性や効果は表裏一体なんですよね。そうなると、例えば特定のマスキングノイズの領域が深夜支度に近づいて来たら、危険要素発生可能性があると外部監視AIが判断して、マスキングノイズ解除ノイズをぶつけてマスクされていた原音を確認出来る、みたいなカウンター技術が次に生まれたりして。そうなるとマスクされた音を録音して、後から解析することも可能になってしまうなぁ。段々とSFの世界観が現実社会に表れてきている気がします。

2026年7月7日

言葉の変遷

パソコン黎明期のちょっと前位から業界で仕事をしていた一人として、ちょっと違和感を感じる話し。いゃ、確かに当時は今では普通に使われている外来語をカタカナ表記した用語が、明治維新のように日本語化されていた時代だったけれど、私の記憶では確か当時JISだと思うけれど、対訳表みたいなものがあり、それに準拠していたのが日本IBMや大手メーカーで、それ以外のメーカーは比較的取り入れていたところ、カタカナ表記が多かったところ、色々あったと思います。なんせ当時は日本の家電メーカーほぼ全てが自社ブランドのパソコンを開発製造販売していた時代ですから、国内のパソコンメーカーはそういう大手や中小も含めて10社以上あったはず。

自分が社会人になりパソコン開発の仕事に関わる前は、まだそれ程パソコンが企業でも普及しておらず、まだまだホストコンピューター中心時代で、自分はその端末機器開発に関わっていました。その端末が段々と成長していき、パソコンが単独でもホストコンピューターの端末としても利用される直前くらいでしたね。で、当時は原典として英語のマニュアルがあり、国内のお客様にはそれを翻訳したマニュアルを提供するわけですが、どうしてもコンピューター用語が乱立した内容を、そのまま翻訳するには無理があるわけです。特に当時の日本(1980年代後半)は、高度成長期時代の終盤とは言えまだまだイケイケドンドンだった頃。コンピューターを扱うのは、企業内の「IT部門」という専門家組織で、所謂エンドユーザーは見よう見まねで端末を操作していた時代。確かその頃はまだ日本語表示も出来なくて、アルファベットのCode Pageに無理くりカタカナ(半角)を当てはめた「カタカナ画面」が表示されると驚かれた時代。で、企業ユーザー様はどうしても「英語アレルギー」 も強くて、アルファベットで「Keyboard」とか入っていると「日本語に直せ」と言われ「キーボードー」とか書いても「一般ユーザーは分からない」と言われて、で「鍵盤」と書くと「どう言う意味? 楽器のキーボードと違うの? えっ、JIS用語なの。なら仕方ない」みたいな感じで、要するに決まった言葉を使うことで、多分社内的な色々なリスク回避も兼ねていた気がします。

1990年代に入り、日本語化されたパソコンが普及するわけですが、当時は日本語表示(漢字)のために専用のビデオアダプターを各メーカーが開発して内蔵しており、その為に日本語WindowsもMSのベースコードに各社の変更点を加えて自社製の「○○版日本語Windows」が使用されていた時代。確か殆どのメーカーが、エンジニアをRedmondのMS本社へ常駐させて、MS製Windowsのベースコードを変更する作業をしていたはず。その為、Windows終了時の「Shutdown」を「遮断」とするところ「シャットダウン」とするところ、色々あったように記憶して居ます。でも、私の記憶では元々のMSのWindowsが「遮断」としていたので、文句があれば笹塚のMSKKに言うべきだと思う(マテ)。その後、パソコンが一般に普及してくると、どうしても堅苦しさもあるJIS用語では一般ユーザーには通用せず、またパソコン系雑誌も色々登場するようになると、言い換えから発音をカタカナ表記した今の用語に段々と変わっていったというのが私の記憶。だから「コンピュータ」なのか「コンピューター」なのかとか、「フロッピー」なのか「ディスケット」なのか、色々言葉や定義の揺らぎは良くあったと思います。

企業ユーザーにも「英語アレルギー」が段々と薄れていき、また多分外来語を日本語化するスピード感が加速してきたり、その為に適訳をはめられるような余力も無くなってきた事も有り、2000年代に入るとパソコン関係とかインターネット関係の言葉は、言語(英語)をカタカナ表記にしてそのまま使用するケースがどんどん増えて行き、今ではそれが当然になってきたように思います。個人的には外来語を意味する「カタカナ表記」が有る日本語だから、そう言う事も抵抗感なく包含できるようになっていった気がしますね。ただ、発音とカタカナが一対一で対応しているわけでは無いから、例えば「プロキシー」とか「プロクシー」とか、表記の揺れは未だに残るわけで、まぁそこは何ともしがたいのかな。今後AIを活用した言語翻訳が一般化すれば、そういう部分も含めて統一的な表現が可能になるんでしょうけど。

2026年7月5日

金利と株価

毎週金曜日夜の定番になりつつある、ReHacQ「教養としての投資」シリーズ。今回は、いつもの永濱利廣氏に、お相手は大和証券の木野内栄治氏に、MCは馬渕磨理子氏というかなり「濃い」組合せという印象。木野内氏登場の回は何度か視聴していますが、個人的には一番信用信頼出来るアナリストという印象。その理由は、コンテンツで提示している、資料や情報が豊富で素人の自分でも有る程度理解出来る解説がそこに加わるから。 「素人投資家」という事すらおこがましい自分レベルであっても、説明に登場する経済用語や指標の意味が分からない状態でも、全体の流れや意味が何となく理解出来て、自分が疑問に感じていた事象に繋がるところが凄いと思う。凄く有能なコーチが、小中学生相手にも必要な事柄を伝えて、動作やプレーがちゃんと実践できるようになるような感じかな。

冒頭いきなり永濱氏批判から始まり何だという印象でしたが、私も一寸疑問だったやや中途半端な円高推移が「偽永濱介入」だったという事で、謎が解けて納得。出演した講演会が、リモート参加でかつ参加者が外国人の人達ということで間に翻訳者が入るため、永濱氏は「一般的な想定(アナリストのコンセンサス)」と前置きしたのに、永濱氏の意見として「利上げ容認」という正反対の意見が拡散されてしまったという貰い事故みたいなこと。前半は先日発表された多日銀の利上げ政策(0.75%→1.0%)に関しての批判大会みたいになり、政府も財務省もお怒りモードと言う話は、個人的には面白かったですね。後半は、今後の経済動向・株式動向の話に移り、ほぼ木野内氏の独壇場みたいな感じでしたが、MCの馬淵さんが目をキラキラさせながらその話に耳を傾けていたのが変に印象的でした。そのデータ内容や解釈・解説には、人により色々意見はあるんだろうけど、自分自身は凄く分かりやすいし、AI半導体関連は自分も仕事柄多少は知っている分野だけに、納得出来る話も多かったですよね。

その中でも印象的だったのはAI関係の話で、生成AIが成長すると「知識集約」が進んでデータセンターが効率化して規模としては縮小していくという予想が外れて、今後もデータセンター需要は拡大していくという話。ここで感じたのが、じゃぁ人間の脳も人が成長するとともにどんどん可動領域が増えていっても良いけれどそんなことが無いのは何故だろうということ。自分なりに思いついた理由は「人間は『忘れる』事が出来る」から、情報が溢れることは無いということ。ただ「忘れる」とは言っても、完全に記憶層の中から削除されるわけでは無く、コンピューターが使用頻度の低いデータをバックアップで別メディアにコピーするように、何処かに隠れているんですよね。それが何かをきっかけに、再び「記憶」として戻る場合も有るし、結局はそこに行きつかず「忘れたまま」の場合もある。そこでさらに思いついたのは、データセンターをどんどん増やすのも良いけれど、宇宙空間に「二次記憶衛星」みたいものを建造して、そこに使用頻度の低いものをどんどん移動してデータセンターの使用可能領域を維持するようなスキームってどうだろうかということ。宇宙空間だから、電力は太陽光発電で賄うとか、通信回線のスピードは多少遅くても基本的に地球から衛星へのデータバックアップ中心だから問題にならなさそうだし。衛星本体は地球の影に置くことで自然冷却しつつ、太陽光発電パネルはその影から離して設置するとか、やり方次第では宇宙空間に広大大容量な「バックアップ領域」が作れそう。日本政府の重点施策にも、AI半導体に宇宙利用もあるんだから、考えてみても良いんじゃ無いだろうか。

最後の方では、データセンター需要に関係する日本企業や、高市政権が進める「責任有る積極財政」の項目毎に中心となりそうな企業の紹介もあったけれど、週明けにはそれら企業の株価が上がるんだろうか(笑)。以前は示していた「優先項目」を最近は言わなくなったのは、外れた項目担当の企業から不快感を示されたからではと木野内氏が突っ込むと、永濱氏は何とも言えない表情をしていたけれど、まぁ内幕はそんな感じなんでしょうね。参加する企業としても、政府のお墨付きをもらったと思ったら、そのお墨付きが「薄墨」で書かれていたのでは納得出来ないだろうし。イラン情勢とかウクライナ情勢とか、色々不安定要素もあるし、さらに予想外の事態が発生する可能性もあるけれど、だからこそ国内産業をいかに確実に成長させていくのか、それもスピード感が感じられるくらいの迅速さで実現していけるか、結構高いハードルだと思う。個人的には、日本の底力を信じたいですね。

2026年7月4日

米国建国250周年

"July 4th"はアメリカ独立記念日で、アメリカ国内では花火があちこちで打ち上がりお祝いする日。 私も米国出張中に何度かこの時期に滞在した事があり、そんな体験もしています。特に今年は建国250周年(1776年7月4日)ということで、盛り上がり方もこれまで以上の様子。ただその一因としては、トランプ大統領が自分の人気アップのために「250周年」を利用しているという話も。

で、こういうウェーブには乗りたい日本でも、色々な場所でライトアップしてお祝い心を共有しているんですが、それがアメリカの人達(アメニキ、アメネキ)には大いに受けているらしい。特に今年はXの相互翻訳機能が実装されて、通常ならばアメリカ側に流れても理解されないような日本語の書き込みも、どんどん翻訳されて流れていくし、アメリカ側の反応も日本語に変換されてフィードバックされるから、ますます日本チームは面白がって盛り上げていくし。少し前に一大ブームを生んだ、「テキサスBBQムーブメント」みたいな流れが生まれていて、非常に微笑ましい。

「外交関係」という、他国との協調や共存さらには同盟関係等、今の世界は自分達だけで生きていけるような状況では無く、近隣諸国だけで無く場合によっては海の向こうとか地球の反対側の国々とも良好な関係を築かないと、国として成り立たない場合も。特に日本は昔から「資源が無いので、世界から資源を集める必要が有る」と言われていて、実際最近の石油もそうだし、工業製品の材料だったり食品も海外依存度が高い。そう言う厳しい状況の中でも、少なくとも最近の日本は世界的に色々な場所で支援や援助活動をしていて、比較的どの国・地域とも良好な関係を築いていると思います。ただ、極々一部の隣国とは厳しい状況が続いているけれど、太平洋を挟んで遠く離れているとは言えある意味「隣国」であるアメリカ合衆国とは、戦後の混乱時期もあったけれど、敵対関係からトップレベルの同盟友好国になっていることは、もしかしたら歴史的に最初で最後なのかもしれない。

自分の海外経験は、標準的な日本人としては多い方だと思うけれど、地域的に偏りがあるし必ずしも経験豊富とは言えないとは思います。ただ、その偏りとして「アメリカ」には比較的何度も渡米していて、仕事絡みではあったけれど向こうの家庭(=同僚エンジニア)とも招かれてみたりとか、経費削減のためにホテル滞在ではなく所謂ウィークリーマンション、マンスリーマンションみたいなところに何ヶ月も滞在してみたりと、そこそこ「向こうの普通の生活」に近いところは経験していると思います。アメフト好きという部分を除いたとしても、日本に無い良いところも多いことも事実。一方で、やはり日本の社会・生活に優るとまでは言えないとも感じます。日々の生活を安心安定快適にしたいのであれば、日本に軍配が上がるし、何か挑戦してみたい、自由に自分の興味の有る分野を追求してみたいみたいな、社会活動というか人生の中でのある時期を過ごす場所としては、アメリカの方が少なくとも日本よりは刺激は多いと思います。そう言う意味で、良きタイミングでアメリカ渡航経験を得られて、偶々偶然だけれどアメフトとかスタートレックというアメリカ文化(????)に中学生くらいから触れていて、さらにはアメリカのSF小説に子供の頃から嵌まっていた自分としては、恵まれていたなと感じますね。今年はまだ渡米機会が無いのが残念だけれど、2026年も半分が終わった今、ちょっと後半に頑張って渡米してMLB(=オオタニさん)やNFL/カレッジの雰囲気を堪能してみたいですね。

小川構文

産経新聞に掲載された、中道改革連合の小川淳也代表の記者会見記事。各論には振れずに、両論併記と言うよりは曖昧模糊としたくどい言い回しに終始して結論を出さない、所謂「小川構文」の典型みたいな発言。

松井氏の証言を巡る疑問点に関し、小川氏は「事実関係にさまざまな疑義があることは留意しなければならない」としつつ、「そうした動画が流通・拡散している事実がある。事務所の関与を疑われるやり取りも報じられている」と述べた。 

「事実関係に様々な疑義があることは留意しなければ」と言うけれど、自分達が提示している証拠というか論拠は、ほぼ週刊文春の記事内容だけで自分達で調査なり取材した「証拠」なるものは皆無。自分達の調査結果の中に、何か曖昧部分不明な部分確定していない部分があるならば、「そういう部分は今後さらに調査し結論を明確にすることに留意する必要が有る」とか言うなら、まだ理解出来ます。でも、週刊誌記事しか根拠がないのに「疑義に留意」って、それはその週刊誌に言うべき話で、根拠として言って通る話でもないでしょう。また、「動画が流通・拡散している事実」と言うけれど、それはどの動画に関して言っているのか。週刊誌側が公開した動画には、時制が一致しない部分や明らかに最近制作されたというかなり確実な部分が含まれていて、「事実」とは言い難いものだしそれ故に削除されて取り消されているもの。事務所の関与なるものも、やはり使用されている音声が別のものと一致するような証拠もあり、「疑われているやり取り」の「疑われている」のは、事務所側の関与では無くその音声データを公開した週刊誌側だと思うのだけれど。

「首相の受け答えそのものが、首相たるべき資質、危機管理能力、答弁能力に関わる問題へと変質しつつある。そこを含めて厳しく問うていくのは、野党として非常に大きな責任の一つだ」 

首相の受け答えそのものが資質能力を問われる問題へ変質と言うけれど、それはこの人の印象な訳で、無かったことを説明するには「有りません」という敷かないでしょう。仮に証明させるならば、その証拠を具体的に提示して、それに対しての説明なり反証を批判するなら分かる。でも、彼らが提示した週刊誌情報はほぼ全て否定されているわけで、それが「正しい」思うならば、先ずは自分達がそれを立証するべきでは。それに「厳しく問うことは野党の責任」と言うけれど、自分達はその問う機会から自ら退いているのに、どうやって「厳しく問う」のだろうか。本当に矛盾しているし、「起承転結」では無く、兎に角居まみえていることだけを羅列している「起起起発(散)」という、「小川構文その2」みたい。

野党の仕事の一つとして、与党に対しての監視と対決が有る事は事実だと思うけれど、先ず芝分達の足下(=統一政党)すら固められていないのに、人様に文句を言うのもどうかと個人的には感じるところ。対決姿勢にしても、やはり野党ならばより良い提案なり与党案の問題天を突くような提案をすることで、「次はこの政党に仕事を任せたい」と国民は思うわけで、先ずはその努力くらいはしろよと思うわけです。少し前までは国民民主党にそういう期待感があったわけですが、自民党と政策協定を結び自分達の要求は達成したのに、想定外の「解散」したのが許せないと掌返ししたあたりから、何か昔の「我が儘だけ野党」に戻ったような印象も。口だけで無く、態度や行動で示してくれる政党に変革して欲しいですよね。何だかんだ言いながらも、高市政権が高い支持率と低い不支持率を維持しているのは、やはりその行動力だと思うけどなぁ。ある意味「有限実行力」が、これまでの与党の中でも抜きん出ているところが、今の評価だと思う。

2026年7月3日

情報精度

数日前のReHacQ生配信の中で、所謂高市総理の「経歴詐称問題」に関して、ひろゆき氏の勘違い発言をそのまま肯定したまま配信し、後日事実誤認と批判された動画。その内容に関しての、訂正・謝罪・詳細説明から始まる、 経歴問題検証動画。最初の30分位は、高橋Pと今野氏の二人で、元の動画の経緯説明のあと、現在公開されている資料・情報から内容を整理して説明し、自分達の不手際を謝罪して「結論として『フェロー』と称して問題無い」という結論に。私も、「これって、以前同じ様な話なかったかな」とうろ覚えの記憶があったんですが、鳥越俊太郎氏が同じ様な経歴詐称発言をして、今回と同じ様に当時のレターや関係資料を提示されて、謝罪と訂正に追い込まれたことを後から思いだしました。

元々の発言者である、ひろゆき氏がこの場に居ないことはどうなんだという疑問が残るけれど、番組責任者の高橋Pが100%自分達の非を認めて謝罪をしているのだから、そこは色々察してくれということだろうか。でも、そういうことをやっているから、ひろゆき氏の言動っていつもそういう感じというか、最もらしいことを言っているように見えるけれど、信用しちゃ駄目みたいな印象なんですよね。

彼の批判の中心は、英語での「congressional fellow」を日本語で「立法調査官」と言っているが、それが正しいのかという事。これも当時「congressional fellow」に相当する日本語訳が無かったので、関係者が日本語を設定していたことも書き物で履歴が残っているので、高市総理が意図的にそういうポジションを流布していたとは言い難い。また、「fellow」の肩書きが、本来の組織から認定されていたものでは無いから詐称だという話も、当時は複数の経路から「fellow」という言い方が許されていたということも示されているので、その名称を別の資格として説明していたなら別だけれど、そういう事実も無い。例えば軍人の階級のように、世界的に共通の定義と名称が確定しているような地位だとか、大学の「名誉教授」なのに「専任教授」みたいな言い方をするならば、「それは問題有るんじゃ無い」と言えるけれど、今回の場合は「fellow」という名所自体は嘘では無かったわけですからね。それに既に何年も前に結論が一度出ている話だし、それを蒸し返した週刊誌の方が責められるべきだと思う。

今回の件に限らず、現代は千差万別な情報が氾濫しているわけで、その中から正しい情報だけを取得することは無理。また、自分の規準で「正しい」ということ自体、既にバイアスが掛かっている証拠。それこそ太陽が東から上り西に沈む位のこと以外は、それぞれが大なり小なり異なる理解を持たざるを得ない。だから情報=知識というものは、一度覚えて終わりなのでは無く、常に自分の理解知識を外からの入力で補正を掛けながら更新していく必要が有るんでしょうね。そう言う意味で、ReHacQ側が直ぐに検証動画を準備して真摯に対応したことは、既存のオールドメディアも爪の垢を煎じて飲んでほしいところ。どの番組とは言わないけれど、既に反証情報が出ているケースでも、それを無視したような情報提供に固執する番組が幾つもあるからなぁ。自分は情報の価値は、鮮度と精度(信頼性)だと思っているので、どちらか掛けている情報は「誤情報」だと思って良いんじゃ無いだろうか。だからReHacQは、かろうじて踏みとどまった気がする。