2026年11月8日

財源問題

選挙ドットコムちゃんねるで初めての座組となる、MC鈴木拓也氏、ゲストは朝日新聞の林尚行氏。前半はこの収録前に衆議院を通過した、消費減税法案に関して。審議時間30時間に高市総理の1時間質疑参加という条件を満たして、表向きは法案に「反対」しつつ、採決には「参加」したのは、国対がチャンと話を付けているからと言う裏話には笑ってしまうけれど、まぁそれが「政治」でもあるんですよね。

野党が反対しているのは「減税の財源が示されていない」というのが、最大かつ共通の理由だと思うんですが、じゃぁその野党が出している対案だって基本的には減税だったり給付金を伴うものなんだから、彼らだってその財源を本来ならば示さなければ「絵に描いた餅」な訳ですよね。鈴木氏がまとめた各政党の対案を観てみても、減税やお金の渡し方が多少異なるだけで、必要になる金額は同じ位。例えば「10%の消費税を15%に上げて、増収分で食品関係を0%にする」とか言うなら、それが実現可能かどうかは別にしてまだ理解出来るんです。でも、美味しいところだけ言って苦しいところは何も言わないのは、国民民主党がガソリンの暫定税率廃止や103万円の壁突破を要求して高市総理からチクリと言われた事にも通じる気がします。


「財源」と野党は要求するけれど、具体的には来年度予算がまだ査定中であり決まらないという事情はあるにしても、消費税減税に必要と目される2年間で10兆円の予算に関しては、税収の上振れや補助金などの見直し等で、それ位というかそれ以上の目処というか予測は出ている。もし自分が野党の担当者ならば、この減税の経費を他の税金増加で賄わないことを政府に確約させて、仮にそれが出来なかったときには責任追及するけどなぁ。

良く分からないのは、日頃国民の生活が苦しい、物価高を何とかしろと責めているメディアやその界隈の人達は、なんで減税に反対しているんだろうか。その減税に効果が無いというのであれば、例えば「○○野党の案の方が効果的だから、こちらを採用しろ」とか「こういう方法の方が国民の実状に即している」とか、そう言う事を言うべき何じゃ無いだろうか。あるいは、食品消費税減背は2年後の給付付き税額控除までの繋ぎだけれど、2年後に1%を8%に戻すだけの余裕が生まれるのか疑問だから、その時点で8%に戻すか別の%(例えば5%とか3%とか)にするオプションも考えろと言うとか。個人的には、消費税を10%から15%とか20%位迄上げても良いけれど、食品とか生活必需品とか消耗品みたいなものに関しては、軽減税率を適用して負担軽減も併用して欲しい。昔アメリカのスーパーで買い物をしたら、食品類(惣菜系)なんかは、確か0.x%とか言う税率でビックリした記憶があるんですよね。そう言う事も有るから、今の食品減税に対しての野党やメディアの動きは、減税に対しての問題指摘というよりは、高支持率が続く高市内閣に対しての嫌がらせのようにしか見えないんですよねぇ...

深夜の地震

虫の知らせなんでしょうか、ベッドに入ったと思ったら何故か目が覚めて、「あっ、トイレかなぁ」と思ったら、ガタガタと結構強めの揺れ。「あっ、地震。結構強い」と思ったんですが、多分寝ぼけていたからなんでしょうね、音は大きく感じましたが揺れの度合いはそんなには感じませんでした。横揺れを感じなかったというか、地震の揺れで周りがガタガタ言っているのに、体に振動が感じられなかったんですよね。この時は震源地から離れているからかな、でもこれだけの音を感じるのは結構大きな自身だったのかなと、ぼやっと感じる位でした。

直ぐにテレビを点けて震源地とか確認しようかと思ったんですが、結局そのまま寝入ってしまい、地震情報が確認出来たのはいつもの様に早めに目がされてしまった朝の4時頃。その時のニュースでは、「愛知県で震度5の地震が」 と放送していたので、「あっ、名古屋での地震?」と思ったんですが、震源地はなんと静岡県西部。地図を見ていると、浜松市内の北の方「三ヶ日みかん」で有名な浜名区三ヶ日町あたりでビックリ。産経新聞の記事を観てみると、震源地周辺はそんなに震度は大きくなく、何故か結構離れている愛知県知多市で「震度5強」が観測されてます。震源の深さ40kmで規模はM5.7との事ですが、地層とかの関係で揺れの伝搬が知多市周辺に集中したんでしょうか。

目が覚めて改めて身の回りを確認して見ましたが、自分の住んでいる地区は震度3だったこともあり特に被害は無い様子。早朝の気象庁の会見では、南海トラフ地震の想定域内の地震だけれど、今の所直接の関係は不明みたいな無いようでした。まぁ、中々直ぐに判明することも難しいだろうなぁ。ただ、最大震度が愛知県知多市の震度5強で、その周辺の地域も震度5弱の地域が多いので、まるで愛知県での地震のように今朝のニュースでは伝えられているけれど、実際に地震が発生したのは静岡県(西部)何ですよね。別に震度の大小を競打つ森は無いけれど、ちょっと不思議な感じ。

内陸部が震源地の地震なので、津波の心配が無いというのは幸いなのかも。ただ、今朝は新幹線が一部停車していたりと影響はそれなりにありそう。明日からスタアラ世界一周の旅に出かける予定何ですが、影響の無いことを祈るばかりですねぇ...

2026年11月7日

悪意ある裏口

 ITmediaの記事から、Android製品の中に開発製造元がバックドアを仕込み、それを犯罪組織へ提供していたという信じられない記事。パソコンやスマホなどの情報端末だけで無く、家電製品等は最近では「ネット接続」が前提になっていて、それを悪用して冷蔵庫の設定温度が操作されたりと悪用される時代に。冷蔵庫にネット接続が必要かどうかは議論のあるところだと思うけれど、例えばリモートメンテナンスが一般的な現在では保守目的でネット接続が必要な場合もあり(そうで無いと、人が現場に行かなくてはならず対応まで時間が掛かる)、中々難しい所。

テレビなんかも、昔は単体で動作するデバイスだったけれど、最近では地デジとかBS/CSの受信機能以上に、ネットワーク接続してのYouTubeとかNetflixアクセスが主流なので、ネット機能内蔵は当たり前。今回は、そのネット接続可能なテレビにアドオン(多分USBデバイスで接続する?)して、有料番組の視聴など出来るようなデバイスらしいけれど、それが出荷時からバックドア(裏口)が設定されていて、それが偶々だったのでは無く、メーカー自らが仕込んだというから呆れてしまう。自分も苦労した経験としては、紛失や盗難時にパソコンがどこにあるか検索出来るように、システムROMの中に入れ合ったサービスコードに脆弱性が発見されて、それを悪用されると本体が則られる可能性もあると言う事で、緊急で修正コードを入れたROMのリリースとかやったことがあるけれど、本当に大変だし緊急だから時間も短いしもう二度とやりたくないと思ったものです。

ここからは完全な邪推ですが、これって一企業が企てたというよりは、そういうハッカー集団というか犯罪者集団が、意図的にそう言うデバイスを製造させてそれを販売させていたんじゃ無いだろうか。特に今回の場合は、良くある広告詐欺の機能だけで無く、個別に悪用プロキシとして使用できるようにもされていたということで、こちらが本命だったんじゃ無いだろうか。最近は毎日のように不正アクセスのニュースが流れているけれど、幾ら自動的に動作するとはいえ、何十何百万ものアカウントを手当たり次第に突破して、自分達が悪用できる環境を獲得するのは効率が良いとは言えない。それよりも、最初から自分達がいざというときに利用出来る、言ってみれば「隠し財産」みたいなものが何十万と世界中にあれば、これはもう何でもやりたい放題じゃ無いだろうか。

それでも、Googleの認証を突破して販売されていた製品ということは、技術力もそれなりに有る企業が加わっていたわけで、これも新しい時代の流れのようにも思います。昔は、やはりそういう技術のあるところには、それなりの倫理観とか社会正義みたいなものも合ったと思うし。でも、よくよく考えたら、Microsoftも過去には色々やっていたし、それって単に自分が都合良く記憶改変しているだけかも(笑)。いずれにしても、Googleも認証プロセスを厳格化するみたいだけれど、Appleに対して有る程度の自由度があるAndroidが、その良さを失って行くかもしれない。でもなあ、そこは「安全第一」だし仕方ないですよね。

豆腐の食べ方

佐々木俊尚氏の引用から、豆腐の醤油以外での食べ方について。子供の頃から一番馴染みのある食材だし、毎日のように朝昼晩の何処かには必ず登場するような「ザ・和食」みたいな素材。豆腐自体には殆ど味が付いていないこともあり、色々と組合せしやすい反面単体で食べることが無いので、慣れている日本人以外には中々受け入れられなかったけれど、欧米人が大好きな「健康ブーム」「ヘルシー食材」と紹介されると、一気にワールドワイドな食材になった気がします。

「豆腐」と言えば、一般的には「絹ごし豆腐」と「木綿豆腐」の2種類が身近で、私はどちらかと言えば「絹ごし豆腐」の方が好き。味噌汁の具材で私の一番の好物は「豆腐とお揚げの味噌汁」なので、味噌汁を作るときには多分二回に一回はこの組合せになります。冷や奴や湯豆腐にしても、やはり口当たりというか喉越しの良さで私は「絹ごし豆腐」一択ですが、「大豆の味が強い」という事で、木綿豆腐派も譲らない。「たけのこの里 vs. きのこの山」 論争に負けない「絹ごし豆腐 vs. 木綿豆腐」の争いは、日本の和食界隈での解決しない問題の一つかも(マテ)。

そんな「出来るだけそのまま食べるなら絹ごし豆腐派」の私ですが、最近木綿豆腐にちょっと嵌まりつつあって、それが木綿豆腐を脱水してカッテージチーズみたいな感じで食べること。鉄板はオリーブオイルと塩の組合せですが、ニンニクとごま油の「ナムル風」の味付けも捨てがたい。豆腐だけで食べるよりは、例えば生野菜と合わせてサラダのトッピング風に利用したりすると食感と味が「豆腐」とは異なる印象に変わり面白く食べることが出来ます。たまたま昨日観ていた、日本テレビの「沸騰ワード10」で、伝説の家政婦志摩さんの古民家リフォームの回で、この中で振る舞っていた夕食にこの豆腐を水切りしてチーズ代わりに使用したサラダがありましたね。水切りしてサイコロ大に切った豆腐を、オリーブオイルと塩とゆずでマリネして使用するというのは、今度試してみよう。これまでも似たような調理をしていましたが、あえて直ぐに食べてしまったので、水切りした豆腐にマリネ液が浸透したらまた違って味覚になりそう。

ここにも何度か書いていますが、昔よくアメリカへ出張していたときは、滞在期間が基本月単位と言う事も有り、キッチン付きのホテルや契約したアパートに滞在して、基本自炊生活をしていました。初めて行った30年以上前だと、高級スーパーだと「Tofu」が置かれていたけれど、牛乳パックみたいな「充填豆腐」で、とてもそのままでは食べられる代物では無い。麻婆豆腐とかにするなら良いけれど、冷や奴とか湯豆腐にすると充填されている臭いがきついんですよね。色々試してみて、一度湯がいてやるとそれらが軽減されて、それを冷やして冷や奴にしたり、湯豆腐にしたりして観ましたか。本当は昆布だしで煮てやると良かったけれど、最後はマギーブイヨンのベジタブルキューブを溶かしたお湯で湯がいたなぁ。その後数年位すると、多分アメリカで製造しているであろう、水が入った密閉容器に入った豆腐が売られるようになり、それも使ってみましたが、やはり大豆や水が違うからか日本人の味覚からすると「豆腐」ではなく「Tofu」という感じ。最近は国内と遜色ないものが購入出来ると思いますが、世界的な和食ブームの重要な要素の一つであることは間違いないし、素材に殆ど癖がないから色々な味付けが出来るし、さらに100%大豆由来だからビーガンにも対応出来るし、言ってみたら「ほぼ完全食材」と言えるかも。今日からまた冷え込むみたいなので、今晩は湯豆腐にしようかな(笑)。

2026年11月6日

細野豪志ヒストリー第一章

選挙ドットコムちゃんねるから、静岡朝日テレビの児玉賢太郎制作局長が語る「細野豪志ヒストリー第一章」。 本当ならば、この会で完結するはずの予定が、話がディープに成りすぎて2000年~2026年の四半世紀のうち、まだ民主党政権に交替する前で今回は一旦撤収。「前編・後編」どころか、今回の第一章から、さらに3回? 4回? まだまだ続きそうな雰囲気。民主党政権時代の話で最低でも2回、民主党離党後も2回から3回位、さらに自民党入党から現在にいたる話で2回から3回? 最終章が二桁章になることは確実かも(笑)。

児玉局長が、元々は静岡朝日テレビの報道記者出身ということは、これまでも何度か言及されていたけれど、細野大臣の初当選時代から関わりがあったことは知りませんでした。今回の選コムの動画配信に合わせて、静岡朝日テレビも16年前の細野大臣を追ったアーカイブを公開していて、ここには当時現場の政治記者だった児玉局長も登場。選コムの第一章は、この民主党幹事長代理時代の手前で終わっているので、多分その部分がカバーされるであろう第二章の「予習」として調度良いかも。

民主党議員時代、そして自民党に入党してからの最近は、高い知名度もあって選挙に関しては心配は無かっただろうけど、無名の文字通りの落下傘候補だった2000年当時から、その後の波瀾万丈な時代も、選挙区で地元の自民党候補に競り勝って当選してきていることは、やはり実力があるからと言えるんでしょうね。正直今回の動画でも登場した「モナ騒動」で、この人の議員生命は終わったと思ったけれど、その後の民主党政権での実績がそれを払拭出来たのが大きかったのかな。自分の認識も、正直なところ以前と現在では180度変わっていて、今回の復興担当大臣にはかなり期待しているところ。初代防災庁大臣として、熊本訪問で早速洗礼を受けているけれど、そう言うものは自分の行動と信念で払拭していって、本当に必要な「防災大国日本」の基礎を築いてほしいなぁ。それって絶対東南海地震とか富士山噴火という予想される大災害の時に必要なものだし。

選コムでは「三国志シリーズ」として、地元でのつばぜり合いの歴史コンテンツがあり、それは選コムに出演している記者の方の経験からの話題ですが、今回の児玉局長の場合はその関わった年月の長さが違うから、かなり内容として「濃い」シリーズになりそう。早く次の第二章以降も期待したいところだけれど、児玉局長のスケジュールが押さえられないだろうなぁ。選コム側が静岡に来て収録するとか、色々工夫して早くこのシリーズの続きを公開してほしい。単なる政治家への批判とかヨイショでは無く、是々非々でその人の実績を判断出来る貴重な情報だと思うんですよね。そう言う意味でも、このシリーズ、期待したいところ。

書道

日本の「書道」のユネスコ無形文化遺産登録が「適当」という勧告が出され、「ユネスコ無形文化遺産」に「書道」が登録されることが確実に。私も子供の頃の習いごとの一つで小学生の頃に「書道教室」に通わされて、一応「特待生」まで上がって終了したけれど、かと言って字が上手いわけでは無い(笑)。しかも、習字半紙に筆で文字を書く(大体は四文字)事は慣れていても、小筆で左端に名前を書くのが何故か苦手で、それもあってか今でも筆ペンで小さな文字を書くのが苦手なのは何故だろうか。

このニュースを聞いた時に先ず頭に浮かんだのは「中国がクレームしてくるんじゃないの」という事。書道で書く「漢字」にしても、その道具である、硯、墨、筆、それらは中国から伝来したものであることは間違いない事実。日本で独自に変化・進化したから「墨書」あるいは「書」ではなく、「書道」と「~道」になるのだろうけど、どういう差別化というか中国の「書」との違いを言っているんだろうか。 登録に向けての「書道」の定義としては、

「筆、墨、硯(すずり)、紙などを用いて、漢字、仮名、漢字仮名交じりの書、または篆刻(てんこく)として伝統的な筆遣いや技法の下に手書きする文字表現の行為」

としているらしい。「篆刻」というと、先ずは寺社仏閣での「御朱印」での押印が思い浮かぶけれど、最近では頻度は減ったとは言え日常使う「印鑑」とか「社印」とかも含まれるんだろうか。道具や漢字に関しては、日本で生まれた「新漢字」やかな・カタカナ以外の文字は中国由来だけれど、広い意味での篆刻とか押印文化みたいなものも、今回の「書道」の範疇なんだろうか。個人的には「書く動作・所作」までが「書道」で、篆刻として判を作成する迄は含まれるけれど、それを押印して使用する行為はちょっと違う気もするけれど。 

調べてみたら、「中国の書法(中国書道)」として、2009年にユネスコ無形文化遺産に登録済みなんですね。さらに「モンゴル書道(2013年登録)」「アラビア書道(2021年登録)」「トルコの伝統的処方『フスニ・ハト』(2021年登録)」というものも有るらしい。そこに今回日本の「書道」も加わったという感じなんだろうな。ただデジタル化がどんどん進み、書道どころか「手書き文化」も怪しくなってきている現在、本当に「遺産」に成りそうで、そこが恐い。考えてみたら、「手書き文化」どころか「手入力」すら最近のAI利用の音声入力が主流になれば消えていくかもしれない。確かスタートレックだったと思うんですが、トライコーダーにメモを手入力して同僚がビックリするようなシーンがあったように記憶していますが、最近ですらスマホに音声入力するのが普通になりつつあるしなぁ。文字を読むことは出来るけれど、書くことは出来ない社会人が普通になるのは、そんなに遠い未来の話では無いですよね。

早速今朝のニュースでは、書道教室の人気がアップしているとか、インバウンドのオプションとして書道体験みたいなものが人気と言うような話を流していたけれど、欧米は欧米で「カリグラフィー」という、飾り文字の文化もあるんですよね。ただ、あれってルールに従ったデザインで文字を綺麗に書く技術で、日本の書道のように文字を崩しつつそこに某かの「意味・意図」を含ませるようなものでは無いと思います。私は「漢字」は一文字で多層的な情報を提供出来るシンボルだと思っていますが、濃淡や線の状態で喜怒哀楽とか善悪とか、色々な付加情報を伝えるというか、読み手の心に訴えかけるような所が日本独自の「書道」の所以かなと言う気がします。「キャラクター/文字(Character)」ではあるんだけれど、「シンボル/印(Symbol)」でもあり、「グラフィック/画(Graphic)」でもあるし、場合によっては時の移り変わりみたいなものも一度に表現する「情報要素」が、書道の肝と言えるのかも。

2026年11月5日

労働力確保問題

現代ビジネスの記事から、埼玉県川口市のクルド人が帰国しているため、そのリソースに頼っていた解体業界が悲鳴を上げているという話。似たような話は、農業だったりせっきゃんぎょうだったりさいきんで破壊後・福祉業界でも問題になっている話。確かに関係する業界からすると、これまで期待していたりソースが突然消えてしまうのは大きな問題なんだろうけど、個人的に凄く引っかかるのはだから取って法的に問題があるような事案を例外的に扱って良いのか、ということ。

全ての川口のクルド人、あるいは海外からの人材がそういう違法的なものとは言わない。また、ネット等に氾濫する情報には多分にフィルターやバイアスが掛かっていることも事実。ただ、その中には事実も含まれるわけで、そうなると本来ならば適法遵守するべき人達が、違法な活動をしていて、さらにその構造に依存して居る別の組織が居るというのは大きな問題なのでは。いつも疑問に思うのは、これって政治の世界で言えば「裏金問題」とか「違法献金問題」みたいなものだと私は思うんですが、でもいつもそう言う事を批判している人達って、こちらの問題に関しては殆ど声を上げない気がします。逆に「彼らも困っているのだから」みたいな同情論を展開して擁護するようなことも。

昔から疑問だったのは、日本国内の労働賃金が上がると海外工場へ生産委託するようになり、昔はお隣の中国が中心でした。でもその中国ですら、製造コストの競争力が無くなりつつあると、今度はその先のパキスタンとかへ例えば衣料品なんかはシフトして行くんですよね。そこもその内にコストペイできなくなると、今度はアフリカあたりに行くんだろうか。アメリカの場合は、南米で生産委託しているケースが多いですよね。ただ、今はそういうスキームが成立しても、それら地域だって未来永劫そんな助教では無いだろうし、中には中国のように経済的解脱に成功するところだって有るだろうし、そうなるといつかは外部委託できる低コストの労働市場というのは地球上から消えるでしょう。その時に、日本や欧米はどうするんだろうと解けないナゾナゾを考えていました。案外その頃には、欧米や日本が凋落していて、それら地域が逆に低価格労働力の供給基地になっていたりするけれど、最近の円安の状況を見ていると日本がそうならない可能性はかなり低くなっている気がします。 

解体業だけで無く、今低賃金労働力に依存して居る分野や業界は、やはりそれなりの賃金を前提とした就業構造に再構築しないと、結局はそう言うダークリソースに依存して有耶無耶なまま社会が堕落していく気がする。個人的にはふと思ったのは、そういう人材不足の業界・業種関しては、賃金の大幅なアップは無理だとしても、予め登録してそういう仕事をすると、例えば税金が安くなるとか逆に支援金が貰えるとか言う仕組みはどうだろうか。あるいは、こういう仕事は体力勝負でもあると思うので、学生のアルバイトの特例としてその収入は所得に含めないとか。しかも複数の業者を掛け持ちしても良いようにするとか。解体業などは危険な部分もあるので、単純にそう言うアルバイト感覚では出来ないと思うけれど、経験者ならば特例副業みたいな分類で同様の恩恵を獲得出来るとすれば、案外掛け持ちで仕事をする人も増えるのでは。更に、そう言う「掛け持ち業務」には、本業のある人は社会保険料は免除して、代わりに収入の何%かを年金代わりに特別なNISAへと振り込ませたらどうだろうか。それによって、その人の年金は本業分が支給されるけれど、副業分は特別NISAの収益が将来貰えるようになる。国としても、お金が市中に回る切っ掛けにもなるし、年金支給の負担軽減にもならないだろうか。日本の人口減少が問題なことは理解しても、それでもまだ1億2000万人以上の人間が国内にいるわけで、欧州なんかはその半分位の人口の国でもちゃんと回っているところもあるわけです。労働を強制することは出来ないけれど、日本人の気質を考えた有利な条件があればまだまだ仕事をしたいという人は多いと思うけどなぁ。

日本の近現代史

ReHacQのコンテンツから、MC高橋弘樹氏、ゲスト辻田真佐憲氏による、日本の戦後近現代史に関しての前後半のコンテンツ。私は、この辻田氏を以前ReHacQで拝見して、面白い人だなぁと思いつつその話されている内容も凄く筋が通っていると感じていた方。今回の話も凄く面白く感じて、特に印象に残ったのが「戦前、戦後とは異なる『第三の区切り』が必要」という意見。

辻田氏によれば、明治維新から太平洋戦争開始までが77年、太平洋戦争終戦から現在までが81年過ぎていて、更にこの先も「戦後」という言い方をするのは無理があるのでは無いか。80年という区切りの現在、さらに世界的に不安定な状況になりつつある現代において、別の区切りあるいは「言い方」が必要では無いかと言う意見はなるほどねと個人的には凄く腑に落ちる話。1990年位から、それまでアメリカに次ぐ世界第二位の地位にいた日本の衰退が始まり、その後30年間の間に状況は大きく変化しているけれど、それを正しく認識していない人が多いのではとの事。その最たる証拠が、「戦前に戻る」とか「戦後回帰」というけれど、そこに戻る事が正しいとは限らないという意見は正論だと思います。

高橋氏がしきりと「何か区切りとして表現できるうまい言葉が無いですかね」と言っていましたが、確かに長いデフレ期間を脱却して、まだスタートしたばかりで成果も結果も見えないけれど、新しい産業創成を目指すというこれまでに無い時代に変わりつつあることも事実。「戦後」と聞くと、どうして日本の戦争責任と敗戦からの復興という「重荷からの贖罪」みたいなイメージが続くけれど、周辺国の大きな変化もあって逆に日本が東アジアだけで無く、欧米列強の中の唯一のアジア圏代表としての存在感への期待感も膨らんでいるわけで、確かに「戦後」という言葉やイメージから脱却するのに今は絶好のチャンスなのかも。その為にも、やはりこれからの80年を表す様な「言葉」というのは案外重要かもしれない。

高橋氏から中国との違いを聞かれて、辻田氏が「自由」と答えは凄く的を射ている言葉だなと感じました。日本というのは、島国ということも有るかもしれないけれど、「あ、うん」の呼吸というのが何となく身につけられている集団じゃないだろうか。暗黙の距離感というか、関わり合いと言うか、そう言う見えないパーソナルスペースが尊重されている限り、他人の行動や意見に関しては寛容というか、面白そうと思えば関わるし、そうで無ければ何となく視線の外に外して置くみたいな、否定はしないけれど自分との関係性は希薄化していくことで、自分自身の「自由」を守っている気がします。そんなことを熟々考えていたら、ふと思い浮かんだ「戦後80年」で一区切りをして、これからの時代を表す言葉として「遷後(せんご)」はどうだろうか。「遷」は「変わる」という意味で、物理的にも時間的にも両方の意味を含む言葉。「戦後80年」が終わり、新しいフェーズに少なくとも今切り替わったということが確かなわけで、現時点では「遷後」と呼びつつ80年後の時には「あの時はああいうことがあったから○○と言うべき転換点だった」と、その時に確定的な言葉にすれば良いんじゃ無いかな。

2026年11月4日

虎の威を借る狐かな

YouTube「今野忍のういっす!チャンネル」の4回目は、VIVANTの中国介入から、高市総理のG7欠席の時系列的検証など盛りだくさんの1時間越えの濃い内容。最初のTBSの「VIVANT」ですが、私は全く視聴しておらず(これに限らずテレビドラマ全般もう20年位観ていない) 「VIVANT」を「ビバント」と言うくらい(笑)。動画を観る限りでは、今回は「中国」と実名を出されているから、それを理由に中国政府がクレームしているらしいけれど、最初に今野氏が言っているように「お前言う」案件だなぁ(笑)。問題はこの話題の後半で触れているけれど、中国政府のいつもの様に使えるものは何でも使い倒すという行為よりも、それに踊らされる日本の政治家の浅はかさですよね。

中盤の、望月衣塑子記者の対談本回収事件に関しては、確かに一から原稿を書くよりも、対談本のようにその場で話したことがそのまま書籍として出版されれば、楽だしそれで収入も増えるかもしれないけれど、まぁ彼女のいい加減さ自由奔放さがそのまま原因のような気がする。コメントで「人間誰でも間違いがあるから」と弁護されていたけれど、いゃ彼女の場合はそればかりじゃ無いだろうか。対談本ということは対談相手が尊重されるべきものだと思うけれど、その尊重されるべき開いてを無視して自分勝手に創作したわけだから、そこに「偶々」とか「無意識に」とか言う理由は通じないと思う。しかも彼女の場合は、これまで色々あったわけだし。動画の聞き役である鈴木拓也氏の疑問は至極当然だと思うなぁ。選挙ドットコムちゃんねるでの、山本期日前氏と毎日新聞田中裕之氏の会で、田中記者が望月記者の官房長官会見デビューの様子を話していたけれど、それでもなんでごく一部ではあるけれど人気があるのか東京新聞は野放しにしているのか、疑問だなぁ。

G7のオンライン会議欠席に関しては、今野氏の言うとおりで、高市総理としては自分が全てを扱わないと納得出来ない「孤独なリーダー」の特徴で、ここは判断ミスと言っても良いことだったと思いますね。今野氏や鈴木氏が指摘しているように、G7のメンバーでありその中で中心的な存在でいることは、やはり最優先事項と言っても良い話し。議題が日本に関係する・しないという判断も必要だけれど、やはりそこに「参加している」という意味も大きいわけで、そこは高市氏としては反省して、今後は同じミスを繰り返さない様にして欲しいですよね。今野氏が言うように、野党は今回の欠席を批判しているのだから、今後は外交関係の優先順位を国会参加必須と言わないようにならないと。まあ、この部分は野党は上手く与党批判をしたと思っていたら、墓穴を掘ったと言う見え方も出来る話のような気がします。

最後の消費税減税に関して特別委員会の否決と本会議での賛成の可能性の話は、政治システムの難しさというか、多分歴史的にいろいろ苦労してきた結果なんだろうなぁ。これも、衆議院と参議院で与野党が逆転していることが理由なんだろうけど、高市内閣唯一のアキレス腱だし、2年後の参議院選挙でも解決出来ない可能性が高い最重要課題何ですよね。仮に2年後の選挙で与党が今よりも議席を伸ばして(+4議席)過半数を取れたら、これは先の衆議院選挙で自民党が2/3以上獲得したこと以上の珍事というか、奇跡みたいなものだろうなぁ。ただ、それだけ重要なは無しなのに、途中から山本期日前評に代わって一番盛り上がるのは問題のような気もする(笑)。1時間があっと言う間のコンテンツでした。


持ち帰り文化

佐々木俊尚氏の引用から、日本でレストランの食べ残しを持ち帰る文化が無い事の話。地域や時代によって違いがあると思うんですが、自分が子供の頃は「お持ち帰り」は出来たと記憶しています。勿論、お刺身などの生物は駄目でしたが、煮物とか焼き魚とか揚げ物は「お持ち帰り」して、翌日の朝食のおかずになっていました。

当時は、今のようにタッパーとか持ちかえ利用の透明な容器は無くて、木を薄く剥いでシート上にした「経木」で包んでくれたり、それが箱状になった入れ物が合って、それに入れて持ち帰っていました。それが自分が小学生位まではあったかなぁ。その後、確か食中毒とか法律が厳しくなったりして、持ち帰りを断るお店が殆どになり、それで「お持ち帰り」が途絶えたような気がします。それでも、肉屋ならばコロッケとかメンチカツとか揚げ物の持ち帰りはあったし、魚屋さんならば煮魚や焼き魚のお惣菜を販売しているお店もあったし、そんなに「持ち帰り文化が無い」と言うほどの状況では無かった気がします。

アメリカだと「Doggie Bag」と言って、持ち帰り用の入れ物を貰って残ったパンとかフレンチフライとかピザとか持ち帰り、翌日温め直して食べることは普通ですが、出される量が日本と比べると1.5~2倍かそれ以上はありますからね。自分くらいの世代だと、子供の頃に「出されたものは残さず食べなさい」と言われてきた世代だと思うし、当時は今のように大量に食事を出すようなお店は殆ど無かったから、食べきれないほどの分量の食事を注文すること自体先ず無かったこともあるんじゃ無いかなぁ。和食などは、例えば法事とか何かのお祝いみたいな席で、多人数が利用するような場合は、どうしても食べきれないものが残るから、そう言うものを持ち帰る事は普通だったし。良くあったのは、尾頭付きの鯛の塩焼きなどは一人一尾出されるけれど、食べきれないことは分かっているからその場では家族で一尾食べて、残りは持ち帰っていたし。 

最近はテレビ等でも大盛のお店がよく登場して、食べきれない場合には持ちかえ利用の容器を貰って持ち帰る様子も放送されていたりしますが、ああ言うのって「食べきれなかったら持ち帰る」というよりも最初から持ち帰りを想定しているような気がして、ちょっと意味が違うような気もします。あと、少なくともアメリカの場合は外食するときには大体の場合車でで掛けるので、持ち帰りの容器が増えても困らないけれど、日本の場合は近くのお店なら良いけれど、電車とか遠出する場合には持ち帰りが荷物になってしまう場合もあるのも、持ち帰りをそんなに考えない理由になるかも。ただ、いずれにしても最初から持ち帰る事を考えるのは個人的には抵抗を感じるところ。大盛りとか提供される料理の種類の多さなど、お店の個性だとは思うけれど、お店側としても利用する側としても、そこで食べるのがベストの状態で提供されるのだろうから、やはりその場で食べ切れて満足出来る分量と内容が、食事として理想なんじゃ無いだろうか。

2026年11月3日

防災庁と緊急要請

選挙ドットコムちゃんねるの月曜日定例配信は、MC山本期日前氏とコメンテーターは毎日新聞記者の田中裕之氏。前半は都議選補選から始まり、真ん中ではこの日からスタートした防災庁とその初代防災大臣になった細野豪志氏の「緊急要請」に関してのトーク。

私も「緊急要請」という言葉はちょっと強すぎたかなぁというのが第一印象。せめて「緊急提言」とか、「万一の場合を想定した緊急要請」とか、もう少し言い方を変えた方が良かったと最初は感じました。ただ、動画の中での田中記者の説明を聞いていると、やはり防災庁(National Disaster Management Agency/NDMA)という、日本にとって最重要な機関のスタートにあたり、今一度国民に対しての覚悟というか理解というか、そう言うものを植え付けるくらいの覚悟をしていたのかなぁと考え方を変えました。

副作用として、その言葉の強さ故に切り抜きなどで誤解を招くような内容やあまつさえ政府の陰謀論みたいなものにまで変化して流布されているのは困ったものだけれど、でも防災庁の最初の日なのだから、やはり必要な事はしっかり明確に伝える事は必要でしょうね。毎年9月1日は「防災の日」で関東大震災を教訓に、災害への備えを確認する日になっていますが、関東大震災自体がもう100年以上前の災害だし、毎年繰り返される行事ということでどうしても形骸化していくことも避けられない。例えば、東日本大震災が発生した3月11日と、ほぼ半年後の9月1日の現在の防災の日を、3月11日を「春の防災の日」、9月1日を「秋の防災の日」として、年2回リマイドするようにしたらどうだろうか。阪神・淡路大震災は1月17日なので、年明け早々という事も有るし、春の防災の日にはこの阪神・淡路大震災も含めた「春の防災の日」としたらどうだろうか。そうすれば、3月は「春」とは家まだ寒い時期だから寒い時期の暖房とか食事の準備等の練習にもなるだろうし、9月は逆に「秋」とは言えまだ暑いから、暑い時期の冷房・空冷や食事の腐敗対策とか、やはりその季節に合った練習にもなると思うんですよね。

防災庁は、阪神・淡路大震災からそれ以降の様々な天災や自然災害を経験して設置が決められて、石破内閣の時に正式に「防災庁」設置法案が通ったんですよね。赤沢亮正大臣が石破内閣時代にReHacQに何回か出演していて、その時に当時アメリカ側と丁々発止のやり取りをしていた通商関係よりも防災大臣をやりたいと言っていたことが凄く印象に残っていますが、そう言う意味では東日本大震災で現地の福島第一原発担当として苦労した細野豪志氏の大臣就任も、適材適所と言えるのかもしれない。日本にとって「防災」というのは、エネルギー問題に匹敵するような課題だし、ある意味経済の牽引車にもなる要素も多いと思うんですよね。また、そこで蓄積された技術や知見は、国際協力での有力な武器にもなりうることも確かだし、将来的には「防災庁」から「防災省」になるくらい充実した組織になってほしい。

経験値のアップデート

佐々木俊尚氏のVoicyから、ご自身の経験から教育の議論を自分の体験だけで語ることの危うさについて。 私は最近はご無沙汰していますが、以前は大学時代のクラブの役員とかしていたこともあり、二回り以上離れた現役生なんかとの関わり合いがある時期があって、当時は自分の学生時代とはかなり違うなと言うことを感じました。考えてみたら、自分達が大学に入った頃は、まだ当時の学部は創立されて10年ちょっとくらいの時期で、それから20年30年過ぎれば、色々な部分で変わっていなければ存続できないだろうし。

これって一種の「自分的ステレオタイプ」というものだと思うわけで、ある時点までは記憶や経験値が更新されていくけれど、その機会が無くなるとそこで情報更新が止まってしまい、でも自分なりにその知識や経験に自身があると、それを元に自分の思考や行動を決めてしまう「過ち」なんですよね。よくよく考えたら、会社に入って色々な学校出身者と校了するようになると、自分達の学校では考えられないような「現実」も知るわけです。それでも多少なりともアップデートされれば良いけれど、自分以外の相手も卒業と同時に更新が止まっている人が殆どだから、結局変な固定観念で組織されたさらに変な固定観念が共有されていくことになってしまう。

大学なんて、一度出たら殆どの人はそのままなんだから、それは仕方ないんじゃないという気もするけれど、「常に更新する気持ち」というものは、多分全ての自分の行動に関して言えることだと思うんですよね。別に大学のことを知りたいからと母校訪問しなくても、例えば現在だったらそういう年代の人達の様子や状況はネットで幾らでも知ることができる。もし仕事に結びつけるならば、例えば「産学共同事業」みたいな事って、多分昔よりも今の方がやりやすい環境状況になっている気もします。実際にそういう行動を起こすところまで行かなくても、そういう気持ちがあるかないかだけで、他の事柄に関しての自分の認識というか意識もかなり違ってくることも事実だと思う。

自分が若い頃には「アンテナを磨く」とか「感性を研ぎ澄ます」みたいな言い方をしていたけれど、そこまで能動的でなくても今の時代はネットにアクセスすることで、良くも悪くも受動的にどんどん情報更新はされていくんですよね。問題は、それを流れてきたものをそのまま受け流すのか、全てでは無いにしても気になるものに関しては自分なりに咀嚼して見くらいのことをするか、そう言うちょっとした違いが現代では差が出るところのような気がする。昔は自分から情報を探して獲得しないといけなかったから、結構多くの人は苦労して成長していたけれど、今は座っていても情報は向こうからやってくる時代。量的には何十倍、何百倍もの違いがあるけれど、本当に必要だったり質の良い情報は、実は昔と比べたら確立は下がっているんじゃないかな。常に緊張している必要は無いけれど、半目くらい開いてキーワード岳は逃さないような状態が、少なくとも現在は一番賢い選択なのかもしれない。今の大学は違うと聞いて、「へぇ~、そうなんだ。自分の頃とは大違い」と思うか、「へぇ~、そうなんだ。どういう状況なんだろうか調べてみよう」と感じるか、その小さな差分が大きな成長へ繋がるかどうかの分岐点なんですよね。

2026年11月2日

チャッピーの料理指南

「賛否両論」店主の笠原将弘氏のYouTubeチャンネルから、お嬢さんとの料理対決シリーズ。今回は、次女の夕莉さんがChatGPTにレシピ相談をしながら調理をして、お父さんの笠原氏との対決に臨むんですが、色々考えさせられるシーンが多くて、料理番組というよりはAIとの付き合い方を考えさせられる内容に感じました。

先ずビックリしたのが、夕莉さんと対話するChatGPT(愛称「チャールズ」)の合成音声が、かなり自然な日本語でかつ話方が砕けた口調で、最初は誰か吹き替えをしているのかと思ったくらい。流石に途中の質問や会話時には、ちょっと齟齬を感じるような躓きもあったし、バックグラウンドで考えるときには「ちょっとお待ちください」みたいな変な間もあったけれど、 実際に電話の向こうにいるフードアドバイザーみたいな人と会話しているような感じが80%位の自然さ。

今回はチャールズ(=ChatGPT)にレシピを考案して貰い、その指示に従って調理しましたが手順的に拙かったかなと思ったのは、その都度質問しつつ作業を進めたところで、先ずは一度全体の手順を説明して貰い、そこで先に切りものをしておくとか、調味料を準備しておくとか、もう少し事前準備をすることを理解していたら、多分夕莉さんの料理の完成度も高くなったと思います。これってまさに生成AIを利用する時の「肝」の一つだと思うところで、何か質問したらその回答をそのまま信じるのではなく、何度かやり取りをして遂行していくというか完成度を上げて行く作業(Refine)がAI活用では一番重要だと思うんですよね。その上で、その作業手順に沿って、本当ならば調理の様子を見ながら指示や注意できるのが理想。スマホならカメラもあるので、その内に「あぁ、塩が多かったから野菜を増やして」とか、「もう少し火を通してください」とかガイドする様になれば、文字通り「フィジカルCookpad」みたいなものが出来そう。

実の娘の料理という事も有るのかもしれないけれど、コメント欄にもあるように生粋の料理人である笠原氏が、決してAIのレシピなりその使い方を否定していないのは意外でもあったし、やはり新しいものを取り込んでいこうという「学習意欲」みたいなものが自分の技を磨く糧になっているんだなと感じました。笠原氏の料理番組なんかを見ていると、結構色々な地方の食材や調理方法を取り入れているし、基本は和食なんだろうけどその軸はぶれずに幹を太くして更に上へと伸びる大木みたいな感じですよね。そういう所は素晴らしいと思う。生成AIとの付き合い方とか、それとは別に自分の中でコアとなる部分をどの様に伸ばしていくのかみたいな事も含めて、料理レシピ以上に学びを感じたコンテンツでした。

世界一周スタアラの旅(21) - Phase-3出発一週間前

今年の一大イベント「世界一周スタアラの旅」も、いよいよ最終章となるPhase-3。出発まで一週間となり、ボチボチその最後の旅程の準備を始めることに。と言っても、新規に何か準備することは無くて、手持ちの物の中から必要なものを引っ張り出していくだけなんですが。

一番気になるのが「天候」。最近は日本も寒くなってきましたが、少し前には10月なのに25度を超える様な日も有ったりして、衣類の調整が難しい。今の所の予報では、日本は比較的秋らしい天候で、最高気温が20度前後で最低気温は10度前後と、日中は暖かいけれど朝晩は少し冷え込みそう。最初の渡航地のロサンゼルスは「夏の気候」で、最高気温は28度前後で、最低気温も18度前後の予報。翌日のニューヨークは、今の日本と同じ位の予報ですが、経験的には朝晩は日本よりは冷え込むと思うんですよね。ただ、殆ど飛行機や電車での「室内移動」なので、そんなにヘビーな服装は必要無さそう。で、最後に東京(羽田)に戻ってくるんですが、これが早朝5時台の到着予定なので、結構冷え込みは予想していた方が良さそう。今の所、長袖のボタンダウンにブルゾンを羽織って出掛けようかと思っています。また旅程は「1泊3日1機中泊」なんですが、念のため着替えも1泊分持参する予定。

現地で必須のデータ通信ですが、今回用に準備したNomadのeSIMは、まだ半分以上(約6GB)残っているので、今回はこれを使い倒す予定。日本国内でも今使用していて、元々のdocomoのデータ通信は、帰国してiPhone 15 Proを先日購入したiPhone Airへと機種変更してから。多分今の半分以上は残りそうで勿体ないけれど、eSIMは移行出来ないので仕方ないですね。iPhone Airへの移行に伴い、現在の通信回線のリストラと言うか最適化も考えていて、メインのモト君(Android Motorola)はdocomoのメルアドが必要なのでもう暫く継続するとして、iPhone Airに機種変更したら今のdocomoからauへ移行しようかなとも考えています。あと、もう一回線docomoの回線もあるんですが、これは解約する予定。年内にはスッキリしたいところ。

閑話休題。今回は、一番ボリュームのある着替えが2日分で、後は嵩張るような荷物もないので、前回のバックではなくTUMIのバックパックで行く予定でいます。容量的には、もっと薄いVictrinoxのバックパックでも大丈夫なんですが、鉄道の移動時間があるニューヨークのPenn Station付近で出来れば姪っ子・甥っ子へのお土産でも見つけられればと思っているので。実は、この乗り換え時間を利用してPenn Station N.Y.からGrand Central Stationへ移動して、ここの駅構内のApple Storeで、現行iPhone 15 Proの機種変容のiPhone 18 Proを購入しようかと計画して居ました。国内かかと比較して、ドル建てで購入する方が数万円お得になるし、最近少し円高へと振れたので、それがもう少し有利になりそうだったから。ただ、実行に移す前にiPhone Airを衝動買いしてしまったので、この予定は未遂に終わったのですが(笑)。

それ以外の細々したものは、前回のPhase-2で使用したものをそのまま横滑りで再利用する予定。今回はアメリカ国内移動だけなので、コンセントの変換アダプターは不要かな。ドル紙幣・硬貨も一応持参しますが、多分使う機会は無さそう。偶々ANAの機内販売プリオーダーサービスを見ていたら、ちいかわのコラボマスコットが購入出来そうで、これなんか甥っ子のところの女の子二人に調度良さそう(一人2点までだし)。と思ったら「品切れ商品」になってる orz 

一番重要なのは「体調管理」ですよね。最近はインフルエンザが流行しているとのことで、実はちょっと前に少し熱っぽいかなと感じる時がありました。今は検温しても平熱で、体調不良も感じませんが、あと一週間の間は注意しないと。多分年内最後のフライトになるので、先ずは安全に飛べることを祈るばかりです。(続く)