わたしの新著「名もなき料理」で解説したメソッドを、試行錯誤で偶然にも発見してる人がいた。料理の黎明みたいな話ですね。↓
— 佐々木俊尚@新著「人生を救う 名もなき料理」3/11発売! (@sasakitoshinao) April 21, 2026
佐々木俊尚氏の引用から、意図せず自然発生的に日本食の基本的な考え方に辿り着いた話。私も土井善晴氏は好きな料理人の一人で、土井氏がよく行われている「一汁一菜」の考え方は、一番基本的な日本食(和食)の考え方だと思います。自分も一番のご馳走は、炊きたてのご飯に具沢山の味噌汁、そこに何かおかずが一品あれば、それはもう「ご馳走」と言って良いんじゃ無いかと。そのおかずにしても、焼き魚とか肉を焼いたものとかなら調合かと言って良くて、自分ならばお漬物とか佃煮とかでも十分な「おかず」だと思う。
味噌汁に関して言えば、懐石のコース料理みたいな途中の「汁物」ならば、おだしのきいた上品な「汁を楽しむ」お椀でも良いと思うけれど、通常の食事のときならば知るよりも具材が溢れるような「味噌汁」ならば120点だと思う。私は子供の頃から何故か「お豆腐とお揚げ」の味噌汁が一番の好物で、この組合せならば毎日出されても文句を言わないくらい。それ以外にも、大根や葉物野菜、ゴボウや蓮根などの根菜類、さらにはちくわとかコンニャクとかの寝るもの等、そして豚汁みたいに豚肉とか鶏肉まで入っていれば、もうそれは土井氏が言われるように「ご馳走」と言っても過言では無い。私は普通の味噌汁は二種類くらいの具材で作り、普通お椀に入れて食べますが、そういう具沢山の味噌汁を作るときには、お椀の代わりに丼茶碗くらいの大きい入れ物を出して、そこにたっぷりの具材を入れて食べるのが好き。ご飯は普通のお茶碗なので、その時にはアンバランスになるわけですが、それも食事の「旨味」に感じるのが面白いところじゃないかと。
味噌汁の面白いところは、具材を色々組合せや内容を変えても美味しさの種類は変化するけれど美味しさ自体はそんなに変わらないところ。さらに「汁」にしても、だしの種類から御園種類、味噌では無くそれ以外の醤油ベース、豆乳ベース、キムチ汁ベース、色々変えてさらに変化や組合せも楽しめる。ある意味「試行錯誤」の世界なんだけれど、普通「試行錯誤」というのは失敗の連続の中に成功が埋もれているものなんだけれど、味噌汁の試行錯誤はほぼ成功が見えている中で「大正解」を見つける勝ち組の試行錯誤じゃ無いかと言う気もしています。まぁ、それだけ「具材を出汁と調味料で煮る調理」という手法自体が、基本的だけれど失敗しない鉄板の方法なんだろうけど。
今でこそ、コンビニやファミマ、24時間営業のスーパー等、材料にしてもお惣菜にしてもいつでも何でもどこでも入手可能だけれど、自分の子供の頃はそういうお店は昼間しか開いていないし、冷蔵庫だって今ほど高機能では無く「冷凍室」なんて無いから足の速いものを長期間保存することなんて出来ない。そうなると、有る程度簡単に手軽に何でもその場で調理してそれなりの味に出来る「味噌汁」を筆頭にした「煮物、汁物」というのが、おかずとしては最強の存在だったと言えそう。しかも簡単な変更で様々なバリエーションが可能なので、毎日一年中作り続けても偏りは少ないし飽き来ない。具沢山の味噌汁だと、具材からも出汁が出てくるから事前に出しを取らなくてもそれなりのものが出来てしまう。出しを取ったら取ったで、昆布や削り節なら残ったものを佃煮出来るし、煮干しならから煎りして田作りみたいにしてもよいだろうし。兎に角無駄がなくてシンブルで簡単だけれどバリエーションを作りやすく、素材は身近に有るものが何でも利用出来る理想的な食事なのかも。ある意味、日本食の日本食たる所以とも言えるんじゃ無いだろうか。
