2026年11月6日

細野豪志ヒストリー第一章

選挙ドットコムちゃんねるから、静岡朝日テレビの児玉賢太郎制作局長が語る「細野豪志ヒストリー第一章」。 本当ならば、この会で完結するはずの予定が、話がディープに成りすぎて2000年~2026年の四半世紀のうち、まだ民主党政権に交替する前で今回は一旦撤収。「前編・後編」どころか、今回の第一章から、さらに3回? 4回? まだまだ続きそうな雰囲気。民主党政権時代の話で最低でも2回、民主党離党後も2回から3回位、さらに自民党入党から現在にいたる話で2回から3回? 最終章が二桁章になることは確実かも(笑)。

児玉局長が、元々は静岡朝日テレビの報道記者出身ということは、これまでも何度か言及されていたけれど、細野大臣の初当選時代から関わりがあったことは知りませんでした。今回の選コムの動画配信に合わせて、静岡朝日テレビも16年前の細野大臣を追ったアーカイブを公開していて、ここには当時現場の政治記者だった児玉局長も登場。選コムの第一章は、この民主党幹事長代理時代の手前で終わっているので、多分その部分がカバーされるであろう第二章の「予習」として調度良いかも。

民主党議員時代、そして自民党に入党してからの最近は、高い知名度もあって選挙に関しては心配は無かっただろうけど、無名の文字通りの落下傘候補だった2000年当時から、その後の波瀾万丈な時代も、選挙区で地元の自民党候補に競り勝って当選してきていることは、やはり実力があるからと言えるんでしょうね。正直今回の動画でも登場した「モナ騒動」で、この人の議員生命は終わったと思ったけれど、その後の民主党政権での実績がそれを払拭出来たのが大きかったのかな。自分の認識も、正直なところ以前と現在では180度変わっていて、今回の復興担当大臣にはかなり期待しているところ。初代防災庁大臣として、熊本訪問で早速洗礼を受けているけれど、そう言うものは自分の行動と信念で払拭していって、本当に必要な「防災大国日本」の基礎を築いてほしいなぁ。それって絶対東南海地震とか富士山噴火という予想される大災害の時に必要なものだし。

選コムでは「三国志シリーズ」として、地元でのつばぜり合いの歴史コンテンツがあり、それは選コムに出演している記者の方の経験からの話題ですが、今回の児玉局長の場合はその関わった年月の長さが違うから、かなり内容として「濃い」シリーズになりそう。早く次の第二章以降も期待したいところだけれど、児玉局長のスケジュールが押さえられないだろうなぁ。選コム側が静岡に来て収録するとか、色々工夫して早くこのシリーズの続きを公開してほしい。単なる政治家への批判とかヨイショでは無く、是々非々でその人の実績を判断出来る貴重な情報だと思うんですよね。そう言う意味でも、このシリーズ、期待したいところ。

書道

日本の「書道」のユネスコ無形文化遺産登録が「適当」という勧告が出され、「ユネスコ無形文化遺産」に「書道」が登録されることが確実に。私も子供の頃の習いごとの一つで小学生の頃に「書道教室」に通わされて、一応「特待生」まで上がって終了したけれど、かと言って字が上手いわけでは無い(笑)。しかも、習字半紙に筆で文字を書く(大体は四文字)事は慣れていても、小筆で左端に名前を書くのが何故か苦手で、それもあってか今でも筆ペンで小さな文字を書くのが苦手なのは何故だろうか。

このニュースを聞いた時に先ず頭に浮かんだのは「中国がクレームしてくるんじゃないの」という事。書道で書く「漢字」にしても、その道具である、硯、墨、筆、それらは中国から伝来したものであることは間違いない事実。日本で独自に変化・進化したから「墨書」あるいは「書」ではなく、「書道」と「~道」になるのだろうけど、どういう差別化というか中国の「書」との違いを言っているんだろうか。 登録に向けての「書道」の定義としては、

「筆、墨、硯(すずり)、紙などを用いて、漢字、仮名、漢字仮名交じりの書、または篆刻(てんこく)として伝統的な筆遣いや技法の下に手書きする文字表現の行為」

としているらしい。「篆刻」というと、先ずは寺社仏閣での「御朱印」での押印が思い浮かぶけれど、最近では頻度は減ったとは言え日常使う「印鑑」とか「社印」とかも含まれるんだろうか。道具や漢字に関しては、日本で生まれた「新漢字」やかな・カタカナ以外の文字は中国由来だけれど、広い意味での篆刻とか押印文化みたいなものも、今回の「書道」の範疇なんだろうか。個人的には「書く動作・所作」までが「書道」で、篆刻として判を作成する迄は含まれるけれど、それを押印して使用する行為はちょっと違う気もするけれど。 

調べてみたら、「中国の書法(中国書道)」として、2009年にユネスコ無形文化遺産に登録済みなんですね。さらに「モンゴル書道(2013年登録)」「アラビア書道(2021年登録)」「トルコの伝統的処方『フスニ・ハト』(2021年登録)」というものも有るらしい。そこに今回日本の「書道」も加わったという感じなんだろうな。ただデジタル化がどんどん進み、書道どころか「手書き文化」も怪しくなってきている現在、本当に「遺産」に成りそうで、そこが恐い。考えてみたら、「手書き文化」どころか「手入力」すら最近のAI利用の音声入力が主流になれば消えていくかもしれない。確かスタートレックだったと思うんですが、トライコーダーにメモを手入力して同僚がビックリするようなシーンがあったように記憶していますが、最近ですらスマホに音声入力するのが普通になりつつあるしなぁ。文字を読むことは出来るけれど、書くことは出来ない社会人が普通になるのは、そんなに遠い未来の話では無いですよね。

早速今朝のニュースでは、書道教室の人気がアップしているとか、インバウンドのオプションとして書道体験みたいなものが人気と言うような話を流していたけれど、欧米は欧米で「カリグラフィー」という、飾り文字の文化もあるんですよね。ただ、あれってルールに従ったデザインで文字を綺麗に書く技術で、日本の書道のように文字を崩しつつそこに某かの「意味・意図」を含ませるようなものでは無いと思います。私は「漢字」は一文字で多層的な情報を提供出来るシンボルだと思っていますが、濃淡や線の状態で喜怒哀楽とか善悪とか、色々な付加情報を伝えるというか、読み手の心に訴えかけるような所が日本独自の「書道」の所以かなと言う気がします。「キャラクター/文字(Character)」ではあるんだけれど、「シンボル/印(Symbol)」でもあり、「グラフィック/画(Graphic)」でもあるし、場合によっては時の移り変わりみたいなものも一度に表現する「情報要素」が、書道の肝と言えるのかも。

2026年11月5日

労働力確保問題

現代ビジネスの記事から、埼玉県川口市のクルド人が帰国しているため、そのリソースに頼っていた解体業界が悲鳴を上げているという話。似たような話は、農業だったりせっきゃんぎょうだったりさいきんで破壊後・福祉業界でも問題になっている話。確かに関係する業界からすると、これまで期待していたりソースが突然消えてしまうのは大きな問題なんだろうけど、個人的に凄く引っかかるのはだから取って法的に問題があるような事案を例外的に扱って良いのか、ということ。

全ての川口のクルド人、あるいは海外からの人材がそういう違法的なものとは言わない。また、ネット等に氾濫する情報には多分にフィルターやバイアスが掛かっていることも事実。ただ、その中には事実も含まれるわけで、そうなると本来ならば適法遵守するべき人達が、違法な活動をしていて、さらにその構造に依存して居る別の組織が居るというのは大きな問題なのでは。いつも疑問に思うのは、これって政治の世界で言えば「裏金問題」とか「違法献金問題」みたいなものだと私は思うんですが、でもいつもそう言う事を批判している人達って、こちらの問題に関しては殆ど声を上げない気がします。逆に「彼らも困っているのだから」みたいな同情論を展開して擁護するようなことも。

昔から疑問だったのは、日本国内の労働賃金が上がると海外工場へ生産委託するようになり、昔はお隣の中国が中心でした。でもその中国ですら、製造コストの競争力が無くなりつつあると、今度はその先のパキスタンとかへ例えば衣料品なんかはシフトして行くんですよね。そこもその内にコストペイできなくなると、今度はアフリカあたりに行くんだろうか。アメリカの場合は、南米で生産委託しているケースが多いですよね。ただ、今はそういうスキームが成立しても、それら地域だって未来永劫そんな助教では無いだろうし、中には中国のように経済的解脱に成功するところだって有るだろうし、そうなるといつかは外部委託できる低コストの労働市場というのは地球上から消えるでしょう。その時に、日本や欧米はどうするんだろうと解けないナゾナゾを考えていました。案外その頃には、欧米や日本が凋落していて、それら地域が逆に低価格労働力の供給基地になっていたりするけれど、最近の円安の状況を見ていると日本がそうならない可能性はかなり低くなっている気がします。 

解体業だけで無く、今低賃金労働力に依存して居る分野や業界は、やはりそれなりの賃金を前提とした就業構造に再構築しないと、結局はそう言うダークリソースに依存して有耶無耶なまま社会が堕落していく気がする。個人的にはふと思ったのは、そういう人材不足の業界・業種関しては、賃金の大幅なアップは無理だとしても、予め登録してそういう仕事をすると、例えば税金が安くなるとか逆に支援金が貰えるとか言う仕組みはどうだろうか。あるいは、こういう仕事は体力勝負でもあると思うので、学生のアルバイトの特例としてその収入は所得に含めないとか。しかも複数の業者を掛け持ちしても良いようにするとか。解体業などは危険な部分もあるので、単純にそう言うアルバイト感覚では出来ないと思うけれど、経験者ならば特例副業みたいな分類で同様の恩恵を獲得出来るとすれば、案外掛け持ちで仕事をする人も増えるのでは。更に、そう言う「掛け持ち業務」には、本業のある人は社会保険料は免除して、代わりに収入の何%かを年金代わりに特別なNISAへと振り込ませたらどうだろうか。それによって、その人の年金は本業分が支給されるけれど、副業分は特別NISAの収益が将来貰えるようになる。国としても、お金が市中に回る切っ掛けにもなるし、年金支給の負担軽減にもならないだろうか。日本の人口減少が問題なことは理解しても、それでもまだ1億2000万人以上の人間が国内にいるわけで、欧州なんかはその半分位の人口の国でもちゃんと回っているところもあるわけです。労働を強制することは出来ないけれど、日本人の気質を考えた有利な条件があればまだまだ仕事をしたいという人は多いと思うけどなぁ。

日本の近現代史

ReHacQのコンテンツから、MC高橋弘樹氏、ゲスト辻田真佐憲氏による、日本の戦後近現代史に関しての前後半のコンテンツ。私は、この辻田氏を以前ReHacQで拝見して、面白い人だなぁと思いつつその話されている内容も凄く筋が通っていると感じていた方。今回の話も凄く面白く感じて、特に印象に残ったのが「戦前、戦後とは異なる『第三の区切り』が必要」という意見。

辻田氏によれば、明治維新から太平洋戦争開始までが77年、太平洋戦争終戦から現在までが81年過ぎていて、更にこの先も「戦後」という言い方をするのは無理があるのでは無いか。80年という区切りの現在、さらに世界的に不安定な状況になりつつある現代において、別の区切りあるいは「言い方」が必要では無いかと言う意見はなるほどねと個人的には凄く腑に落ちる話。1990年位から、それまでアメリカに次ぐ世界第二位の地位にいた日本の衰退が始まり、その後30年間の間に状況は大きく変化しているけれど、それを正しく認識していない人が多いのではとの事。その最たる証拠が、「戦前に戻る」とか「戦後回帰」というけれど、そこに戻る事が正しいとは限らないという意見は正論だと思います。

高橋氏がしきりと「何か区切りとして表現できるうまい言葉が無いですかね」と言っていましたが、確かに長いデフレ期間を脱却して、まだスタートしたばかりで成果も結果も見えないけれど、新しい産業創成を目指すというこれまでに無い時代に変わりつつあることも事実。「戦後」と聞くと、どうして日本の戦争責任と敗戦からの復興という「重荷からの贖罪」みたいなイメージが続くけれど、周辺国の大きな変化もあって逆に日本が東アジアだけで無く、欧米列強の中の唯一のアジア圏代表としての存在感への期待感も膨らんでいるわけで、確かに「戦後」という言葉やイメージから脱却するのに今は絶好のチャンスなのかも。その為にも、やはりこれからの80年を表す様な「言葉」というのは案外重要かもしれない。

高橋氏から中国との違いを聞かれて、辻田氏が「自由」と答えは凄く的を射ている言葉だなと感じました。日本というのは、島国ということも有るかもしれないけれど、「あ、うん」の呼吸というのが何となく身につけられている集団じゃないだろうか。暗黙の距離感というか、関わり合いと言うか、そう言う見えないパーソナルスペースが尊重されている限り、他人の行動や意見に関しては寛容というか、面白そうと思えば関わるし、そうで無ければ何となく視線の外に外して置くみたいな、否定はしないけれど自分との関係性は希薄化していくことで、自分自身の「自由」を守っている気がします。そんなことを熟々考えていたら、ふと思い浮かんだ「戦後80年」で一区切りをして、これからの時代を表す言葉として「遷後(せんご)」はどうだろうか。「遷」は「変わる」という意味で、物理的にも時間的にも両方の意味を含む言葉。「戦後80年」が終わり、新しいフェーズに少なくとも今切り替わったということが確かなわけで、現時点では「遷後」と呼びつつ80年後の時には「あの時はああいうことがあったから○○と言うべき転換点だった」と、その時に確定的な言葉にすれば良いんじゃ無いかな。

2026年11月4日

虎の威を借る狐かな

YouTube「今野忍のういっす!チャンネル」の4回目は、VIVANTの中国介入から、高市総理のG7欠席の時系列的検証など盛りだくさんの1時間越えの濃い内容。最初のTBSの「VIVANT」ですが、私は全く視聴しておらず(これに限らずテレビドラマ全般もう20年位観ていない) 「VIVANT」を「ビバント」と言うくらい(笑)。動画を観る限りでは、今回は「中国」と実名を出されているから、それを理由に中国政府がクレームしているらしいけれど、最初に今野氏が言っているように「お前言う」案件だなぁ(笑)。問題はこの話題の後半で触れているけれど、中国政府のいつもの様に使えるものは何でも使い倒すという行為よりも、それに踊らされる日本の政治家の浅はかさですよね。

中盤の、望月衣塑子記者の対談本回収事件に関しては、確かに一から原稿を書くよりも、対談本のようにその場で話したことがそのまま書籍として出版されれば、楽だしそれで収入も増えるかもしれないけれど、まぁ彼女のいい加減さ自由奔放さがそのまま原因のような気がする。コメントで「人間誰でも間違いがあるから」と弁護されていたけれど、いゃ彼女の場合はそればかりじゃ無いだろうか。対談本ということは対談相手が尊重されるべきものだと思うけれど、その尊重されるべき開いてを無視して自分勝手に創作したわけだから、そこに「偶々」とか「無意識に」とか言う理由は通じないと思う。しかも彼女の場合は、これまで色々あったわけだし。動画の聞き役である鈴木拓也氏の疑問は至極当然だと思うなぁ。選挙ドットコムちゃんねるでの、山本期日前氏と毎日新聞田中裕之氏の会で、田中記者が望月記者の官房長官会見デビューの様子を話していたけれど、それでもなんでごく一部ではあるけれど人気があるのか東京新聞は野放しにしているのか、疑問だなぁ。

G7のオンライン会議欠席に関しては、今野氏の言うとおりで、高市総理としては自分が全てを扱わないと納得出来ない「孤独なリーダー」の特徴で、ここは判断ミスと言っても良いことだったと思いますね。今野氏や鈴木氏が指摘しているように、G7のメンバーでありその中で中心的な存在でいることは、やはり最優先事項と言っても良い話し。議題が日本に関係する・しないという判断も必要だけれど、やはりそこに「参加している」という意味も大きいわけで、そこは高市氏としては反省して、今後は同じミスを繰り返さない様にして欲しいですよね。今野氏が言うように、野党は今回の欠席を批判しているのだから、今後は外交関係の優先順位を国会参加必須と言わないようにならないと。まあ、この部分は野党は上手く与党批判をしたと思っていたら、墓穴を掘ったと言う見え方も出来る話のような気がします。

最後の消費税減税に関して特別委員会の否決と本会議での賛成の可能性の話は、政治システムの難しさというか、多分歴史的にいろいろ苦労してきた結果なんだろうなぁ。これも、衆議院と参議院で与野党が逆転していることが理由なんだろうけど、高市内閣唯一のアキレス腱だし、2年後の参議院選挙でも解決出来ない可能性が高い最重要課題何ですよね。仮に2年後の選挙で与党が今よりも議席を伸ばして(+4議席)過半数を取れたら、これは先の衆議院選挙で自民党が2/3以上獲得したこと以上の珍事というか、奇跡みたいなものだろうなぁ。ただ、それだけ重要なは無しなのに、途中から山本期日前評に代わって一番盛り上がるのは問題のような気もする(笑)。1時間があっと言う間のコンテンツでした。


持ち帰り文化

佐々木俊尚氏の引用から、日本でレストランの食べ残しを持ち帰る文化が無い事の話。地域や時代によって違いがあると思うんですが、自分が子供の頃は「お持ち帰り」は出来たと記憶しています。勿論、お刺身などの生物は駄目でしたが、煮物とか焼き魚とか揚げ物は「お持ち帰り」して、翌日の朝食のおかずになっていました。

当時は、今のようにタッパーとか持ちかえ利用の透明な容器は無くて、木を薄く剥いでシート上にした「経木」で包んでくれたり、それが箱状になった入れ物が合って、それに入れて持ち帰っていました。それが自分が小学生位まではあったかなぁ。その後、確か食中毒とか法律が厳しくなったりして、持ち帰りを断るお店が殆どになり、それで「お持ち帰り」が途絶えたような気がします。それでも、肉屋ならばコロッケとかメンチカツとか揚げ物の持ち帰りはあったし、魚屋さんならば煮魚や焼き魚のお惣菜を販売しているお店もあったし、そんなに「持ち帰り文化が無い」と言うほどの状況では無かった気がします。

アメリカだと「Doggie Bag」と言って、持ち帰り用の入れ物を貰って残ったパンとかフレンチフライとかピザとか持ち帰り、翌日温め直して食べることは普通ですが、出される量が日本と比べると1.5~2倍かそれ以上はありますからね。自分くらいの世代だと、子供の頃に「出されたものは残さず食べなさい」と言われてきた世代だと思うし、当時は今のように大量に食事を出すようなお店は殆ど無かったから、食べきれないほどの分量の食事を注文すること自体先ず無かったこともあるんじゃ無いかなぁ。和食などは、例えば法事とか何かのお祝いみたいな席で、多人数が利用するような場合は、どうしても食べきれないものが残るから、そう言うものを持ち帰る事は普通だったし。良くあったのは、尾頭付きの鯛の塩焼きなどは一人一尾出されるけれど、食べきれないことは分かっているからその場では家族で一尾食べて、残りは持ち帰っていたし。 

最近はテレビ等でも大盛のお店がよく登場して、食べきれない場合には持ちかえ利用の容器を貰って持ち帰る様子も放送されていたりしますが、ああ言うのって「食べきれなかったら持ち帰る」というよりも最初から持ち帰りを想定しているような気がして、ちょっと意味が違うような気もします。あと、少なくともアメリカの場合は外食するときには大体の場合車でで掛けるので、持ち帰りの容器が増えても困らないけれど、日本の場合は近くのお店なら良いけれど、電車とか遠出する場合には持ち帰りが荷物になってしまう場合もあるのも、持ち帰りをそんなに考えない理由になるかも。ただ、いずれにしても最初から持ち帰る事を考えるのは個人的には抵抗を感じるところ。大盛りとか提供される料理の種類の多さなど、お店の個性だとは思うけれど、お店側としても利用する側としても、そこで食べるのがベストの状態で提供されるのだろうから、やはりその場で食べ切れて満足出来る分量と内容が、食事として理想なんじゃ無いだろうか。

2026年11月3日

防災庁と緊急要請

選挙ドットコムちゃんねるの月曜日定例配信は、MC山本期日前氏とコメンテーターは毎日新聞記者の田中裕之氏。前半は都議選補選から始まり、真ん中ではこの日からスタートした防災庁とその初代防災大臣になった細野豪志氏の「緊急要請」に関してのトーク。

私も「緊急要請」という言葉はちょっと強すぎたかなぁというのが第一印象。せめて「緊急提言」とか、「万一の場合を想定した緊急要請」とか、もう少し言い方を変えた方が良かったと最初は感じました。ただ、動画の中での田中記者の説明を聞いていると、やはり防災庁(National Disaster Management Agency/NDMA)という、日本にとって最重要な機関のスタートにあたり、今一度国民に対しての覚悟というか理解というか、そう言うものを植え付けるくらいの覚悟をしていたのかなぁと考え方を変えました。

副作用として、その言葉の強さ故に切り抜きなどで誤解を招くような内容やあまつさえ政府の陰謀論みたいなものにまで変化して流布されているのは困ったものだけれど、でも防災庁の最初の日なのだから、やはり必要な事はしっかり明確に伝える事は必要でしょうね。毎年9月1日は「防災の日」で関東大震災を教訓に、災害への備えを確認する日になっていますが、関東大震災自体がもう100年以上前の災害だし、毎年繰り返される行事ということでどうしても形骸化していくことも避けられない。例えば、東日本大震災が発生した3月11日と、ほぼ半年後の9月1日の現在の防災の日を、3月11日を「春の防災の日」、9月1日を「秋の防災の日」として、年2回リマイドするようにしたらどうだろうか。阪神・淡路大震災は1月17日なので、年明け早々という事も有るし、春の防災の日にはこの阪神・淡路大震災も含めた「春の防災の日」としたらどうだろうか。そうすれば、3月は「春」とは家まだ寒い時期だから寒い時期の暖房とか食事の準備等の練習にもなるだろうし、9月は逆に「秋」とは言えまだ暑いから、暑い時期の冷房・空冷や食事の腐敗対策とか、やはりその季節に合った練習にもなると思うんですよね。

防災庁は、阪神・淡路大震災からそれ以降の様々な天災や自然災害を経験して設置が決められて、石破内閣の時に正式に「防災庁」設置法案が通ったんですよね。赤沢亮正大臣が石破内閣時代にReHacQに何回か出演していて、その時に当時アメリカ側と丁々発止のやり取りをしていた通商関係よりも防災大臣をやりたいと言っていたことが凄く印象に残っていますが、そう言う意味では東日本大震災で現地の福島第一原発担当として苦労した細野豪志氏の大臣就任も、適材適所と言えるのかもしれない。日本にとって「防災」というのは、エネルギー問題に匹敵するような課題だし、ある意味経済の牽引車にもなる要素も多いと思うんですよね。また、そこで蓄積された技術や知見は、国際協力での有力な武器にもなりうることも確かだし、将来的には「防災庁」から「防災省」になるくらい充実した組織になってほしい。

経験値のアップデート

佐々木俊尚氏のVoicyから、ご自身の経験から教育の議論を自分の体験だけで語ることの危うさについて。 私は最近はご無沙汰していますが、以前は大学時代のクラブの役員とかしていたこともあり、二回り以上離れた現役生なんかとの関わり合いがある時期があって、当時は自分の学生時代とはかなり違うなと言うことを感じました。考えてみたら、自分達が大学に入った頃は、まだ当時の学部は創立されて10年ちょっとくらいの時期で、それから20年30年過ぎれば、色々な部分で変わっていなければ存続できないだろうし。

これって一種の「自分的ステレオタイプ」というものだと思うわけで、ある時点までは記憶や経験値が更新されていくけれど、その機会が無くなるとそこで情報更新が止まってしまい、でも自分なりにその知識や経験に自身があると、それを元に自分の思考や行動を決めてしまう「過ち」なんですよね。よくよく考えたら、会社に入って色々な学校出身者と校了するようになると、自分達の学校では考えられないような「現実」も知るわけです。それでも多少なりともアップデートされれば良いけれど、自分以外の相手も卒業と同時に更新が止まっている人が殆どだから、結局変な固定観念で組織されたさらに変な固定観念が共有されていくことになってしまう。

大学なんて、一度出たら殆どの人はそのままなんだから、それは仕方ないんじゃないという気もするけれど、「常に更新する気持ち」というものは、多分全ての自分の行動に関して言えることだと思うんですよね。別に大学のことを知りたいからと母校訪問しなくても、例えば現在だったらそういう年代の人達の様子や状況はネットで幾らでも知ることができる。もし仕事に結びつけるならば、例えば「産学共同事業」みたいな事って、多分昔よりも今の方がやりやすい環境状況になっている気もします。実際にそういう行動を起こすところまで行かなくても、そういう気持ちがあるかないかだけで、他の事柄に関しての自分の認識というか意識もかなり違ってくることも事実だと思う。

自分が若い頃には「アンテナを磨く」とか「感性を研ぎ澄ます」みたいな言い方をしていたけれど、そこまで能動的でなくても今の時代はネットにアクセスすることで、良くも悪くも受動的にどんどん情報更新はされていくんですよね。問題は、それを流れてきたものをそのまま受け流すのか、全てでは無いにしても気になるものに関しては自分なりに咀嚼して見くらいのことをするか、そう言うちょっとした違いが現代では差が出るところのような気がする。昔は自分から情報を探して獲得しないといけなかったから、結構多くの人は苦労して成長していたけれど、今は座っていても情報は向こうからやってくる時代。量的には何十倍、何百倍もの違いがあるけれど、本当に必要だったり質の良い情報は、実は昔と比べたら確立は下がっているんじゃないかな。常に緊張している必要は無いけれど、半目くらい開いてキーワード岳は逃さないような状態が、少なくとも現在は一番賢い選択なのかもしれない。今の大学は違うと聞いて、「へぇ~、そうなんだ。自分の頃とは大違い」と思うか、「へぇ~、そうなんだ。どういう状況なんだろうか調べてみよう」と感じるか、その小さな差分が大きな成長へ繋がるかどうかの分岐点なんですよね。

2026年11月2日

チャッピーの料理指南

「賛否両論」店主の笠原将弘氏のYouTubeチャンネルから、お嬢さんとの料理対決シリーズ。今回は、次女の夕莉さんがChatGPTにレシピ相談をしながら調理をして、お父さんの笠原氏との対決に臨むんですが、色々考えさせられるシーンが多くて、料理番組というよりはAIとの付き合い方を考えさせられる内容に感じました。

先ずビックリしたのが、夕莉さんと対話するChatGPT(愛称「チャールズ」)の合成音声が、かなり自然な日本語でかつ話方が砕けた口調で、最初は誰か吹き替えをしているのかと思ったくらい。流石に途中の質問や会話時には、ちょっと齟齬を感じるような躓きもあったし、バックグラウンドで考えるときには「ちょっとお待ちください」みたいな変な間もあったけれど、 実際に電話の向こうにいるフードアドバイザーみたいな人と会話しているような感じが80%位の自然さ。

今回はチャールズ(=ChatGPT)にレシピを考案して貰い、その指示に従って調理しましたが手順的に拙かったかなと思ったのは、その都度質問しつつ作業を進めたところで、先ずは一度全体の手順を説明して貰い、そこで先に切りものをしておくとか、調味料を準備しておくとか、もう少し事前準備をすることを理解していたら、多分夕莉さんの料理の完成度も高くなったと思います。これってまさに生成AIを利用する時の「肝」の一つだと思うところで、何か質問したらその回答をそのまま信じるのではなく、何度かやり取りをして遂行していくというか完成度を上げて行く作業(Refine)がAI活用では一番重要だと思うんですよね。その上で、その作業手順に沿って、本当ならば調理の様子を見ながら指示や注意できるのが理想。スマホならカメラもあるので、その内に「あぁ、塩が多かったから野菜を増やして」とか、「もう少し火を通してください」とかガイドする様になれば、文字通り「フィジカルCookpad」みたいなものが出来そう。

実の娘の料理という事も有るのかもしれないけれど、コメント欄にもあるように生粋の料理人である笠原氏が、決してAIのレシピなりその使い方を否定していないのは意外でもあったし、やはり新しいものを取り込んでいこうという「学習意欲」みたいなものが自分の技を磨く糧になっているんだなと感じました。笠原氏の料理番組なんかを見ていると、結構色々な地方の食材や調理方法を取り入れているし、基本は和食なんだろうけどその軸はぶれずに幹を太くして更に上へと伸びる大木みたいな感じですよね。そういう所は素晴らしいと思う。生成AIとの付き合い方とか、それとは別に自分の中でコアとなる部分をどの様に伸ばしていくのかみたいな事も含めて、料理レシピ以上に学びを感じたコンテンツでした。

世界一周スタアラの旅(21) - Phase-3出発一週間前

今年の一大イベント「世界一周スタアラの旅」も、いよいよ最終章となるPhase-3。出発まで一週間となり、ボチボチその最後の旅程の準備を始めることに。と言っても、新規に何か準備することは無くて、手持ちの物の中から必要なものを引っ張り出していくだけなんですが。

一番気になるのが「天候」。最近は日本も寒くなってきましたが、少し前には10月なのに25度を超える様な日も有ったりして、衣類の調整が難しい。今の所の予報では、日本は比較的秋らしい天候で、最高気温が20度前後で最低気温は10度前後と、日中は暖かいけれど朝晩は少し冷え込みそう。最初の渡航地のロサンゼルスは「夏の気候」で、最高気温は28度前後で、最低気温も18度前後の予報。翌日のニューヨークは、今の日本と同じ位の予報ですが、経験的には朝晩は日本よりは冷え込むと思うんですよね。ただ、殆ど飛行機や電車での「室内移動」なので、そんなにヘビーな服装は必要無さそう。で、最後に東京(羽田)に戻ってくるんですが、これが早朝5時台の到着予定なので、結構冷え込みは予想していた方が良さそう。今の所、長袖のボタンダウンにブルゾンを羽織って出掛けようかと思っています。また旅程は「1泊3日1機中泊」なんですが、念のため着替えも1泊分持参する予定。

現地で必須のデータ通信ですが、今回用に準備したNomadのeSIMは、まだ半分以上(約6GB)残っているので、今回はこれを使い倒す予定。日本国内でも今使用していて、元々のdocomoのデータ通信は、帰国してiPhone 15 Proを先日購入したiPhone Airへと機種変更してから。多分今の半分以上は残りそうで勿体ないけれど、eSIMは移行出来ないので仕方ないですね。iPhone Airへの移行に伴い、現在の通信回線のリストラと言うか最適化も考えていて、メインのモト君(Android Motorola)はdocomoのメルアドが必要なのでもう暫く継続するとして、iPhone Airに機種変更したら今のdocomoからauへ移行しようかなとも考えています。あと、もう一回線docomoの回線もあるんですが、これは解約する予定。年内にはスッキリしたいところ。

閑話休題。今回は、一番ボリュームのある着替えが2日分で、後は嵩張るような荷物もないので、前回のバックではなくTUMIのバックパックで行く予定でいます。容量的には、もっと薄いVictrinoxのバックパックでも大丈夫なんですが、鉄道の移動時間があるニューヨークのPenn Station付近で出来れば姪っ子・甥っ子へのお土産でも見つけられればと思っているので。実は、この乗り換え時間を利用してPenn Station N.Y.からGrand Central Stationへ移動して、ここの駅構内のApple Storeで、現行iPhone 15 Proの機種変容のiPhone 18 Proを購入しようかと計画して居ました。国内かかと比較して、ドル建てで購入する方が数万円お得になるし、最近少し円高へと振れたので、それがもう少し有利になりそうだったから。ただ、実行に移す前にiPhone Airを衝動買いしてしまったので、この予定は未遂に終わったのですが(笑)。

それ以外の細々したものは、前回のPhase-2で使用したものをそのまま横滑りで再利用する予定。今回はアメリカ国内移動だけなので、コンセントの変換アダプターは不要かな。ドル紙幣・硬貨も一応持参しますが、多分使う機会は無さそう。偶々ANAの機内販売プリオーダーサービスを見ていたら、ちいかわのコラボマスコットが購入出来そうで、これなんか甥っ子のところの女の子二人に調度良さそう(一人2点までだし)。と思ったら「品切れ商品」になってる orz 

一番重要なのは「体調管理」ですよね。最近はインフルエンザが流行しているとのことで、実はちょっと前に少し熱っぽいかなと感じる時がありました。今は検温しても平熱で、体調不良も感じませんが、あと一週間の間は注意しないと。多分年内最後のフライトになるので、先ずは安全に飛べることを祈るばかりです。(続く)

2026年11月1日

AIはOEM/ODM

佐々木俊尚氏の引用から、AIと人の思考の違いに関して。最近よく目にするのは、余りに発達しすぎたAIが、それまでの人知では及ばないような発見や機能実行(最近の情報漏洩とか)が実現していき、どんどんそのオーナーであるはずの人間が取り残されていくことに対しての危機感は切実。勿論、今のとこAIとて万能では無いけれど、特定の機能や分野に関してはハルスに人間の能力を凌駕しているので、それが将来的にどの様に人間に戻ってくるのか分からないから恐怖みたいなものを感じるんでしょうね。

紹介されている書評を読んで感じるのは、現在のAI興生の時代というのは、自分の仕事でパソコンを完全に内製していた時代から、色々な理由からOEM/ODMへとシフトして行った頃に似ているなぁと言うこと。1980年台後半から90年台は、当時のほぼ全ての国内家電メーカー・電機メーカーが自社ブランドのパソコンを開発・製造・販売していて競争していた時代。その中でも一部のメーカーは、CPUこそインテルの8080/8086とかザイログのZ80とか使用していたけれど、それ以外のチップセットとかマザーボード等は自社製造していたメーカーが殆ど。NECとかSHARPは、互換CPUとか製造していた時代。当時のOS(Windows 3.xの時代)は、日本語表示ために各PCメーカーがビデオ回りとか独自に開発していたし、当時はまだコンベンショナルメモリーに依存(起動はPC-DOSでしたからね)していて、しかもメモリーマップは各社独自だったので、ベースのDOSのCONFIG.SYSも各社各様だったり、独自にメモリーマネージメントモジュールを追加していたりしていたなぁ。その後、DOS/Vが登場して英語版PC-DOSで日本語表示可能になり、それ故に英語版PCベースの日本語PCモデルが「廉価版PC」として登場。そうなると、台湾のPCメーカーが自社製品のカバーやデザインをカスタマイズして、OEM/ODMとして日本に進出してきて、それが結果的に日本のPCメーカーを再編したんですよね(かなり端折っているけれど)。

そのOEM/ODM製品は、既に殆どの部分をOEM/ODMメーカーが開発・製造しているので、メーカーとしてはファミレスでメニューから料理を選択してオーダーする感覚で、自社ブランドの自社製PCを販売することが出来たけれど、その時に技術的な部分を「コストダウン/コストカット」の名目で切り捨てていったメーカーは、結果的には淘汰されて消えていった気がする。それでも、OEMの場合は自社のデザインや仕様を要求して開発・製造させることも出来たけれど、そのためには実は自社開発・製造出来るくらいのスキルが無いと、単に自分達の希望(Wish List)を言うだけになり、言い方は悪いけれど足下を見透かされることも。だから、OEM/ODMを利用してコストダウンや効率化する場合、そのアウトプットをちゃんと自社内で検証検品して問題点をしっかり洗い出せる耐性や能力が必須だったんですよね。ある意味、自分達で設計・開発するよりも面倒な部分もありました。それでも、何回か製品の世代が進むと、相手側もそれなりに力を付けてくるけれど、それをライバルメーカーに対して自分達の売り物にしたり、折角スキルを身につけたエンジニアが別のメーカーに移籍したりなんて言うのは日常茶飯事。

OEM/ODMにしても、AIにしても、相手を上まわる知識と経験と能力があれば良いけれど、中々そこまでは難しい。結果的にこちらで対策出来るのは、提供された製品や情報をいかに評価して自分なりに納得出来るかという「能力」なんですよね。OEM/ODM製品の検品というか評価も層だけれど、自分達の要望をいかに正確に勝つ相手が納得出来るように伝えるかも重要で、これはAIに対してのプロンプトにも通じるところ。また、複数のOEM/ODMを利用していると、それぞれのメーカーの癖とか傾向も分かってきます。で、どのメーカーからも提供される「PC」という製品は、CPUにしてもチップセットにしてもOSにしても「共通」なので、A社の製品に対してB社の製品と比較して問題点を洗い出すみたいな事も可能だし、A社で発生している問題はB社でも発生する可能性が高いので、予め対策も準備出来るというKnow-Howも生まれます。これって、複数のAIの出力を比較したり、それぞれの得意不得意を見極めことと同じ様な気がする。自分は、ほぼ全て自社開発の時代も、OEM/ODMに大きく振れた時代も、そして両方を併用する時代も経験しているので、そういう感覚でAIを利用しているけれど、もう少し若い時代だと自社開発の経験が無い分、AIに対しての耐性というか鵜呑みにしてしまう傾向が出そうな気がします。「先ずは疑問から始める」というのは、一番基本的な情報リテラシーというか人生リテラシーかもしれない(笑)。

Digital Archive

もう一つ、佐々木俊尚氏の引用から、インターネットアーカイブに関しての問題点。ここでは、多分誰でも閲覧できるというインターネットの公平性がサイトの目的なんだろうけど、同時に「デジタル」の情報を保存していくというのは、印刷媒体とはまた違ったしかし重要な課題だと思います。

印刷物も、火災や災害で喪失することは多いけれど、それでも燃え残ったものが興生に重要な情報として利用されたり、災害で埋もれたものもやはり後世発掘されたりすることもあるわけで、やはり「物理的な情報保存」というものの有用性だなと思います。一方でデジタルデータは、幾らでもコピーして複製できる反面、例えばAWSが突然停止してしまうとそこに保存されているデータへのアクセスが出来ないし、何らかの理由で喪失してしまうと、バックアップを取っていない限りそのデータ復旧は出来ない。イーロンマスク氏が、宇宙空間でのデータアーカイブ構想みたいなものを公開しているけれど、そうやってリスク分散をどんどんしていかないとデジタルデータの脆弱性というのは、ある意味印刷媒体よりも大きい気がします。

でも、AIブームもあってデータセンター不足が言われる中、更に膨大なデータを保存する設備なんて言うのは、中々簡単には準備出来ない。HDD/SSDにコピーするにしても、そういう物理媒体も万全では無い。そんな中ネットで見かけたんですが、磁気テープが大容量データ保存先として注目されていて、その磁気テープに関しては日本の富士フイルムとSONYが独占しているらしい。テープだけで無く、それらを使用する機器メーカーも日本勢が優勢らしく、そう言う事から隠れたAI銘柄として株価も上がっているというのは納得。磁気テープの場合、データ書き込み読み出しのシリアル性とかアクセススピードの問題とか有るけれど、安価で大容量のデータ保存が出来ると言う特性はHDD/SSDを凌駕しますからね。

元の話に戻ると、有償で提供している情報が、無償で利用活用されていくことは、確かに提供側としては納得出来ない部分もあるでしょう。ただ、インターネットというかネットワーク時代になると、「データ共有」という事が一番の特徴でも有りメリットでもあるわけで、その部分が阻害されることはある意味ネット時代に逆行することにもなりそう。音楽著作権みたいな仕組みとか、「情報共有税」みたいなものを考えないといけないのかも。データ本体に認識IDとか、ある種の暗号化を組み合わせて追跡できるようにすれば必要な対価の徴収も可能になりそうだけれど、それも難しそう。大体最終的に人間が情報を利用する時には、必ず素の状態に修正されて提供されるわけで、その状態をコピー・保存されたら幾ら完璧な防御方法を実装しても無駄。もしかしたら、データ利用料に応じた「デジタル税」みたいなものが、今の住民税とか所得税、あるいは消費税みたいな感じで社会に必要になるのかも。 

2026年10月31日

責任の取り方(2)

昨日発表されたオービックシーガルズの今季残り試合とライスボウルトーナメント(RBT)への不参加(辞退)に対して、Xリーグからの処罰が発表されました。残りリーグ戦2試合に対しては、没収試合として0対1のスコアで対戦チームの勝利扱いに。RBT不参加に関しては、処分内容の発表は無く、オービックを除いたリーグ参加チームで決定することが発表されました。 対象チームのオール三菱とOrientalBioのうち、既にトーナメント進出敗退が確定しているOrientalBioは兎も角、リーグ戦3試合を残しそのうちの1試合の不戦勝が決まったオール三菱は、かなり影響が大きい(可能性が増加した)のは、彼らにとっては朗報と言えるかも。

個人的には疑問を感じるのは、同じ様にリーグ戦の試合辞退(不参加)という対応を取りながら、先に異議を申し立てた富士フイルム海老名に対しての処分と、オービックに対しての処分に、温度差があるように感じられる事。

  • どちらのチームに対しても、当該チームに対しては0対1で不戦敗(没収試合)扱いというのは共通している
  • 適用する競技運営規則に関しても同じ(第38条~第40条)
    • 但し、没収試合という対応は同じでも、富士フイルムミネルバに対しては、罰金100万円の制裁も課せられている。辞退決定のタイミングや経済的損失の大小からの判断らしいけれど、タイミングの問題は兎も角、全体の影響度合いに関しては、どちらも大きい事に変わりないと思うけどなぁ...
  • 富士フイルム海老名は、オービックとのリーグ戦1試合を辞退したのに対して、オービックは残りリーグ戦2試合と、既に確定しているRBTの少なくとも1試合、合計3試合を辞退している
    • 富士フイルム海老名は、試合開催日当日の開催直前に試合辞退を自ら決定して、既に会場に到着していた相手チーム(オービック)、観客、関係者等に大きな影響を及ぼしたことは事実
    • 一方でオービックは、今節(第10節)がBye-Weekであることから、直近の混乱は少なかったとは思うけれど、結果的に辞退する試合数は3試合と多く、リーグ参加に対しての義務違反としては決して小さくないと考えられる
    • RBT出場辞退に関しては、出場チーム決定方法を変更してオービックを除いたチームでのトーナメント形式へと変更されたが、そういう事態を招いたオービックに対しての処分に関しては現時点で何も公開されていない。トーナメント不参加のため、リーグ戦のような「不戦敗」という処分は取れないが、既にトーナメント進出が確定しているチームが不参加をするのだから、汲むべき事情が無い限り例えば罰金を課すなどは何らかの処罰が必要なのでは。今後対応が発表されるかもしれないけれど、RBT迄含めての「X Premier」という意識が希薄のように感じる
  • リーグ戦公式順位に関しては、既に実施済みの試合結果は反映して、残り2試合は不戦敗扱いで公式順位を決定する判断ですが、これも違和感を感じ決定。
    • 富士フイルム海老名も同じく没収試合が有るけれど、少なくとも現時点ではシーズン完了まで試合継続をする予定。一方でオービックは、シーズン完了以前に残り試合を辞退したわけで、これはリーグ戦を完了していないとも判断出来る状況では。
    • リーグ戦成績として「0対1」という判定は出ているけれど、結果的にリーグ戦を途中離脱しているわけで、それなのに他の参加チームと同等扱いというのは不公平なのでは。
    • 個人的には、リーグ戦成績はRBT進出に関わるのだから、オービック以外の10チームで順位確定するべき。その場合オービックは箱根駅伝の関東連合チームみたいな感じで「参考順位」あるいは「順位確定無し」という扱いにするべきだと思う
    • 但し、実際に開催された試合での個人記録は、その選手に属するものなので、個人記録は記録として認定するべき。チーム記録に関しては、「参考記録」として、公式記録(例えばそのシーズンの総獲得ヤードとか)からは分離するべき。
    • 来シーズンの試合スケジュール策定に関しては、試合強度の配分などの要素も必要だろうから、開催済み試合結果から仮の順位(1位(富士通が2連勝出来なかった場合)か2位(富士通が2連勝して勝点で上まわる場合))を使用して試合スケジュールを確定することは良いのでは
    • 其れ以前に、今シーズン開幕前に盛んに言われていた「X Premier」としての資格・資質判定はするんだろうか。勿論その場合の対象は、オービックだけでなく富士フイルム海老名も評価されるべきだと思うけれど。
あくまで個人的な印象だけれど、富士フイルム海老名はリーグの対応判断に異議を申し立てて試合辞退をしたので厳しい処分が適用されたけれど、オービックは自ら反省して辞退したのでその分情状酌量されているような印象を受けるんですよね。両チームの事象は全く一緒では無く異なる状況もあるのは事実だけれど、適用している規則が同じなのに外から見ると異なる対応をしているように見えるのも事実だと思う。「○○に則り処分しました」だけで無く、もう少し詳しい背景説明なりは必要じゃないだろうか。