今年は東日本大震災発生から15年目。毎年のように何度も当時の体験をここに書いているけれど、当時地震発生時は、横浜のオフィス(21F)に居てマネージャーとミーティングしていた時。突然ビルがゆっくりと大きく揺れ出しそれが結構長く続いた経験は、15年経っても忘れることは無く、この時期になると体が自然に揺れてくるような印象が蘇ります。その後余震があり、交通機関が全て止まり、危険だからと徒歩帰宅者以外は会社で待機命令が出されました。帰宅困難者用に、オフィスで備蓄して居た緊急食料や飲料水に毛布類など配布されて、館内テレビで放送されるNHKの放送やインターネット経由での情報をずっと見ていましたね。
その前に発生した阪神淡路大震災も大きな被害だったけれど、それでも陸上の被害が中心で物流も周りから送り込めたから、震災直後の救助活動もその後の復旧・復興もそれなりに進んだけれど、東日本大震災は津波被害が兎に角大きい。町ごと津波に襲われたため、単にそこに同じものを立てても再び津波被害に見舞われる事が想定されるため、かさ上げだったり移住だったり、被害復旧以前に必要な作業が多くて、中々進んでいません。今はそれなりに整備されてきたと思うけれど、それでも阪神淡路大震災の被災地は、確か5年位でかなり復興したけれど、東日本大震災の被災地はまだまだ復興途中という状況ですしね。
更に大きな課題は、福島第一原発の事故処理。処理水の海中放出は、直後は色々な反対意見もあったけれど、結局始まってしまえばもうだれも問題として取り上げなくなり、物理的な被害よりも風評被害のしつこさ怖さを証明したようなもの。昨日も、原子炉建屋に作業用の大屋根を設置する様子を放送していたけれど、なんせ見えない放射線量との戦いもあるから中々作業も進まない。そんな中でも工夫と努力で復旧作業を進めている担当者の方にはただただ感謝するしかないですよね。その東京電力も柏崎刈谷原発が再稼働を初めて、やっと少しずつだけれど前進する様子が見え始めたところ。幸か不幸か、イラン侵攻もあって石油が止まりそうな状況で、原子力発電再開の機運も大きく成りつつあるけれど、原発ゼロの理想は尊重するけれど、それよりも今日明日の生活をどうするかを考える事の方が重要だと思う。
5年後には、震災後に生まれた子供達が成人式を迎えるわけで、本当に時の流れは速く感じます。でも、現実の進み具合はそれとは同期していなくて、多分5年後も福島県やその周辺地域では、復興に向けてまだまだ努力が必要な状況が続いているんだろうなぁ。原発事故に関しては、一義的には東京電力の責任だろうけど、やはり政府としての責任も大きいわけで、もう少し支援というか何とかならないだろうか。例えば高市総理の公約の中には、原発再開や新規技術開発等も含まれているのだから、事故処理ではあるけれど福島第一原発の復旧作業から得られる知見も少なくないはず。そう言うマイナス要因を少しでもプラス要因に変えていくことも、将来に対しての責任と義務だと思うなぁ。