ITmediaの記事から、AIメガネを利用して重度の機能障害の患者さんが、独自にコミュニケーション機能を取り戻す話。AIがより高度な先回り判断と処理をしてくれるから、昔と同じ様に一つずつ平仮名や単語を拾う作業であっても、より効率的にかつ効果的に処理されて、患者さん側の負担も減るし、何よりもそれによってQoL (Quality of Life)が高くなる事が一番の利益じゃないだろうか。別の人に一つ一つ平仮名の一覧表から文字を拾って貰う作業が、自分の目の前で簡単に完了出来れば、それだけで達成感も大きく異なるだろうし。
この記事を読んでふと思いだしたのが、修飾直後くらいに当時のまだ黎明期のパソコンを使用して研修で日本語入力をしたこと。当時の日本語環境はまだまだ貧弱で、Windows 1.0なんかも登場する前。所謂「DOS」が唯一のOSだったけれど、英語版のDOS敷かないので、国内のパソコンメーカーは日本語フォントを組み込んだビデオアダプターを開発して、それで無理矢理日本語表示をさせていた時代。だから互換性なんて全く無かった時代。表示でそれだけ苦労するから、入力作業も同様で、今のようにかな入力なりローマ字入力なりで入力していけば自動的に変換されるわけでもなく、当時は感じなり平仮名なりを一文字ずつ入力していく時代。例えば「A-S-A」と入力すると「あさ 朝 麻 浅...」と感じがリストされて、その中から選択するとそれが画面に入力されるという使用。今から考えると、もう二人羽織で入力作業をしているようなまどろっこしさだけれど、当時はそれが最先端で日本語のそれも感じが表示されるだけで「凄い!」という時代でした。しかもHDDはまだまだ特殊なデバイスで、5インチのフロッピーディスクに入っている辞書を使用するから、もうドライブが「ガシャ、ガシャ」と五月蠅いし。
それから10年位すると、音声入力のプロトタイプみたいなものが出来るようになり、結構ソフトのテストもやりましたが、これも今のスマホ南下の認識率や精度と比較すると雲泥の差。声質で認識精度も結構変わったし、ゆっくり話せば良いというわけでも無いとか、後はマイクの性能も影響しましたね。当時は実験的に、音声操作みたいな事もやってみたけれど、ノイズの影響で誤動作したり、まだまだ「実用」とは言えない状態に。それから5年位してからかなぁ、ノイズリダクション技術とか、音声部分の明瞭化とか進んできて、さらに5年位して2000年代に入ると、結構音声認識も使えるようになってきたように思います。その時に、例えば耳が不自由な人に対して、音声を直ぐに文字化して会話できるようなデバイスとか、逆にテキストを音声かする技術とか、そう言うものって必要だよなと感じました。まだ完全ではないけれど、今は結構その当時の「理想」に近い時代になりつつあるように感じるし、今回の記事のようにその先にも広がっているように感じます。
個人的に欲しているのは、音声入力・音声合成出力に更に「自動翻訳機能」のフィルターを被せて、所謂「言葉の壁」がなくなる技術が登場する事。今でも、電話会議なんかだったら、途中にそういうフィルターを被せれば、それぞれは母国語で、相手には相手の言葉で自動的に翻訳されて会話できるんじゃないだろうか。課題は、何度も書いているけれど例えば日本語-英語の様に語順が異なる場合に発生する翻訳のタイムラグ。同時通訳の様子を聞いていて、どうしても違和感を感じるのは、最後まで聞いてから同時通訳しては遅いので、どうしても先読みをして通訳をしつつ、後からの部分を補足するような言い方になるところ。こういう部分って、AIを使って何とか解決出来ないだろうか。例えば先読みするにしても、その人の個人データで有る程度の振れ幅が予測できて、より精度が上がるとか。始まりが困っている人に対しての支援であっても、それが要素技術みたいな感じで展開されれば、そうで無い人にとっても大きな利益になるのが、この手の話の醍醐味というか一番の目的と思う。