2026年5月14日

(NH Leg#8) HND-OKA/-HND

朝の7時前にはT3のホテルをチェックアウトして、無料シャトルでT2へと向かいます。保安検査場をいつもの様に通過してラウンジに落ち着いたのが丁度7時位でした。 まずは朝食代わりに、御稲荷さんと太巻きを頂き小腹を整えて、今日の予定等確認。基本天候は晴れで問題無いはずなんですが、午後になると関東から東海にかけてゲリラ豪雨の予報が出ていて、それで新幹線が乱れないか心配です。

一通りメールチェック等してから、少し早めにラウンジを出て国内線ターミナルの端っこ、65番ゲートへと向かいました。

1) HND 08:15 - OKA 10:55 (NH467)

ゲート前に行くと、修学旅行の団体さんが長い列を作っています。どうも女子校の様子で、65番ゲートのグループ3を先頭に、窓側のガラス壁に沿って4列の列が後ろに伸び、奧のカード会社ラウンジの入口手前で右に折れると、国内線ターミナルの端なのでそのまま通路を横切り、反対側の壁際に今度は列が伸びて、スタート位置くらいまで伸びています。ざっと見、200人近くはいるんじゃ無いだろうか。

そんな事もあってか、事前改札は早めの07:47にスタート。その後グループ1の優先搭乗に切り替わったのが07:52でした。使用機材は定員優先だからか、B777-300の旧シート機材。座って一息つく間もなく、L1ドアからは右側に座る予定の女子高生達がどんどん流れ込んできます。「これは時間かかりそう」と思いましたが、結構効率的に進んだのかドアクローズは早めの08:09。しかし離陸混雑のためか、プッシュバック開始は08:25と間が開き、その後はD滑走路のRW05へと移動開始。羽田を離陸したのが08:40でした。

途中気流の悪いところもありましたが、そんなに大きな揺れも無く順調に飛行。機内Wi-Fiは、ガンガン使うであろう女子高生の集団の存在が気になりましたが、特に変わること無くそこそこ順調に接続出来ました。着陸は、沖縄本島を時計回りに回り込んで、RW36Lへと進入。着陸が10:49で、オンタイムかなと思ったら、第一滑走路の手前で停止します。離陸待ちかなと思ったら、滑走路上に異物があるという報告が有り、その確認と除去作業をしているという機長アナウンスがあり5分程待機しました。その後クリアーになり再び移動開始をすると、32番ゲートに入ったのが11:05でした。

ここで悲しいお知らせ。ANAからDMが入っていて、復路のNH996便等羽田空港に午後から夜に到着するフライトは、ゲリラ豪雨や雷雨の影響でスケジュールチェンジやダイバード等の可能性があるとのこと。「えっ!」と思いつつ、雷雨予報を見てみますが、多分到着する午後3時頃は何とかクリアーできそう。いずれにしても、乗るしか無いので(笑)、ひとまず所用のために出かけます。

2) OKA 12:45 - HND 15:10 (NH996)

羽田からの飛来機は少し早めに到着していたので、遅延がないことを祈りながら35番ゲートへと向かいます。ゲート前へ到着して暫くすると、少し早めに事前改札が始まり、車いすの方が何組かPBBへと入ってきます。続けて幼児連れの家族グループが通過し、グループ1からの優先搭乗が始まったのが12:28頃でした。機体はB777-200の新シート機材。修学旅行の団体さんは居なかったようですが、それでも満席近い乗客のようです。

ドアクローズは12:42でしたが、プッシュバックまでは時間が掛かり、動き出したのは12:52。そこからすぐ横のRW36Lへと移動し、羽田周辺の様子を心配しながら離陸したのが13:07でした。その後の機長アナウンスでは、到着予定時刻は定刻より遅れて15:20頃とのことでしたが、それ位の後れならば予約している新幹線に間に合うので何とか間に合わせて欲しいところです。

別に昼食は食べていたので機内食は断り、飲み物だけ頂いてメールチェックをしていましたが、疲れが出てきたのか知らないうちにウトウトしてしまったので、シートを倒して熟睡モードへと移行しました。目が覚めると、房総半島の結構南側を飛んでいて、そこからほぼ真っ直ぐに北上し始めたので、そのままRW34R/L辺りに降りるかと思ったら、房総半島に乗ったくらいで右に機首を振り反時計回りのループに乗ります。いつものRW22かなと思ってFlightradar24を見てみると、それよりも大きなループで埼玉県の川口上空辺りで南下してくる、RW16R/Lへ降りるようです。

A/C滑走路に降りるとなると、どうしたってT2に近いC滑走路が有利。途中まではどちらに振り分けられるか微妙でしたが、RW16Lのルートに乗るとそのまま15:17に着陸。右に離脱してUターンをしてT2側に戻り始め、63番ゲートに入ったのが15:22でした。羽田空港は、事前のANAからのメールとは裏腹に青空が広がる状態。オンタイムとはいきませんでしたが、遅延やトラブルなく戻る事が出来て助かりました。

その後は京急のホームに降りて、目的の14:41発の空港線で品川へ移動。そこから16:10発の浜松停車のひかり号で浜松へと戻りました。戻ったけれど、また明日も出かけるんですよね(トホホ...)

労働力供給

佐々木俊尚氏の引用から、中国での24時間サービスを支える安価な労働力に関しての嘆き。 テレビの特集なんかでも、似たような内容の放送を何度か見た記憶があり、元々厳しい競争社会の中で勝ち残れるのは本当に一握りの人材だけなわけで、そこから溢れた人達の生存競争は日本よりもさらに厳しいだろうと想像されます。

単純人口で比較すると、中国は日本の10倍。これで経済規模とかも10倍違うならまだしも、名目GDP比では4~4.5倍位との事だから、凄く単純に考えると仕事機会みたいなものは、割合としては日本の半分位。でも、日本の場合企業の多く(殆ど)は所謂「中小企業」と呼ばれる会社が支えているけれど、中国の場合は国営あるいは準国営企業等大企業がより中心だろうから、そこに入る競争は日本の有名大企業に入るよりも過酷だろうなぁ。まぁ、かなり乱暴な言い方だけれど「日本の何倍も熾烈なビジネス競争が繰り広げられている」だろう事は何となく感じます。

中にはスピンアウトして、HuaweiやAlibaba見たいな一大企業を成功させる人材も輩出するのだろうけど、それも何か気に食わないと政府の一声で事実上潰されるようなこともあるわけで、中々安心してビジネス出来る環境でも無い気がする。でも、彼らの場合生存本能というか、昔からそういう修羅場を掻い潜ってきた本能というかDNAに焼き込まれたものを感じるので、とんでもない企業も生まれてくるのも事実で、過酷な環境を生き残ったものが次の支配者になる自然の生存競争と進化のモデルを見ているような気になります。だから侮れないことも事実。

記事を読んでいて感じるのは、日本でも低賃金での労働力不足が言われているけれど、数の論理で無理矢理解決している中国に比べて、人口減少著しい日本はどうしても不利。でも素朴な疑問として、「低価格労働力」っていうのが正しいのかと言う気もしますよね。そういう環境で仕事をしないとビジネスとして成り立たないならば、やはり無理矢理低賃金のリソースを見つける努力よりは、もっと別の解決策を見つけるべきだと思うけどなぁ。まぁ、それも綺麗事と言われてしまいそうだけれど。でも、日本の場合は中国やもしかしたらこれからのインドのような、人口ボーナスで力尽くで解決する事が出来ない分、例えば自動化とかロボット化とか機械化みたいな解決策が生まれやすいのかもしれない。でも、人型ロボットでも中国はトップを走っているからなぁ。でも、それを実用化したら今の低価格労働力を支えている何億という人間が、ますます窮地になり国として成立しなくなるような気がしますね。

ビジネス車両ではあるけれど

羽田からの帰宅で、品川駅から新幹線のひかり号(熱海、静岡、浜松停車)に乗車した時のこと。いつもの様に品川駅からS-Work車両の7号車に乗車。事前にシートマップを確認したときには、半分位の埋まり具合で私の横の席は空席でした。で、品川駅で2割位の乗客が乗り込み東京からの乗客と合わせて、車内は4割位の乗車率。そして新横浜駅からは、さらに2~3割位の乗客が乗車してきて、一気に席が埋まり出します。私のとなりにも50代位の男性サラリーマンがすわります。で、会社の同僚であろう連れが二人程いて、一人は20代位の女性で通路を挟んだ反対側の通路席に、もう一人30代位の男性は後ろの列の通路席側に座ります。多分本当は3人並びで席を取りたかったんだろうけどそれは無理で、3人が纏まって座れるように比較的開いている通路側席でまとめたようです。

3人とも座ってすぐにカバンからノートブックパソコンを取りだして何か仕事を始めるのは、私も自分のゲンロク君(My PC)を開いているので文句は無いけれど、「新しいWi-Fi貰った?」と私の横の一番上司らしい男性が二人にやや大きめの声で話しをしていて、それがちょっとウザい。さらにその後はスマホを取り出すと、多分会社の人間に電話を掛けて、これからの予定とか何か確認事項とか、相手の声は聞こえないけれど、横の話し声は結構大きめで気に触ります。その電話が終わったと思ったら、通路を挟んで反対側の女性も電話を始めるし、さらに後ろの席の男性氏も何か電話をし始めます。いゃ、この車内で電話しているのは貴方たちだけなんだから、連結部に出て話する位の気配りは無いのかと小一時間。一通り電話が終わると、横の先輩社員が後ろを向きながら「何とかがどうなって、確認したらどうたらこうたらで」と説明しているのか何なのか分からないけれど、それもやや大きめの声なのでかなりちょっと気になります。 

その後はパソコンで資料作りみたいな作業をしだしたので、しばし静かになったんですが、暫くすると何かとなりから臭いが... 何かナッツの小袋みたいなものを出して食べ始めるんですが、妙に甘ったるい臭いが強くて甘いものが苦手な自分は正直「勘弁してくれよぉ」の気持ちです。膝の上に広げているゲンロク君の画面を見ていると、左目の視界隅にテーブルの上に置かれたその小袋が見切れて見えるんですが、新幹線がカーブを曲がるときには遠心力でこちらにスススーと飛び出しそうになりちょっと緊張感。飛び出したり中身が飛び散る前に、流石に男性氏が手でそれを押さえましたが、何もかも落ち着かない隣人です。

「静岡で降りないかなぁ」と心の中で願っていたら、その願いを神様が聞いてくれたらしく、慌ただしくパソコンをカバンに入れて三人連れで降りていきホッと一息。「S-Work」車両なんだから、通常の車両よりはパソコン利用とかスマホ利用は許容されているとは言え、それなりの程度はあるわけでもうちょと気配りは欲しいところ。因みに隣りの男性氏、使用していたパソコンが14か15インチクラスの大きな画面のもので、しかもプライバシーフィルターも貼っていないので、その気になれば内容ダダ漏れでした。新幹線移動の経験が少ないのか、逆に日々利用しているから油断しているのか、ちょっと迂闊な三人組みたいな印象を受けた、新幹線車内の様子でした。

2026年5月13日

Villa Fontaine Grand Haneda

二週間ぶりとなる、T3の先HANEDA AIRPORT GARDENにあるVilla Fontaine Grand Haneda利用。定刻より20分近く遅れて羽田に戻り、1Fの到着ロビーから外に出て9番のシャトルバス用バス停へ。丁度停車中のT1/T3行きのバスを捕まえることが出来、中に入ると直ぐに出発しました。10分程でT3に到着。前回は3Fに上がり失敗しましたが、今回は2Fに上がりそこからHaneda Airport Gardenへと移動します。

小腹は空いていたけれど、夕食を取るほどでも無く、ホテル手前のローソンでハイボールと乾き物を購入してチェックインしました。今回は翌日の出発に朝余裕があるため、価格第一で選択。 で、部屋に入ってビックリしました。どうもJALのコンセプトルームらしい。えーん、青組なのに紅組に虐められたぁぁぁぁ(笑)。別にJMBカードを出さないと部屋に入れないわけでは無く、赤というかワインレッドを基調としてクッション等に、昔のJAL機の写真等が飾ってある大人しめのコンセプトルームでした。

翌日は朝の6時に目覚ましをセットして7時前にチェックアウト。無料シャトルでT2に移動して、2日目のスタートです。

(NH Leg#7) HND-OKA/-HND

今週は、今シーズン前半の山場、怒濤の4日連続フライトの初日。いつもよく利用するフライトの一つ後のフライトを予約してあるので、少し遅めのバスで浜松駅へと移動して、駅ビルのスタバで朝食を注入。その後時間を見て新幹線ホームへと進み、ひかり号の到着を待ちます。まだ朝は少し涼しいのですが、行き先が沖縄だし日が昇ってくると暑くなるので半袖ポロシャツで出かけましたが、風が吹くとちょっと寒いですね。 

定刻通り新幹線が到着したので、いつものS-Work車両へ乗車。静岡までは空いていましたが、静岡からドッと乗車してきて横の席も埋まり、そのまま品川までの移動となります。品川駅も、新幹線側はインバウンド中心に大きな荷物もあり混雑していましたが、JR東日本側はそんなでもなく、京急線ホームも朝のラッシュは終わった感じ。少し待って快速特急が到着して、京急蒲田、T3、そして終点のT1/T2と移動。T2のB1Fから2Fに上がる長いエスカレーターも、この時点ではガラガラでした。そしていつもの様に保安検査場を通過して、4Fのラウンジに入りまずは一服です。

この日の使用ゲートは65番ゲートでラウンジから見えるのですが、ゲートには機体の姿は無く折返し機はまだ到着していない様子。調べてみると使用機材は、朝一で沖縄を出発したB777-200で、羽田から再び沖縄へと向かうスケジュール。その後10:25定刻に対して、少し早く10:22にはゲートインをしてくれたので、取りあえず遅延は無さそうです。

1) HND 11:25 - OKA 14:10 (NH471)

65番ゲートへ行き暫くすると事前改札が始まり、車いすの方や幼児連れの家族グループが何組か乗り込んだ後、11:06からグループ1の優先搭乗が始まりました。使用機材は、新シート対応のB777-200。広く快適な機材ですが、中央が3列席なのがちょっとごちゃごちゃ感を生みます。ドアクローズが11:22でプッシュバック開始は5分後。5分程すると移動開始となり、右に折れてD滑走路へ行くと思いきや、左にターンをしてA滑走路を目指します。暫く移動してRW16Rへと入ると、ほぼ待つこと無く離陸開始したのが11:47でした。

離陸後暫くは少し揺れましたが、10分程で落ち着くとシートベルトのサインが消えて食事のサービスが始まります。丁度お昼を過ぎたくらいの時刻なので、定番のサンドイッチやキッシュではなく幕の内弁当のセットが提供されます。流石羽田搭載だけあって、内容的にはひと味違う感じです。

好例の機内Wi-Fiチェックは、最初何度か接続開始に手こずりましたが、一度アクセスするとその後は着陸直前まで安定して接続していました。スピードも機内からならまずまずの印象です。九州を過ぎて東シナ海に出た頃から気流が不安定になり結構揺れたので、アクセスが安定していてくれたのは幸いでした。

何機かRW18Rを目指す先行機がいましたが、特に時間調整することなのほぼダイレクトに南下して着陸したのが14:11でした。その後誘導路に離脱してUターンをしてターミナルを目指します。36番ゲートでしたが、ターミナル側の第1滑走路を横切ってターミナルに接近するくらいから、急に移動スピードが落ちてゆっくりになりました。何か初めて利用する空港なので、間違えないように慎重に移動していた、みたいな感じでした。そのためゲートインしたのは少し遅れて14:22でした。都内は初夏を思わせる青空でしたが、梅雨真っ最中の沖縄はどんよりと一面曇天模様。都内よりも体感気温は低い気がする中、先ずは所用のために移動します。

2) OKA 16:45 - HND 19:19 (NH472)

接続時間がいつも以上に2時間半あるので、空港到着も余裕がありました。到着した時も戻って来た時も、ターミナル内は修学旅行の団体さんで賑わっていましたが、辺野古の転覆事故をどうしても思いだしてしまいますよね。そんなことを考えながら、保安検査場を通過してひとまずラウンジに入り落ち着きます。

羽田からの飛来機を見てみると、出発が10分位遅れて居て、到着もそれ位遅れそう。結局15分近く遅れて15:59に到着。となると16:45の出発予定時刻までターンアラウンドタイムが45分ですから、これは無理そう。多分遅れるだろうなぁと思いつつ、遅延の告知は出ていないけれど遅めにラウンジを出ました。ゲート前には16:20過ぎに着いたんですが、驚いた事に事前改札がすでに始まっていて、車いすの方がゲートを通過して中に入っていきます。その後幼児連れの家族グループも改札を通過していきましたが、こちらはPBBの途中で止められています。で、16:30を過ぎて暫くして、PBB途中で待機していた人達が機内へと移動すると、グループ1からの優先搭乗も始まりました。

機用機材はシップチェンジがあり、往路と同じB777-200の新シート仕様機。「ほぼ満席」というアナウンスがありましたが、それでも16:49にドアクローズとなり、遅延宣言しなかった割にはまずまずじゃないだろうか。その後プッシュバック開始まで少し時間が掛かり、ターミナル横のRW18L手前まで移動しましたが、那覇空港混雑ということで少しホールドが掛かり、離陸したのは17:12でした。暫く気流が不安定な空域を移動して、食事のサービスが始まったのはやや遅め。その後は安定している機内Wi-Fiに接続して、いつもの様にメールチェックとかして過ごしました。

羽田も混雑している様子で、房総半島南側からB滑走路のRW22を目指すループがクッキリ出来ています。当然そこに乗るかと思ったら、どうも前後の間隔が狭い。もしかしてと思ったら、搭乗機はD滑走路のRW23へと向かい19:20に着陸。約一年ぶりにRW23へと着陸しました。

その後誘導路を63番ゲートへと移動しますが、南ピアを通過したあたりで停止。多分ゲートが開いていなかったかその周りが混雑していたのか5分位待機して、やっとゲートインしたのが19:32でした。その後は空港内シャトルバスでT3へと移動して、ホテルへとチェックインしました。

2026年5月12日

Bird Strike

昨日の午前中に、ちょっと買い物や用事のために車で外出していた時の話。 一般道を時速40km位で走っていたんですが、突然運転席の正面フロントガラスに何か影みたいな物が映ったと思った瞬間「ドン」と少し鈍い音がして、自分の視線の右側から外へと何かが転がっていくような様子が一瞬見えました。咄嗟のことでしかも運転中だったので、そのまま暫く運転をつつけていましたが、その何か当たったように見えたフロントガラスには、白い液体みたいなものが点点と付いています。幸いにもフロントガラスに傷などの様子は見えず、飛び石などの被害では無かったようですが、位置的に自分の正面視線の少し右上、丁度ワイバーの範囲に入るか入らないかくらいの場所に、その白い液体が数カ所残っています。

この時点で「もしかして鳥がぶつかった?」とは感じましたが、普通飛んでいる鳥がそんな低い位置にいることが不思議でしたし、正面衝突というよりは何か空中にホバリングしているような感じのところに、こちらの車が走ってぶつかったような、後から思いだすとそんなイメージが記憶に残っています。この時は、後ろに車は無く前方もかなり車間距離が開いて何台か車が走っていたので、急ブレーキを踏んでも取りあえず問題は無かったと思いますが、其れ以前にアクセルペダルに置いていた自分の右足は、その衝突の瞬間もその直後も硬直したままだったように思います。

その後車を止めて衝突箇所を確認して見たところ、フロントガラスには運転席からも見えた場所に白い多分鳥の糞の液状化したところが5~6箇所付いていました(この時点では乾燥していた)。さらに、右フェンダーの上の部分、ドアミラーの少し先下側辺りに、一目で鳥の糞と分かる白い固まりが一つ付いていることを発見。理由やその時の状態は不明ながら、何かの小型の鳥が空中で「お花摘み」をしていたところに、自分の車が突進(こちらはちゃんと一般道を走っていた)してぶつかった、と推測されます。衝突した後もそのまま走っていたので、ぶつかった鳥が、慌てて逃げたのか衝突のショックで気絶して落下したのか、その後の状況は不明ですが、何とか無事でいてくれることを祈るばかりです。

これまでも、カナブンみたいな小型の昆虫が走行中にフロントガラスに当たって「ビシッ!」という音を聞いたことは何回かありますが、流石に鳥と衝突したのは今回が初めて。まだ確認していませんが、ドライブレコーダーを見たら衝突の様子が録画されているんだろうか。しかし、咄嗟のこととは言え、やはり人間何かあった瞬間には判断力が停止するというか、結局何も出来ない状態になることを再認識しました。以前交差点で停車中に後ろから追突された時も、そんなに大きな衝撃では無かったけれどその瞬間もその後暫くも頭が回らない状態を経験しました。一度経験すれば、次からはもう少しマシな対応が出来るのかもしれないけれど、出来れば二回目三回目は勘弁して欲しいし。今回の場合は、直ぐにハザードを出して一度止まるのが正しい対応だと思うんですが、ハザードどころか車を止めることも暫く思いつきませんでしたね。突然遭遇する万一の時に対応出来るような瞬発力を身につけるのは、かなり難しそうです。

認識アルゴリズム

佐々木俊尚氏の引用から、アメリカの片田舎でも在日経験のある元軍関係者に「日本人」と看破された話。多くの欧米人から見ると、日本人どころか中国人、韓国人、あるいは東南アジアの人達は「アジア人」という一括りで認識されているもの。その中でも中国系の人達は一番多く世界中に散らばっているので、欧米でアジア系の人間を見ると「Chines?」と先ず言われるのはそれが理由だと個人的には思っています。同様に韓国系の人達も世界に散らばっているけれど、こちらは人数的には多分中華系の何十分の一くらいなので、そこまでは行っていない。でも、さらに少ない日本人と比較すると「中国人>>>>韓国人>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>日本人」くらいの感じじゃ無いだろうか。

もう30年位前の仕事の話ですが、当時はパソコンに入れる(インストールする)アプリケーションの日本語化(正確には日本語以外の中国語、韓国語等に対応させる「DBCS(Double-Byte Character Set) Enabling」 という仕事をしていたので、海外のISVと会話しながら、日本語以外の言語対応作業をそれぞれ現地の担当者と会話して、中国語Windows(簡体語版、繁体語版)、韓国語Windowsに入れるアプリの開発やテストをしていました。基本リモートで進捗管理なんかをしていましたが、時々は向こうが日本の開発拠点に出張してきて仕事をしたりしていました。でも当時は中国からの渡航者手続きが厳しくて、中国本土からの出張者の代わりに、台湾とか香港からのエンジニアが主に来ていた時代でしたね。代わりにこちらが中国に行くことは何度かあったけれど。で、当時は、韓国人は当然として、同じ「中国系」であっても、まず台湾の人と中国本土の人は全く違う人種みたいな感じで、雰囲気が明確に違っていました。同じ「中華人民共和国」であっても、本土の人と香港の人は当時はまだ明確に違っていて、雰囲気は台湾の人に近いけれどまだ英国領だったこともあり、西洋風の印象は台湾の人よりも強い感じでした。マカオの人とは殆ど会ったことは無いけれど、多分また違う雰囲気があるんでしょうね。また本土の人でも、当時都市開発が進んでいた北京、上海の人と、内陸部の人とはまた雰囲気も言葉の印象も違うし、当時の中国国内開発製造拠点の深圳の人は、香港とも沿岸部の人とも違う雰囲気が合って、同じ「中国人」であっても何となく判断出来た時代でした。

それがここ10年位かなぁ、「中国国内の人」の区別はかなり難しくなりましたね。やはり人の移動や情報の平準化が進んでいるからか、以前ほどの違いが無くなったように感じます。特に香港の人は、以前は別の国の人かと思うくらい違いを感じたけれど、最近では北京とか上海とか沿岸部の大都市の人と区別が付かないくらい。あと、台湾の人も昔の印象とちょっと変わってきていて、良く「親日」と言われるけれど昔よりは日本風の雰囲気を感じるようになってきた気がします。昔も、台湾へ行ってぽーっと街中の様子とか見ていると、無意識に日本の何処かに居るような雰囲気印象を受けたものですが、最近では人レベルでそれに近い印象を感じます。日本人だから逆に差を感じなくなってきているのかな、海外から日本の中の様子を俯瞰的に見て体験してきた人だと、そこに「日本人風」の印象が加わって、それは我々では感じないような大きな違いとしてかれらには認識されるのかも。

昔アメリカに出張していたときに、とある週末に向こうのエンジニアやマネージャ達と食事をしていて、アルコールも入っていたので仕事以外の話も色々したんですが、その時に日本にもよく来るけれど、当時台湾メーカーの提携工場が中国の深圳や上海にもあったので、中国へもよく出張しているエンジニアがいました。で、何となく話の流れで中国の印象みたいな話題になり、何となく彼が言いにくそうな感じになったので私から一言。「実はこれは大っぴらには言えないが、日本人は中国人と180度異なると思っている。考え方も振る舞いも、完全に日本人と中国人は異なるので、彼らが日本に来ると直ぐに分かる。台湾の人も違いがあるけれど、中国本土の人ほど違いは無いので、台湾の人には好印象が強い。」と言ったんですよね。そしたらそのエンジニア氏、一瞬で破顔した顔つきになり、「本当か? 日本人もそう思っているのか? 」と何度も聞いてきて互いに笑ったことがありました。現在では当時ほどの違いは無いかもしれないけれど、当時は180度の違いが今はそれでも150度位かなぁ。少なくともアメリカに行くと、中華系の存在感は大きく、そのバイタリティは日本人に欠けているものでそこは見習う必要が有るかなと毎回感じます。そこで見分けられている部分も大きい気がします。

辺野古事故、データ量と情報量

意図的な報道規制の話もネット界隈では囁かれている、辺野古沖転覆事故。これ以外の事件・事故に関しては、連日大きく取り上げられる機会も多いのに、それら事件・事故と同等それ以上の出来事と思われる辺野古沖転覆事故に関しては、文科省が学校法人同志社へ直接聞き取り調査に入ったという報道以降、殆ど目にしません。唯一と言って良い情報としては、ご遺族のnoteで四十九日法要が済んだことと、お姉さんのコメントが掲載されたことが新しい情報でしょうか。

大手のメディアの中では、産経新聞の沖縄支局長である大竹直樹氏が継続的且つ多角的に取材を進めている様子が伺えるけれど、やはりそれ以外の大手や地元メディアの反応はそんなに大きくないというか殆ど見えない状態。地元紙の紙面が地元以外では中々読めないのは有る程度仕方ないけれど、でも地元発信の情報があればネットで日本中世界中に拡散される時代でもあるので、そちらの網にも引っかからないということはやはり地元発の情報が少ないと言うよりは「薄い」という状況じゃ無いだろうか。でも地元紙の記者などは、自分達はしっかり配信している、記事検索をして見れば多くの記事が検索で表示されると反論しているけれど、それに関しては「量より質」の問題、ある意味情報論的な話じゃ無いかと思っています。

記事件数の多少を比較するのは、言ってみれば「データ量の多少」を言うに等しいと思います。要するに「この件のデータは、何GBあります」というような話。一方で我々が新聞などのメディアに期待することは「データの内容・質=情報の多少」に関して。つまり、事件の詳細や背景、さらには学校・日本基督教団・基地反対派団体との関係性や、それら組織による事故に対しての対応や証言などに関して、その内容をより精確且つ密度濃く伝えるかがメディアの役割というか使命と言っても良いはず。例え何百という記事を配信しても、同じ様な内容だったり曖昧な記述あるいは「辺野古転覆事故」と言いながら辺野古基地建設の是非等的外れな内容を伝えているのでは、それら記事は雑音(ノイズ)と一緒。連日大量に事件関連の「報道」がされたとしても、その内容が通り一辺倒であった李、タイトルでは「辺野古」銘打っても事件とは直接関係無いようなこれまでの時代背景だったりを伝えるだけならば、それはこの件に関しての「報道」とは言えないのでは。

自分が見た範囲では、沖縄のメディア発の記事では、辺野古転覆事故の本質よりも基地反対派による「平和教育」や「反対活動」に言及しているものが多く、且つそれらの考え方や行動を「錦の御旗」として扱い、それ故に言い方は悪いけれど「尊い目標のために貴重な命が犠牲になってしまった」みたいな勝手な解釈を免罪符にしているような印象を強く受けます。一読者による投稿を掲載し、恰も犠牲者も納得して乗船したのに犠牲になって残念みたいな勝手な解釈を結論にすえたことで大きな批判を浴びて、慌ててその部分を削除したけれど確かその読者投稿の記事はそのままのはず。結論が間違っていた(=削除した)のであれば、その投稿自体意味を持たないものでは無いだろうか。行きすぎた「平和教育」や「抗議活動」の内容が問題なのに、それらは正しい行為という大前提で報道するから、何十本、何百本と記事を配信しようが違和感しか感じない。それらは、今回の事故とは別に批評されるべき内容であれ、取り上げるのであればそういう考えがどの様に実際の事故に影響したのか、そこをまず深掘りするべきだと思うのだけれど、肝心なところは曖昧なまま。だからなのか基地反対派団体は自分達が不当に報道圧力に晒されて批判されていると、見当違いな発言をする始末。そこが正されないと、こう言う悲しい事故はまた再発すると思う。

2026年5月11日

鈴木光司氏逝く

浜松市出身の作家、鈴木光司氏が先日亡くなりました。私の母校の先輩だけれど、丁度入れ替わりだったので面識は全く無い先輩。しかも、読書は好きなんだけれど、ホラー系は苦手なので鈴木氏の著作は一つも読んだことはありません(苦笑)。 「リング」が一番有名かと思うんですが、WiKiを見てみると自分が好きな分野であるエッセイ集も多数書かれていて、これはちょっと意外でした。今更ですが、ちょっと読んでみたい気持ちが沸いてきます。

年齢的に、以前の浜松市長で現在の鈴木康友静岡県知事と同級生ではと思い調べてみたら、同じ1957年生まれだから多分高校も同級生であったことは間違いなさそう。入学年度までは分からないけれど、大学も同じ慶應義塾大学(文学部と法学部)だから、もしかしたら大学時代にも面識はあったのかも。いろいろと個性的な人材を輩出している母校だけに、不思議は無いのだけれど、自分達の代同様この世代も高校時代色々やらかしたのかと想像すると、ちょっとニヤッとしてきます(笑)。

しかし、鈴木光司氏68歳ですよ。病死という事だけれど、本当まだまだ活躍できる年齢ですよね。履歴を拝見すると、デビュー作が1990年の「楽園」とのことで、そうすると33歳の時なのか。ヒット作の「リング」が翌年という事は、もう35年前なのか。これまでの経験と実績を生かして、これから「リング」「や「らせん」を越えるような、さらに深いホラー作品を生み出したかもしれない。でもそうなるとホラー系恐い自分は、ますます作品から遠ざかりそうだなぁ。

「平均寿命」は少しずつだけれど伸びていて、その中でも日本人の平均寿命は男女ともに世界でもトップクラス(トップ長寿)だけれど、全員が全員長寿を全うできるわけでは無く、やはり若くして亡くなる人もいるし、元気そう健康そうに見えても突然訃報に接することも間々あります。自分は両鈴木氏よりは若いけれど、やはり60歳を過ぎてくると色々不調や以前には無かったようなミスも頻発するようになり、肉体的精神的健康を考える世代になった事は事実。今は幸いにも普通に生活することは出来、特に重篤な病気や怪我も無いけれど、やはり「一寸先は○○」なのが世の常ですしね。そう考えると、体が動くうち気持ちが前向きなうちに、やりたいこと興味の有ること自分として価値を感じる事を躊躇せずに実行することが、悔いの無い人生なのかもしれない。

調理器具

ネット上で、自衛隊が仕出しだったかその訓練の様子で、大量の食事(カレーライス)を調理しているときに、大鍋で煮ているからしゃもじ代わりにスコップを使って混ぜ合わせている様子を「スコップを使うなんて不潔不衛生」という炎上が起きているらしい。同様に、大きな桶とか釜で醸造とか調理するような場面(酒蔵とか)も、よく事情を知らない脊髄反応のユーザーが批判を透過して炎上しているらしい。 

「沸騰ワード10」でのカズレーザーによる自衛隊シリーズでも、調理している様子が何度も放送されているけれど、ああ言うのって注目されないんだろうか。まぁ、露出する機会はそんなに多くないと思うけれど、それでも例えば大量に食事を提供するような食堂とかレストランでは、ゴミ箱によく使われるポリバケツが食材を漬けたり洗ったりする道具でよく登場するし、トマト缶の大きな空き缶が溶き卵入れとかで使用されているシーンは良く見るものの一つ。ああいう場面だって、先入観があると一瞬「えっ?!」と感じるけれど、鍋にしても器にしてもそんなに大きなサイズまで取り揃えられているとは思えないので、ちゃんと洗浄されていれば別に問題無いだろうし。それを言い出したら、重機を使って調理をしている「山形の芋煮」なんてどうするの、と小一時間。

個人的には、ああいう道具よりも「調理場が汚れている方が美味い料理が出てくる」という謎理論の方に疑問が沸くし、それは違うだろうと100倍、1000倍のツッコミを入れたくなるところ。積年の汚れが積み重なって、コンロの五徳がガリガリになっていたり、調理台の周りにこびり付きとか何かの残滓みたいなものが残っているシーンとか見ると、もうそれだけで「勘弁してくれ」と思ってしまいます。だから時々特集番組なんかで、セントラルキッチンの調理工場で大量生産の場面とか出てくると、その機材の角とか端にこびりついた素材とか調理品とか見る度に「ああいうのが商品に混ざり込んでいるんだろうか」と疑心暗鬼になり、そういうセントラルキッチンの食材とかレトルト食品とかに対しての期待度や信頼度が下がるのも事実。少なくとも道具はそれが使用後であってもちゃんと洗浄すれば口に入るものの調理にだって使用可能になるわけですからね。あぁ、でも薬品関係に使ったものは控えた方が良いか。幾ら洗浄したとしても、微細な部分に危険な成分とか残っている可能性はありますからね。

人間は「記憶」に依存して居る生き物だから、例えば「不衛生」「危険」「不向き」みたいな情報がインプット済みの状況に、それとは相反するような状況が関わってくると、どうしても拒否反応というか抵抗感を先ず本能的に感じてしまうのは仕方ないかも。静電気で痛い目に何度も遭遇していると、その心配が無いだろうという場面でもつい恐る恐る手を出して、放電していなくても何か違う感覚に遭遇すると、瞬時に手を引っ込めて「痛っ!!!」と発してしまうこともあるし。元々は「スコップ=土を掘るもの」という認識が、「調理に使う→不衛生」という連想を生んでしまったわけで、多分本人は意識もしていないくらいの閃きみたいなものなんだろうなぁ。ただ、理由の無いことをそれなりの組織体がしているわけも無いわけで、自衛隊がそれを使っている理由は何だろうかと考えたら、大容量の調理器具として形状やサイズが適しているわけで、それならば土や地面を掘る前にちゃんと洗浄していれば問題無いんじゃんという結論に普通は到達するはず。そこに「再利用しているんじゃ無いか」という変な意識が入り込んでしまうのは、やはりその人の日々の生活や情報収集と処理において、そういうフィルターというかバイアスを掛ける工程をいつも入れているからのような気がします。それが結局情報処理作業全部に影響している気がします。

基礎となるレシピ

佐々木俊尚氏の引用から、佐々木氏の著書である「名もなき料理」に関してレシピの必要性に関して。料理のレシピ(調理手順)に関しては、その必要性や重要性とか逆にレシピに捕らわれない考えとか、 有る程度の周期で現れて議論を呼んで自然消滅して、そしてまた時間がたつと再燃している気がする。まぁ、それだけ食べ物の話というのは自分達の生活の一部と言えるのだろうけど。ただ、大学生時代から自炊生活をしていた自分としては、「レシピに拘る必要は無いが、無視するものでも無い」と思っています。

勿論「レシピ通りに作る事」に捕らわれる必要は全く無いと思うけれど、だからと言って最初から無視して良い存在では無いとも思うんですよね。言ってみれば「料理の基本、勘所、要素」という部分を自分の「料理スキル」に取り入れて定着させる基本動作が「レシピ」だと思っています。例えば私は基本和食系を自炊することが多いけれど、それは「さしすせそ(砂糖、塩、酢、醤油、味噌)」の基本調味料で完結していて一番作りやすく、かつ子供の頃から口にしていて慣れていて毎日食べても飽きないからというのが理由。そのレシピに関しては、同じ「味噌汁」にしても何千何万種類も有るわけですが、基本的には「具材を準備して、出しを取り、具材を煮込んで火が通ったら、火を止めて味噌を溶き入れ、食べるときに温める」という手順が一番基本動作。その時に、例えば自分用の「味噌汁一杯」を作るときの出汁の量とか、お味噌の量とかを体感するというか会得するのが最初の「レシピ」の役割だと思っています。で、基本形が分かったら、例えばお味噌の種類が変わったら、その量をどの様に加減するかとか、具材に関してもどれくらい煮たら適切なのかとか、そういう部分はレシピの外の話だと思います。

「さしすせそ」にしても、レシピに書かれている内容では不足している情報も多いし、それ故にレシピ通りに作っても自分の期待した味にならないことも大きい。だから、何度かレシピ通りに作るけれど微調整して、自分用に「補正」することもレシピの役割だと思う。例えば、私は醤油は「薄口」と「濃口」を使うけれど、レシピにはそれを区別して書かれることは先ず無い。大体は「濃口」を使用するんだけれど、醤油メーカーによって味の加減が違うこともあるし、最近は「出汁入り醤油」とか「減塩醤油」とか醤油の加工品も多いから、それによってもレシピは微調整が必要になったりします。だから私は基本「さしすせそ」で使用する調味料は、それぞれ同一メーカーの同一商品に統一して、少なくともその基本部分での味のブレは最少化するようにしています。そこから「めんつゆ」を作って置いて、レシピで「めんつゆ大さじ3杯」とか書かれていたら、自分のめんつゆを使って期待値との差を認識して、次はそれを調整してと、そういう手順を何度か繰り返して味のブレを収束させて自分好みの「塩梅」を見つけるわけです。

レシピって、歌舞伎の中村勘三郎氏の名言「型があるから型破り、型が無ければ形無し」のまさに「型」に相当する物だと思う。じゃあ全ての料理を一度レシピ通り作る必要があるかと言われたら、それが可能ならばする方が良いと思うけれど、例えば和食だったら「同割り(酒:1、味醂:1、醤油:1)」を覚えたら、後はそのバリエーションと、出汁と割り下の割合の組合せを理解すれば、そこからは自分なりのアドリブでも良いと思う。ただ、いきなり出汁に調味料を投入して、甘い・塩辛いという微調整を繰り返し最後に迷走するのは駄目だと思う。そうならないために、まずは一度レシピを尊重して味の基本路線みたいな物を理解して、そこからレシピに無いアレンジをするのが「料理好き」になる一つの近道じゃ無いだろうか。で、その時には味のブレを最少化するために、使用する調味料も出来るだけ固定するのも一つの秘訣だと思う。醤油だけで何種類とか、塩だけで何種類とか、素材数はイコール変数の増加になるわけで、そうなると不確定要素は増えるし難しさも増加すると思う。塩は岩塩と海塩、砂糖も白糖ときび砂糖、お酢は米酢、醤油は特定メーカーの特定商品の濃口と薄口、味噌も特定メーカーの白味噌と合わせ味噌(私は基本赤だしが嫌いなので赤味噌は使わない)というのが自分の基本路線。中華や洋食も似たようなもので、「出来るだけ調味料は増やさない」事が自分のテーマ。それによって作れない料理もあるけれど、そう言うものって「家庭料理」と言うには手が込みすぎている場合が多いし、似たような料理でもそれこそ素材を変えれば同じ味付けでも食べた印象はどんどん変わるし、全然飽きないから日々の食事としては十分間に合います。だからレシピは軽んじるのでは無く、うまく活用することを考える事が重要なんだと思いますね。「名もなき料理」とは、だから名前もないつまらない料理という意味では無く、無意識に手が動いて作る事が出来日々食べても飽きない「無意識の料理・食事」という意味だと私は咀嚼しています。

2026年5月10日

MCの存在感

毎週金曜日の夜に提供されている、ReHacQの「共用としての経済」シリーズ。主に、永濱利廣氏をメインゲストに、機金融証券界のゲストコメンテーターがその週の経済動向や今後の予想などを話すコンテンツ。個人的に気に入って、毎週末は何度か視聴しているんですが、今週はちょっと頂けませんでした。

今週のゲストは、永濱利廣氏と、みずほ総合研究所の安井明彦氏。で、問題がMCで、いつもの森本智子氏ではなく、時々テレビのコメンテーターとしてお見かけする法学者で国際弁護士の山口真由氏。経歴を拝見すると、文句の付けようが無い内容なんだけれど、個人的に画面越しに感じている印象は「癖強い人だなぁ」。実際このコンテンツでも、自分中心に話を回そうとして空回りしている感じで、それを取り戻そうとますます自分視点に鳴っていて話の腰が折られている感じ。本来MCは、黒子としてゲストからの話題や情報を上手く引き出して伝えていくのが仕事だと思うんだけれど。まぁ、MCが本業では無いのだから仕方ないとは言えるけれど、それならばなんでそう言う人にMCを託すのだろうか。それを考えると、森本さんとかその他アナウンサー出身の方は上手く回す方法を身につけているからか、専門外の話題の時にも今回ほどの違和感は感じないのは流石プロ。

似たような印象は、元朝日新聞記者の今野忍氏が政治家の方とか永濱氏なんかとインタビューをしている時にも感じていて、自分が理解しようとして繰り返したり問い直したり途中で割り込むのは取材活動の時には有りだと思うけれど、第三者が視聴しているこのような場面では見ている方が自分の理解を中断されているような印象を受けて、内容が入ってこない気がします。あと、ゲストのコメントを聞くために話を振るのは良いけれど、何か唐突に「○○さん、どうですか」と言われるだけでは聞かれた方も困るだろうしなぁ。やはり意味のある回答を引き出すためにも、自分が有る程度理解してそこに引き出したい回答に繋がるキーワードみたいな物を繋げられたらベストだと思うけれど、それにはそれなりの経験と知識が必要なんですよねぇ。

以前経済アナリストの馬渕磨理子氏がやはりMCの代打みたいな形で参加していた回があったと思いますが、この場合は逆に経済の専門家同士の話になってしまい、ちょっと自分のような素人は取り残された印象があったんですが、それは「場を回す技術」がやはりアナウンサー経験者との違いなのかなと思いますね。今回の内容は、今週に予定されているベッセント米財務長官の来日の影響とか、G.W.明けの経済動向など興味の有る話題が含まれていると思うんですが、どうも山口さんのインターラプトが喉に刺さった小骨みたいな感じで、今の所途中で止めてそのままです。今週金曜日は森本さん、戻って来てくれないだろうか(マテ)。

Delivery as a Service

佐々木俊尚氏の引用から、Amazonが自社の物流を外部企業に開放する「Amazon Supply Chain Service /ASCS」というニュース。記事の後半にも書かれていますが、Amazonが膨大な情報量の検索サービスを賄うために、自社専用のハードウェアの開発だけで無く巨大なデータセンター(DC)を構築したら、巨大すぎてリソースに余裕が生まれてしまったので、その部分をクラウドサービスとして他社に開放したのが「Amazon Web Services/AWS」。その物流版が今回のASCSだけれど、これこそ「DaaS(Delivery as a Service)」だよなぁ。あるいは「LaaS(Logistic as a Service)」かな。昔は「DaaS=Desktop as a Service(仮想デスクトップ環境)」で一世を風靡したけれど、時代が変われば言葉の意味も変わってくる典型的な例とも見えますよね。

日本国内での対応が気になるところだけれど、事国内に関してはクロネコに佐川急便にJPと、システムとしては揃っているような気がします。広大なアメリカ本土(北米大陸)を東西南北に貨物が移動するような状況では、網の目のようなAmazonの航空物流網が武器になるんだろうけど、日本国内の場合は羽田と千歳、大阪、福岡、沖縄くらいかなぁ、航空貨物でペイできそうなのは。でもハブとなる羽田空港や、その他幹線空港がもう飽和状態だから、追加でAmazonの貨物機を入れるのは大変だろうし。海外との物流で、深夜便で羽田や関空や沖縄へ運び込むのは有りかもしれない。日本国内の場合は航空貨物の扱いはちょっと難しい気がしますね。

ビジネスにおいて規模の優位性は絶対あると思うわけで、すでにPCの世界ではWindowsがそうだし、Androidもそれに近い存在になりつつあると言って良いのでは(但し、日本以外)。AIや宇宙開発もそうだし、先行投資をして市場を獲得するというか開拓して自分達の専用支持用を想像しているのが、やはりアメリカのアメリカたる所以かも。ただし、その開拓された市場に、低価格とコスト度外視で殴り込んでくるのが中国な訳で、そう言う意味では中国って昔のパナソニックに似ているかも(失礼な-笑)。

既存の例えばUPSとかFedExとかDHLとかは、どう対応するんだろうか。輸送枠が有ればあるだけ、送りたい物は溜まっているから少なくとも現状の物流がAmazonへシフトする事は無いのだろうか。でも、輸送コストとか信頼性とか、そこでAmazonの優位性が出てきたら、やはり顧客としては考えるでしょうね。なんと言っても、それら国際物流業者は「顧客から依頼された荷物を運ぶ」だけに対して、Amazonは「自分達の荷物を運ぶついで」に運ぶわけで、この部分の違いはかなり大きい気がします。

2026年5月9日

Yokohama Bay Sheraton Hotel & Towers

今年2回目となる、横浜シェラトン利用。夕方羽田空港に戻り、そのまま帰宅しても良かったんですが、何となく久し振りに都会の風に触れたくて予約(笑)。でも、翌日は午前中早い時間にはもうチェックアウトして浜松に戻るので、何のための宿泊可良く分からない。まぁ、ちょっとリッチな息抜きですよね、多分。

最近は利用者で混雑しているのか、宿泊2日前にホテルからメールが届き、BONVOY上級会員向けサービスの説明が送られてきました。 ホテルに到着したのが19:30過ぎだったので、多分ラウンジはカクテルタイムで混雑しているだろうからと、地下街からホテルB1Fに入り、そのままエスカレーターで1Fに上がりチェックインしました。部屋に入り荷物を置き、この日は久し振りにホテルのバーで軽く飲んで食べることに。多分一年ぶりくらいじゃないだろうか。先月は入るのが遅くてほぼL.O.近くだったのでいけませんでしたからね。3Fのバーへ行くと顔見知りのマネージャーの方が入らして、お久しぶりですとご挨拶。ここはシガーバーで、タイミングが悪いと煙草や葉巻の煙が充満するんですが、この時は喫煙者のお客さんはゼロで快適に過ごすことが出来ました。その後は、1時間程飲み食いして部屋に戻り、メールなどを確認して就寝しました。

翌日は9時にチェックアウトして地下鉄で新横浜へ向かえば間に合う新幹線を予約。朝はラウンジで軽く朝食を頂き、その後部屋で少し待ったりしてから帰宅しました。お値段が違うから仕方ないけれど、空港ホテルとはやはりひと味違いますよね。

(UA Leg#8) HND-OKA/-HND - Retry

もともとは4月21日に飛ぶ予定だったのが、早朝に発生した国内空港の管制システムトラブルで全国的に運航が乱れ大変なことに。当日のフライトは遅延しながらも運航出来そうだったけれど、最後に品川からの新幹線に間に合うか微妙だったことと、ANAから振替のオファーもでてきたので、その日のフライトはキャンセルして今回のフライトへと振替たもの。 

これまでは10:30発のフライトだったので、07:50発のひかり号でも何とか間に合いましたが、出発時刻が10分繰り上がっていたので、もう一つ早い07:24発のひかり号で品川まで向かうことに。いつもの様に路線バスで浜松駅まで出て、7時少し前に到着したので、7時オープンの駅ビルのスタバが開くのを待って朝食とコーヒーを調達。店内で食べている余裕は無さそうなので、それを持って駅構内に入り、新幹線へと乗り込みました。

まだG.W.の余波があるのか、新幹線はちょっと混雑している様子でしたが、7号車(S-Work)は半分も埋まっていない状態。そのまま快適に品川駅まで移動しました。品川駅は、午前中のピークタイムは過ぎていたけれど、それでも乗換の乗客で新幹線側から京急側へ移動するのも大変。直ぐに空港行き急行が到着して、羽田空港へ着いたのは9時少し過ぎでした。

そのまま2Fに上がり、保安検査場を通過すると、4Fのラウンジへと向かいます。ここでちょっとトラブル。入室のために搭乗券のQRコードをスキャンさせたところ「係員へお知らせください」とエラー発生。実は今回のチケットは、ANAで購入発券しましたが、FFPのアカウントはUAに変更済み。そのためカウンターで係員がマニュアルでAMCの番号を追記する必要があったみたい。ただ、これまでは同じ状況でもそのままAMC Diamondとして通過出来たのに、先日の沖縄でも同様の手続きが発生しましたが、国内線予約システム切替に伴う影響だろうか。国際線の場合に同じ様な設定にすると、やはりカウンターでUAのアカウントに対してAMCのアカウントの追記が必要になりますが、そう考えると予約システムが徐々に変更されているのかも。今後もANAの国内線をUAに振り返るのでちょっと面倒くさそう。先にカウンターに寄れば良いのかな。

1) HND 10:20 - OKA 13:05 (NH469)

ラウンジに入り外を見ると、使用予定の64番ゲートはオープンのまま。まだ1時間以上余裕があったのでこの時はまだ心配していませんでしたが、その後何度か確認してもなかなか到着機が入ってきません。

使用機材がB787-8(78P)なので、多分福岡からの飛来機だろうと到着状況を見てみると、09:30到着予定で09:35到着済みとなっています。でもこの時の時刻は09:37頃で外を見ると、丁度機体がゲートの停止線前で止まるかどうか位のタイミング。でも、その他の到着機を見ると機材が違うから、やっぱりこれかなぁ...

そんな疑問を感じつつゲート前へ行くと、丁度事前改札で車いすの方が搭乗開始するところ。その後幼児連れの家族グループが乗り込み、グループ1の優先搭乗が始まったのが10:11でした。使用機材はB787-8でシートは(当然ながら)旧シート。事前のシートマップでは、Premium Classは満席でしたが、1席窓際の席が空席のまま定刻5分遅れでドアクローズとなりました。その5分後にプッシュバックが始まり、その後誘導路を移動してA滑走路側へと進みます。RW16Rに到着すると、直ぐに機首を滑走路に正対させて四点鐘とともに離陸したのが、10:43でした。

離陸後暫く時間経過してから食事の配布となり、その後はいつもの様に機内Wi-Fiに接続して時間を潰します。この機体、個人モニターは無くて、正面にモニターが3台壁に設置されています。そこに偶々夜の工場群のBGVが流れていたんですが、4Kかと思うくらいの高精度でビックリ。機内Wi-Fiも直ぐに接続すると、そのまま着陸直前まで切れること無く接続していて、機体は古いけれど機内設備は更新されているのかなという印象でした。

那覇空港へは北側から真っ直ぐと南下して、RW18Rを目指します。Flightradar24を見ていると、先行機が無い状態で特に寄り道すること無く真っ直ぐに降下して着陸したのが12:55。誘導路を移動して、RW18Lで離陸待ちしているビジネスジェット(か、空自のシャトルかな?)を横目で見ながら第1滑走路を横切り、33番ゲートに入ったのが定刻よりも早い13:03でした。既に梅雨入りしている沖縄の空は、ちょっと灰色でどよぉ~んとした印象。そんな中、先ずは所用のために一度外へと向かいます。

2) OKA 15:05 - HND 17:35 (NH470)

いつの間にか雨が降りだしたので早めに空港に戻り、保安検査場を通過して、ラウンジ入口で搭乗券のQRコードをスキャンしたら再び「係員にお知らせください」メッセージ。「えっ、羽田で設定してくれたんじゃないの?!」と思いつつ、「UAにつけているので」と説明しつつ、何とか通して貰いました(笑)。この後も何回かこのパターンがあるんだけれど、毎回このエラーが出るのはたまらないなぁ... 

ラウンジはやや混雑気味でしたが、何とか自分の席を確保してまずは一息。ここで、到着便が遅れるので折返しの出発が5分遅延するとの事。運航状況を調べてみると、羽田の出発で20分近く遅れていて、リカバリーしたんだろうけど沖縄到着は23分遅れとなっています。となると遅延は5分じゃ収まらないだろうなぁ... そんなことを考えていたら、案の定さらに遅延して15:20発にいつの間にか変わっていました(笑)。

ラウンジでグタグタしている家に、時計が15:00を示していたのでちょっと慌ててゲートへと向かいました。使用ゲートは36A番で、直ぐ横に喫煙ルームが有る個人的には一番嫌いな場所。並んで待っているだけでタバコ煙や臭いが体中にまとわりつくようで凄く不愉快。移動するにしても、排煙設備を新たに作らないといけないから大変だろうけど、もっとゲートから離れた場所に設置して欲しいですよね。そんな不満を心の中でぶちまけていると、15:06から車いすの方の搭乗が始まり、その後幼児連れ家族が通過し、グループ1の優先搭乗は15:13に始まり機内へと入りました。使用機材はB777-200の新シート機材で問題無いのですが、幼児連れの家族が回りに何組か座っていて、飛行中は結構鳴き声で賑やかになりました。

飛来機遅延の上に、どうも操縦席のメカトラブルがあり出発はさらに遅れて15:30に。それでも飛んでくれるだけ御の字です。ドアクローズが15:28で、プッシュバック開始は15:33。離陸は直ぐ横のRW18Lだと思ったら、風向きが変わったのか反対側のRW36Rへと移動開始。しか管制指示で途中で暫く待機することに。待たされてやっと離陸したのが15:56でした。

離陸して暫くは結構揺れていて、しかも西に迂回するようなルートを飛んでいるのは東側の雨雲を避けるためでしょうか。その後は真っ直ぐ羽田を目指すルートへ戻りました。食事を頂いた後は、いつもの様に機内Wi-Fiに接続して時間を潰すことに。比較的安定した接続でしたが、途中切断して中々再接続しない・出来ない区間がありました。天候の関係なんだろうか。

房総半島を反時計回りに回り込むルートに乗ると、どうも使用滑走路はB滑走路のRW22と一部D滑走路のRW23にも降ろしているようです。最初は内側のRW23を狙うような感じでしたが、途中から外側のループに入ると、画面上では結構狭い間隔のままRW22へ着陸したのが、丁度18:00でした。使用ゲートが60番ゲートということで、Uターンして向かうかなと思ったら、T3側のA滑走路の誘導路を南下し出します。「あぁ、遠回りルートだ」とガッカリ。RW34Rを横切りT2の南ピアを回り込んで、北ピア根元近くの60番ゲートを目指します。それならば、D滑走路のRW23へ降ろしてくれたら、そのまま連絡橋を渡って真っ直ぐ進めば良いわけでかなり時間の節約になるのにと、心の中では文句たらたらです(笑)。ゲートインしたのが18:12。この日はこの後横浜で宿泊予定なので、一元は反対方向の京急線で移動しまた。

2026年5月8日

辺野古転覆事故と福島バス事故

 新潟県から福島県へ練習試合のためにマイクロバスで移動していた新潟県の高校クラブメンバーが、途中でガードレールに衝突して事故を起こし、高校生一人が亡くなり、その他多数の生徒ドライバーも負傷した事故。最初その運行の手配をしたバス会社が、高校から料金を安くするためにレンタカーを依頼されてドライバーも一緒に依頼されたので、ボランティアで対応したというような発言をしていて、「あれ、どっかで聞いた台詞」と感じて思いだしたのが、辺野古での基地反対派によるボート転落事故。あれも最初は、ボランティアでボートを出したと行っていたけれど、謝礼とか払われていたこともその後明らかになり、高校-旅行代理店-基地反対派団体の三者の発言が食い違っているように、今回も高校側とバス会社側の発言が食い違っているらしい。

問題なのは、一番責任のあると思われる高校側が、どちらのケースもその内容をしっかり把握していないように見えるところ。辺野古での事故では、教員はボートに同乗しておらず、それ故に事故直後の人員把握や対応が遅れたと思われますが、今回もクラブ担任は別の車で荷物等を積んでバスと並走していたらしく、バスには高校生とドライバーしか乗車していなかった様子。人員不足とか色々理由は有るだろうけど、やはり責任者としてその場に居ないことは問題だと思うなぁ。

最初バス会社の会見で、安くするためにレンタカー利用を依頼されたとかドライバーも見つけるように依頼されたとか会見で発言していて、それってバス会社の運行上問題無いのかと思ったら「ボランティアで対応した」と言っていて、いゃそれは通らないでしょうとしか感じませんでした。逆にそれを言ったら、対応した営業担当者が全責任を負うことになるかもしれないけれど、それでも良いのだろうか。昨日の学校側の会見では、以前から同様の移動サービスを依頼していたと言っていて、それなら毎回ボランティアでレンタカーだったんだろうか。特に今回のドライバーに関しては、依託したはずのバス会社側も本人の免許資格とかこれまでの運転履歴を把握しておらず、それは無責任怠慢と言われても仕方ないと思う。というか、仮にボランティアで紹介したとしても、それなりにお付き合いのある学校に対して、自分達が責任を負えないような人材を紹介するか? その非常識さにちょっと呆れてしまいました。

辺野古の方では、基地反対団体側が偽情報が流布されていて迷惑しているようなことを、身内の集会で発言していて、それがさらに顰蹙を買っているけれど、ここまで捜査の進捗状況が余り見えないのも気になります。ご家族は、亡くなられたお嬢さんの四十九日法要が済んだという事で、それまでは必要最小限の発言に止めていたようですが、一番苦しんでいる当事者の家族が一番熱心に事件の詳細を追求しているというのは、最大の苦しみを再び与えているようなものだよなぁ。今回のバス事故も辺野古の転覆事故も、無くなった高校生に注目が集まりがちだけれど、どちらも多くの怪我人も発生しているわけで、特に辺野古では事故直後「重体」と報道されていた高校生が何人かいたように記憶しています。快復していることを願うばかりだけれど、単に亡くなった高校生だけで無く、それだけ多くの高校生に対して無責任な行動をしたことに対しての謝罪も反省も無いのは、このまま世間が忘れていくことを期待しているのだろうか。でも、「辺野古」という単語が今後出てくれば、当然「転覆事故」という言葉も同時に浮かぶだろうし。以前のトラックとの衝突事故では、無くなったのが警備員という事で、その後余り話題に上らなくなったように感じますが、今回は高校生が亡くなり多くの怪我人が出ているだけに、地元の警察や海上保安庁はかなりしっかりした対応をしないと、世間が許さないと思う。それとともに、馴れ合いというか自分達の都合だけで進めた反省も、学校や当事者の会社・団体は猛省して欲しいですよね。

日経株価急騰!

G.W.明けの昨日は、一斉にビジネスがリスタート。その影響なのかG.W.中にバネのように貯まりに貯まっていたのか、日経株式は6万円台からスタートすると午前中はぐんぐん株価が上昇して、お昼前には63,000円に届きそうなくらい3,000円以上も暴騰状態。その勢いそのままに、午後には63,000円を超える場面も出てきて、その後少し値を下げて終値は62,833円で終わりましたが、一日で3,320円も上がるのは歴史的じゃないだろうか。これだけ上がれば円安も進むかなと思ったら、156円位でステイしているような感じで、これは為替介入を警戒しているのかな。

ただこれだけ株価が上がっても、牽引しているのは半導体/AI関連株で、全体的にはそれ程上がっていない株も多いので、そんなに喜べないというのは先週あたり仕入れたReHacQでの情報(笑)。まぁ、全部が全部上がるなんて言う相場はそうそう無いと思うけれど、やはり経済が安定して拡大して行くときには、程度の差はあれ全体が伸びていくのが理想なんでしょうね。その中で、現在の半導体/AIのような牽引役が色々現れてくれるのが一番健全で望ましい相場観なのかな。

中東情勢改善の期待感が、この連休明けの相場再開で一気に加速した感じですが、それでも一日で株価が3320円も上がるのは驚き。比率で言えば5%株価が上昇したという事ですからね。その分今日は利益確定で下がるかもしれないけれど、それでも60,000円を切ることはないんじゃないかなぁ(個人的期待-笑)。中東情勢が始まる前には、今年の日経平均は6万円を超えて、年末には65,000円超えも夢では無いみたいな話がネットでは出ていたように記憶しますが、その状況に戻りそうな気も。いずれにしても、明日少し下げた後は、来週は米国とイランの合意形成がどの様に進むかで、また大きく変化しそう。

私はデイトレーディングをしているわけでは無いので、日々の上げ下げは開くまで「途中のチェックポイント」くらいの気持ち。だから、もう少し長いスパンでみたときに、上昇傾向にあるのが自分的な理想状態。そう言う意味では、保有している個々の株によって上げ下げはあるけれど、全体的には少し下がったけれど何とか許容範囲と言う状態かな。今後中東情勢が改善して、逆に今回の反動で更に加速して上昇してくれるのが、今の自分のベストプランなのかな(笑)。まぁ、世の中そんなに甘くないけれど。一つ気がかりというか何とかならんかなと思うのが、メインの株が結構上がった後30%位ガクンと落ちてしまい、その後なかなか快復しないところ。メインだけに保有数も評価額も大きいので、この子がまた元気になってくれると嬉しいのだけれど。今人気の半導体/AI関連株なので、もう少し頑張ってくれても良いと思うのになぁ... まぁ、気長に生暖かく見守るのが正しい姿なのかも(笑)。

(NH) NRT-SIN/-NRT (2) - 宿確保

勢いで予約した今年初の海外渡航であるSingapore行き。出発まで丁度一月となり、「あっ、ホテル予約しなきゃ」とこのG.W.中に思いだして、再びあそこが良いここが良いとホテル検索をしてみました。円安に世界的な物価高もあり、以前のようにお得なレートは中々見つかりません。ホテル選びに関しては、基本的には上位会員であるBONVOY系かHilton系を優先して、その次に準上位会員(Platinum Ambassador)であるIHG系、それでも駄目なら一般会員のHyatteかその他系列ホテルというのが私の優先順位。 

BONVOY系だと、何度も利用したOrchardのSheratonが362SGDで、近くのTang Plazaのmarriottが438SGD。今のSGD (Singapore Dollar)と円のレートは、1SGD=124円位なので、362SGD=44,888円、438SGD=54,312円で、2泊予定なのでこの倍。同じくHilton系もHilton、Conrad等300~400SGD台で、以前と比べると現地レートでも倍位になっている感じです。今回ちょっと悩ましいのが、到着日が日付が変わった深夜00:45(NH801)で、出発日はその翌日の早朝06:15(NH802)という旅程。事実上「1泊2日」みたいな感じなので、出来れば余りホテルにコストは掛けたくない。また、深夜着早朝発なので空港とホテルの移動も、多分タクシーは直ぐに捕まるとは思うけれど、やはりちょっとリスクを感じるところ。そこで、困った時のCrowne Plazaでこちらを調べてみると、ここも利便性のためか1泊450SGD位とお高め。100SGD台の例えばHoliday-Innとかもありますが、余りマイナーな場所だったりだと交通の利便性が心配。

そこで、Point&Cashで検索してみると、Changi T3直結のCrowne Plazaが21,000pt+US$160/泊位で利用出来ます。まぁ、これなら納得出来るかなという事で、久し振りにCrowne Plazaを利用することにしました。前回は丁度2年前に利用しているみたいですね。現地での活動日は中日1日だけですし、空港にはJEWELがあるから昼までも夜でも時間潰しに困ることは無いですしね。Changiでは、ANAはT2のゲートを使用しているので、T2からT3への移動でホテルに入るには少し歩くんですが、まぁ10分位の徒歩移動でしかも建物内部の移動ですから多分問題無いはず。調べてみたら、T1/T2/T3を結んでいるSkytrainは、朝の05:00~02:30まで運航しているんですね。到着時は、遅延がなければ利用してT2→T3移動出来るけれど、朝はちょっと厳しいかも。AMC Diamondだと、T2のFirst Class SilverKris Loungeが利用出来るので、まぁ出来ればここで一息つきたいですしね。これまでの経験だと、ANAの使用ゲートはだいたいラウンジのある反対側の先とか結構遠い場所で、しかもChangiはゲートでセキュリティチェックがあるから、通常よりも早めにゲートへ行かないといけないし、となると06:15発ということは05:30頃にはゲートに入っていないといけないくらいの感じですからね。

ホテルも決まったので、ANAの予約記録に現地連絡先やパスポート情報等入力して、これでオンラインチェックインの準備は完了。残る準備は、現地でのeSIMをどうするかと、到着3日前から入力可能になるSGAC(SG Arrival Card)を忘れずに入力しないと。手元のiPhoneを見てみると、登録のアプリ「MyICA Mobile」はちゃんと残っていたので(笑)、これを忘れずに登録しないと。今回も軽装のバックパック一つで行く予定なので、6月に入ったら色々準備を始めることにします。(続く)

2026年5月7日

CNN@ATL

アメリカCNN創設者のTed Turner 氏が、6日フロリダ州の自宅で死去したというニュース。87歳かぁ、まだまだ活躍しても不思議では無い年齢ですよね。CNN (Cable News Network)は、当時の3大メディア、ABC, CBS, NBCとは異なり、24時間ニュースだけを流す専門局としてスタート。いってみればNHKが朝ドラも、お昼のワイドショーも、夕方の歌謡ショーや大河ドラマも流さずに、毎時ニュースだけを流しているようなもの。それでビジネスとして成立するのか不思議で当時も色々意見はあったみたいだけれど、結局はCNNは当時の3大メディアとは一線を画し地位を確立したことは誰もが知るところ。

私も仕事で出張していたときには、結構CNNをホテルではつけっぱなしにしていて、その理由は他のチャンネルだとドラマとかコメディの放送になると、当時はその内容について行けなかったから。ニュースならば、何とかその内容を把握することは出来たし、一番英語の勉強特にヒアリングのトレーニングには向いていたと思います。ただ、ゲストを招いてのフリートークのコーナーになると、中々会話について行くのは大変だったけれど。

20年程前にプライベートで初めてアメリカ本土へ行った最初の機会がAtlantaで、CNN本社にも行ってきました。元がホテルの建物という事で、アメリカに良くある中央が吹き抜けの大きな建物で先ずはビックリ。斜めに上がって行くエスカレーターからの光景は、当時の日本では見られなかったものでした。このAtlantaでは、空港でターミナルを間違えて、半分泣きべそをかきながらウロウロしていたところに運良く空港スタッフの方が助けてくれて、「あなたターミナルが違うわよ」と言われて、スタッフ専用の通路を通って、確か三つくらい先のUA用のターミナルに連れて行ってくれて、無事に目的の飛行機に登場する事が出来ました。あれ以来必ず最初にチケットとターミナルを確認するようになりましたが、今では良い思い出ですね。

今も自宅のケーブルTVでCNNのサービスがあるので、仕事をしていたり自分のデスクに向かっているときには、このケーブルTVのCNNか時々は気分転換も予てBBCのチャンネルをBGM代わりに流すようにしていますが、多少なりとも耳のトレーニングになっているだろうか。自分にとっての英語学習、英語スキル獲得の一番の切掛は2回目の出張で延べ半年以上アメリカの研究所に島流し状態になり、そこで耳が鍛えられて脳の「英語回路」が何とか解説出来て、多少なりとも英語能力を獲得する事が出来たことですが、その次くらいに現地でCNNのリアルに触れて感動して、そこから時間のある時にトレーニング代わりにCNNを視聴するようになったのが、多少なりとも今でも英語能力を失うこと無く維持出来ている秘訣なのかもしれない。そう言う意味では、感謝しか無いですよね。R.I.P.

バックアップ体制

高市政権の施策の一つに「五類撤廃」があって、これまでは輸出が禁止されていた自衛隊装備の中での「武器」も、今後は条件付きだけれど他国への輸出が可能になるという話。中には「日本は死の商人になるのか」という反対意見も聞くけれど、それなら日本以上に武器輸出が盛んな、それこそ隣国の韓国とか中国とか、あるいはこういう人達が大好きなドイツとか、そういうところも非難しろよと、小一時間。 

少し前に、オーストラリアの次期汎用フリゲート艦に日本の「もがみ能力向上型」が採用されて話題になりましたが、それ以外にも東南アジア諸国への輸出の話も盛り上がっているらしい。そう言えば、一度はアメリカ・イギリスと共同で原子力潜水艦開発をすると言っていたオーストラリア海軍は、その計画が遅延しそうなこともあり代替案暫定案として、日本の通常動力潜水艦を採用する話も復活してきている様子。アメリカが自国用の製造もままならない中、中国は国力をつぎ込んで戦力増強している時に、もうその周辺国はなりふり構わないくらいの行動取らないと、将来の生存係数がどんどん下がっていきそう。

そんな状況の中で、海上自衛隊の体感した護衛艦(中古護衛艦)をフィリピンへ輸出すると言う話も出てきていて話題に。日本の場合、国内造船能力の維持もあって毎年護衛艦を就航させているから、「中古護衛艦」と言えども十分使用には耐える内容であり、且つ国内産の装備やアメリカ製兵器と互換性のある兵装も会って、フィリピンや同様の諸外国にとってもメリットは大きいそう。当然のこととして、その護衛艦を渡して終わりでは無く、操船技術だったり共同作戦の可能性だったり、さらには艦艇や武装の保守維持など、今後の長く厚い付き合いというか連携も必要なわけで、その意味はかなり大きいと素人の自分でも感じる所。ネットのコメントで面白いなと思ったのが、これは単にフィリピンの防衛力を向上させて中国包囲網を強化するだけで無く、日本から離れたフィリピンで日本の護衛艦の装備や保守も可能になるという意味もあるので、自衛隊の生存可能率(Survivability)も向上させる二重の意図があるのではというもの。確かに、そういう目的にも活用出来そう。

実は少し前に、オーストラリアや韓国の原子力潜水艦保有の話が出たときに、小泉防衛大臣が日本も制限なく可能性の議論はするべきという発言をしました。日本の場合過去の歴史があるからかなり難しいと思うし、海上自衛隊の基地に日本のものとは言え原子力潜水艦が係留することに抵抗する自治体も多そうな気がします。その時にふと思ったのが、グアムに「日本原子力艦隊停泊地」を作れば、日本国内への影響は無いし、多分米軍との共同施設に出来れば投資も少なくて済むし、実際に提供されるサービスも必要十分だろうし、一石二鳥三鳥じゃないかと個人的に悦には行ったところ。ジブチとか海外に自衛隊基地を展開する実績もあるし、グアムに「自衛隊グアム駐屯地」を作るのは、米軍の了解さえ得られればハードルはそんなに高くない気がします。もしかしたら数年先には、東南アジア各国に自衛隊の駐留部隊が展開し、日本国内にもそれら諸外国の戦力が展開する形になるかもしれない。そういう形でミドルパワーを終結して中国とかロシアに対峙するしか方法はなさそうですね。アメリカがあんな状態では。難しい問題だと思うけれど、だからこそ今とか無いといけない問題でもあると思う。

迷惑な落とし物

昨日買物目的で車を出してお昼前に出掛けたときのこと。浜松の外周を走っている広い環状線を走っていると、反対車線の先にパトカーの赤い点滅ライトが見えます。「慎重に、慎重に...」と心の中で言い聞かせると、どうもパトカーはその先の交差点で右折します。自分の車の前に何台か車があったのでよく見えなかったけれど、そのまま右折して私から見たら交差点の左側に消えていくのかなと思ったら、今度はこちらの車線の先でそのパトカーの点滅ライトが見えます。どうも交差点をUターンして、こちらの車線に移ったようです。

「へんな走り方をするなぁ」と思いつつ、何か違反車の追跡かなとも思ったんですが、パトライトは点滅しているけれどサイレンは鳴らしていないから、緊急状態ではないはず。でも前方の信号は「青」に変わっているのに、中々車両が動き出さないのはやはり何か前方でやっているのかなぁと、ちょっと怪訝な印象を受けつつやっと自分の車線の車も前進を始めます。そして、そのパトカーが停車していると思われる交差点を通過するときに事情が分かりました。

パトカーは交差点の横断ほどの上辺りの一番左端の車線に停車しています。で、警察官が二人そのパトカーの前で何か作業をしている様子。ゆっくり移動していたので、横を通過したときに左側の様子を見てみると、オロナミンCの箱がどうもトラックから落下したのか、一箱道路に壊れた状態で落ちていて、その中から飛び出たと思われる瓶が散乱しています。中には割れている物も有り、畳一畳くらいの広さに広がっている様子。そんな状態では車を通せませんね。そのまま通過したのでその後の様子は不明ですが、多分大きなガラス瓶の欠片とか取りあえず拾っていたんでしょうか。でも、ホウキなりで横に移動させるにしても、水流で路面を綺麗にしないとどういう破線が残っているかも分からないし、多分そういう清掃車が来るまで左端の車線は一時閉鎖でしょうね。

パトカーや警察官が事故処理をしている様子とか、自分も一度赤信号で停車中に後ろからぶつけられて警察官のお世話になったことがありますが、ガラス片を拾っているような様子は初めて見ました。高速道路を走っていると、落下物を改修している様子に時々遭遇する場合がありますが、あれは警察とか高速隊ではなく、NEXCOの方ですよね。高速道路は持ち主が分かっているからその会社が安全管理するのは当然として、ああいう県道とか市道みたいなところの異物回収って、やはり県とか市の責任で警察(県警)は事故などを未然に防ぐために取りあえず道路封鎖とか落下物がそれ以上に飛散しないように対策するところまでなんでしょうね。疑問だったのは、そのオロナミンCの箱を落としたと思われるトラックは、その周辺で停車している様子は無く、もしかしたら落下した事に気がつかずそのまま走り去ってしまったんだろうなぁ。となると、荷物を積んでいたのは軽トラとかそんな感じ何だろうか。G.W.のお休みのお昼前だったので、例えばホームセンターとかで大量に飲み物とか購入して何処かに行く途中に、荷物を止めていた紐が中途半端で振動で落下した、という感じでしょうか。その後帰宅するまで、ずっとそんな妄想を繰り返していました(笑)。いずれにしても、荷物はしっかり止めて安全運転遵守しないと。

2026年5月6日

味噌とAI

佐々木俊尚氏の引用から、Claude Codeの生みの親であるBoris Chernyは、Anthropic入社前に日本の奈良で味噌造りを氏ながら農村生活をしていたという記事。「えっ?」の100乗位疑問符が付くくらいの話。記事の中では、味噌造りに掛ける(掛かる)数ヶ月から数年という年月と、一瞬で目的のプログラムを生成するClaude Codeを対比しているけれど、なんだろう、もっと突っ込んだ記事を読みたいなぁ...

私も老後のたしなみ(?)で、生成AIの世界を少しずつ囓り出しましたが、やはり難しい。コマンドプロンプト自体には抵抗感は無いのだけれど、なんて言うかその場その場で思いついたアイデアをブラッシュアップさせていくやり方にまだ慣れていないというか。最近ではアジャイルも時代後れなのかもしれないけれど、「走りながら車を作る」みたいな感じの開発手法は、昔ながらの「ウォーターフォール方式」で開発のイロハを叩き込まれた自分としては、なかなかしっくりこない(笑)。ただ何度か書いているけれど、「対話形式」にはそんなに抵抗感は無いので、そこは良いのだけれど、「巻き戻し」というか、「あっ、失敗した」という時にリセットするんじゃ無くて、幾つかの分岐点に簡単に戻って別の方法を試すような、そんな「やり直しのきく手法」みたいなものが中々見つからなくて、自分の中で悶々としています。

記事中、味噌とコーディングの関係を説明する部分で、

これは味噌の論理だ。

と書かれているところは、少し辻褄合わせというか強引な気がする。多分、今開発しているソフトの結果では無く、そのソフトが使われるようになった後に次に求められる事柄を想定しつつ、今のソフトを完成させるみたいな思考を言いたいのだと思うけれど、そうすると今のソフトが作られたときの前のソフトはそのようにして作られたのだろうかという、無限の負のループが始まってしまいそうな。多分、そのソフトの性能・機能に責任を持つことは当然としても、それによってどの様な世の中の変革が生まれるのか、そう言う事を想定して開発作業することが重要と言いたいんだろうなぁ。これは、そのソフトウェアが世の中にどの様なインパクトを与えるかとともに、人間がそれをどの様に活用するのかという部分も重要なわけで、日本現側もAIが与えてくれるであろう便利な世の中を口を開けて待っているだけでは駄目という話だと思う。

「味噌」というのは、それ単体で食べることもあるけれど、多くの場合は調味料として他の食材や調味料とともに使用して、寄り幅広い味覚や栄養を提供していくもの。AIが色々変化していくように、味噌だって白味噌、赤味噌に素材の違いや地域によっても異なる味噌があるのと似ていますよね。また、味噌から醤油も生まれるし、納豆や日本酒も大枠として似ていると言えそう。そう考えてみると、日本の発酵食品というのは全て同じ様に言えそうな気がしますね。最近では、強制的に発酵加速させたり調味液を浸透させた「発酵食品風」のものも増えているけれど、原理は自然の営みからの産物。案外その「発酵期間」ってAIの「学習期間」に相当して、AIが熟成していく事とも類似性がありそうな(マテ)。もしかしたらBrois Cherny氏がAGI(汎用人工知能/Artificial General Intelligence)誕生後再び味噌造りにもどったら、今度はその味噌から「バイオAI」が生まれたりして(笑)。SFの読みすぎかな。

メディアの光明

元朝日新聞政治部記者の今野忍氏と言えば、まだ朝日新聞記者だった昨年後半辺りくらいから知名度がどんどん上昇。さらに年明けに退社して「政治ジャーナリスト」としてフリーランスになってからは、色々なネット番組やテレビメディアにも頻繁に登場するようになり、特に静岡では「静岡朝日テレビ」で週レギュラーにもなっているので、静岡県では更に知名度は高いんじゃ無いだろうか。

ちょっと不思議だったのは、朝日新聞在職中から結構歯に衣着せぬ論評や記事で「朝日新聞らしくない朝日新聞政治記者」として有名になりつつあったけれど、なんでそんなことが可能だったのか疑問でしたが、このコンテンツを見て納得。今野氏の上司であった現在アサヒシンブンのDEEPPOLITICS編集長の林尚行氏は、今野氏のそういう行動活動を見つつ対社内的にも批判を抑えつつ政治記者としての活動を許していて、そのバランス感覚というか包容力というのか、こう言う人も居るから今野氏みたいな人も生まれてくるんでしょうね。

「朝日新聞」というと、自分の高校・大学受験の頃などは、朝日新聞の「天声人語」は受験勉強の必須項目の一つみたいな感じで、それだけ「社会の公器」としての存在感があったもの。また、私が初めてアメリカ出張をしだした1980年代後半から90年代初頭においては、当時インターネットがやっと歩き始めた頃でしたが、そんな黎明期に近い時期でも朝日新聞は自社のインターネットサイトを開設。しかもURLは「asani.com」と.comだったのが以外でした。その後他の新聞社もサイト開設してきたけれど、確か全部「.co.jp」だったように記憶しています。確か当時は社内からだと社内の専用回線からゲートウェイ経由で社外にもアクセス出来たから、会社からよく日本のサイトにアクセスしていたなぁ。ホテルとかに帰ると、まだモデム接続の時代でしたからね(苦笑)。本当に当時の「朝日新聞」は重要で貴重で信頼出来る「メディア」だったわけです。

その「朝日新聞」が変節というか独自色を強めてきたのはいつ頃から何だろうか。 Wikiを見てみると、所謂「吉田証言」みたいなものが出てきたのが1980年代初め頃で、その後1990年代に入りその正誤の検証が行われて、1997年に朝日新聞は「吉田証言の審議は判定できない」みたいな結論をだしているみたいですが、その後その反動なのか左翼色がどんどん強くなっていったのかな。佐々木俊尚氏が、朝日新聞の新社長角田克氏の記事を取り上げて期待感を表していたけれど、どうだろうか。メディアと言えども私企業だから、自分達の方針なり社会観をもって居ることは問題無いと思いますが、メディアとして情報を伝えるときにはそれだけで伝えるのは報道では無く「宣伝」になるわけで、今は宣伝組織化しているように感じられる朝日新聞がこれからどの様に変革していくのか、楽しみのようで恐いような(笑)。

2026年5月5日

正義の押し売り

佐々木俊尚氏の引用から、都内で開催された「肉フェス」会場で宇宙人が人肉を食べるパフォーマンスをして「ヴィーガンになろう」と呼びかけるという話。佐々木氏も「戦術を間違えている」とコメントしているけれど、まぁこの手の主張って自分達こそが正義という匂いがして個人的には全く賛成出来ないし迷惑なだけ。 

勿論、何か体質的な理由とかで肉食を避けないと身体的な問題が発生するような場合には、それは「菜食主義」として言って貰っても構わない。ただだからと言って「肉食を止めて菜食主義に変わろう」とまで言うのは、それでも間違っていると思う。「自分のような体質のお客にも他王出来るように、肉系素材を使わないメニューを増やして欲しい」というならまだ変わる。小麦粉とかそば粉とかのアレルギー体質対策と同じレベルの話なら、世間的にも受け入れられるし支持もされると思う。でも、今回の様な行動を取る人達は、単に自分達の「菜食主義」という思想というか主義主張を他者に押しつけているだけで、そこにあるのは動物愛護というよりは「正義の押し売り」みたいなもの。

動物の中にも「肉食系動物」は居て、他の動物を捕食して食べるわけだけれど、それは彼らは許すのだろうか。そうであれば「家畜」を自然に話して、「野生化した元家畜」を人間が狩猟して食べることは問題無いと言えてしまうのでは。「いゃ、人間は知性があるのだから、動物を割く陸しなくても植物を食べれば十分」というのかもしれないけれど、それでは体に必要な様々要素が取得出来ないことは医学的にも説明されているはず。実際ヴィーガンの人は精神的に不安定だったり、病気に対しての耐性が低いというような話も聞くし、結局はバランス良く栄養素を取ることが一番大事ということでは。

良くヴィーガン対応という事で、豚骨ラーメンとかハンバーガーとかステーキとか、人工肉(大豆肉)とか代替製品を使用した、「肉系食事とそっくりな食事」を日本だと提供しているけれど、あれってヴィーガン的には受け入れられるのだろうか。肉食を否定しているのに肉系の食事を食べたいというのは論理的矛盾な気がする。そう言えばたまたま見ていたネットのコンテンツで、鯛焼きを食べたいけれどヴィーガンなので動物の形をした物は食べられないと話すインバウンドの人がいたけれど、形だけでも駄目ならラーメンとかハンバーガーとか完全にアウトじゃん。ヴィーガンと言っても、その内容というかレベルは色々別れていて、単に「肉」を食べなければ卵や牛乳はOKなレベルから、完全に動物油来品は駄目という厳しいレベルまであるらしい。それならば一番厳しいレベルの人達は、軽いレベルのヴィーガンに対しても批判するんだろうか。所謂「左翼・左派」という人達が、自分達の主張が正義みたいな形で声高に主張して押しつけてくるけれど、それと同じ印象を感じますね。だから本当に必要で菜食主義の生活をしている人達から見たら、こう言う「押し売りヴィーガン」は迷惑なんだろうな。

2026年5月4日

御用読者、語用論者

沖縄タイムスの読者投稿欄に掲載された、亡くなられた被害高校生の意図を勝手に解釈した記事に対して、沖縄タイムスが当該部分を削除して訂正するという話。似たような事は、事故直後にインタビューを受けていた基地反対派の女性がインタビューでも話をしていて、あぁこの人達の頭の中では自分達が正義だという事しか無いんだなと感じたけれど、そういう人達が一定数それなりの力を持って活動しているんでしょうね。でも、最後の結論部分を削除するなら、その投稿自体無効にするべきだと思うけど、それはしないの?

この沖縄タイムスの記者氏のコメントは当然のことだと思うし、社内でも批判や反省が生まれているという部分には期待したいけれど、その引用元の記事では自分達も転覆事故の件を報道していると反論している。少し前のネットのコメントでは、この件では産経新聞が抜きん出た質量ともに報道しているけれど、記事本数だけ見ると確かに地元紙も産経新聞程度の本数の記事掲載をしているらしい。但しその内容に関しては、事故の表面を舐める程度の本質に関わらない部分も多く、さらに産経新聞が地元記者一人に対して、その何倍もの人員を担当できるであろう地元紙がその程度というのも納得いかない。 

さらに内容の差に関しては、こんな分析記事があり、確かにその旅行の責任者である学校側と、事故当日の実行者である地元の反対派によるボート運航の責任に関しては、産経新聞はかなり色々取材した記事を掲載しているのに対して、地元では殆ど触れられていない印象は明けます。地元紙の記事を読んで一番感じる違和感は「この事故を理由に『平和運動』が阻害されてはいけない」という意図が感じられる事。例えその行為に100%の正義なり理由があったとしても、死傷者を出すような事故が発生したならば先ずはその内容を検証するべき。それがどんなに崇高な考えであっても、人の命を奪って良い理由は無いはず。今学校側は文科省が、反対派側は海上保安庁が検証活動をしているようですが、手続きや工程が適切だったのか、先ずはそこが問われるべきで、それに対して何か組むべき理由があるかどうかは、その後の問題だと思う。

この件に関して現地の責任者であるはずの玉城デニー知事は、全く何もしていないようにしか見えないのも問題なのでは。1年少し前のダンプカーでの死亡事故の時だって、彼の発言は事故を誘発した反対派では無く、それを防げなかったと事業者側を批判するような言動が目立ったように思います。あの時にちゃんと対応していれば、今回問題となっている無法な「抗議船」の運用だって無くなると是正されていたかもしれないし、そうなればこの事故だって発生しなかったかもしれない。結局は自分達の「正義」しか見えておらず、その膿が溜まって耐えきれなくなって発生したのが今回の事故じゃ無いだろうか。遺族の方が書き綴るnoteの内容に関して、それ以上の内容の記事を(産経以外の)メディアがちゃんと報道することは無いのだろうけど、ネット時代という背景がそう言う歪んだメディアの不具合を露呈させていることがせめてもの救いなのかも。後は、法の適切な判断が先ずは出されることに期待するだけですね。

2026年5月3日

本当の節約

G.W.には弟家族や姪っ子家族が帰省してくるので、ちょっと奮発して「国産黒毛和牛でも飼っちゃおうかな」とイオンへ出かけて行ったときのこと。普段は通り過ぎるだけ(笑)の牛肉コーナーへ行ってみました、。購買層としては、ファミリー層とか近隣の高齢者家族などを想定しているからでしょうか、国産物よりもオーストラリア産とかアメリカ産で価格的にお安い物が主流のようです。そんな中で燦然と輝く「国産黒毛牛肉」なるポップですが、その周りに陳列されているプラスチック製のパッケージが頂けません。

「上げ底」だけでなく、透明な蓋部分も中身がよく見えるようにと大きく高く作られていて、そのパッケージ全体のサイズはアメフトのフットボールよりも大きくラグビーボールくらいありそう(比較対象が...)。でも中に入っている牛肉は250g位ですから、多分普通に切り並べて入れれば、その容器の半分どころか1/10位でも良いくらい。全体のサイズは大きいけれど、何というか本来の購買対象の「お肉」以外にも、空気も一緒に購入為ているような気分です。

販売者側の気持ちも理解出来ます。自分のようなこういう食材は「ハレの日」のものだから、味だけで無く雰囲気だって盛り上げたい。豪華にリッチな感じにして売上げも伸ばしたいし顧客満足度も高めたい、というのはビジネスとしては当然の考え方。でも、以前から無駄を無くそうという事は言われているし、最近ではナフサ不足でプラスチック容器が足らないと言われているのに、まだこういうパッケージングするのかなと小一時間。もしかしたら在庫分なのかもしれないけれど、これだけ世間でナフサ、ナフサと言われているとちょっと違和感すら感じます。

普通こういう食材の容器と言えば、白色のトレータイプが一番馴染みがあり標準的だと思います。記憶を遡ると、昔は食品の高低にかかわらずトレーは共通だったけれど、そのうちに付加価値というか差別化なのか、白トレーに印刷してカラー化したり、ちょっと底の部分を盛り上げて内容量が多めに見えるようにしたりということはあったと思います。でも、それが段々強調されすぎて誇張されすぎて、今では肉を買うのか容器を買うのか良く分からない状態。自分としてはお肉を買いたいけれど、そのパッケージが大きすぎて他の購入品がバックに入らないみたいな事にもなるので、もう見ただけと購入意欲が減退します。個人経営の精肉店へ行くと、対面販売ということもあって白い紙(ホワイトパーチ)で包んでくれるので、本当に必要な領分のスペースしか消費しません。まぁ、上から更に買物品を置くと潰れるとか、デメリットもあるけれど、今の時代を考えたらもう少し過剰パッケージに対しての姿勢を考えないといけないような気がします。あっ、今回はやはりお肉が必要なので、本当に数年ぶりにあの大きな容器に手を伸ばしました。買物籠の中で、本当に邪魔でした(笑)。 

富士山静岡空港復活?!

地元の富士山静岡空港は、地方空港としては珍しく国際線利用者数が多くて、一時は好調でした。しかし、コロナ禍があり最近の中国政府による渡航禁止令もあり、中国路線依存度の高い富士山静岡空港の利用者数は激減。このまま廃港かとも言われましたが、FDAによる国内線が持ち直したり、国際線でも韓国線が好調になりさらに東南アジア方面への路線開発も進み、2025年度は利用者数は70万人を越えたらしい。 

中国からの渡航者激減は、富士山静岡空港だけの問題では無くて、全国の空港共通の問題とも言えますが、でも実際には中国からの渡航者は減ったけれど、他の地域からの渡航者がそれ以上に増加していて、全体では前年比でも上まわっているらしい。それによる経済効果も、特に中国路線の影響は「無い」と言っても良いくらいの状況というのは何度か報道もされています。皮肉と言えば皮肉なんだろうけど、中国政府としては日本の痛いところを突いたつもりが、それが効果が無く相手にダメージを与えていない事に。逆に、日本国内で中国経済圏でビジネスをしていた、所謂民泊業者や白タク業者などは、それまでの顧客がぱっと消えてしまったことになるので大変らしい。それで国内の観光産業が適正化、最適化されるなら望ましいと思うけれど。

日本から消えた中国インバウンドは、韓国とか東南アジアとか、行き先を切り替えていて、中国の観光需用自体は旺盛らしい。ただ、それらインバウンドが増えた地域は、日本が抱えていたような問題に苦慮しているらしいけれど。さらに、中国からのインバウンドが減るとともに、日本から中国への渡航者数も減っているらしく、中国国内の観光産業のうち日本に依存して居るところは大変らしい。別に日本側の責任では無くて、中国政府の責任なのだから彼らも文句も言えないのは苦しいところなんでしょうね。

ただ、都内なんかを移動していると、中華系と思われるインバウンドグループ(家族連れ?)は結構遭遇します。羽田空港なんかでも、確かに以前ほどでは無いけれど、渡航禁止令が実質出ているにしては結構日本に来ている人はいるんだな感じる位には遭遇します。昔は、台湾の人と中国本土の人は、何となく区別が出来たんですが(仕事で、それぞれの地域の人達と結構付き合いがあったから)、最近は中華系の人というのは分かるけれど、どっちの側なんだろうかという判断が難しい(笑)。まぁ、厳しい状況下でもわざわざ日本に来るというのは、それだけ日本に興味が有るという意味でもあるから、そういうインバウンドの人は歓迎するべき何でしょうね。その一助に富士山静岡空港も是非一つよろしく(笑)。

2026年5月2日

Domestic B777-300 Retiring...

ANAが運用している国内線使用のB777-300を、今年度中に前期退役させるというニュース。先月も搭乗機会がありましたが、Premium Classを利用してもあの手動式のリクライニングシートに遭遇すると申し訳ないけれど「ガッカリ」しますね。

国際線で使用しているB777-300ERは残るという事で、こちらが退役したら貴重な「THE Suite」搭載機材が減ってしまうから、こちらはまだまだ頑張って欲しい。今年出来れば搭乗したいと思っているので(笑)。予定していたB777X(B777-9)が今の所早くても2027年後半くらいの様子なので、1年後くらいからはB777-300ERの退役も始まるかもしれないけれど、まだまだ頑張って欲しいですよね。

 国内線で言えば、B787-10が一番新しい機材で、先日のB777-300利用の往路利用の帰りがB787-10でした。これはちょっと皮肉な組合せかも。流石にB787だと機内が少し狭く感じるし、実際シートのアサインもB787-300の2-3-2の7アブレスト(abreast)に対してB787-10でも2-2-2の6アブレストですし、通路幅も少し狭い気がする。ただし、機内の静粛性はB787-10の方が優れているし、B787は機内の湿度も高めなので喉の調子も良い気がします。

1機で定員500名以上の期待と言えば、自分達の世代はB747シリーズに散々お世話になったわけですが、今ではA380だけなんだ。その500人以上も入る機体を贅沢に使用して300人位の定員にしている中東の航空会社はなんと太っ腹か(笑)。あんまり興味は無いけれど、それでも一度位は覗いてみたい気もします。今計画中のスタアラ世界一周フライトでは、SQのA380のファーストクラス利用を狙っているんですが、中々難しそうだし。さて、年内あと何回B777-300に搭乗できるのだろうか。ちょっと楽しみな遭遇かもしれない。

2026年5月1日

不思議なメルアド

とある事情から、新しいドメインでのメール設定をしているんですが、これが上手く行かない。デフォルトメーラーであるGmailに集約したいんですが、GmailやYahooメールとかは、昔のPOP3サポートが終わっているので、IMAPを使いたいけれど、何故かGmailから対象メールアドレスへの確認(招待)メールが届かない。

別アドレスのYahooメールから、その新しいメルアドにダミーメールを飛ばして、その新しいメルアドのWebメールシステム(システム上のメール管理ソフト)にアクセスしてみても、何故か送ったはずのメールが届いていない。試しにその新しいメルアドから、GmailとYahooメールの自分のID宛にダミーメールを送信してみると、Yahooメールには届いたけれどGmailには届かない。Yahooメールから別のダミーメールをGmailと新しいメルアドに送信すると、Gmailには届くけれど新しいメルアドには届かない。

新しいメルアドは、昨晩別の管理者が設定したところなので、まだ完全にアクティブになっていないのだろうか。いや、そんなはずは無いはずだけれど。以前も同様のことをやって、直ぐに利用可能になったんですよね。その後そのシステムがEOLとなってしまったので、久し振りに今回同様のサービスで新しいドメインでのメールアドレスを設定したんですが、何が悪いんだろうか。管理画面にアクセスしてみると、特に問題なく動作している様子なんですけどね... 

昔は仕事のメールソフトがOutlookだったんで、こちらも利用していましたが、今はもう使っていない事も有り出来れば慣れたGmail一本にしたいけれど... MSNにアクセスして、Outlookのアカウントシステムからアクセスしようとしていますが、こちらもどうもOffice365のOutlookとWeb版のOutlookは、色々仕様も違っているみたいで四苦八苦。仕事ではいろいろなメールソフトを使用しているけれど、その設定なんて数年に1回やるかどうかなんで、毎回苦労しますが今回はちょっと手も足も出無い感じ。さてどうしようかと思案だけが続くG.W.の中日です。やれやれ...

[ 2026年5月1日 12:00追記]
担当者と相談してみたところ、どうも新ドメイン用のMXレコードにDNSが登録されていないのが原因だった様子。契約したら自動的に設定されると思っていたら、自動登録はしないのが初期値らしい。まぁ、突然アクティブになっても困るからなぁ... 取りあえずDNSの値をMXレコードに追加して諸環境への反映待ちということで、多分解決するだろう(希望的観測)。

G.W.折返し

G.W.は、速くも中間折り返し地点。昨日で4月が終わり今日から5月が始まりますが、それって2026年も1/3が過ぎたという事でも有り、もうあっと言う間に一年なんて過ぎるんじゃ無いかと言う感じ。つい先日1月1日の元旦だったと思うのに、昨日までの記憶って殆ど無いぞ(汗)。

G.W.は、昨日今日とあいにくの雨模様で、昨日は一度仕舞い込んだ長袖のスエットをまた取り出して着込むほどちょっと冷え込みました。今朝も深夜からの雨で少し肌寒い感じでしたが、お昼頃からは雨も上がり逆に午後は22度くらいまで気温は上がるらしい。一週間の中での気温の上下も大きいけれど、一日の中でも気温が上がったり下がったりの差が大きくて、ちょっと年寄りには厳しい気候。「寒い」という程では無いものの、今朝も朝起きたときにはちょっと肌寒さを感じて、ファンヒーターを入れて少し部屋を暖めましたが、G.W.中はまだ暖房器具は残しておいた方が良いかなぁ。

 ずっと水不足が言われていましたが、ここ最近の雨で少しは潤ったんだろうか。そう言えば少し前に佐久間ダムから愛知県東部の豊川水系への放流を終了したようなニュースを見ましたが、まだ十分ではないかもしれないけれど危機的な状況は脱しつつあるような雰囲気。昨日今日とちょっと纏まった雨が降るようなので、これで梅雨までの間の水不足を何とか凌げたらと思いますね。自宅近くの田圃は、まだ代掻きもしていない状態で、G.W.明けに水不足で無ければ代掻きが始まり田植えも始まるんだろうか。もう少し雨というか水は欲しい気がします。

浜松はこの5月3日から5日が「浜松祭り」で賑やかになりますが、天気は3日4日がちょっと雨模様らしい。ただ雨模様になるのは3日の夜から4日の朝くらいまでのようなので、凧揚げには影響しそうなのは4日の午前中くらいかな。夜は雨でも御殿屋台の引き回しはやるだろうし。市街地特に駅周辺はこのお祭りの人出で年に一回騒然とした雰囲気になるんですが、3日は今年の開幕戦が有り東京ドームへ朝から行かないといけない。早めに出かけて、何とか駐車場を確保したいけれど大丈夫かなあ... 

2026年4月30日

やっちまったこと

老いというか「あぁ、自分もそうなりつつあるんだ」と、ちょっと愕然とした事が昨日発生。

買っておいたナポリタンの残りをお昼に温め直して食べようと思い、トレーにラップをして電子レンジでレンチンしました。 チン! と鳴ったところで電子レンジのドアを開けて、その上に中のお皿を置いてラップを取り温まり具合を混ぜながら確認します。山盛りになっていたからか、まだなかの方が少し冷たい感じだったので、全体を軽く混ぜて再びラップをしてドアを閉じて、スタートスイッチを押そうとして「ハッ!」

いゃね、ドアの上でラップをしてそのままドアを閉めたから、トレー毎電子レンジ内部でひっくり返ったわけですよ、当然ながら。「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」と言いながら急いでドアを開いて、中の物を取りだして慌てて内部を綺麗にしましたが、お昼が台無しになった事よりも何の疑問も無く電子レンジのドアを閉めてスタートボタンを押そうとした自分の動作がショックでした。

電子レンジとしては、横にドアが開く物と、上下に開く物があって、内は今使っている物もその前の物も上下に開くタイプ。以前は同じ様なことをするにしても、一度外に取りだして混ぜてから再び中に戻していました。でも、最近横着になってきたのか、温め直しをするときにレンジ中から手前のドアの上に置いてまた中に戻したりしていました。やはりそういう癖をつけてしまうのが一番の原因なのかなぁ。それでも、「開いたドアの上に置いている」と認識する事を忘れて、そのままドアを閉めてしまう動作にはショック。こう言うのって、駄目だ駄目だと思っているとますますダメになるわけで、「二度と間違えないぞ」くらいに「経験値を増やす」ポジティブな方向に考える方が良いと聞いたけれど、それを信じることに。今日からは電子レンジを使うときには「中から必ず一度出す」と唱えながら使うことにします。(笑)

2026年4月29日

「日本語」とは

佐々木俊尚氏の引用から、日本語は情報圧縮システムと指摘するナイジェリアの日本語学習者のスレッド。実は数日前に、そのナイジェリア人の方の書込を先に見つけていて、面白い視点だなぁ、でも本当にナイジェリア人? なんでそんなに日本語に詳しいの? と変な疑問を感じていたところ。

私はそれなりに勉強したと言える言語は、日本語(日本の国語授業等)と精々英語(米国英語)くらいしかないので、その二つの比較で言えば、英語というのは例えればデザインから仕様設計、詳細設計と積み上げられて作成された「プログラム」みたいなものに私は感じます。一方で日本語は、一枚の大きな紙に書かれた「絵」「デザイン」「模様」で情報伝達をするような、そんなイメージが沸きます。

日本語というか、書き言葉に関しては中国から漢字が入ってきて、それが変形したり新規に日本で作成したりして今に至ると思いますが、個人的に疑問なのは「中国語」は英単語を漢字に置き換えれば、ほぼ逐語訳が出来るくらい文法的に似ているのに、何故語順など180度異なる日本でそれが定着したのか、そこが不思議で興味が有るところ。多分当時は「古来日本語」みたいなものがあって、話し言葉は勿論書き文字も有る程度あったと思うんですよね。それが今では中国語由来の漢字とそこから派生した、ひらがなとカタカナに変わっている、あるいみ言語体系が一新されたわけで、それがどうして実現したのかいつか知りたいところ。

漢文の授業で苦労した「レ点」とか「一二点」あるいは「上下点」という記号は、多分その古来日本語と渡来中国語を繋ぐための「中間言語的存在」として生み出されたものだと思うんですが、それを思いつくためには双方の言語の仕組みを理解している必要が有るわけで、それだけの言語学者ある意味プログラミングデザイナーに近い存在が無ければ生まれなかったような気がします。さらに、漢字渡来後に当時の「話し言葉」に合わせて平仮名や片仮名が生まれてきたことを考えると、そのままそちらの文字が日本語の書き言葉になる可能性も高かったように思います。でも、漢字自体は残りそこに平仮名を組み合わせて漢文の構造を記号交じりのものから一連の文章に「変換」するという作業も、誰がどの様にして標準化してきたのか、タイムマシンがあればその現場を見てみたいところですよね。

私の勝手な妄想ですが、日本人というのは「書き物」を残すことが昔から大好物らしいので、「書き言葉」を意識して優先して、段々と渡来中国語と古来日本語が融合して現在の「日本語」の構造と仕組みが出来たんじゃ無いだろうか。そのため、書くときには一つの漢字が使われても、話すときにはその漢字の意味が変化するので、中国渡来の音読みだけで無く訓読みが生まれて、さらに音訓共に場合によって複数の「音」が追加されていき、言語だけで無く文字自体も多層化していき、更に日本語が複雑化していったというのが私の妄想。そのため、共通認識や同調部分みたいなものを省力する、情報の最適化が適用されていき、今の「聞くだけでは分からない」日本語みたいなものへ変化したんじゃ無いかと。で、それってよくよく考えてみると、データ圧縮の基本的な考えと同じなんですよね。だから最初に「日本語は情報圧縮システム」とナイジェリアの人が看破したのは凄く素晴らしい着眼点だと思う。私は理系の人間ですが、このスレッドには理系的なロジックの組み立てとか最適化とか情報論とかそんな臭いがプンプンしていて、ここ最近では一番個人的に興味を引かれた話題です。(笑)

(NH Leg#6) HND-OKA/-HND

T3のVilla Fontaineを予定よりも早めにチェックアウトをして、半袖ポロシャツでは肌寒さも感じる中、空港内巡回シャトルでT1、T2と移動します。06:30頃なので、朝一の出発便が一息ついている頃でしょうか、T2の出発階はそんなに混雑して居る感じはありません。で、2Fに上がると直ぐに優先保安検査場を通過して4Fのラウンジへと入室します。 

こちらも、空いている感じで、ちょっと朝日が眩しいのですが窓際の席を確保。まずは朝食代わりに、御稲荷さん、太巻き、ツナマヨお握りとエネルギー(=炭水化物)を注入して一息つきます。出発便は取りあえずオンタイムで出られそうです。ゲートが65番ゲートと、国内線部分の端っこで、ラウンジから近いけれどちょっと歩くこともあり、少し早めにラウンジを出てゲートへと向かいました。

1) HND 08:15 - OKA 11:00 (NH467)

65番ゲートは、南ピアの国際線部分との境界線のゲートなので、カードラウンジが有る横の通路は閉鎖されていて、がらんとした印象が以前よりも強くなった感じです。昔は、国内線ターミナルの共用部分もあったけれど、反対側北ピアの先に47~52番ゲートが増設されたから、もう完全に南ピア部分は国際線専用部分になったのかな。将来的には、T1の南側が伸びてきてこの国際線部分と繋がって、JAL系の国際線ターミナル部分になるらしいけれど、ターミナル内移動が大変そう。

事前改札が07:44から始まり、幼児連れの家族グループが結構な組数搭乗すると、優先搭乗は07:52から始まり機内に入ります。残念ながら使用機材はB777-300の旧シートの機体。まぁ、B777も最近では貴重になってきましたからね。ドアクローズは08:11で、プッシュバック開始は5分後。その後移動開始すると、いつもとは反対側のA滑走路方面へ移動して、RW16Rへ向かうと、08:35に離陸しました。

水平飛行に入り、食事のサービスが始まりましたが、ちょっと小刻みな揺れが続いて飲み物などが溢れないか少し心配になるくらい。暫くするとその揺れも納まり、順調なフライトでした。機内Wi-Fiは、そこそこ快適でしたが、今回は到着30分位前から調子が悪くなり、結局最後の20分位は使い物にならない状態だったのが残念でした。

着陸は、空港北側からRW18Rへ向かいますが、時間調整なのか一度西に機首を振って少し遠回りするような感じで再び東に戻り、その後はRW18Rへ正対して着陸しました。着陸したのが10:50で、誘導路に出てからUターンをしてターミナルを目指します。32番ゲートに入ったのが10:59とほぼオンタイムでの到着でした。

2) OKA 12:50 - HND 15:10 (NH996)

羽田からの飛来機は11:55の予定に対して、11:42に到着していたので、定刻出発を期待してラウンジへ入ります。お昼前という事も有り、今回は結構混雑しています。で、サラリーマン風の利用者が多いんですが、外から持ち込んだお弁当をビールとともに流し込んでいる人も何人か。子供がお菓子とか持ち込むくらいならまぁ分かるけれどねぇ... ANA側としても、厳しく禁止してもクレームの嵐になるだけだろうし、目に余るほどで無ければ見て見ぬ振りするしか無いんだろうなぁ。Polaris Clubだとビシッと言われて、最悪退場させられるだろうけど。SFCの規則改正がここの所話題になっているけれど、利用者側のモラルというか品位というか、そういうところも問題ですよね。

定刻出発のようなので、少し早めにラウンジを出て33番ゲートへと向かいます。暫くすると、12:19から事前改札が始まり、結構幼児連れのグループがPBBに入っていきます。ただし、いつもの様に途中のL1/L2分岐点で止められた状態。その後、事前改札対象者の入場が終わったところで、PBB内も通過出来るようになり優先搭乗が始まりました。使用機材は最新と言って良いB787-10の新シート機材。座って待っていると、結構早めの12:43にドアクローズし、プッシュバック開始は12:49でした。トーイングカーに押されて反転して、国際線ターミナル側へお尻を向けると、その後は正面のRW18Lへ移動。13:00丁度に離陸開始となり羽田を目指します。

離陸後暫くは少し揺れていて、食事配布時もちょっとガタガタしていましたが、溢れるほどではない揺れ具合。食事の後はいつもの様に機内Wi-Fiに接続して時間を潰します。飛行時間が、いつもは2時間を切っているのですが、今回は離陸時で2時間18分と表示されて「あれ?」という感じ。一応追い風になるはずなので、早めに到着するはずですが、どうも羽田空港の混雑で時間調整されるようです。

その後ウトウトしているうちにすでに伊豆半島の南側まで到達。ここでFlightradar24を起動してみると、羽田空港のB滑走路(RW22)に向けて、長い行列が出来ています。やはり間隔が詰まっていたり、途中から横入り(笑)してくる飛行機もあり、こちらの機体もちょっと左右にジグザグしながらタイミング調整をしてRW22を目指します。そんな混雑もあってか、着陸したのが12:12と少し遅れ気味。さらに着陸後左に離脱すると、A滑走路のT3側の誘導路を移動。そのままぐるっと遠回りにT1を通過し、T2の南ピアを回り込んで、その先の59番ゲートにはいったのが、15:22でした。新幹線は16:10のひかり号を予約しているので、これなら余裕。京急の空港特急で品川駅へ移動し、構内の売店でちょっと買い物をして今回も無事帰宅できました。

2026年4月28日

(NH Leg#5) HND-OKA/-HND

日曜日は初夏を思わせるくらいの天候だったのに、夜から雨が降りだして明け方になるとちょっと強めの雨に変わる出発当日。それでも自宅を出る頃には雨も殆ど上がり、雨傘なしでも出かけられるようになったのは幸いでした。いつもよりは何本か遅めの路線バスで浜松駅へと出かけ、駅ビルのスタバで朝食代わりのコーヒーとホットサンドを頂き、東京(羽田)へと向かいます。 

すでにG.W.期間突入という事なのか、新幹線のホームには家族連れ、グループの乗客が多く見られます。S-Workの7号車も、いつも以上に混雑していましたが、それでも何とか隣席は空席のまま静岡、新横浜と通過して品川に到着しました。浜松を出て新富士くらいまでは雨も上がって青空も見えて、富士山も結構綺麗に見えていたんですが、小田原を過ぎてしばらくすると急に天候が悪くなり、結構強めの雨が降りだして来ました。乗換で外に出ることは無いので天候は関係無いのですが、浜松はそこそこ暖かかったので半袖で出てきたのが失敗かも。案の定品川駅構内は、ちょっと寒いくらいでしたが、まぁ何とかなりました(笑)。

雨の影響か、乗降で時間が掛かり遅延が発生。5分遅れで空港行き特急が来たと思ったら、もう一つ前の15分遅れの電車でした。その為か車内は少し混雑していましたが、10時頃には無事空港に到着。直ぐに2Fに上がり、保安検査場を通過してラウンジで一息つき、出発時刻を待ちます。

1) HND 11:25 - OKA 14:15 (NH471)

当日63番から61番へとゲートが変わりましたが、まだラウンジ近くのゲートなので許せます(笑)。羽田空港の朝は結構な雨模様だったようですが、出発する頃には雲もだいぶ切れて青空も見えるようになりました。定刻の30分位前にラウンジを出てゲートへと向かい、いつもの出発前の儀式である搭乗機の写真を撮って優先レーンへ並んだところで、事前改札が始まりました。その後グループ1の搭乗が始まり、機内へと移動します。

使用機材はB777-200の新シートの機体で、この後機内Wi-Fiも利用しましたが、フライト中一度も切断すること無く、そこそこのパフォーマンスで安定していました。既に世間的には「GWモード」だからか、結構観光風のグループが多く、ドアクローズしたのが11:21。その後プッシュバック開始まで少し時間が掛かり、11:29から。誘導路をD滑走路に移動しますが、RW05の手前で一旦停止。どうも管制コントロールで離陸許可がホールドされているようです。でも、1分程でクリアランスが出て11:49離陸となりました。

暫くして水平飛行となり食事も配布されたところで機内Wi-Fiへ接続すると、比較的スッキリと接続してくれました。この日は調子が良かったのか、いつも立ち上げて搭乗機の軌跡を見ているFlightradar24も、搭乗機だけで無くその周辺の機体もヌルヌルと動いてくれます。

機内では、落としてきたKindleの小説を読みながら時間を潰します。沖縄へは時計回りに沖縄本島を回り込み、RW36Lへと直進。着陸したのが14:13で、その後誘導路を移動して36番ゲートの予定が35番ゲートに入ったのが、14:22でした。浜松はちょっと涼しいくらい、品川は大雨で寒さを感じましたが、沖縄はもう初夏の陽気で、半袖ポロシャツがピッタリ。すでに夏の日差し(?)の中、まずは一旦所用に向かいます。

2) OKA 16:50 - HND 19:15 (NH472)

少し早めに戻って来て、かつ接続時間がいつもより長く2時間半あったので、ラウンジでまったりと過ごすことに。そんなに混雑していなくて、2割位の入りでしょうか。搭乗予定の羽田からの飛来機が20分程遅れて到着。これは10~15分の遅延確定だなとラウンジで少し待機していたところ、16:50が16:55に遅延するというアナウンスが。をぃをぃと思いながら、慌てて33番ゲートへと向かいました。

暫くしてまず事前改札か始まり、その後優先搭乗で機内へ入ったのが16:44。使用機材はB787-10の新シート機材なので復路も快適です。ほぼ満席らしく搭乗プロセスにも時間が掛かります。さらに、私の通路を挟んだ隣りの乗客にGSさんがやってきて、搭乗券を二重にスキャンしたとかしなかったとか、何かごちゃごちゃ話をしていて、内容までは分からないけれどこれで更に遅延したら嫌だなぁとは思いました(笑)。それでも、16:59にドアクローズ、しかしプッシュバックまでは少し時間が掛かり17:12スタート。その後反対側のRW36Rへと移動して離陸したのが17:21でした。

この機材も機内Wi-Fiが安定していて、ずっと接続は維持されてまずまず快適でした。少し前までは、機内Wi-Fiは新幹線の車内Wi-Fiよりも酷かったけれど、最近は完全に逆転しましたね。

その後は順調に飛行が続き、房総半島の南側から左に旋回をしてRW34R/Lへのルートに乗ります。夕方の到着ラッシュだからか、結構前後に狭い間隔で主にRW34Lへ、時々RW34Rへも降りていきます。搭乗機はRW34Lへと19:19に着陸。そこからぐるっとT2を回り込んで64番ゲートへ入ったのが19:28でした。この日はT3のホテル宿泊予定なので、まだ雨が残っている中空港内循環バスでT3へと向かいました。

Villa Fontaine Grand Haneda

今年の利用は初めてとなる、T3の先にあるVilla Fontaine Grand Haneda。 昨年の8月以来の利用です。T2から外に出ると、丁度巡回バスが出る直前くらいで、車内に入ると直ぐに出発しました。T1に寄ってT3に到着。ここでちっとしたミス。T1, T2, T3のホテルは、出発階の2Fに直結しているので2Fに上がったんですが、今回のVilla Fontaineは1Fの到着階に接続しています。それに気がつき1F下がり、さらにエアポートガーデンへと繋がる通路を移動。更にホテル入口は2Fに有るので、一つ上がってやっとフロントに到着します。結構混雑していましたが、ここはチェックイン端末が結構台数があるので待つこと無くカードキーを入手出来ました。

部屋に入り荷物を置いて先ずは夕食です。ホテルの外には、左手にレストラン街があるんですが、ほぼ全ての店舗部分が養生されていてリニューアル中。開いているのは、更に左手奥のお鮨屋さんと焼き肉屋さんだけ。底までヘビーに食べたいわけでは無いので、右手前にあるLAWSONでナイトキャップとお摘まみを購入して部屋飲みで終わりました。

翌日は08:30発なので、06:00に目覚ましをセットしましたが、例のごとくそれよりも早く目が覚めてしまいそのまま起床。予定よりも早めにチェックアウトをして、T2へと向かいました。

2026年4月27日

モバイルバッテリーリスク

先日モバイルバッテリーの機内持ち込みがさらに厳しく制限されるようになり、またつい最近もモバイルバッテリーによる発火騒動があったので、モバイルバッテリーの安全性が再び注目されています。 スマホを筆頭に、デジタルデバイスを持ち運んで利用する生活スタイルは、もう常識というか普通の生活スタイル。ただ、デバイスによってはバッテリー消費とバッテリー容量のバランスが悪くて、一日持たない場合も有り、そういう万一の場合に備えてモバイルバッテリーは欠かせない物の一つに。

問題は、現在の多くのモバイルバッテリーは技術的に発火のリスクが伴うこと。勿論製造メーカー側も、安全対策や万一の場合のセーフティー回路など組み込んでいるけれど、どうしても普及製品になるとピンからキリまで市場には溢れます。何度か書いているけれど、コストを下げようと思うと、まずはそういう安全回路だったり素材部材のコストを下げていくのが一番効果的。ユーザーが気にするのは、まずはバッテリー容量がどれくらいで何時間使用できるかですからね。内部の部品だとか、万一の場合の安全対策等は、目に見えないこともあって中々注目されない。極端な例だけれど、安全対策はそこそこだけれど10時間使用可能なバッテリーと、安全対策は確実で絶対発火しないけれど使用可能時間は3時間。さらに値段は前者の方が安いとなれば、殆どの人はそちらを購入するでしょうし。それに、質の悪いメーカーは、PSEマークとか詐称したりするし、製品だけ見て判断するのは危険なんですよね。

自分は仕事の関係で多少なりともこの辺りの知識や経験があるから、商品選択に於いても怪しいものには手を出さないけれど、さらに言えば使い方次第で結構安全リスクを提言することも出来ます。一番ありがちなのは、一日に何度も放電充電を繰り返して、バッテリーを酷使することで、これが結構危ない。出来れば、複数台保有して、順繰りで利用するのが理想的だけれど、モバイルバッテリー自体が比較的高価な商品でもあるので、中々そんなには上手く行かない。また、モバイルバッテリーが結構食や振動に敏感という事も認知されていないので、結構手荒に扱う様子なんかも見たりします。まぁ、パソコンやスマホも精密機械だけれど、結構乱暴に扱う人が多いので、それと同じかなとも思うけれど、行ってみればエネルギーの固まりなんだから、カセットコンロのカセットボンベを、放り投げたり乱暴に扱い人が居ないのと同様に、扱いには注意するべき。

あと、やはり高価な商品の一つということもあって、結構トラブルの兆候が見えてきてもそのまま使い続ける人が多いのもこの商品の特徴だと思う。例えば、放電時間が極端に短くなったり、中々満充電まで到達しないとか、使用時に妙に発熱が大きいとか、それは何回使用したとか何年しようしているとかとは別に、そろそろ買い換え時ですよと言うサインだと思った方が良いですよね。発火騒動が発生すると、ワイドショーなんかでもそう言う啓蒙的な話をするときもあるけれど、交通安全教室みたいな感じで「モバイルバッテリー安全教室」なんていうのも必要になるかも。いずれにしても、発火騒動が無いことが一番だけれど、万一の場合対応が凄く限定される航空機内での制限に関しては、これは仕方ないと思う。個人的には、もっと厳しくても(機内持ち込み、預け入れ禁止)良いと思うくらい。

お薬は適量適法で

 ちょっとした思い込みがQoL (Quality of Life)を下げるという経験。段々暖かくなってきましたが、少し前に急に冷え込んだ時があり、しかもタイミングの悪い事にその時期に少し体調が崩れて風邪をひいたような状態になりました。発熱は無いのだけれど、喉が痛いのとアレルギー反応というかゲホンゲホン言うような咳がやたらと出て、まいっていました。

多分風邪だろうと買い置きしてあった総合感冒薬を飲んだんですが、その時にはちょっと調子が戻る感じなんだけれど、翌日になるとまた元の状態。早めに寝たり、アタ多少化のようものを食べたりしてるんですが、中々良くなりませんでした。

昨晩も、余り調子が回復しないので薬を飲んで寝ようと思い、いつもの様に薬箱から風邪薬を取りだして、偶々その時に使用説明書がポロッと風邪薬の箱から落ちたので、何となく広げて読み始めてみたんですが、飲み方間違えていたことに気がつきました orz  この薬、錠剤のサイズが少し大きいので一回一錠だと思っていました。また、以前飲んでいた花粉症の薬が就寝前に飲む一日一回のタイプで、それもあって就寝前に1錠飲んでいたんですが、この風邪薬は1回3錠で、基本朝昼晩の食後30分以内服用というもの。つまり、一日9錠は必要なところ1錠しか飲んでおらず、それも就寝前なのでそりゃぁ効き目も限定するよなと納得。

昨晩は、ですから3錠飲んでから就寝しましたが、今朝はこれまでにないくらい快調な目覚め。それまでは起床するとまずゲホンという咳で目が覚めましたが、今朝はそれは無し。少しゴホンゴホンと軽い咳はでましたが、その後はそれも無くなり喉の痛みも殆ど感じられなくなりました。実は効果が無いので新しい薬を購入しようかと思っていたところ自分の間違いに気がつき、余計な出費も抑えられたという顛末でした。やはり薬に限らず、使用説明書はちゃんと読まないといけませんね。あと、思い込みで新しい作業(タスク)を始めるのも駄目。馴染みの作業でも、まずは手順なり注意事項を再確認をして自分の誤解や不足を補填してから始めないと。段々と年を取ると、そういうところが希薄化していくんだよなぁ。注意しないと。

Tokyo Toe@Raiders

Hawaii Universityで活躍した、日本人フットボール選手(キッカー)の松澤寛政選手が、NFL Draftでは指名されなかったもの、Las Vegas Raidersからドラフト外指名を受けて、3年間のFA契約を結ぶことに。 今週末からRaidersのルーキーミニキャンプに参加し、5月からのオフシーズントレーニングへと続き、8月のロースター登録(53人)に残れば日本人初のNFL選手誕生となりますが、まだまだ道のりは遠い。過去の事例では、その8月のプレシーズンゲーム参加や、サマーキャンプ参加までは達成した選手が何人かいますからね。ただ、その最後の関門が高く厚い...

「キッカー」というポジションは、日本人向きのポジションと言われていて、過去挑戦した選手も居ます。ただフットボールのポジションの中では、選手が余り入れ替わりしないポジションでもあると思うので、そのチームに実績のあるキッカーがいると中々競争は厳しそう。Raidersには8年目の選手が所属しているらしいけれど、微妙ですよね。ただ、シーズン途中で何らかの理由で出場出来なくなると、突然声が掛かってくることも結構有るので、この機会にチーム関係者に韻書付けておくことは決して無駄じゃ無い。3年間のFA契約という事は、Raidersとしても3年間の保険を掛けたわけだから、今年は駄目でも来年になれば色々環境にも慣れてさらに実績が残せるかもしれない(希望的観測)。

Las Vegas Raidersは昨年観戦しに行ったチーム・場所でも有るので、ちょっと嬉しい。スタジアムの横にRaidersの練習場があるんですよね。あそこで練習するんだろうか、松澤選手は。気候的にもハワイと似ているから、生活環境もそんなに変わらないから余裕が生まれるだろうし。ただホームスタジアムのAllegiant Stadiumは、外から見ると秘密基地見たいというか雨中戦見たいというか、かなり特徴的な室内スタジアム。でもフィールドは人工芝と天然芝を交互に入れ替える事が出来、昨年私が観戦に行ったときも、土曜日のカレッジの試合時は人工芝、翌日NFLの試合時は天然芝へとフィールド全体が変わっていて最初はビックリ。また完全な室内スタジアムなので、風向きとか風量とかキッカーにとってもう一つの戦いである自然環境は気にしなくて良いのは有利かも。まぁ、シーズンの半分は遠征試合でそれら全てがドームスタジアムでの試合というわけでは無いので、当然外でのプレーにも慣れないといけないけれど。

仮に松澤選手がロースター登録されたら、今年もRaidersの試合観戦に行かないといけませんね。そうなると、このスタジアム空調が凄く強くて寒いので、防寒装備で行かないと。あぁ、あとまた直前でフライトキャンセルされないようにしないと(笑)。

2026年4月26日

辺野古転覆事故報道

 選挙ドットコムちゃんねるから、辺野古沖転覆事故を現地で積極的に取材している産経新聞那覇支局長の大竹直樹記者のインタビュー記事。MCは元朝日新聞政治部記者の今野忍氏。辺野古沖での転覆事故発生から一月以上、40日も過ぎようというのに、まだ事件の詳細どころか当時の様子等も報道量が少なくて、見方によっては風化しつつあるようにも感じます。その最大の理由は、産経新聞の取材記事を除いて、マスメディア特に地元沖縄のメディアですら積極的にこの事件を追いかけようという気配すら感じられないから。そういう批判に対して地元紙の記者は反論で、記事本数を見れば産経新聞の記事本数とほぼ同じ位掲載しているといっているけれど、ざっと見た印象では地元紙の記事は「辺野古転覆事故関連」ではあるけれど、例えば「平和学習の意義」とか「安全運航の確認と徹底」とか、事件本体というよりはそれに関係した事象を取り上げて「転覆事故関連記事」と言っているだけのようにみえます。例えば、事件当事者の団体に関しての当日の行動詳細とか、事件発生直後の状況だとか、産経新聞のように掘り下げた記事は殆ど無い気がします。

さらに、産経新聞の記者は沖縄では大竹氏一人なのに対して、地元メディアはその何十倍ものリソースを持っているはずで、それなのに報道量がそれでも同じ位というのはやはり意識の差とか以前の話のように思います。例えば沖縄発のニュースでは、在日米軍関係の記事だと毎回大きく取り上げられていて、こちらにも伝わってくるけれど、今回の転覆事故はそれ程大きな事故では無いと言うのが彼らの認識なんだろうか。

今回の事故の当事者としては、修学旅行の実行者である同志社国際高校(学校法人同志社)、その旅行を運用する責任者である東武トップツアー、そして実際に転覆事故を起こした地元の団体の三社だと思うんですが、どこからも情報が流れていなくて、結局事故発生当時を除けば、その後の状況は霧の中といった感じ。それも合ってか、学校側の対応の不味さに文科省は直接学校訪問をして詳細調査をしたけれど、それ自体が学校側も今回の事故を有耶無耶にして沈静化させようという気持ちの表れなのではと感じてしまう。実際入学式の校長スピーチでは、事故に関して殆ど触れられていない内容で逆によほど事件に触れられて欲しくないのかと感じてしまう。多数の犠牲者を出した側だけに、本来ならばもっと事故発生者に対して厳しい対応をするもんだと思うのだけれど、そう言う様子も見られないし。

玉城デニー知事は、事件発生から一月たってから献花に出向いたけれど、その場所にしても何故か同行していた地元メディアの写真も「ヤラセ感」を感じるモノで、知事の追悼の意識みたいなモノは感じられない。その数日後には秋の知事選挙出馬会見が開かれたけれど、結局はその会見で突っ込まれないように手を打ったみたいな印象。先の衆議院選挙では、自民党候補が全選挙区を獲得して、これまでの「オール沖縄」中心の動向が大きく変わりつつあるけれど、沖縄県民も「変化」を求めているのでは。そう言えば、脱法的に作った沖縄のワシントン事務所の話も、その後どうなったんだろうか。あれだけでも、知事の引責辞任クラスの話だと思うのだけれど、結局お咎め無しで有耶無耶で終わったんだろうか。どこの都道府県でも、その地域の「闇」というか「怪しい部分」ってありがちだと思うけれど、その中でも沖縄という地域の雰囲気が、ここ10年位というかやはり民主党の「最低でも県外」発言からおかしくなってきたように感じますね。

(NH) NRT-SIN/-NRT (1) - 衝動的に予約

G.W.中に出かける予定は無いんですが、G.W.ということでテレビを点ければ「成田空港は出国ラッシュで」とか「羽田空港は帰省する家族連れで」とかいうセリフが嫌でも耳に入ってくる(笑)。そう言えば数日前にANAのハワイ線を見ていたら、30万円代の結構お得なチケットが出ていて、あれでサクッと飛んじゃおうかなと悪い虫が疼き出してしまいました。で、今回検索してみると、以前結構見つかった30万円台のチケットはもうなくて、一番安いレートでも34万円台。実は6月末で期限切れとなるSKYコインがちょっとあるので、これを使い切りたいということもあり、まぁ4万SKYコイン入れれば同じかなどと思っていたんですが、やはりちょっと悔しい(笑)。

で、ホノルル行きは良いのだけれど、やはり時差が大きいのでちょっと体力的に辛いという側面も。それならばもう一つの鉄板渡航先のSingaporeはどうだろうと行き先を変更して調べてみました。こちらも航空燃料高騰の影響なのか、以前と比較してやはり数万円くらいアップしている印象で、それなら少しでもマイルが獲得出来るハワイの方が良いかなぁ、でもAMCにつけるならSingaporeだと1.5倍になるからなぁと逡巡しながら日付けを変えていると、突然二泊三日で30万円丁度くらいのチケットが表示されます。6月の初め頃の旅程で、往路は成田発の遅いフライトで現地到着は日付けが変わった翌日。復路は早朝6時台の早いフライトという、多分最短滞在パターン。どうしようかなぁと悩んだんですが、残席が1席と表示されているので、取りあえず唾つけようと予約手続き画面へと進みました。 実は6月は今の所予定がほぼ無いような状態で、そう言う意味では今回の日程の前の週、6月の一週目だと一番嬉しいのですが、そちらだともうチケットは出ていない状態。本当に奇跡のように「ぽっ」と1席だけ表示されている漢字です。で、ポチッとしてしまいました。

エアは取れたけれど、ホテルは高騰しているだろうなぁと思いつつ、Hilton、BONVOY、InterContiと調べてみますが、だいたい一拍3~4万円位と痛い。特に到着日が日付が変わった深夜だし、出発日は多分早朝の04:30頃にはで無いと間に合わないから早朝でもタクシーが捕まえられ位のホテルにしたい。理想はT3直結のCrowne Plazaですが、ここも強気のレートで昔のように気楽に宿泊出来ないのが困ったもの。まだ余裕があるので、ホテルの予約はもう少し後からすることにしましたが、HiltonだとHilton Premier Amexの更新特典で無料宿泊が1泊分有るので、これと組み合わせて2泊するか、それ以外だとPoint&Cashで少しお安く宿泊仕様と、ちょっと悩んでみることにします。円安の影響もあるんでしょうね。久し振りにSingapore Dollar (SDG)のレートを調べてみたら、SDG$1=125円位まで円安になっている。昔は、確かSDG$1=80円位だったよなぁと遠くを見つめたりして...

取りあえず2026年の初海外はSingaporeになりそうで、昨年の4月以来1年ちょっと振りかぁ。この勢いで、6月の後半位にはハワイにでも行こうかしらん。あるいはLAXで大谷選手観戦しようか。今年のメインイベントである「ファーストクラスで世界一周」の予定が中々進まないので、どうしようか悩むところです。(続く...)

2026年4月25日

GWスタート

多分有休の取り方次第で、その人によって違いは色々あると思いますが、一応今日辺りから「GWスタート」的な状況らしい。27日(月)、28日(火)、30日(木)、1日(金)が世間的には平日なので、仮にこの4日有休取得で休みにすれば、今日25日から再来週の6日(水)まで12日間の連休。27日、28日の代わりに5月の7日(木)、8日(金)を休みにしても、12日間の連休になりますね。仮に2日しか有休取得出来ない場合には、この7日、8日を休みにすれば9連休になるので一番お得。飛び石でも良ければ、25日から29日までの5連休と、5月2日(土)から6日まで5連休の10連休が最長なのかな。

今年は、3日から弟夫婦と姪っ子夫婦が来浜予定。寄りにも寄って、浜松祭りで一番混雑している時に来なくても良いんじゃ無いかと思うけれど、まぁタイミング的にその辺りが一番都合が良いらしくてそれは仕方ない。姪っ子夫婦は、昨年最初の子供が生まれて初めてのお里帰りなので、大叔父としては一生懸命愛嬌を振りまかないと(笑)。

実は、ANAのセールもあって、国内線の予約システムが旧システム中の5月18日までに複数の予約を入れていて、AMCに関してそれまでに5万Premium Pointを超える予定。残り5万PP弱は今年は世界一周フライトをする予定で居て、それで充填する予定でしたが、イラン侵攻騒動もありかなり微妙な状態。中東経由のフライトは設定するつもりは無いので、出来ない事は無いけれどやはり不安が心配(=とっても心配)。でも、大谷さんの調子の良い時期に試合観戦したいし、NFL/カレッジの試合も二回は最低観戦したいから秋までにもう少し落ち着くことを祈りたいですね。

UA MPも、5月中には1万PQPまで行く予定ですが、その後残り18,000PQPをどうするかまだ未定。NFL観戦2回予定のうち、一回はUA MPにつける予定でいるので、多分残り12,000PQP位は国内線利用で充当しないといけませんね。こちらはまぁ何とかなると思っていますが、毎年の課題であるUA便4回利用もクリアーしないといけない。こちらも、最悪NRT-GUM往復とか最後の手段はあるので何とかなると思っているけれど、それでもやはり中東の状況次第ですからね。悩ましい所です。実は、来月、再来月あたりで、ANAのハワイ線が安い料金で出ていて、今年は未だに国際線利用していないので、気分転換に行ってみようかとも思っているところ。6月で期限切れとなるSKYコインも少しあるので、それも消化しないといけないし。G.W.は、出かける事は無いけれど、出かける予定立案で忙しくなりそう。

節約のタイミング

まだまだゴールが見えない中東イランとアメリカの「封鎖合戦」。今の所日本国内においては、一部石油由来製品の品不足配給不足に対しての懸念は出されているけれど、一番大きな部分の例えば自動車のガソリン価格だとかは比較的安定している状態。食品や商品などの価格も上がる傾向にあるけれど、今の所は何とか我慢できるくらいの範囲と言えるのでは。だから昔のトイレットペーパー騒動みたいなパニックは生まれていないわけで、そう言う意味では政府は頑張っているという印象。肝心な代替経路による石油やその他部材の調達も、まだ100%ではないけれどそれなりの量を確保しつつあり、明日明後日に急に払底するような話ではない。

そんな中で、日本ほど備蓄が豊かでは無い東南アジア各国や韓国等では、石油消費量を少しでも減らして影響を低めようと、ホルムズ海峡封鎖直後から「節約」とか「使用制限」といった呼びかけや実際に適用する国も多く、それに対して日本は危機感が足りないという批判も。日本も備蓄がそれなりにあるし代替手段も確立しつつあるとは言え、完全にホルムズ海峡経由の輸入に置き換えられる程度にはまだまだ足りなく、そう言う意味では日本だって危機感は忘れてはいけない事は事実。ただし「石油危機がやってくる(やってきた)」と一気にパニック状態になったのが、前回の石油危機の時だったしその時の経験から現在に至り大量な備蓄やリスク分散をしてきたはずなのでは。

これはあくまで自分の邪推だけれど、政府としては突然石油使用制限を掛ければ一気にパニックになることは分かっていて、だからこそこれまでと変わらない生活水準を先ずハイジすることに奔走していると思うんですよね。ただ、それがずっと続くわけでは無いことも理解していて、いつかは節約なり利用制限なりを要請しないといけない。問題なのはそのタイミングと言い方だと思います。もう備蓄も払底して来月からは輸入できている分しか利用出来ない見たいな切羽詰まったタイミングで要請すれば、それは「じゃぁ今ある分を買い占めて」という考えになる事は火を見るよりも明らか。また、最終的には「政府要請」をするだろうし、場合によっては強制的に使用料を何割削減とか言う話も出てくるかもしれない。その場合、やはり政府からの強制的な指導という形に見えてしまうと、国民側も「何故対策してこなかった」みたいな反発を生むことになるだろうし、そこで頑張ってきているのに政府や野党の株が下がるのも好ましく無い。

一番良いのは国民側から「ちょっと危機感足りないよね。もう少し節約しよう、制限しよう」みたいな意識が生まれて、それが多数の国民の共通認識になること。そう言う意味では、メディア等で各国の節約方法や対策を紹介する機会を増やして貰い国民の意識を徐々に変えていくのも有りだと思うし、何らかの機会に国民側から「節約するべきでは」と政府に要請されれば、それを切掛というか理由として正式に「節約要請」を出せれば、国民の反発というか不満も「まぁ、仕方ないよね」と妥協してくれるんじゃ無いだろうか。仮に今日明日急に封鎖措置が溶かれて、直ぐにでも海峡通過が可能になったとしても、破壊された石油設備や海峡の機雷掃海等で最短でも数ヶ月くらいは自由航行まで必要という話。その間は、今よりは多少なりとも余裕が生まれるかもしれないけれど、やはり以前同様という事にならないし、そうなるとベストな場合出会っても夏の猛暑時期後にならないと、以前のような状況はもどつてこない。となると、夏場の電力供給が一番の問題課題だとおもう。そうなると火力発電を出来るだけ下げて発電量を確保するとなると、やはり原子力発電所の再稼働を増やすか石油では無い火力発電を増やすしか無いんですよね。止めていた石炭火力発電所を再稼働するという話は、今回の危機発生の初期の頃から聞かれたけれど、ただ夏場の節約は命にも関わる問題だから、そこは何とかこれまで通りというかこれまで以上に電力確保だけは最優先しないといけないですよね。節約にも、色々な条件や状況があることも忘れないようにしないと。

PB Ver.2.0

先日家電量販店のノジマが、日立の家電部門を買収する話で話題になりました。現在のブランド名はそのまま維持するとのことだけれど、今後はノジマが売りたい家電製品が市場に登場することもあるわけで、個人的に10年程前に予想していた話がどんどん現実化している。 

最近のCMを見ていると、アイリスオーヤマの俳優の吉沢亮氏が登場する白物家電のCMが多く見られて、そんな中でも炊飯器とか洗濯機とか、毎日の生活に欠かせないところの商品が目立ちます。多くの場合、基本性能に限定してその分低価格で購入しやすい商品帯を目指しているのかなという印象。そのアイリスの炊飯器は、名だたる炊飯器メーカーがよく言う「おどり炊き(お米を炊飯器内で激しく対流させて美味しく炊き上げる)」は、実は無いと言う事を証明して結構話題になったもの。元々は別のメーカーから定年退職とか移籍してきた人達が、ある意味立ち上げた量販店の家電製品だけれど、今頃だと新規に入社して開発しているようなプロパーの人も多いんじゃ無いだろうか。

先日のノジマ・日立買収の話を聞いて改めて思うのが、これって量販店がある意味「自社ブランド商品(PB/Private Brand)」を持つのと同じ話だと思うんですよね。最初は製造メーカーに大量発注とパッケージング等でのコストダウン商品で対応してきたけれど、家電製品に関しては自社製造(製造委託はするとしても、少なくとも自社開発はする)するのは、OEM/ODMでは満たされない日本の顧客ニーズの厳しさ難しさみたいな物が大きいのかもしれない。商品群は違うけれど、自分も日本のお客様向けに似たような仕事をしてきたから、そういうジレンマみたいな物は理解出来る気がします。

全部の量販店がそういうビジネスを展開しているわけでは無いと思うけれど、最近ではリフォーム関係のビジネスを提供している量販店も多いから、こういう自社ブランドの家電製品(照明、空調、キッチン回り、リビング回り、etc...)も組み込んでトータルの提案が出来るのは、全体のバランスだけで無くコスト的にも有利になりそうな気がします。家電製品も昔(いつだよ...)は「三種の神器」と言われた頃もあったけれど、やはりそれだけ特別な存在であったことは事実。それがどんどん普及して一般化して、テレビのようにその立ち位置というか存在意義みたいな物が変化してくるよう時代になると、衣類や雑貨と同じ様な感覚の商品になるんでしょうね。

2026年4月24日

カイル君と冴子先生

イルカのカイル君と言えば、Office起動時に邪魔な存在No.1で、先ず彼を消すことがセットアップの最初の一手間と言われたもの(笑)。そのカイル君に「何でも質問してね」と言うから、「イルカを消す方法教えて」というのが鉄板ネタでしたが、それがChatGPTカイル君の誕生もあってか、ちょっと洗練されたというか皮肉まで言うような感じに。

個人的には、カイル君よりも同じくMS Officeの癒し「冴子先生」の復活は無いのかと小一時間。以前「冴子先生GPT」が登場したくらいだから、今回のカイル君バージョンとは別に「冴子先生バージョン」も出してくれないだろうか> Microsoft。 まぁ、だからとFEPを切り替えるかと言われるとかなり微妙だけれど。 

でも、当時はシステムリソースも喰うし、質問してもビンゴな回答が戻ってくるわけでも無いし、Office開発担当者の単なる趣味くらいの理解でした。でも、生成AIがこれだけ進歩かつ普及して、昔に言う所の「エージェント」機能が実用段階になったと言っても良いくらいの現在、単なるコマンドプロンプト経由でのやり取りではなく、今こそカイル君なり冴子先生なり「バディ」と認識出来るようなキャラクターを生成AIに被せて、身近な存在且つI/Fのやり取りの敷居を下げる要素になるんじゃ無いだろうか。例えば今のAIを使えば、一枚の静止画画像から3D映像や簡単な動画生成も出来るわけで、そうなると自分好みのエージェントのデータさえあれば、カイル君や冴子先生のような動作をさせることなんかスグできそう。コンピューター教育の場合、どうしても質問や問題を出してその回答を返させる一方通行的な対話形式になり型だけれど、そこにエージェントが入ることで、より対話形式に近い会話なり情報交換が可能になり、エンドユーザーの意識も変わるような気がするけどなあ。

さらに言えば、そういうエージェント利用が可能になったら、Windowsだけとかプラットフォームを限定しないで、どんなプラットフォームやOSや環境でも透過的に利用出来るようにして欲しい。Copilotは、WindowsだけでなくAndroidとかiPhoneでも利用は可能だけれど、それが確約されるような仕組みが欲しいですよね。エージェント本体はネットワークの奧にある何処かのサーバー上に存在していて、そこにアクセスする端末がWindows PCだったりAndroidスマホだったり、iPadだったりと異なっても、それらのデバイス上で必要なのは通信機能とI/O (マイク、スピーカー、カメラ)だけ。そんな仕組みが理想的だと思う反面、独立してローカルでも十分動作するくらいの仕込みもして欲しいですよね。ネットの向こうのサーバー上の「個性(=蓄積知識)」を一次的にローカルにコピーして、それでローカルデバイス上で例えば一週間位動作して、その後はそのデータをサーバーに戻してオリジナル部分も成長したように同期するみたいな。今の時代、まだまだ通信機能が使えないような場合も多いので、そう言う意味での「ON/OFF」の切替が欲しい。その場合には、エージェントもそういう状況が一目で分かるような例えばコスチュームの違いとか形状の違いとか、そういうコミュニケーションの工夫もあると嬉しいかも。

SFC改悪(?)改善(?)

ANAのFFP獲得において、最大のメリットの一つと言っても良い「SFC (Super Flyer Card)」。このカードの利用規程が2028年度から大きく変わることになり、その判定が2026年12月16日から始まるという告知。このカードの取得可能なステータス(AMC Platinum以上/5万Premium Point)になり、SFCカードを取得すると、そのカードを保有する間「スターアライアンスゴールド」のステータスが付与される事が一番の特典と言っても良いのでは。なんと言っても、カード取得にはステータス獲得が必要だけれど、カード取得後はステータスが無くてもカード利用は可能ですから。

このカードを最初に取得しようと思った動機は、当時メインで利用していたUnited Airlines(UA)で、同社のラウンジ利用(United Club、当時はまだRed Carpet Clubだったはず)がちょっと厳しくなり、ラウンジ利用のカードあるいはワンタイムの使用権を利用するか、ビジネスクラス以上の搭乗時しか利用出来ないような感じだったこと。スタアラメンバーの航空会社では、SFCの様にカード保有者にスタアラゴールドステータスを付与している場合が有り、その場合はUAの利用クラスとは無関係にラウンジ入出が可能になります。それだけでも当時の自分にとっては、SFCを保有する意味があったわけですよね。

ただ、若い頃で無理が利くような時代とか、ビジネス的に厳しい時代に出張でも格安航空券で文字通りエコノミークラスで飛ばされたときならまだしも、現在に至ってはそれなりのシートで移動しないと、10時間以上のフライトの後では体の融通が利かず、基本ビジネスクラス以上を利用するようになりました。そう言う意味ではSFCを獲得した直後は利用したこともあったけれど、これまでほぼ95%位はSFCを利用してのラウンジ入出機会は無かったように思います。まぁ、ある意味宝の持ち腐れだったけれど、無ければないでちょっと不安に無し(笑)。遅まきながら、カード券面からスタアラゴールドのシンボルを削除するのはこういう理由だったのねと納得した次第。

これはSFCホルダーにとって改悪、という意見も多いと思うけれど、余りに有資格者が増えすぎてラウンジの混雑が定常化していたことも事実で、それが有る程度整理されて余裕が生まれてくれば、それは「改善」と言っても良いのでは。今の所AMC Diamond資格を継続出来ているので、今回のSFC改正ルールには影響は無いけれど、将来的にどうするか検討するタイミングが必要かなぁ。でも、その時にはもう年に何回も飛ぶような体力も気力も萎えているだろうから、資格を保有していても無意味な状態になっている気がする(苦笑)。

2026年4月23日

一汁一菜

佐々木俊尚氏の引用から、意図せず自然発生的に日本食の基本的な考え方に辿り着いた話。私も土井善晴氏は好きな料理人の一人で、土井氏がよく行われている「一汁一菜」の考え方は、一番基本的な日本食(和食)の考え方だと思います。自分も一番のご馳走は、炊きたてのご飯に具沢山の味噌汁、そこに何かおかずが一品あれば、それはもう「ご馳走」と言って良いんじゃ無いかと。そのおかずにしても、焼き魚とか肉を焼いたものとかなら調合かと言って良くて、自分ならばお漬物とか佃煮とかでも十分な「おかず」だと思う。

味噌汁に関して言えば、懐石のコース料理みたいな途中の「汁物」ならば、おだしのきいた上品な「汁を楽しむ」お椀でも良いと思うけれど、通常の食事のときならば知るよりも具材が溢れるような「味噌汁」ならば120点だと思う。私は子供の頃から何故か「お豆腐とお揚げ」の味噌汁が一番の好物で、この組合せならば毎日出されても文句を言わないくらい。それ以外にも、大根や葉物野菜、ゴボウや蓮根などの根菜類、さらにはちくわとかコンニャクとかの寝るもの等、そして豚汁みたいに豚肉とか鶏肉まで入っていれば、もうそれは土井氏が言われるように「ご馳走」と言っても過言では無い。私は普通の味噌汁は二種類くらいの具材で作り、普通お椀に入れて食べますが、そういう具沢山の味噌汁を作るときには、お椀の代わりに丼茶碗くらいの大きい入れ物を出して、そこにたっぷりの具材を入れて食べるのが好き。ご飯は普通のお茶碗なので、その時にはアンバランスになるわけですが、それも食事の「旨味」に感じるのが面白いところじゃないかと。

味噌汁の面白いところは、具材を色々組合せや内容を変えても美味しさの種類は変化するけれど美味しさ自体はそんなに変わらないところ。さらに「汁」にしても、だしの種類から御園種類、味噌では無くそれ以外の醤油ベース、豆乳ベース、キムチ汁ベース、色々変えてさらに変化や組合せも楽しめる。ある意味「試行錯誤」の世界なんだけれど、普通「試行錯誤」というのは失敗の連続の中に成功が埋もれているものなんだけれど、味噌汁の試行錯誤はほぼ成功が見えている中で「大正解」を見つける勝ち組の試行錯誤じゃ無いかと言う気もしています。まぁ、それだけ「具材を出汁と調味料で煮る調理」という手法自体が、基本的だけれど失敗しない鉄板の方法なんだろうけど。

 今でこそ、コンビニやファミマ、24時間営業のスーパー等、材料にしてもお惣菜にしてもいつでも何でもどこでも入手可能だけれど、自分の子供の頃はそういうお店は昼間しか開いていないし、冷蔵庫だって今ほど高機能では無く「冷凍室」なんて無いから足の速いものを長期間保存することなんて出来ない。そうなると、有る程度簡単に手軽に何でもその場で調理してそれなりの味に出来る「味噌汁」を筆頭にした「煮物、汁物」というのが、おかずとしては最強の存在だったと言えそう。しかも簡単な変更で様々なバリエーションが可能なので、毎日一年中作り続けても偏りは少ないし飽き来ない。具沢山の味噌汁だと、具材からも出汁が出てくるから事前に出しを取らなくてもそれなりのものが出来てしまう。出しを取ったら取ったで、昆布や削り節なら残ったものを佃煮出来るし、煮干しならから煎りして田作りみたいにしてもよいだろうし。兎に角無駄がなくてシンブルで簡単だけれどバリエーションを作りやすく、素材は身近に有るものが何でも利用出来る理想的な食事なのかも。ある意味、日本食の日本食たる所以とも言えるんじゃ無いだろうか。

消費税減税

将来の給付金付き税額控除までの繋ぎ措置として、2年間に限定した食品に対しての消費税0%の議論が進んでいます。ただし0%(無し)にすると、既存システムの改修に1年位の準備期間が掛かると言う話も。一方、税率を1%として今の軽減税率8%を引き下げる形ならば直ぐに対応可能と言う話も出てきていて、 これが対応策の一つして俎上に上がってきているらしい。仮にもソフトエンジニアの端くれの一人として思うのは、税率分の計算をするときに、同じ数値の類であっても、何らかの値がある変数と「0」という変数は全く違う物で、「0」というのは本当に厄介者というか何というか、先ず最初に例外処理で弾くような代物(笑)。特に演算の中でも割り算の母数に表れると例外処理にしないとエラーになるので、まぁある意味厄介者の類。

実際の処理の中で割り算処理に相当する工程が有るのか迄は分からないけれど、税率が「0」とそれ以外の処理は入れないといけないし、「0」だった場合のその後の処理系ももしかしたら別立てにしないといけないかもしれない。それに対して何らかの値が期待出来る数値であれば、小数点以下の処理は確認しないといけないけれど、「正の数値」として一つにまとめて想定できるから、処理系としては現在の物がそのまま利用出来る可能性も高いはず。向かいアメリカのスーパーで買い物をしてレシートを確認して見ると、食品に関しての消費税は「0.32%」とか小数値だった場合も有って、そこまで対応出来れば良いけれど、アメリカの場合は「US$(ドル)」という中心の価格単位の下に「US¢(セント)」という1/100の単位も付いているから、小数値の消費税(付加価値税)を適用しても「US$5.24」みたいに対応出来るから余り違和感が無い。でも日本の場合は「円」単位で、その小数値である「銭」とか「分」という単位は(株価や為替みたいなところで)存在はしていても、相当する貨幣はもうないから現実的では無い。そうなると税率は「正の整数」である事がほぼ必須条件となるから、その最低税率は1%ということになるのかも。

ところで、軽減税率を現在の8%から最低値の1%に暫定的に引き下げるのは良いけれど、その中に現在の対象商品である「新聞」も同時に引き下げ対象になるんだろうか。個人的には、なんで新聞購読料が軽減税率の対象になっているのか疑問だし、これは新聞社の独善みたいな物だと思っていますが、食品でも無い新聞まで1%に下げるのは大反対。仮に軽減税率を1%にすることになったら、食品以外の対象商品は10%対象に追いだしても良いのでは。で無いと、「軽減税率種別A: 1%(食品)」「軽減税率種別B:8%(食品以外の現在の対象商品)」みたいに、さらに追加での会計ソフト改修が必要になってしまう。シンプル化して改修作業の効率化するためにも、やはり新聞は10%にするしか無いですよね(笑)。

閑話休題。週日税を一次的に下げても、それを戻すことには更に大きな抵抗が生まれるだろうし、最終ゴールが「給付金付き税額控除」であることを考えると、消費税減税の代わりに暫定的に「給付金付き税額控除」を始めてしまったらどうだろうか。今の問題点は所得把握が正確に出来ないという事なのですが、制度設計がちゃんと出来て実際に公平に評価出来るまでは、有る程度の取りこぼしがでても必要な人がカバー出来るような、コロナ禍時の支援金みたいな形で緩く適用したらどうだろうか。それならば必要な人には直ぐに支援が届くし、制度自体は既にスタートするから後はその適用ルールなどの制度を高くすれば良い。「無駄」という話も生まれるかもしれないけれど、その部分が消費税減税の2年間で10兆円以下になるならば、支出的にも有利なわけですよね。例えば支給金額の上振れや控除の取りこぼしがあっても、それが2年間で5兆円以内に収まるならば、プラスマイナスでプラスになると言えるのでは。そうすれば消費税の変更に伴う様々なリスクを回避出来るし、本来必要とされていた措置も直ぐに実行出来るわけだから誰も損をしないと思うのだけれど。

浜松活性化計画

昨日夕方、ローカルニュースで放送された「浜松活性化計画」。 浜松市は東西に東海道新幹線と東海道本線が走り、JR浜松駅を中心に線路の北側が「駅北(えききた)」と呼ばれてここ20~30年位再開発が進んでいる地域。記事の最初に登場する県内最大高の「浜松アクトタワー」も、駅に隣接して北側にあるシンボル的な建物。新幹線口でもある駅の南側「駅南(えきなん)」は、最近でこそ一部再開発が始まっていますが、それまではごちゃごちゃと地権が入り組んだ昔からの町並み。どちらかと言えば駅北の方が繁華街で昔から栄えていて、駅南はちょっと危ない地域みたいな印象でした。

昔は浜松は「軍都」でもあって、太平洋戦争末期には遠州灘沖から米軍艦艇の艦砲射撃で駅周辺の地域が更地になった話は、小学生位の副読本で何度も聞かされます。それもあって戦後人が戻ってきたときには、その更地にバラックが建ち並び、それがごちゃごちゃした町並みになり、自分の高校生くらいまでは静岡市と比べても中々開発が進まない「県内最大都市」でした。それがJR浜松駅の横からほぼ真北に延びる私鉄の「遠州鉄道西鹿島線」の高架工事をきっかけに、駅北地域の再開発が始まり、それがアクトタワーに繋がり今では高層マンションなども何本も林立するように。一方で、西武百貨店、丸井、松菱というデパートは撤退してどんどん市街地は空洞化していきます。今でも松菱の跡地は空き地のままだし、中々賑やかさは戻ってこない。そんな中、駅南地域に、スズキの本社機能移転や常葉学園のキャンパス移転の話等、久し振りに再開発の話が出てきたのは、地権者が世代交代して相続などの理由から土地が纏まりだしたことも有るんじゃ無いだろうか。

浜松を代表するホテルだった「グランドホテル浜松」は、5月1日から「マリオット浜松」となり、もう予約も始まっていて、同じく駅北にある「クラウンパレスホテル」は、「クラウンプラザ」へとブランド変更する予定。アクトタワーには、オークラ系のアクトシティホテルがあり、これまで多かったビジネスホテルにシティホテルも少しずつ充実してきた印象。ただ、今回の場合は既存ホテル施設のブランド変更で、内装など更新はするだろうけど余り大きな変化には感じられない。MICEというキーワードが登場するけれど、その肝心なコンベンション施設が、浜松には無いにも等しいですからね。番組の中では、横浜のみなとみらい地域と比較していたけれど、ここには私の勤務先のオフィスもありそれなりに良く知っているけれど、浜松と比較するなんておこがましいくらい。極々一部の、ランドマークタワー部分だけとり出しても、まだ浜松の内容よりも数段優れているくらいだと思うし。今室内プール施設のある篠原地区に、県営野球場の建設の話がありますが、そこに併設して国際会議場兼多目的アリーナみたいな施設とか作れば、MICEということも可能性も出てくるかもしれないけれど、中々難しいでしょうね。

今回の話題は、浜松市のシンボルでもあるアクトタワーの所有権が、現在の投資会社から静銀などを中心とした地元企業群へと譲渡されて、地元密着の開発が可能になったことも大きいらしい。アクトタワー自体築30年位経過していて、今後は補修作業も必要になるだろうし、いつまでシンボルで居られるか分からないけれど、目立つ建物だけに活性化されることには異論無し。ここは低層連はレストランとか入っているけれど、ちょっと駅から外れていることもあって余り賑やかさは感じられないんですよね。オフィスビルとしてはそこそこらしいけれど、荒れだけ目立つ建物なんだからもっと賑やかになれば市民としては嬉しい、だいたい、あの辺りに人出があるのは、アクトホールでコンサートとかある時だけだし。普通は、オフィス利用者とホテル利用者しか居ないビルで、正直勿体ない気がします。それでも市街地活性化の話が出てくるまでまだマシなのかな。浜松市は国内二番目の広さという事も有り、78万人都市と言いつつも結構ばらけている印象もあります。上手く流動人口を市街地に引き込めるような街に生まれ変わって欲しいですよね。

2026年4月22日

Google Pay初体験

電子マネー決済はもう生活の一部というか体の一部とも言えるくらい欠かせない存在になっていますが、Android (Motorola g66j 5G/モト君)とiPhone 15 Proの2台を使い分ける感じでずっと利用していました。元々電子決済の始まりは、昔のガラケーにFeliCaが組み込まれたのが切掛で、国内でSuicaを筆頭にiDやEdyやQuickPay等を使い始めたところから。その後スマホが搭乗したときも、当時は鎬を削っていた国内メーカーは当然のようにFeliCaを内蔵していたので、そのままAndroidではFeliCaを利用する状態が続いていました。

iPhoneは、その前から利用していたiPodの置き換え(音楽プレーヤー)目的と、もう一つは当時のAndroidスマホと異なりSIMフリー版があったので、これを海外で現地SIMを購入して入れ替えて使うようになったところから。だからiPhoneは日本国内ではiTunesプレーヤーとして利用することがほぼ100%で、海外へ行くとスマホとして利用する様な感じでした。そのiPhoneを何度か更新すると、NFCが内蔵されるようになりApple Payがスタートします。不思議な事に、日本国内市場では半分位がiPhoneなのに最初はApple Payはそんなに普及していなかったのに、海外では結構Apple Payが利用出来る場所が増えた事もあり、海外渡航時(=アメリカorシンガポール)に使うようになったのが始まり。今でも日本国内ではApple Payも結構利用出来るようになったけれど、やはり国内でiPhoneを電子決済利用する機会はそんなにありませんでした。 そんな状況を変えたのがクレジットカード各社のContactlessが国内でも始まり、プロモーションもあって一気に利用範囲が広がったこと。だから、FeliCaはモト君、Contactless(NFC)はiPhoneというのが、ここ数年の棲み分けでした。

そんな状況でちょっと面倒な状況になったのが、地元の鉄道会社遠州鉄道(遠鉄)のバスや私鉄で、それまでの専用タッチカード(Nice Pass)に加えて、クレジットカード各社のContactlessでも利用可能になったこと。最初は対応しているクレジットカードを端末にタッチしていましたが、Apple Payでも利用出来るとの事だったので路線バス利用の時にはApple Payでタッチして利用していました。ところが浜松駅に到着して新幹線に乗車するときには、Suica+EX利用となるのでスマホをAndroid(モト君)に持ち替えて利用。羽田空港に到着すると、搭乗券はApple Walletに入れているので、またAndroidからiPhoneに持ち替えてと、それがちょっと面倒でした。で、Google Payでもクレジットカードのタッチ決済が出来るから、少なくとも空港に着くまではAndroid端末一つで賄えるんじゃ無いかと閃き、先日試してみました。モト君には既に手持のカードを登録済みで、デフォルト設定はHilton Amex。iPhoneもそうですが、NFCはロック解除しないと使えないのでロック画面を指紋認証で解除してスマホのデスクトップ画面が表示されている状態でコンタクトレスの端末にタッチすると、無事に利用出来ました。浜松駅に到着して降車するときも同様。これで自宅を出てから空港に到着するまでは、モト君1台で賄えて少し煩わしさから解放されました。

逆にiPhoneもSuicaは画面ロック状態でもそのまま利用出来るのでiPhoneに集約するというやり方もあります。ただ特に今のモト君(Motorola g66j 5g)は本体右サイドに指紋認証センサーが内蔵されていて、この感度というか精度が良くて自分の薄い指紋でもほぼ確実に認識してくれます。これの何が良いかというと、スマホを取り出すときに右手で取り出すときには親指が、左手で取り出すときには人差し指がこのセンサー部分に自然に触れて、ポケットから取り出したら自動的に(自然に)画面ロック解除状態になります。ですから、そのまま端末にタッチすれば1アクションで利用出来るのが便利なんですよね。iPhoneの場合は、Suicaはそのままタッチで利用できるけれど、それ以外のサービス(iDとかContactlessとか)は一度スマホを顔に向けて顔認証でロック解除をして、それから差し出さないといけない。自分の指紋は非常に薄くて冬場の乾燥時は認識出来ない事もありますが、iPhoneの顔認証はマスクをしていても認識してくれるので、使い勝手は便利なんですが、取りだして顔に近づけてそれからタッチすると言う2アクションが必要なのが個人的には嫌なんですよね。iPhoneがますますiPod化していきそう(笑)。

(UA Leg#7) HND-OKA/-HND - Traffic Control Trouble

T2の東急エクセルに宿泊し、出発便は11: 25発の余裕なのでノンビリしていて、いざチェックアウト前にフライトステータスを確認して見たら、管制トラブルでANA/JAL/その他全ての離発着にホールドが掛かっています。朝の6時過ぎにトラブルが発生したらしく、08:30頃にネットで様子を確認して見ると、取りあえず羽田空港の管制トラブルは解決して、ホールドされていた離陸機が順次出発していくようですが、朝の7時とか8時の出発便はだいたい1時間位の遅延か、福岡便はキャンセルされているものも多い気がします。また、トラブルは羽田だけでは無く、福岡とか新千歳とか全国的に発生していて、地方から羽田への飛来機も遅延やキャンセルが発生している様子で、今日は機材繰りがかなり厳しくなりそう。

今回搭乗予定のNH471便は、この時点では一応定刻発の状況ですが、まずはANAのカウンターで様子確認かなぁ。問題は復路のNH472便がどれだけ遅延するか。1時間ならまだしも、2時間遅延すると帰りの新幹線がギリギリになりますし。まぁ、最悪当日ホテル予約することも考えながらの移動にするか、キャンセルするか悩みます。

1) HND 11:25 - OKA 14:15 (NH471)

チェックアウト前、09:30頃にANAの運航状況のページを見てみると、搭乗予定のNH471は11:25の出発予定に対して12:10に遅延予定となっていました。それならば沖縄での接続時間が3時間近くあるので間に合いそうですが、問題は復路便も遅れると帰りの新幹線に間に合わなくなること。また、この時点では45分位の遅延ですが、一つ前のNH469(10:20発)やその前のNH995(09:10発)やNH467(08:15発)はまだ定刻のままで遅延予定すら不明な状態の様子。トラブル発生直前に出発したNH993(06:45発)は4分遅れで出発していますが、その次のNH463(07:30発)は1時間以上遅れて08:48に出発しています。となると、それよりも後から出発する便の遅延が改善するとは思えません。この時点で定刻なら出発しているはずのNH995が、まだ「定刻出発予定」で表示されている位なので、何となくそこまで手が回っていない気もします。

無理してでも飛んじゃおうかなぁとも思ったんですが、この時ANAさんから振替のお知らせが届いていて、一月位の期間内での振替が可能に。これで気持ちが決まり、この日のフライトは往復とも別日に振り替えて、今日は大人しく帰宅することにしました。振替の場合、搭乗クラス(Premium Class)に空席があれば、チケットクラス(今回はPremium Super Value 28)に関係無く変更可能。何とG.W.の後半ならまだ空いているスロットもあり、往路だけで無く復路も同様に振替可能便が空いていることを確認して別日へと変更しました。

後から確認してみると、搭乗予定だったNH471は、11:25発の予定が結局13:35出発と2時間以上の遅延に。到着時刻も14:15の予定に対して実際には16:28着と、こちらは2時間以上遅延していてまぁそうだろうなぁと言う印象です。

2) OKA 16:50 - HND 19:15 (NH472)

復路便NH472の飛来機となるNH473(羽田13:05発)も、まず14:20に遅延となり、実際には14:51に出発しています。到着予定時刻も15:50が17:05に変わっていましたが、実際には17:25と少し改善した様子。本来ならば、15:50に到着して、それが1時間のターンアラウンドで、復路便のNH472(16:50発)になる予定が、17:25到着となると早くても復路便の出発は18:00過ぎ。復路の飛行時間が2時間半とすると、羽田到着は20:30頃で、ここから品川へ移動すると、浜松止まりの新幹線は、次の3本。

  • ひかり665号: 品川 21:13 - 浜松 22:26
  • こだま911号: 品川 21:52 - 浜松 23:25
  • ひかり669号: 品川 22:10 - 浜松 23:17
京急の本数も減ってくるので、羽田に21:00までに到着出来れば、何とか最終のひかり669号に間に合うかなぁと感じ。

実際のフライトは、18:25に那覇空港を出て、羽田到着は20:43。PBBが接続して機外へでるのが20:45とすると、京急の20:51発に間に合えば品川21:10着だけれど、3分での新幹線への乗り替えは厳しいだろうなぁ。結果的に、21:52発のこだま号か22:10発のひかり号には間に合って浜松の自宅に帰宅は出来たけれど、まぁかなりリスキーだったことは確かですね。終わった後で「可能だったじゃん」とか「間に合ったよ」とか言うのは簡単だけれど、実際には先がめない精神的なプレッシャーもあるだろうし、今日は一日空港も大変だっただろうから、予定を振替て正解だったと思うことにします。
P.S.今回の管制トラブルは、05:37に神戸管制で発生し、航空管制能力が低下。原因は、福岡の管制システムトラブルと判明して、東京管制のバックアップシステムに切り替えて、10:52に解消という流れだったらしい。最初のトラブル発生原因と、ホットスタンバイとまでは言わないけれど、もっと早くバックアップシステムへ切り替えて影響を最少化する事を検討して欲しいですよね。