ネット上で、自衛隊が仕出しだったかその訓練の様子で、大量の食事(カレーライス)を調理しているときに、大鍋で煮ているからしゃもじ代わりにスコップを使って混ぜ合わせている様子を「スコップを使うなんて不潔不衛生」という炎上が起きているらしい。同様に、大きな桶とか釜で醸造とか調理するような場面(酒蔵とか)も、よく事情を知らない脊髄反応のユーザーが批判を透過して炎上しているらしい。
「沸騰ワード10」でのカズレーザーによる自衛隊シリーズでも、調理している様子が何度も放送されているけれど、ああ言うのって注目されないんだろうか。まぁ、露出する機会はそんなに多くないと思うけれど、それでも例えば大量に食事を提供するような食堂とかレストランでは、ゴミ箱によく使われるポリバケツが食材を漬けたり洗ったりする道具でよく登場するし、トマト缶の大きな空き缶が溶き卵入れとかで使用されているシーンは良く見るものの一つ。ああいう場面だって、先入観があると一瞬「えっ?!」と感じるけれど、鍋にしても器にしてもそんなに大きなサイズまで取り揃えられているとは思えないので、ちゃんと洗浄されていれば別に問題無いだろうし。それを言い出したら、重機を使って調理をしている「山形の芋煮」なんてどうするの、と小一時間。
個人的には、ああいう道具よりも「調理場が汚れている方が美味い料理が出てくる」という謎理論の方に疑問が沸くし、それは違うだろうと100倍、1000倍のツッコミを入れたくなるところ。積年の汚れが積み重なって、コンロの五徳がガリガリになっていたり、調理台の周りにこびり付きとか何かの残滓みたいなものが残っているシーンとか見ると、もうそれだけで「勘弁してくれ」と思ってしまいます。だから時々特集番組なんかで、セントラルキッチンの調理工場で大量生産の場面とか出てくると、その機材の角とか端にこびりついた素材とか調理品とか見る度に「ああいうのが商品に混ざり込んでいるんだろうか」と疑心暗鬼になり、そういうセントラルキッチンの食材とかレトルト食品とかに対しての期待度や信頼度が下がるのも事実。少なくとも道具はそれが使用後であってもちゃんと洗浄すれば口に入るものの調理にだって使用可能になるわけですからね。あぁ、でも薬品関係に使ったものは控えた方が良いか。幾ら洗浄したとしても、微細な部分に危険な成分とか残っている可能性はありますからね。
人間は「記憶」に依存して居る生き物だから、例えば「不衛生」「危険」「不向き」みたいな情報がインプット済みの状況に、それとは相反するような状況が関わってくると、どうしても拒否反応というか抵抗感を先ず本能的に感じてしまうのは仕方ないかも。静電気で痛い目に何度も遭遇していると、その心配が無いだろうという場面でもつい恐る恐る手を出して、放電していなくても何か違う感覚に遭遇すると、瞬時に手を引っ込めて「痛っ!!!」と発してしまうこともあるし。元々は「スコップ=土を掘るもの」という認識が、「調理に使う→不衛生」という連想を生んでしまったわけで、多分本人は意識もしていないくらいの閃きみたいなものなんだろうなぁ。ただ、理由の無いことをそれなりの組織体がしているわけも無いわけで、自衛隊がそれを使っている理由は何だろうかと考えたら、大容量の調理器具として形状やサイズが適しているわけで、それならば土や地面を掘る前にちゃんと洗浄していれば問題無いんじゃんという結論に普通は到達するはず。そこに「再利用しているんじゃ無いか」という変な意識が入り込んでしまうのは、やはりその人の日々の生活や情報収集と処理において、そういうフィルターというかバイアスを掛ける工程をいつも入れているからのような気がします。それが結局情報処理作業全部に影響している気がします。
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