元朝日新聞政治部記者の今野忍氏と言えば、まだ朝日新聞記者だった昨年後半辺りくらいから知名度がどんどん上昇。さらに年明けに退社して「政治ジャーナリスト」としてフリーランスになってからは、色々なネット番組やテレビメディアにも頻繁に登場するようになり、特に静岡では「静岡朝日テレビ」で週レギュラーにもなっているので、静岡県では更に知名度は高いんじゃ無いだろうか。
ちょっと不思議だったのは、朝日新聞在職中から結構歯に衣着せぬ論評や記事で「朝日新聞らしくない朝日新聞政治記者」として有名になりつつあったけれど、なんでそんなことが可能だったのか疑問でしたが、このコンテンツを見て納得。今野氏の上司であった現在アサヒシンブンのDEEPPOLITICS編集長の林尚行氏は、今野氏のそういう行動活動を見つつ対社内的にも批判を抑えつつ政治記者としての活動を許していて、そのバランス感覚というか包容力というのか、こう言う人も居るから今野氏みたいな人も生まれてくるんでしょうね。
「朝日新聞」というと、自分の高校・大学受験の頃などは、朝日新聞の「天声人語」は受験勉強の必須項目の一つみたいな感じで、それだけ「社会の公器」としての存在感があったもの。また、私が初めてアメリカ出張をしだした1980年代後半から90年代初頭においては、当時インターネットがやっと歩き始めた頃でしたが、そんな黎明期に近い時期でも朝日新聞は自社のインターネットサイトを開設。しかもURLは「asani.com」と.comだったのが以外でした。その後他の新聞社もサイト開設してきたけれど、確か全部「.co.jp」だったように記憶しています。確か当時は社内からだと社内の専用回線からゲートウェイ経由で社外にもアクセス出来たから、会社からよく日本のサイトにアクセスしていたなぁ。ホテルとかに帰ると、まだモデム接続の時代でしたからね(苦笑)。本当に当時の「朝日新聞」は重要で貴重で信頼出来る「メディア」だったわけです。
その「朝日新聞」が変節というか独自色を強めてきたのはいつ頃から何だろうか。 Wikiを見てみると、所謂「吉田証言」みたいなものが出てきたのが1980年代初め頃で、その後1990年代に入りその正誤の検証が行われて、1997年に朝日新聞は「吉田証言の審議は判定できない」みたいな結論をだしているみたいですが、その後その反動なのか左翼色がどんどん強くなっていったのかな。佐々木俊尚氏が、朝日新聞の新社長角田克氏の記事を取り上げて期待感を表していたけれど、どうだろうか。メディアと言えども私企業だから、自分達の方針なり社会観をもって居ることは問題無いと思いますが、メディアとして情報を伝えるときにはそれだけで伝えるのは報道では無く「宣伝」になるわけで、今は宣伝組織化しているように感じられる朝日新聞がこれからどの様に変革していくのか、楽しみのようで恐いような(笑)。
非常に期待したい朝日新聞社長角田さんの新たな方向。 https://t.co/yeZIgYeZgN
— 佐々木俊尚@新著「人生を救う 名もなき料理」3/11発売! (@sasakitoshinao) May 3, 2026
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