日本語、特に感じは「情報圧縮システム」ってのはまさに表意文字のことなんだけど、加えてその表意文字を載せるためのシステムとしてひらがながあるって指摘は面白いなあと思います。↓
— 佐々木俊尚@新著「人生を救う 名もなき料理」3/11発売! (@sasakitoshinao) April 27, 2026
佐々木俊尚氏の引用から、日本語は情報圧縮システムと指摘するナイジェリアの日本語学習者のスレッド。実は数日前に、そのナイジェリア人の方の書込を先に見つけていて、面白い視点だなぁ、でも本当にナイジェリア人? なんでそんなに日本語に詳しいの? と変な疑問を感じていたところ。
日本の友人へ
— THECULTURURALLINK (@AirdropH32161) April 26, 2026
最近、日本語は単なる「文字の言語」ではなく、一種の「情報圧縮システム」のように感じるようになりました。
最初は、ひらがな・カタカナ・漢字の混在は単なる「複雑さ」だと思っていました。
しかし今では、それぞれが特定の役割を持った設計構造のように見えます。…
私はそれなりに勉強したと言える言語は、日本語(日本の国語授業等)と精々英語(米国英語)くらいしかないので、その二つの比較で言えば、英語というのは例えればデザインから仕様設計、詳細設計と積み上げられて作成された「プログラム」みたいなものに私は感じます。一方で日本語は、一枚の大きな紙に書かれた「絵」「デザイン」「模様」で情報伝達をするような、そんなイメージが沸きます。
日本語というか、書き言葉に関しては中国から漢字が入ってきて、それが変形したり新規に日本で作成したりして今に至ると思いますが、個人的に疑問なのは「中国語」は英単語を漢字に置き換えれば、ほぼ逐語訳が出来るくらい文法的に似ているのに、何故語順など180度異なる日本でそれが定着したのか、そこが不思議で興味が有るところ。多分当時は「古来日本語」みたいなものがあって、話し言葉は勿論書き文字も有る程度あったと思うんですよね。それが今では中国語由来の漢字とそこから派生した、ひらがなとカタカナに変わっている、あるいみ言語体系が一新されたわけで、それがどうして実現したのかいつか知りたいところ。
漢文の授業で苦労した「レ点」とか「一二点」あるいは「上下点」という記号は、多分その古来日本語と渡来中国語を繋ぐための「中間言語的存在」として生み出されたものだと思うんですが、それを思いつくためには双方の言語の仕組みを理解している必要が有るわけで、それだけの言語学者ある意味プログラミングデザイナーに近い存在が無ければ生まれなかったような気がします。さらに、漢字渡来後に当時の「話し言葉」に合わせて平仮名や片仮名が生まれてきたことを考えると、そのままそちらの文字が日本語の書き言葉になる可能性も高かったように思います。でも、漢字自体は残りそこに平仮名を組み合わせて漢文の構造を記号交じりのものから一連の文章に「変換」するという作業も、誰がどの様にして標準化してきたのか、タイムマシンがあればその現場を見てみたいところですよね。
私の勝手な妄想ですが、日本人というのは「書き物」を残すことが昔から大好物らしいので、「書き言葉」を意識して優先して、段々と渡来中国語と古来日本語が融合して現在の「日本語」の構造と仕組みが出来たんじゃ無いだろうか。そのため、書くときには一つの漢字が使われても、話すときにはその漢字の意味が変化するので、中国渡来の音読みだけで無く訓読みが生まれて、さらに音訓共に場合によって複数の「音」が追加されていき、言語だけで無く文字自体も多層化していき、更に日本語が複雑化していったというのが私の妄想。そのため、共通認識や同調部分みたいなものを省力する、情報の最適化が適用されていき、今の「聞くだけでは分からない」日本語みたいなものへ変化したんじゃ無いかと。で、それってよくよく考えてみると、データ圧縮の基本的な考えと同じなんですよね。だから最初に「日本語は情報圧縮システム」とナイジェリアの人が看破したのは凄く素晴らしい着眼点だと思う。私は理系の人間ですが、このスレッドには理系的なロジックの組み立てとか最適化とか情報論とかそんな臭いがプンプンしていて、ここ最近では一番個人的に興味を引かれた話題です。(笑)
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