2020年6月8日

複雑な人種差別問題

今アメリカを中心に問題となっている、黒人(アフリカ系アメリカ人)が白人警官にの取調中に無くなった事件。アメリカ国内だけで無く、世界的に大きな動きになっているけれど、それが広がりを見せていくとともに、どうも内容というか話題も変化してきていて、どんどん拡散していくことに逆に不安を感じるくらい。私は、留学とか長期滞在こそ経験は無いものの、それでも仕事やプライベートで何度もアメリカを訪問して滞在していて、社会人として仕事をし始めてからの30年余りのうち、トータルで1割くらいの3年一寸はアメリカでの生活経験があるから、一般的な日本人から見たらそれなりに向こうの経験値がある方だと思っています。また、仕事での滞在が2/3位あるので、向こうのエンジニアやマネージャは勿論、仕事以外の付き合いもそれなりにあるから、何となく向こうでの生活を肌感覚という、何となく感じる機会や経験は何度もありました。

そんな中でも、やはりアメリカでの「黒人差別」とか「人種差別」という話をするのは、難しい。難しいというか、とても何か意見を言えるような知識も経験も背景も不足しているというのが本当のところ。私は、幸いにもそう言う経験は今のところ無いし、仕事での同僚達は、それこそ黒人、白人は勿論、中国系に韓国系、ヨーロッパ系にロシア系、さらにはインドにと、色々な人達と会う経験に恵まれていて、そう言う意味ではアメリカ人中心ではあったけれど、それなりに多国籍同士の中で生活していたから、そんなに「差別」的な物は感じなかったかも。唯一「差別」では無かったけれど、会社のカフェテリアに日系人なのか日本移民なのか、英語がネイティブのお婆さんが働いていて、アメリカ人とかだと愛想が良いのだけれど、我々日本人にはつっけんどんな人が居たのが一番印象的かなぁ。日本だと、白人vs黒人の構図ばかり伝えられけれど、アジア人vsアメリカ人、みたいな構図もあるし、それは多分地域や歴史によって千差万別だと思いますね。

さらに言えば、「黒人」と言うけれど、そう言う人種がいるわけではなく、古くはアメリカ独立以前からアフリカから連れてこられた世代から、最近ではアフリカも含めて、南米カリブ当たりからの流入とか、色々な世代が「黒人」としてアメリカ国内には生活をしている。だから、見た目的には黒い肌の人だからと言っても、実は考え方が古くからの家族と、最近の家族では違っていたりするし、生活レベルなんかもかなり違う場合も有り、だから考え方なんかも違うのは普通だったりする。その当たり、日本は凄く単純化して伝える傾向があると思うけれど、それは何となく日本人の「黒か白か」「悪か正義か」みたいな、判断基準が影響している気がしますね。とは言っても、表向きは総黒白はっきり付けたがるけれど、実は内面的には「曖昧、あうん」で波風立てないというのが日本人の考え方というか、ある意味秩序維持のアイデアだったりすると思うんですが。だから、一人一人が色々な意見を感じたり発言することは良いことだと思うけれど、只簡単に「善悪」を言えるほど単純な話では無いことは理解して覚悟しないといけないとおもう。

今回の事件に関しては、大元の黒人男性が亡くなった件に関しては、白人警察官の差別的な意識とかそう言うものの理由が大きいと思うし、それに対して日頃からの鬱憤が、新型コロナウイルスの自粛もあって爆発したことも理解は出来るけれど、それが暴動とか略奪にまで広がってしまうのが、アメリカ社会の脆弱性だと思うし、実はそれほど深く考えていない野次馬的な煽動者に載せられている部分も大きいと思う。今年が、4年に一回の大統領選挙の年だという事も、結構影響して居ると思うし。大統領選挙の時に仕事で向こうに滞在していたことが何度かありますが、正直民主党・共和党、それぞれの政党支持者が、この時期だけは何か互いに親の敵みたいな雰囲気になるんですよね。流行している「#BlackLivesMatter」は、実は4年前の大統領選挙の時にもトレンドになったらしいけれど、単に人種差別、黒人蔑視という単純な切り口だけでは語れない色々複雑な要素が絡み合っているわけで、そういう部分を余りに無視してなのか知らないからなのか単純化して伝える日本の報道はかなり軽率な気がしますね。複雑で難しい問題だからなかなか何か一つ答えが出るという話では無いけれど、ただ一つ言えるのは、理由はどうあれ「ルールを破ったら負け」という事。抗議の声を上げるのも良いし、デモをするのも良いけれど、それが暴動や略奪になったら駄目。自分達の主張をするのは良いけれど、その中に嘘やデマが含まれてしまったら、それも駄目。相手を批判したくなり、相手を任したいと思う気持ちも分かるけれど、そうやって敵を破ることよりは、自分達の主張を静かに説明して仲間を増やす方が将来的には有利になるんじゃ無いだろうか。そう言う意味で、アメリカ国内の話は別にして、日本でのその種の行動は、ちょっといろいろな意味で「?」と感じることが多いなと感じますね。

ANA不採算国際線削減へ

朝日新聞に掲載されていた気になる記事。ANA HDの片野坂真哉社長とのインタビューで、新型コロナウイルスの影響により需要が戻らない国際線に関して、不採算路線を削減する方針を明らかにしたという記事。7月末にも新しい事業計画を公表するそうですが、少し前までは日本で一番国際線の多い航空会社(JALの破綻で路線を整理したから)と宣伝までしていたのに、またJALに逆転されるのだろうか。

気になるのは、どの路線がどれだけ削減されるのか。個人的に気になるのは、よく利用するハワイも含む北米路線と東南アジア・オセアニア路線がどうなるか。ハワイ路線はA380導入した直後だし、ここを整理するのは有り得ないと思うし、今の自粛ムードが解除されれば、やはりハワイは人気のディスティネーションだから、ここはそれなりに期待出来そう。北米路線では、需用の度合いがどれくらいなのか分からないけれど、サンノゼとかシアトルとか、西海岸は整理がありそう。サンフラン、ロサンゼルスはそのままだろうけど、LAXは1便くらいは削減させるかも。UAがLAXの長距離路線を撤退しているので、逆にその分補填するからそのままかもしれないけれど。一応、スタアラとしてもHub空港だから、それなりにゲートウェイとして維持はされるんだろうけど。

東南アジア・オセアニアは、有る程度整理されるかもしれない。個人的には、シンガポールとシドニーが残れば十分ですが、それ以外の路線の需用は高いのだろうか。シンガポール線は、地元のSQも便数を減らしているくらいだから、ANAも2便位までに削減するかな。気になるのは、バンコク線ですよね。タイ国際航空が破綻して、路線は維持されるんだろうけど、共同運航なども含めてどうなるのか。ただ、今回の新型コロナウイルスの影響で、中国から製造先を東南アジアに移す流れも大きくなるだろうし、そうなると東南アジア路線はこれまでの中国路線以上にドル箱路線になりそうだし。インドも含めて、経済成長率は高い水準で伸びている地域だけに、簡単には削減できないとは思いますが。よく分からないのが、欧州路線。自分は全く利用していないので、どの程度の需用があるか不明ですが、やはり日本の企業がそれなりに出ているし、観光目的でも人気の場所が沢山あるから、こちらも簡単に削減は出来ないでしょうね。ただ、ルフトハンザとかとの共同運航便を活用して、暫くは最適化しつつ需用が戻ってきたら、また自社便を復活させるという考えはあるかも。

さらに言えば削減する路線は、成田便なのか羽田便なのか、それも気になるところ。柵が無ければ、羽田に集約して、その間に成田の設備改修とかやりたいかもしれませんね。空港ターミナル等は日々改修されているのだろうけど、カウンターとかラウンジとか、乗客が利用する設備に関しては、新しい分羽田の方が良く見えるのは正直なところ。ラウンジなどは、今は半分は閉めているのだろうから、その間に大規模改修してくれると嬉しいけれど(その場合は、お得意の「隈研吾風」になるんだろうなぁ)、お金も無いときだし、今から直ぐにデザインしてと言うわけにも行かないだろうし。それに、今後の成田空港拡張を考えると、どうも第三ターミナルというか、旧C滑走路(横風用滑走路)当たりに、新しいターミナルビルが出来るみたいで、そちらへの投資も考えたらいま一タミに投資するのか良いのか疑問も感じるし。でも、新しいターミナルが出来るにしても、10年後位なわけですから、その間は今の設備を使うしか無いわけで、その為の投資を今してくれたら、この新型コロナウイルスが納まったときに、旅行需要がドッと戻ってきたときに助かると思うんですけどね。ちょっと7月末の発表が気になります。

共同通信のデマ?!

共同通信社が昨日配信した、香港への国家安全法制導入に対して、中国を厳しく批判する米国や英国などの共同声明に、参加を打診された日本が拒否していたという記事。共同通信の配信なので、全国の地方紙などにも一斉に配信されていて、さらには共同通信の英語記事毎日新聞が英語面に掲載すると、それを引用する形でBloombergとかも世界的に配信。ただ、元ネタがあの「共同通信」なので、その真偽がネットでは問われていました。

疑問なのは、共同通信の記事は、ワシントン発で6日付けで記事になっているんですが、この米英の共同声明に関しては、英国外務省が5月28日付けで公表しています。そこには、この共同声明が、英国、オーストラリア、カナダ、米国4ヶ国の共同声明と書かれています。参加した国の数で優劣が決まるわけでは無いけれど、ドイツやフランス等も参加していないわけで、記事から受けるような「日本だけが中国との関係悪化を恐れて不参加となった」訳ではないことは明らか。というか、共同通信はそんな一週間も前の話を、なんで今頃持ち出してくるんだ? 凄く恣意的に考えると、この話は元々知っていたけれど、共同通信の記事最後に書いてある、
米国など関係国の間では日本の対応に失望の声が出ている。
 が鍵では無いか、と。つまり、ワシントンで取材をしていたら、政府関係者の一人か何人かが、この件で「もう少し日本が乗り気になってくれると思っていた」くらいのコメントが取れたので、一週間遅れの記事にしたのでは無いかというのが私の邪推。

まだ外務省などからは正式なコメントは出てきていないけれど、片山さつき議員のツイートによれば、タイミングが急すぎて対応出来なかったのが理由らしい。その片山議員のツイートにも書かれているけれど、REUTERSの記事では、この共同声明と同じタイミングでかつ国家安全法制が可決された直後に、日本の外務省は「極めて深刻な事態」と中国大使を呼び出して非難している。そう言う意味では、日本は今回の中国の決定に決して距離を置いているわけでは無いし、強く中国の行動を非難している。共同声明に参加はしなかったけれど、意思は同じと言って良いのでは。

共同通信社が作為的だなぁと感じるのは、日本語記事が10行程度の記事なのに対して、英語記事は30行以上もあり、しかも5月28日に中国大使に「深い懸念」を表明したことまで書いてあるけれど、要するに英米などの共同声明に参加しなかったのは、中国を刺激したくないという隠れたいとがあると言うニュアンスの記事に。疑問なのは、共同通信としては日本が英米等の共同声明に参加しなかったことが不満のようなのだけれど、それって彼らも香港の「一国二制度」がなし崩しにされることに対して反対しているという立場なんだろうか。でも、彼らの記事を読む限り、「日本も立場上一応反対を表明していますが、実際は中国に対してそんなに強く出ませんから」とも見てしている様子が浮かんでしまうのは、私の心が曇っているせい? (笑) 実際、日本は参加していないから、記事の内容は「事実」では有るけれど、それなら一週間以上も前に分かっている話を何故今蒸し返すのか、さらには日本語よりもより詳しい記事を英語や、さらには中国語でも配信しているらしいけれど、なんで日本人に伝えずに海外に配信しているのか、その理由を是非納得いくまで説明して欲しいですよね。まぁ、しないだろうけど。

2020年6月7日

営業禁止措置

新型コロナウイルスの感染が終息しない東京都で、「夜の町」対策が急務に。感染収束をしたい、政府や東京都の言い分も分かるし、とは言っても死活問題となるお店側としても少しでも収益を上げたい。お店側としても、これまでのような「密着しての接客」を見直して、色々苦労しながら工夫もして対策しているところもあって、必ずしもこの手のお店が全て悪いわけでは無いけれど、やはり「密着」するのがサービスの一つみたいな事もあるこの業種では、なかなか難しい事も事実。

ただ、そんなことをやっていたら、社会的にも収束しないし、この業種的にも社会から否定的な評価しか得られないわけで、そこは双方からの対策が必要かも。ふと思ったんですが、感染者を出したお店は、例えば食中毒を出したお店のように、暫く営業停止措置とか出せないのだろうか。新型コロナウイルスは指定感染症なのだから、単に感染者が出たというだけの意味では無いと思うのだけれど。で、お店側としても、そう言う措置が出されるとなれば、これまで以上に慎重に対応するのでは無いかと思うのですが。

全てがそうだとは言わないけれど、今感染者が出ている大きな場所としては、一つは病院等の院内感染と、夜のお店関連が多いことは事実。院内感染に関しては、医療作業の一環として注意してもらうしか無いのだけれど、夜のお店に関しては利用者を止めることが出来ないのであれば、お店側の自浄努力を有る程度強制的でも進めるしか無いと思うなぁ。浜松で初期の頃に感染して、その後亡くなった男性の場合は、感染したままフィリピンパブへ行って、その時に付いたた女の子では無く、その男性が寝転がったソファーに座った別の女性が感染したわけで、そういう部分の影響が大きいような気がしてしまうんですよね。そうなると、有る程度距離を保ち、マスク等で飛沫拡散をそれなりに防げれば、後は無意識に触れるようなものの対策をすれば、かなり感染リスクを下げることが出来る様に思います。

非常事態宣言が出されていた頃と比べると、明らかに人手は増えてきているし、まだ「三密」という状態では無いけれど、全体の意識としてちょっと油断というか、ほんの一月前の緊張感が緩んできていることも事実。それでも、先日自宅近くのイオンモールに行ったときには、殆どの人がマスクを着用して居るなり、それなりに「新しい生活様式」は定着していて、普通に生活する分には社会的な感染リスクは殆どないと言っても良いのでは。だから、後は飲食の席とかライブや映画館みたいな、どうしても「三密」の一部でも避けられないような場所・状態をどう回避するかというところ。今は厳しい「夜の町、お店」ですが、そこで何か工夫や対策が生まれたら、それが逆に武器になりスタンダードが生まれそうな気がするんですが。そう言う意味で、「夜の町、お店」の人達は厳しいだろうけど、ちょっと頑張って欲しいなぁ。今は批判されているけれど、ちょっとした事で先陣に立てる可能性があると思うから。

顔より資料

ずっと続くリモートワークで、ビデオ会議の機会も増えているんですが、それに対して最近感じるのが、「自分や相手の顔を出している暇があるなら、その分資料なりファイル共有なり、もっと自由に出来るようにしてくれ」という事。

これ、仕事でこう言う共有ツールを使う場合は、プレゼンターが自分の資料(PowerPowing等のファイル)を共有して、それが画面に表示されると、それを使いながら説明をする。それに足して、別の参加者が今度はプレゼンターとして説明などをする場合は、最初の資料共有を外して、新しい人が新しいファイルの共有を始める。そうやって、必要なファイルを順番に共有しつつ、その内容を全員で見ながらディスカッションをしていくわけですが、その時に面倒なのが、前の資料を一寸みたい場合とか、複数の資料を比較しながら話をしたいとき面倒だったり出来ない事。先日の会議中も、何人かが資料を用意していて、それを順番に共有しながら話を進めていたんですが、内容を切り替えるのに時間が掛かり面倒。その間に、表示されている参加者の顔はずっと残っているんだから、そこにそれぞれの資料表示が出来て、必要なものが中央にズームされるとか、タイル表示されてそれぞれ指摘できれば便利なのにと思ったわけです。

仕事のツールとして以前使っていたWebExとか、今も使っているSkyp for Businessは、元々は音声を電話会議的に共有して、そこにファイル共有の機能が追加された物。その後、ビデオ機能がそれ以外のツールにも導入されて、今では「相手の顔を見ながら会議する」のが普通になってきたけれど、素朴な疑問として、そのビデオ映像の画面と資料表示の画面が同じ物というのは変じゃない? 本来なら、資料用のメインの画面が一つあって、そこに参加者の子画面が別に表示されるなら分かるし、実際のリアルな世界での会議だって、会議室に参加した参加者がプロジェクターで投影される資料内容を見ながらディスカッションするわけだし。考えてみたら、一回に一つの資料しか投影できないのって、実際の会議室での会議の場合は、プロジェクターが一つしか無いのなら仕方ないけれど、ネットワーク上のリモート会議なら、幾らでもセッションを作って、それぞれの画面を共有すれば良いだけの話しでは。少なくとも、今の共有画面の代わりに共有の仮想ワークプレイスみたいな「場」を一つ作り、そこに参加者の資料共有なりカメラ映像の合成とかすれば良いだけの話では。

最近のビデオ会議の様子をちょっと俯瞰しながら見ていると、どうしても昔の「ビデオ電話」のイメージが残っているような気がしますね。オンライン飲み会とか、全員で参加してのイベントみたいな時には、それはそれで良いんだろうけど、例えば1時間の会議でずっと参加者が表示されている必要性は少ないだろうし、それよりは場合によっては資料共有が目的になるからそっちを重視したいし。共有ファイルだって、その都度それぞれの参加者がアップロードして共有すると時間がかかるけれで、予め共有フォルダーにアップしておいて、そこで仮想的に「開いて」置けば、その仮想画面を見ることで直ぐにそれぞれの参加者が参照できるようになれば簡単で便利なんですよね。参加者の個々のクライアントを全員が共有するのではなく、会議用の仮想マシンがあって、それを全員が共有するほうが効率も良いし、もっといろいろな昨日が実現出来る気がするんだけれど、どこか作ってくれないだろうか。

忘れ物対策

ITmediaの記事から、在宅勤務・リモートワークでたまに出社するときの「あるある」の一つについて。最近は、オフィスビルなどに入居している企業は、殆どの所でセキュリティチェックを導入して、社員証とか専用のICカードで入室管理をしているから、久しぶりに出社するときに、そのカードを忘れて右往左往することはしばしば。普通なら、同僚とか知り合いに電話して入れて貰うことも可能ですが、殆どみんながリモートワーク状態ではそれも出来ずに、結局とぼとぼと帰宅する羽目になるかも。うちの会社の場合は、一応セキュリティルームがあって、通常勤務時間帯は担当者がいるから、そこで臨時の入館証を発行して貰えば、なんとか中に入る事は出来るけれど、それはそれで面倒ではあるし。

記事にも書いてあるように、社員証以外にもオフィスの机の鍵だったり、身の回り品だったり、たまに出るときには忘れがち。幸いにも、うちは開発部門なので、PCのACアダプターとかケーブル類は、逆に会社に行けば捨てるほど有るから(笑)、忘れても影響は無いけれど、同じ外に出るにしても会社に寄らずにお客様先を訪問するようなときに限って、ACアダプターを入れ忘れたりするから大変。そう言うことを、在宅勤務を始めて週に一回のオフィス通いをし始めた頃は何度も経験していました。で、結局私が編み出した(と言うほどでも無いけれど)対策方法は、「オフィス出社時に持って出る鞄を一つ決めておいて、そこに必要な物は全部入れておく。帰宅しても、そこから出さない。とにかく外に出る場合はその鞄を持つ。どうしても鞄を変える必要が有る場合は、一度中身を全部出して入れ替える。」ということ。

正確に言えば、例えば財布とかスマホ等はずっとその鞄に入れっぱなしにして置くわけにも行かないので、そう言うものは例外ですが、社員証、PCのACアダプターや電源ケーブル、USBメモリー、スマホ等のケーブル類、名刺、筆記用具などは、その鞄に入れっぱなしです。そうそう、会社の鍵は、最初それだけ鞄に入れて置いたのですが、ある時何処かに紛れ込んでしまい見つからないことがあったので、鍵類は一番メインの鍵を自宅の鍵束に集約して、会社ではそのメインの鍵で開けられる引き出し、それ以外の鍵をまとめて入れています。財布、スマホ、鍵が例外くらいで、それ以外は今の所「オフィス出社時専用鞄」にまとめて居て、どうしても荷物が増えて別の鞄が必要な場合等は、まずは別の鞄を用意して必要な物を詰め込み、最後にその専用鞄の中身を全部出して、それら全部が入るようなポシェットみたいものにまとめて入れて、それを新しい鞄に入れて出かけます。戻ってきたら、そのポシエットを先ず取りだして、その中身を元の鞄に戻して、それからその時使用した新しい鞄を整理するようにしています。つまり、出社用の持ち物を完全にパッケージ化しておくことですね。

たまに気分を変えて別の鞄やデイパックで出社何て言うときもありますが、その時は同じように全部出して全部入れ替える事をやっています。その時に、「今日は〇〇は使わないから置いておこう」と思うと、絶対それを後で戻すのを忘れるので、とにかく一度に持ち出す物を全部決めて、それ単位で移動させることが一つのコツじゃ無いかと思っています。そうそう、以前はiPhone8の音楽を聴くのに優先のイヤホンを利用していましたが、最近はずっとBluetoothのワイヤレスイヤホンを利用していて、これも鞄の中に入れっぱなしなんですが時々充電を忘れて途中で止まってしまうことも。ワイヤレスイヤホンのメンテナンスも、例外的に出かける前日に充電しておくことを忘れないようにしないといけませんが、充電したままで取り外して持ち出すことを忘れる場合も時々有ります。その為にバックアップとして、必ず有線のイヤホンを鞄にはいれていますが、それならそれで有線イヤホンだけで良いじゃ無いのと思うけれど。

2020年6月6日

出入国緩和、か?!

「出入国緩和」という見出しを見て一瞬喜んだんですが、本文を読んでガッカリ。かなりがっつり言うと、事前にPCR検査を受けて陽性判定されれば、相手国入国時の2週間の待機を免除するという物で、日本へ再入国する場合も同様。相手国との調整が必要なので、今の所はビジネスや医療関係者を対象に、タイ、ベトナム、オーストラリア、ニュージランドの4ヶ国を対象に交渉するらしいけれど、まだまだ先は長そう。

なんと言っても、簡単には取得できないPCR検査の陰性証明書が前提になるのが先ず高いハードル。しかも、相手国に入国時や日本に帰国時にもPCR検査を受けないと行けないわけで、そこで数日の足止めは覚悟しないといけない。ちょっと喜んだけれど、まだまだハードルは高そう。責めて、空港での体温チェックと、使用再な移動先とか旅行計画などの提出くらいのレベルにならないと、空路の利用は出来ないでしょうね。

この状態だと、6月7月の旅行は絶望的で、8月位になってやっと何か出口が見えてくる感じなのかなぁ。さらに、何度も書いているように、寒くなってくると来年の新型コロナウイルス騒動が心配になってきますし、それまでにワクチンとか治療薬みたいな物が出てくれば、有る程度のリスクを承知してほぼ全面解除みたいな事にもなるんだろうけど。

取りあえずANAのAMCに関しては、今月中に国内をあちこち飛んで、2倍モードでの10万PPは達成したいと思っていますが、UA MP 1Kに関しては、ちょっと無理そうですね。と言うか、今年はもうUSへは行けないかもしれない。折角LAXの姪っ子のところを何度か訪問するのが楽しみだったのに、一回いったきりでは寂しい限り。と言うか、彼女はビザが切れる予定の8月までに帰国出来るんだろうか。親が都内に住んでいるので、空港まで迎えに来て貰えれば、そのまま自宅に二週間待機で何とかなるだろうけど、それも可哀想な気がします。やっと「新生活様式」が動き出したけれど、まだまだ助走開始以前の状態ですね。

問題の本質

韓国で騒動になっている、所謂元慰安婦に対しての寄付金や支援金をめぐる疑惑に関しての報道。本来は、元慰安婦支援のために寄せられた寄付金などが、それを扱う団体が横取りして別目的に流用して居たと言うことで、その元慰安婦や施設職員などから暴露されている。

所謂「慰安婦問題」は日本でも大きな騒動になった話なので、日本のメディアも取り上げているけれど、どうも色々なメディアの報道を聞く限りでは、日本でも時々ある支援団体や組織が寄付金を横取りしたと言う事象に矮小化されている気がする。問題の本質はそこでは無くて、今回の騒動の中で、これまで元慰安婦として様々な場所で日本を批判していた元慰安婦自身が実はそれは欺瞞だった、嘘だったと言うようなことを発言しているのに、そちらの話は報道されない。今回支援団体の不正を暴露した元慰安婦と言う女性も、今年91歳なのに慰安婦として16歳の時に連れ去られたと言っている訳で、逆算すると日本の敗戦濃厚な終戦近い時期に連れ去られたことになる。その後も、会見の度に話の内容が変わっていたりして、戦中戦後に苦労したことは同情するけれど、その主張に関しては信用できないと思う。

さらに今回の場合は、実は慰安婦として連れ去られたのは自分の知り合いで自分は慰安婦では無いとか、寄付金目的のために今の身分を作られたみたいな事も言いだしているようで、そうなるともうこれまでの韓国や関連団体の主張は全く信用できないことに。所謂慰安婦問題が騒がれ始めた当時は、現社民党党首の福島瑞穂氏や朝日新聞の記者などが盛んにこの話題を取り上げて、徐々に社会問題から国際問題へと拡大させて、それに伴ってそれらの存在感も大きくなって、ある意味利益に繋がったとも言えるわけで、となれば彼らの説明責任も再度求められるのでは。特に福島議員を初めとした当時の関係者は、ちゃんと納得のいくまでの説明責任を是非実行して欲しいですよね。日頃他者に要求していることなんですから、ご自身に関してのことはとことん説明しなくてはこれまで発言や行動全てが疑わしいことになる。

当事者である朝日新聞や、そのお仲間の毎日新聞が積極的にこの話題を取り上げるとは思えないけれど、確かにそんな様子は見られない。慰安婦報道に関しては、以前誤報で有ったと言う事で謝罪はしているけれど、その後はそんなことは無かったような感じで報道を続けている。というか、「誤報」なのか「虚報」なのか「捏造」なのか、その辺りを納得いくまで説明するのが、報道機関としての義務だと思うけれど、まぁそれ以外の福島絡みの報道とか色々見て同じ事を何度も繰り返していることを見れば、そんな気持ちはさらさら無いことは明らかですからね。韓国の責任が大きいことは言うまでも無いけれど、それと同じくらい大きい日本側の責任に関しても、今しっかりと検証する事が必要なのでは。

夜明け

プロ野球にサッカーに、その他のプロスポーツが徐々に6月からの試合開催を発表するなか、日本のフットボールも、これまで出されていた活動自粛要請を解除して、各チームの判断での活動再開が出来るようになりました。とは言っても、いきなりチーム練習は無理で、まずは個人練習中心に参加人数も制限した状態でスタートして、様子を見ながら徐々に人数を増やしていくんでしょうね。今後の社会情勢にも寄るんでしょうけど、チーム全員が集まって練習できるようになるのは、やはり7月に入ってからでしょうね。

今の所秋のスケジュールはまだ発表されていなくて、取りあえず10月の何処かからスタートすることだけは決まっているような様子。その為、試合数が半減することは確実で、言ってみれば短期集中型のシーズンをどう戦うかが重要。特に、最初の試合での勝利は必須でしょうから、どれだけスタートダッシュが上手く出来るかが、この10月のシーズン開幕までの最大のテーマになりそう。となると、シーズンスタートが10月の初めになるのか、中旬になるのか、下旬になるのか、それ位が決まらないとそれに合わせた練習スケジュールを組むのも難しそう。

通常の場合だと、6月中旬のパールボウル終了とともに春シーズンが一旦終わり、半月から一月弱くらいのオフの後、7月中旬くらいから秋のリーグ戦に向けてチーム活動が再開。8月にシーズン向けのプレー等の調整をして、8月最後の週末か9月初めからシーズンが開始されて、以後ほぼ二週間インターバルでリーグ戦が開催されます。単純に一月スタートが遅れるとすると、8月中旬から下旬にかけてチーム練習がスタートして、9月にリーグ戦に向けてのインストールがされることになりますが、それも春のシーズンに有る程度の積み重ねが出来ていることが前提だから、今シーズンはかなり変則的な予定になりそう。なんと言っても、3月位から十分に体も動かせていないわけだから、7月中はそういう部分の回復が最大の目的になるんでしょうね。8月は、もしかしたら合宿形式みたいな感じで集中的に今シーズンのプレーインストールとか、新人選手の選択もしないといけない。選手登録も、確か昨年は6月の中旬でしたが、今年は8月一杯位まで猶予されるんだろうか。7月中となると、かなり厳しいんじゃ無いだろうか。

多分、どのチームも協会の解除を受けてこれからチームスケジュール等を組み立ててどうやって秋のリーグ戦に向けて作り上げていくか、コーチやスタッフは忙しい時間になるんでしょうね。一番の問題は、本来春の間に出来ていたであろう基礎体力などが、まだかなり低いままだろうし、選手間でのばらつきも大きいんじゃ無いだろうか。観客的にはパールボウルの数試合が春の楽しみですが、観客からは見えないチームの基礎作りという意味で春シーズンは重要だろうから、それをどう取り戻していくのか苦労するところでしょうね。ところで、各チーム、いきなり10月からの試合から始めるのだろうか。練習試合とか、合同スクリメージみたいな形で、8月とか9月あたりにチラ見せみたいなことをやってくれたら個人的には嬉しいのだけれど。

2020年6月5日

日本人はパロディーに寛容

少し前にあった、日本外国特派員協会の会報誌に、東京2020大会エンブレムに、新型コロナウイルスのイメージを掛け合わせたデザインが使用された件で、日本外国特派員協会側がそのデザインを取り下げたという記事。取り下げた理由は、大会エンブレムの著作権上の理由と言う事ですが、協会会員からは不満の声も出ている様子。曰く、「パロディーは芸術」「日本人はパロディーに不寛容」「欧米では考えられない」など。

「外国特派員」協会だから、「欧米では考えられない」と言うのだろうけど、デモ活動している場所が日本国内な訳だから、そこに欧米のルールを持ち込むのは正しくないのでは。社会通念上、共通の認識・理解という物はあるけれど、今回の件はそこに含まれるかというと違うと思う。また、「欧米では」と言うけれど、欧州と米国でも色々異なる物は多いわけで、余り大雑把に一絡げで言われても納得出来ない。今回の件に限らず、こういう「欧米では〇〇」とか「世界では〇〇」という言い方というのは、基本的には信じないようにしているんですよね。理由は、余りに主語が大きすぎて、そこで共有されている価値観という物は、多分凄く狭いごく一部の事柄だろうと思うから。先日の「世界では9月新学期が当たり前」と同じで、確かに割合的には9月新学期が大多数だろうけど、それに合わせるために単に時期をずらすだけでは無い、色々な作業やルールの変更必要なわけで、それらを変えてまで9月に変更する意味や価値があるのか、と言う所は言及しない。そう言う、ある意味胡散臭さを感じる言葉だなと、いつも感じます。

さらに、日本人はパロでイーに不寛容と言っているけれど、彼らの言う「パロディー」って、色々な種類やレベルがあるわけで、それこそクスッと笑える軽妙な風刺画から、一寸これは差別的じゃ無いのというかなり過激的なものまで、良くも悪くも「パロディー」の一言で片付けられてしまう危険性もあると思うんですよね。そう言う意味では、今回の大会エンブレムの外側の資格を、コロナウイルスのスパイクのデザインにしたものは、パロディーのレベルとしては捻りも感じられないし、インパクト的にも小さいし、不発だった気がする。さらに言えば、このパロディーの対象者がどこなのか分からないけれど、少なくとも日本人の感性に響くような物なら、特に問題は指摘されなかったはずで、それが出来ていないレベルの物だったから、これだけ大きな話にもなったはずで、完成度という意味では失敗だったでしょうね。また、今回の批判がオリンピックの不正をそらす目的と言っているけれど、結局以前からそう言うことを言い続けていて何年もたっているわけで、その間に彼らは何かこれという記事を書いたわけでも無いし、結局は何処かの野党と同じで「怪しい」という理由だけで、何年も一つのネタを美味しく使い回しているだけのような気がする。

日本人はパロディーに不寛容と捨て台詞みたいな意見も記事には書かれているけれど、そうかなあ。日本人は、多分世界で一番擬人化の好きな国民で、それってもしかすると「八百万の神様」に繋がっているんじゃ無いかと思うんですが、その擬人化で何を誰に化けさせるかというのが、一つのパロディーだと思う。例えば、気に食わない殿様をタヌキにするとか、怪しいビジネスマンがキツネになるとか、それって擬人化の形を取ったパロディーだと思う。決して日本人が不寛容な訳でもないし、嫌いでも無いわけで、単に、そう言う日本人の感性と、欧米での感性が異なることが最大の理由では。それに、パロディーが成立するには、その内容を理解する文化的な背景とか知識的背景も必要なわけで、それってやはり国民性とかにも依存する部分。そこを捉えられなかったことも、やはりパロディーとしての完成度の低さであり、だからこそ批判も多く集中していると言って良いのでは。そういう部分の理解が無いだけの批判だけでは、いつまでたってもこの協会に対しての理解も生まれないと思う。

象徴としてのレジ袋

来月7月1日から、レジ袋有料化が義務化されるという事で、昨日くらいから盛んに「コンビニレジ袋が」というニュースが流されています。良く行く自宅近くのイオンモールでは、モール内のイオンスーパーは結構以前からレジ袋有料化されていたけれど、モール内の専門店も暫く前から有料化が始まっていて、最近ではレジ袋代わりにトートバッグを持参して通っています。たた個人的に困るのは、一店舗でだけか芋のするならエコバッグ一つで良いのだけれど、複数店舗回る場合に、先に購入した品物が入っているエコバッグを開いて、次のお店の品物を入れて貰うのが一寸恥ずかしい気も。かといって、買い物する店舗数分のエコバッグを持ち歩くわけにも行かないわけで、そこは大変。

今回のレジ袋有料化は、プラスチックゴミの削減」が目的の一つ。それに関しては、その目的は良いと思うけれど、費用対効果というか実際にレジ袋が影響して居る例えば海洋汚染の度合いや、日本自体が世界に及ぼしている汚染具合、影響の度合いから見て、果たしてレジ袋を極端な話なくしてしまったらどれくらいの貢献になるのかが不明。実際、例えば海洋汚染の話をすると、一番影響して居るのは化学繊維の微細な切れ端とか、人工芝などのプラスチック製品などの微細な破片類で、ペットボトルとかレジ袋などの「大物」は、実はそんなに影響度は大きくない。ただ、何かあったときに視覚的に一番目立つのが、これらレジ袋とかペットボトルなので、取り上げられることが多いだけとも個人的には思っています。

今回この話題で一寸調べていたら、こんな高校生の論文があることを知りました。膨大な量のレジ袋が使用されていることは事実だけれど、実は石油換算すると、年間の石油消費量約2.4億キロリットルのうちの50万キロリットル(0.2%)しかない。また、最近のレジ袋は焼却しても無害化処理でき、さらには燃やすゴミの内容から燃焼効率が悪くなってきている中、これらレジ袋などのプラスチック製品を混ぜることで燃焼効率が上がり、燃やすために石油などを投入する必要性が削減できるというメリットも。何でもかんでも石油製品を燃やせば良いという話しでは無いけれど、有る程度添加剤みたいな感じで使うことで、メリットもあるという話ですよね。そう言う意味で、石油削減には車の利用を控えるのが一番良いわけで、それは最近のリモートワークの影響が実は結構効果がでているのではと思います。

さらには、今回の新型コロナウイルスのために、何度も利用するエコバッグでは感染拡大に繋がるのではという懸念も。確かに、使用する度に清浄していれば良いけれど、普通は帰宅して中身を出したら、そのまま畳んで仕舞って、また次にそのまま使用する、というサイクルが回るだけでしょうね。私も、重い物を購入するときには頑丈なトートバッグを持参しますが、一寸したお弁当の購入とかコンビニでの買い物なら、やはりその時の購入量にあったレジ袋を出して貰える方が嬉しい。論文の最後にも書いてあるけれど、確かに効率化も大切だし、省エネも大切だけれど、一方で利便性という物も付加価値な訳で、それが全く無駄になるのは問題だけれど、それをうまく活用すれば最終的にプラスの効果もあるのであれば、無理に止める必要は無いような気がします。

「民度」の基準点

麻生財務大臣兼副総理の、またまたお騒がせ発言。参院財政金融委員会で、新型コロナウイルスによる死亡者数が、他の先進国と比べて日本は二桁近く少ないことを問われて、「国民の民度のレベルが違うと言うとみんな黙る」と発言して、これが物議を醸すことに。まぁ、言いたいことは分かるけれど、言葉というか語句の使い方として「突っ込んで下さい」というのは確か。実際、立憲民主党の蓮舫氏は、噛みつき亀のごとく、この発言に噛みついているけれど、正直彼女の言い方も「民度」を感じるなぁ...

そもそも「民度」とはどう言う意味かと調べたら、
民度(みんど)とは特定の地域・国に住む人々の平均的な知的水準、教育水準、文化水準、行動様式などの成熟度の程度を指すとされる。明確な定義はなく、曖昧につかわれている言葉である。
と書かれています。今回の件で言えば「民度=行動様式のレベルが違う」という意図だと思って間違いないでしょう。なぜなら、他国はロックダウンまでして行動を制限したけれど、日本は法律上それが出来ないので空くまで「要請」レベルしか出せなかったけれど、結果的には他国よりもかなり少ない死亡者数を維持しているわけですから。まぁ、それならそれで「他国よりも国民の行動様式理解のレベルが違う」と言えば、波風立たなかったのだけれど。

メディアも含めて「民度」という言葉に一斉に反応しているけれど、何故そんな反応が出てくるのか自分なりに考えてみたんですが、それはこの「民度」という言葉がこれまでその国その国民の格付けをするときに使われる言葉で、しかもどちらかと言えばその格付けが低い事を言うときに使われる、否定的なあるいは侮蔑的な意図が隠れた使われ方をしてきたからなんじゃ無いかと。例えば、社会的ルールを守らない、行政に不正が多い、みたいな場合「民度が低い」という言い方をするけれど、それは空くまで日本のルールを基準にした場合に、そのルールの許容範囲からどれだけ外れている、異なっているかが「民度」の格付け基準になっているわけで、実際に「民度」という絶対的な尺度があるわけじゃない。「民度=民の度合い」と書くけれど、そのサンプリングだってどうするのか。整然と国民が生活しているという意味であれば、強権的な統治が行われている北朝鮮などは「民度は高い」と言っても良いわけだけれど、でもそれに同意する一はどれだけいるか... 正直、「血液型別性格傾向」とか「星座占い」的な、一種の分類というか格付けに近いものじゃ無いかという気がします。

確かに、新型コロナウイルスは東アジアでの被害は少なくて、特段日本だけがずば抜けて感染の影響から外れているわけじゃ無い。「新型コロナウイルス」という物理的な存在によって発生している病気なのだから、某かの物理的な要因理由があるはずで、それがBCGなのか、無意識に感染していて獲得していた免疫抗体なのか、あるいは人種的な物なのか、それは今後の研究を待つしか無い。さらに、日本人が普通に着用するマスクの効果とか、うがい・手洗いの効果、さらには土足文化が無い事など、少なくとも欧米との違いは大きいから、それが影響している可能性はあります。そう言う意味で、G7等の欧米諸国に対して、向こうよりもそう言う文化的な物、行動様式的な物で一層レベルの高いところに日本があると言う意味であれば「民度のレベルが違う=高い」と言う事は、ある意味正しいとは思う。ただ、「民度という言葉は、発展と自用国などに対して使う侮蔑語に近いもの」みたいな認識のある、例えばメディアとか揚げ足を取りたい野党議員にとっては、まぁある意味「美味しい」一言だったことは確か。それを「麻生節」というのも良いけれど、やはり立場を考えたら相手に突っ込まれるような言葉を使うのは駄目だと思う。でも、その意図を都合の良いようにねじ曲げて攻撃に使う方も、同じくらい「駄目」だとも思うけれど。いずれにしても今回の「民度」という言葉を聞いて、「相手よりもさらに日本は高い」と思うのか、「相手が日本よりもっと低い」と思うのか、その判断基準でその人の思惑というか立ち位置が何となく分かる気がする。

2020年6月4日

予備費削減

新型コロナウイルス対策で、第多淫な二次補正予算が準備されて、その目玉とも言って良いのが10兆円の予備費。通常「予備費」は、使用目的を定めずに、突発的な対策費用として利用される、言わば「バッファー」的予算ですが、今回は今後の新型コロナウイルスに迅速に対応するために、予め予算枠を大きく準備しておくもの。色々批判や不満のある安倍内閣ではあるけれど、この10兆円の予備費というのは、なかなか大胆かつ有益なアイデアだと思う。

ところが、その「10兆円」というかなり大きな予算枠が気に入らないのか、特に書く内閣の目玉政策は気に入らないのか、単に理解出来ないだけなのかしたくないのか、野党は一斉に批判を始めて、「予備費削減」まで言い出す始末。いゃ、新型コロナウイルスが流行しだして、まだ本年度予算が決まる前の2月とか3月の時には、2019年度の予備費で対策していて、その規模では足らないと散々批判していたのに、こんどは「多すぎる」。緊縮財政の麻生財務大臣ですら、このように十分な対策費用が必要と言っているのになあ。

で、例によって気に食わないから来週からサボります宣言。もうね、そのままずっとが萎縮自粛していれば良いのでは。その間に、どんどん必要な法案を通して、少しでも早く収束させるように与党と一部野党で進めれば良い。なんでこの人達には「気に食わないから止めます」という選択肢しか無いのだろう。「気に食わないから、我々はこう言う提案をしたい」とか「こう言う事を先ずやるべきだ」という行動どころか、発言すらないような状態で、どれだけ賛成や支援を増やすことが出来ると思っているのか。よく政党支持率で自公与党の支持率の上下に一喜一憂しているけれど、それよりも野党支持率はどんどんじり貧で、殆ど上がること無くずっと下がり続けているような状態なのに、彼らは危機感を持たないのだろうか。

これが「万年野党」の人が、本来の政権活動みたいな物を知らずに言っているならまだしも、仮にも3年一寸政権を持った人達が言っていることだから救われない。個人的には、あの3年間は大いなる無駄だったと思うけれど、それでも中枢で仕事をしたことを少しでも今の活動に生かして欲しいと思うもの。でも、あの時に散々削った色々なお金や人の付けが今に回ってきているわけだし、結局それに対して反省も説明も無いままに、また好き勝って言っているだけ。ないかい書いている気がするけれど、無能な働き者ほど邪魔な物は無いというのは本当だなぁと再認識するばかりですね。東日本震災当時、寝ずに頑張っている枝野氏に対して「#枝野寝ろ」タグが流行ったけれど、今は反対の意味で「#特定野党寝ろ」だな。

一日マスクは辛い

昨日は久しぶりに飛行機に搭乗したんですが、今登場するときには空港内から機内までマスク着用がほぼ義務化されています。当然、其れ以前の自宅から出かけるときから、また自宅に戻るまで、飲食をする時を除いて基本マスクは着用しているわけで、多分初めて12時間以上ほぼ連続してマスクを着用する一日になりました。

これまでも、金曜日に新幹線通勤をするときにはマスク着用をしていましたが、オフィスの中では自分一人だけだったりするので、マスクをせずに仕事をしていたりと、正直マスクを着用するのは移動時など外に出ている間だけ。所が今回は、自宅を出るときから帰宅するまで基本マスク着用で、マスクを外したのは飲食をする時だけ。自宅を出たのが朝の6:00頃で、帰宅したのが20:30頃ですから、外に出たいのは14時間ちょっと。その間で、マスクを外したのは朝・昼・晩の食事の時と、トイレに入ったとき位だから、多分14時間ちょっとのうちの「ちょっと」部分くらいじゃ無いだろうか。新幹線での移動中とか、フライト中とか、何時間もマスクを付けっぱなしの時もあったわけで、これがなかなか大変でした。

なんと言っても、私はメガネを掛けているので、メガネが曇るのが困る。寒い的は仕方ないけれど、これだけ暖かくなったら曇ることは無いだろうと思っていましたが、ほぼ密着しているマスクの鼻緒さえの部分から漏れた息が、直接メガネのレンズに当たるから、呼吸する度に曇ったり消えたり。これが鬱陶しい。また、眼鏡を外すと、その鼻緒さえのワイヤーが入っている部分が、目の涙袋の下辺りに当たるんですが、これが視界の隅に入ってかつ微妙に肌に触れている印象があって気になる。そちらにピント合わせしようとするのか、目も凄く疲れるし。

さらに、朝の頃はまだ良かったんですが、それがお昼になり夕方になってくると、マスク越しに呼吸するのが段々辛くなってきます。1番困るのは、やはりマスクの内部が呼吸によって暖かくなってくることですよね。特にひるままだ気温が高いときには、回りも暑いしマスクの中も熱いしなんていう二重苦状態。これ、今の時期はまだ我慢できるけれど、後一月もして連日30度越なんていう気候になったら、とても今使っている不織布の使い捨てマスク何て使えません。夏用に、布マスクとか冷感マスクみたいなものが必要かなぁと実感しました。こういう状況を毎日繰り返している医療関係者の皆さんの苦労を、極々一部だけれど実感出来た気がしましたね。本当に大変だと思います。

AMC Leg#6: HND-FUK/-HND

新型コロナウイルスの影響で、4月の中旬に飛んでからずっと地上に貼り付けられたまま、モンモンと日々を過ごしている今日この頃。一部、東京都や北九州市など予断を許さない地域もあるけれど、緊急事態宣言も全国的に解除され、ちょっとホッとした感じ。それもあって、以前から予定していた所要を済ませるために、久しぶりにフライトする機会になりました。

訪問先は福岡。富士山静岡空港からFDAも福岡便を再開しているんですが、一日2便でかつ空港までの移動に時間が掛かる。正直、自宅から静岡空港までの移動時間は、羽田空港に行くのとそんなに変わらない。しかも、羽田からなら通常なら1時間に1便はあるので、スケジュールが立てやすい。結局、ANA便利用すればAMCにもカウントされるし、どうしても静岡空港よりは羽田利用になってしまう。地元愛はどうした、と言われそう(笑)。ただ、6月は国内線の減便や運休も多くて、日本でもトップの乗客数となる福岡便も、1/3位しか飛んでいない。いつもなら、こう言う間引きスケジュールは不便なわけですが、今回は丁度出先での用事を済ませて戻ってくるのに丁度良いくらいの間隔で、逆に助かりました。

当日、自宅からバスで浜松駅へ。これも、約二ヶ月ぶりくらいで、何か懐かしい(笑)。浜松駅から品川駅への新幹線は、いつもより一つ早いひかり号ですが、まだまだ社内は空席だらけ。そんな空気とともに移動して品川駅に到着し、京急で羽田空港に到着しましたが、平日とは言えいつもは混雑している空港は、まだまだ閑散とした状態です。

ビックリしたのは、2Fの出発カウンターのあるフロアーの、右半分、保安検査場のC/Dの有る側ターミナルの半分が閉鎖されていたこと。ガイドテープが貼られていて、「AMC Diamondカウンターも使えないのか」と思ったら、Diamondの看板が出ていて、カウンターへの入口だけはガイドテープで誘導路が設けられていて、こちらは利用可能な様子。ちょっと恐る恐る入口から入ってみましたが、中の様子はいつもと同じ状態ですが、いつもなら出来ているカウンターやX線検査機前の待ち行列も無く、直ぐに通過して制限エリアに入ります。

1) HND 09:40 - FUK 11:30 (NH247)

ガラガラのAMC Diamond用保安検査場を抜けてラウンジに上がると、3FのANA Loungeは閉鎖中(反対側のみ利用可能)ですが、その上のANA Suite Loungeはオープン中。でも、北側半分は閉鎖された状態。それでもラウンジ内利用者数は少なくて、新型コロナウイルスの影響を実感します。

出発ゲートがラウンジ前の63番に当日変更になったので、ゆっくりとラウンジを出てゲートに向かいます。今回は往復ともスーパーバリュー1で予約していて、最初は普通席を指定していました。可能なら、アップグレードポイントでプレミアムクラスに上げようかと思っていましたが、ずっと「満席」「アップグレード不可」のまま。でも駄目元で当日の朝予約を確認するとアップグレード可能になっていたので、即アップグレードポイントで往復ともにアップグレードをして確定。往路は、たまたまキャンセルの席が1席でたところを、私が見つけたみたいですが、復路はA321からB763に機材変更があり、それでプレミアムクラスが2席増えたので、それで空席が出来た様子。いずれにしても、ラッキーでした。

定刻通りに搭乗開始となり、機内に入ると、このA321は新シート機材。これまでの、コクーンタイプのシートに比べると、随分とスッキリ薄く無っ単位小ですが、座り心地は変わらない。何より嬉しいのは、電動シートになったので、シートの傾斜や位置設定など、簡単に行える点。これまでの、レバー式のシートは、流石に経年変化で上手くレバーが動かない場合とか有り、心地よい位置に設定するのも大変でしたが、これはやはり楽。是非、全機種に導入して欲しいのですが、暫くは無理でしょうねぇ...

ほぼ定刻にドアクローズとなり、暫くしてプッシュバック開始。西行きのフライトなので、D滑走路のRW05に向かいます。フライトが激減していて機数が少ないためか、タクシングのスピードもいつもより早い感じ。さらには、D滑走路に上がってRW05に異動するときも、先行機が居ないためそのままクルッとかそうろに正対すると、直ぐに離陸開始となりました。

新型コロナウイルスのため、機内サービスも限定されていて、特に飲み物類はパック飲料か瓶に入った物しか無く、コーヒーが無いのは個人的にはちょっと寂しいかな。まぁ、仕方ないですよね。軽く食事を頂いた後は、1時間位本を読みながら時間を潰して福岡空港に到着。海側からRW16に着陸すると、反対側の国内線ターミナルに戻るまで少し時間が掛かりましたが、ゲートインしたのはほぼ定刻でした。久しぶりの福岡空港なので、地下鉄駅への動線にちょっと迷いましたが、なんとか連絡通路を見つけて、この後用事先の天神まで移動しました。

2) FUK 14:15 - HND 16:00 (NH256)

用事を済ませて空港に戻ってきたのが13:30頃。お昼がまだだったので、3Fのレストラン街に上がって軽く食べてから、その下のANAとJALの優先保安検査場&ラウンジ入口が並んでいる所から中に入ります。速攻でトイレを借りてから、ラウンジ内のWi-Fiでメール確認。ちょっと急ぎのメールが来ていたので、慌てて返信を送ったところで、もう搭乗開始時刻になっています。

搭乗ゲートは7番で、ちょっとラウンジからは離れている場所なので、急ぎ足でゲートに向かいますが、ゲート前では丁度事前改札の最中。直ぐに優先搭乗が始まり中に入りますが、このフライトは満席に近いのか、乗客の列は途切れること無くどんどん入ってきます。結局ドアクローズしたのは、定刻の少し前。直ぐにプッショバックが開始されたのが定刻くらいでした。クルッと反転して滑走路に向かいますが、RW16ナノでターミナルの目の前で、今回も誘導路から滑走路に入って正対すると、直ぐに離陸開始となりました。

機内では、お昼を食べた直後でもあり、機内サービスは断って文庫本などを読んで時間を潰します。到着予定時刻は定刻通りと事前にアナウンスがありましたが、東行きは追い風になるので、結構早く到着しそう。定刻の30分以上前から着陸態勢に入るアナウンスがあり、房総半島の東京湾側西側の海岸をかすめるように左ターンをして真っ直ぐに羽田空港へ侵入。いつものA滑走路のRW34Lかと思ったら、直前にD滑走路のRW05が窓の外に見えて、「おっ、今日はC滑走路?」と思ったところでタッチダウン。久しぶりにC滑走路のRW34Rに着陸しました。この後、滑走路を引き返して、64番ゲートには行ったのは、定刻よりも10分以上もの早着。やはり追い風は強い(笑)。この後、いつものように京急で品川駅に出て、新幹線で浜松に戻りましたが、何か久しぶりに飛行機に搭乗するとホッとしますよね。何てこと無いことなんだけれど、そう言うことが出来る事の有難味というか、退屈にも感じられる日常がどれだけ大切な物だったか、改めに実感しました。(続く...)

2020年6月3日

マイナンバー

今回の特別給付金に関連して注目が集まっている「マイナンバー」。まだ国民の2割にも普及していない上に、成立時に個人のプライバシー優先という事で、本当に「番号を振るだけ」しか出来ないような仕様にされてしまい、今回も入力システムはオンラインでも、実際の処理は手動という前近代的以前のような状態。

マイナンバーと個人の口座を紐付けると、確かにその個人のお金のやり取りのかなりの部分が把握出来るので、資産だとかが第三者(本来は国とか公的機関)の目に触れることになるのだけれど、それって今の所確定申告とか源泉徴収されている立場からすると、現状と変わりない。この件に関して、某新聞社の有名記者氏は、「徴税が厳しくなる」とツイートしていたんですが、となるとこの人はこれまで税金を逃れるようなことをやっていたんだろうか。新聞記者だから、基本源泉徴収のはずで、例えば著書とかあって20万円以上の印税収納とかあれば雑収入申告で確定申告とかやっているはずで、特にこれまでとかわらないはずなんですが。

「個人の収入が推定できる」という事は、確かに多くの人にとっては不安とか不満を感じる状況なんだろうけど、それによって困窮している人には集中して支援が可能になったりするわけで、より効率的に社会保障が可能になるという一面も。困っているはずなのに、なんか高級車を持っていたりと、今のシステムでは適切に支給できていないケースもあるわけで。そういう部分の是正が出来れば、公平感も広がるはずでは。また、口座とはまだ日も付けられていないけれど、確か保険契約の時にはマイナンバーが必要になったはず。また、家賃の振込などの時も、テナント側は大家さんのマイナンバーの指定が必要だったんじゃないだろうか。そう言うテロいろな場所で中途半端にマイナンバーが利用されているので相乗効果が得られないわけで、集中的にお金の出し入れが管理されて分かるのであれば、例えば確定申告の自動化とか、そう言うサービスも実現して欲しい。

個人的には、「マイナンバー控除」とか作って、マイナンバーを利用して紐付けされた口座から納税する場合は、控除が何万円増えるとか、故郷納税の申込時にマイナンバーを登録すれば、確定申告しなくてもその分の税金控除が年末調整で適用されるとか、そう言うアイデアを実現して欲しいなぁ。で、銀行側にも、マイナンバーに紐付けされた口座の件数に応じて、日銀から何か優遇制度があるとかすれば、銀行としても口座をマイナンバー絡みで作って貰うインセンティブか生まれるわけですし、厳しい経営状態の中、マイナンバー絡みのお金の移動に利用して貰えれば、その分の手数料収入だって期待出来るわけだし。一気に全部というのは、国民感情などからも難しいと思うけれど、先ずは何かメリットを感じる施策を幾つか作って、その利便性を認識してもらうとともに、政府としてもセキュリティ対策をしっかり進めるべきですよね。それをまずはっきりと示して欲しい。

やはり理由があった

週末の渋谷署前での、トルコ・クルド人による差別反対のデモですが、その発端となった警察の取り締まりについて、こんな話が。新聞報道などでは、警察の一方的な暴力的行為みたいな内容だったけれど、どうも其れ以前に交通違反行為があり、かつ交通量の激しい道路の中での行動だったのが理由と言って良いかも。

その渋谷のデモを支援していた立憲民主党の副幹事長が、拡散されている映像前後の状況を確認しているのですが、これどう見ても被害者と言われているクルド人男性の落ち度と言えるのでは。強いて警察側のミスを言うなら、無免許運転であったのに指導警告にした理由が不明な点でしょうか。そのままさらに無免許で運転していったとは思えないので、同乗者が運転するというような理由で開放したのかもしれないけれど。ただ、「指導警告」という事は本来課せられるべき罰金も取らなかったんだろうか。その当たり、外国人と言う事で甘い対応になったとしたら、それは警察側の対応を批判する必要があるかも。いずれにしても、警察車両がこの男性の車を停止させた理由もはっきりしているし、外に出たのは男性が逃亡しようとしたのが理由だし、それを押さえつけたのは周りが危険な状態だからと言うのも理解出来る。

ここまでの情報は、政党の役職者だから警察から提供された情報なんだろうか。いゃ、一般の問合せには個解凍しないだろうけど、例えば新聞社の記者などが問い合わせても同じように回答が得られるとしたら、先の新聞記事の内容はそう言う背景取材や裏付け取材もせずに記事にした一方的な内容になるわけで、それって「メディア」と言えるのだろうか、と言う疑問が。多分、その警察に取り締まられた話は、その時点ではニュースにもなっていないんじゃ無いだろうか。今回の渋谷署前でのデモで、その理由が違法な取り調べという説明のために、「実は一週間前に」みたいな感じで始めて取り上げられたんだろうけど、何か不自然というかちぐはぐな印象が漂う感じ。

警察も含めて、権力側が常に正しい、全て正しいなんて言うつもりは無いけれど、少なくとも日本では公に認められた「権力」を持っている組織や人物が、好き勝手に乱用できるような社会では無いことも事実。確かに、警察に関しても不祥事や問題が発生する場合もあるけれど、そう言うことはごく一部な訳で、殆どの警察組織や警察官は本来の業務を粛々と進めていることも事実。そう言う意味では、同時期にアメリカで発生している暴力的な取り調べ行為とあえて並べて日本で批判行為をすることの方が、何か恣意的な行動と感じますよね。実際、どう言う関係があるのか分からないけれど、暴力的な行動を容認している団体の旗を掲げてデモをしていたりするわけだし、その中には野党第一党の議員なども含まれていることの方が、私は異常に感じるのだけれど。毎日新聞社、あるいは記事を書いた(記名記事ですからね)記者氏には、是非さらなる調査取材を勧めて、背景をちゃんと説明したフォローをして欲しいでね。まぁ、そんなことやらないだろうけど。

制度化「在宅勤務」

新型コロナウイルス後の「在宅勤務」に関しての記事。うちの会社も、6月14日までリモートワークの予定を一週間繰り上げて7日までとして、8日からは新しい「勤務形態」をスタートする事に。「新しい日常」という事で、これまでのように全員リモートワークとか、其れ以前の基本オフィス勤務の両極端の勤務形態から、真ん中と言うよりは結構リモートワークよりの提案が出されました。

仕事の内容に寄って色々ニーズは異なるので、1) 100%オフィスでの勤務、2) 半分くらいオフィス、残りはリモート、3) 基本リモート、の3パターンを課単位で選択(複数選択有り)して、会社としてリモートワークの割合を半分以上にするというもの。1) の人も、可能ならリモートワークをしてもいいし、3) の人が出社して仕事するのも可能だけれど、出来るだけやりやすいやり方を継続して生産性を上げましょうというのがメッセージ。私は、3) で基本リモートワーク何ですが、折角なのでこれまでの週一のオフィスへの新幹線通勤も、今後は減らそうかと思案中。季節によって波がある職種では無く、その時その時で突発的仕事が入る事もあるし、先の予定を立てづらい仕事内容なので、リモートワークで自由度が高いほうが有りがたい事も事実。

ただ、今回実感したのは、これまでもリモートワーク中心の生活ではあったけれど、「毎週金曜日」という、何というか海軍の金曜日カレーみたいなイベントがあったので、それでリズムが作れていたし、気持ち程度だけれど外に出て気分転換や体調管理みたいな事もあったんですが、それが出来なくなると心も体もダメになりそう。実際、4月の中旬に新幹線通勤をして、その後G.W.も挟んでこれまでほぼ自宅から出ないような生活が続いていますが、G.W.に入ったくらいに、流石にこれは拙いだろうと、少しずつでも体を動かし始めましたが、やはり思いついたときやるというのは駄目ですよね。強制的に、定期的に何かやるようなモードにしないと、先ず心のリズムが崩れて、その後本当に体調が悪くなってくる。オフィスワークに賛否はあると思うけれど、生活のリズムを作るという意味では、通勤時間というのも、適度であれば重要だなぁと思います。

先日、社内でリモートワークの様子を紹介する機会みたいなのがあったんですが、有る程度の時間の融通が利くとか、服装に気を遣わなくて良いとか、メリットはあるんですが、例えばネットワークの準備、作業場所の準備、会社からテスト機を持ってきてそれを遣う環境設定とか、まぁ開発という仕事だという事も有るけれど、結構自宅とか個人に対しての新規の負担も増えている気がします。先日も、うちの会社は交通費などは領収書や記載した書類を、オンラインでもPDFで送付するけれど、現物も生産部門に送らないといけない。社内だと、社内メールに放り込めば終わりなんですが、今回は会社に行けないので、担当部門宛にそれら必要書類・PDFを自宅で用意をして郵送することに。リモートワークでも、印鑑を押印するために出社するというジレンマが指摘されたけれど、こう言う部分も「えっ?」と感じる所の一つ。リモートワークというのは、ある意味現実世界と分離した世界で仕事や生活する事だとも言えると思うんですが、それでも俗世間との繋がりは切れないところが、何となく「人生」みたいなものを感じさせられる(笑)。

2020年6月2日

本当の「デスクトップ」PC

本体とモニターが一体化した"All-in-One"型のパソコンとか、最近では珍しく無いし、確かMicrosoft当たりが机型のパソコンのサンプルみたいな物を作っていたけれど、これは「机型のPCケース」。価格が、20万円以上するというのはなかなかのものだけれど、うーんどれくらいの人が利用するのだろうか。

「省スペース」という意味では便利かもしれない。机の上はモニターとキーボード・マウスで済みますしね。ただ、記事を見ると、机の前後に結構な数のファン(排気口)が装備されていて、そのノイズはどうなんだという疑問が。さらに、どうもエアフローは、机の下面から空気を吸い込んで、それを机の前後面から外に排気するようになっているみたいだけれど、寒い時期は足下に空気が環流して寒そう。それに夏の時期は、排気がお腹当たりに吹き付けるわけで大丈夫なのか。

内部を見ると、かなり容量があって空間が広く空いているみたいですが、その場合CPUとかGPUとか発熱体回りのエアフローってどの程度確保されるんだろうか。PCケースって、それなりに閉じた空間であるので、内部配置を工夫をして、吸気から排気のエアフローを特定のデバイス向けにデザインして、効率よく空冷出来るようにしているんですが、こうだだっ広いとよほど大量に空気を流さないと、効率よく冷却できないんじゃ無いかと疑問も。いっその事、内部に水冷装置を設けて見るのもアリなんじゃ無いかと。同机を配置するかにもよるけれど、吸気口、排気口の位置によっては、机回りのエアフローが上手く動作せずに、廃熱が滞留したり、吸気が十分に出来なかったりしそう。

自宅で使うのは一寸疑問だけれど、仕事で作業エリアとか実験室で使うのは良いかも。机内部に、パソコンは勿論、実験装置などを置いておけば、机の上に置いて邪魔になることも無いし、何かのミスで落としたりすることも減るだろうし。写真を見ると、内部にアクセスするのは天板を取り外すしかないみたいですが、サイドが相手内部にアクセスできるようになるとか、天分も半分ずつとか、そんな風に出来たら作業台としてはかなり利用価値があるかも。あっ、ただ金属製だと作業内容によってはNGかなぁ。いずれにしても、価格が最大のハードルかも。

遅延

仕事でもプライベートでも、ビデオ会議利用が普通になってきた現在。それまで仕事などで使っていた一部の人を除けば、そんなに一般的には馴染みは少なかったと思うのだけれど、ここ人輝二月くらいの間にあっと言う間に普及をしていて、その適応力というか応用力にはちょっとビックリしています。まぁ、30代くらいよりも若い世代は、TikTokのような動画系アプリを普通に利用しているから、抵抗感というか違和感が少ないというのもあるんでしょうけど。リモート中継を多用せざるを得ないテレビ番組なんかも、以前のように単に画面分割するだけから、ワイプを工夫したり、昨日はそのワイプの回りにフレームを付けたりして、「あぁ、苦労はあるんだろうけど新しい発想にも繋がりそう」と、ちょっと未来を見た感じ。

そんな日常にも浸透しつつあるビデオ会議なんですが、唯一不満に感じるのは通信により発生する「遅延(Delay)」。まぁ、以前のような専門家による中継でも、どうしても中継経路によっては遅延が発生するわけで、昔の海外中継、いっこく堂のものまねでも有名な、画面と音声がずれるようなことは無くなってきたけれど、リアルタイムの会話などの場合は、こちらから向こうに音声が届き、向こうからこちらへ音声が届く、どうしても物理的な伝送時間の関係からコンマ何秒の遅延が発生してしまいます。プロが利用するであろう専用回線利用の中継でもそうだから、普通に公衆回線というか電話の回線でのリモート参加だと、コンマ何秒が1秒位になったりする。とある漫才番組で、リモート接続同士のコンビが漫才を披露していたことがありますが、それぞれ遅延が発生するからどうしてもテンポ良く話が進むと言う事はない。昔の、人気が出始めた頃のオードリーのような掛け合いなら逆に自然にかんじるのかもしれないけれど(笑)。漫才だけで無く、会話するときにも相手の間が読めないので、どうして相手の話に被ってしまったり、やり取りが不自然な感じになったりと、ちょっと問題です。

ふと思ったのが、低遅延と言われている5Gのネットワーク利用だったら、このようなちぐはぐさは改善されるのだろうか。5Gと言っても、これまでの4G迄の技術と違ってデータが時間を止めて伝達するわけではなくて、多分データ転送量が大きいので、これまでよりも効率的に一気にデータ転送が出来るから、遅延が発生しにくいという意味だと理解しているんですが、そうだとすると話の長い人の中継とかだと、これまでと同じように会話がちぐはぐになるのだろうか(笑)。まぁ、リアルに同席してのこれまでの会議などでも、相手の話に反応するとか会話に割って入るとか、そう言うタイミングが必要な場合は、相手の発言終了を待って実行すると間に合わなく、話の調子とか相手の表情を見ながら、ワンテンポ速くアクションしないと、上手く次に繋がらない。それがビデオ会議の時は難しいですよね。幾ら参加者の顔が画面に分割して表示されていても、そこから相手の状況や雰囲気を読み取るのは大変。仮に使用するカメラが4Kとか8Kの高解像度になったら、少しは良くなるかもしれないけれど、それでも「雰囲気を感じながら会話する」みたいな事は無理なんじゃ無いかなぁ。

そのうちに、バイタルセンサーと連動して、相手の血圧とか心拍数とかをモニターしながら、相手の感情みたいなものが画面上の写真の下に表示されて、それで「あっ、段々エキサイトしてきた」とか「あまり気乗りしてないない」とか、そんな「見えない部分の見える化」手段が登場するんじゃ無いだろうか。リアルの会議でも、例えば腕を組みだしたら拒絶の印だとか、足を頻繁に組み替えるのは集中力が切れてきた兆しだとか、そんな「感情バロメーター」みたいなものもビデオ会議のオプションで欲しいかも。でも、そんなものが実用化されたら、実はサボりながらビデオ会議に参加していることも一目瞭然に可視化されてしまうのも困るなあ(マテ)。でも、この反応の遅延問題が解決されたら、本当にリモートで殆どの作業が出来そうですね。