2026年4月1日

報道したくない自由

彗星のように現れて、今やネット言論界でもトップの知名度と信頼を獲得している、元朝日新聞政治部記者の今野忍氏。この選挙ドットコムちゃんねるのコンテンツも視聴しましたが、この辺野古でのボート転覆事故に関しては、産経新聞以外報道しないメディアの姿勢にかなりお怒りの様子。 

同じくノンフィクションライターとして著名な石戸諭氏も、この事件に関しては当事者側の対応の無さやそれに沿うようなメディア対応の無さにかなり不信感を持っている様子。確か選挙ドットコムちゃんねるで、山本期日前氏との対談の時にも、かなり熱の籠もった批判を展開していたと思います。

兎にも角にも不思議なのは、自分達の教え子が犠牲になっているのに、修学旅行の責任者たる学校側が多分一度記者会見を開いただけで、その後の対応が全くと言って良いほど伝わらないこと。無事だった学生さん達も、骨折など重症な人も居たようだし、なんと言っても友人が亡くなったという精神的な負担は大きいはず。個別の名前は出さなくても、例えば重症で入院していた学生が無事退院したとか、精神的に登校できない生徒にはカウンセラーを派遣して状況を見ているとか、そう言う「回復の道筋」に関しては伝えるべきなのでは。また、旅行手配等はツアー会社や現地担当者へ丸投げしているような言い訳をしていたけれど、ここまでの情報だと最近始まったことでは無く、かなり前から同様の旅行は実行されていて、某宗教組織関係者で学校関係者でもある人物の介在も言われている。学校側は第三者委員会を立ち上げると言うけれど、その人選にしても疑問を持たれているわけで、何かこのまま有耶無耶にして終わろうという意識が見え隠れしている気がします。

亡くなった船長や、現地での担当者の中には、日本最大のキリスト教系宗教団体関係者とも言われているけれど、それって少し形は違うかもしれないけれど、あれだけ世間一斉に批判を展開した(させた?)、所謂統一教会の問題と同種の問題と言えるのでは。つまり、宗教団体という地位や社会的優位性を利用して、無理な勧誘あるいは知識の刷り込み(オルグ)行為という部分は同じだと思う。統一教会があれだけ批判されて解散命令まで出されたのであれば、今回の事件に関しても先ずはその関連していると思われる団体がちゃんと会見をして、さらに自分達自ら身の潔白なり問題点の洗い出しなり、もっと積極的に問題解決を示す義務があると思うのだけれど、そんな様子は全く無い。どうも、その団体の中にも色々なグループがあり、その中でも過激な部類のグループが今回の関係者達という話もネットには流れていたけれど、だとしてもその団体に所属しているあるいは一部であるならば、それはその団体全体で対応するべき問題だと思う。

で、更に疑問なのは、地元でこれだけ大きな事件が発生しているのに、とうの沖縄県の知事にしてもメディアにしても、殆ど取り合わずに、やはりこちらもこのまま有耶無耶にしてほとぼりが冷めるのを待っているかの様子。特に玉城デニー知事は秋の知事選への影響を考えて出馬宣言も保留中だけれど、出馬するのであれば先ずはこの問題に関して自らの立場表明と解決をしてからじゃないだろうか。沖縄には色々な事情があることを理解しても、それ故に自分達が都合よく利用してきたこれまでの矛盾が一気に表面化した事件のように感じます。

オイルショック in 令和

ホルムズ海峡閉鎖による、中東からの石油輸入が事実上止まっている現在。その状況は、自分くらいの世代だと1970年代の「オイルショック」を思い浮かべるわけですが、今考えてもなんで石油輸入が止まるからとトイレットペーパーの争奪戦が勃発したのだろうか。トイレットペーパーが石油由来の製品ならまだ理解出来ますが、素材は違うしあえて言えば製造用のエネルギーとして石油が必要と言う事は有るだろうけど、それはどの工業製品に対しても同じ事。結局は、無関係な事象が引き金になって、それが一気に全国に広がったということなんでしょうね。

で、当時の様子と比べて、多分今のホルムズ海峡の状況は通過する観戦が直接今日に晒されていることから、1970年代のオイルショックに比べて状況的には深刻だと思います。確か当時の中東石油への依存度は90%位だったけれど、現在は95%と増えていることもあるし。ただ、当時の経験から石油備蓄は大幅に増加しているし、調達先の変更なども進んでいるように見られます。当時は、メディアがトイレットペーパー不足を報道すると、どんどんそれが日本中に広まっていってパニックを醸成しているような感じでしたが、現在は同様に石油が入ってこないとメディアが伝えても、そんなにパニックは生まれそうには見えません。

別に政府の肩を持つつもりは無いけれど、やはり政府が丁寧に備蓄放出やその他対策を細かく伝えていることが大きい気がします。また、いち早く補助金を支給して市中のガソリン価格の急騰を抑えていることも、国民感情に対しての沈静化に大きく役立っている気がします。ただ、石油は備蓄放出もあり通常通りに供給されているはずなのに、何故かそこから製造される石油由来製品が足りなくなると言う現象は何故だろうか。海外で製造していて、そこがホルムズ海峡の影響を受けて輸出が滞っているならまだ理解出来ますが、そう言うものばかりでも無いようだし。新しく新規に担当大臣に指名された赤沢大臣は、医療関係にしても必要な在庫はちゃんとあり、流通の混乱から今は配送が間に合わない部分もあるが直ぐに是正されると言うような発言は、もっと取り上げられても良いのでは。

この状態が更に数ヶ月続いたときにはまた状況は大きく変わっているだろうけど、今現在は突然のイラン侵攻で混乱していることは有っても、そこで影響を受ける部分に対しては政府はよく手当てしていると感じます。メディアは、どうしても否定的な部分を取り上げて注目を引こうとするけれど、そういう部分もあるかもしれないけれど、それ以外の部分もちゃんと精査して、全体として何が課題・問題なのかちゃんと伝えて欲しい。今に始まったことじゃないけれど、メディア自身が混乱や不信感を生み出して拡散していてはもうどうしようも無い訳ですし。そう言う意味では、1970年代とは異なりSNSが発達していてメディア以外の情報環流もあるから、そういう部分でも以前のようなパニックが抑えられているように感じます。やっぱり、困った時には頼れるのは先ずは「情報」だと再認識しました。

豪雨の一日

1月2月は、殆ど雨が降らず各地で渇水対策が叫ばれていたと思うのですが、3月に入り特に昨日は「豪雨」と言っても良いくらいの強い雨がほぼ一日降り大変でした。事前の天気予報でも、火曜日は一日強い雨模様の天候と言われていたので、前日までに食料など準備しておき、昨日は一日「完全自宅警備員」モードでした。

そんな完全蟄居みたいな中で唯一の例外が、朝一で可燃物のゴミ出しに出たとき。朝から結構強い雨が降っていて、それは事前に予想されていたので前日夜に出しておけば良かったかなともこの時は後悔しましたが後の祭り。可燃物のゴミをまとめて、雨の中を傘をさして近くのゴミ集積場へと向かいました。自分の地区のゴミ集積場は、回りが田圃の中にありその田圃に水を引く用水路の上に設置されています。「用水路」と言っても結構広く深いもので、幅・深さはそれぞれ1m位はあるかなぁ。多分幹線水路の一つだと思います。ここ最近は雨が殆ど降らない状態が続いていたので、底が見える位の殆ど水が無い状態でしたが、昨日のゴミ出しの時に見てみると8割位まで水量は上がっており、凄い勢いで流れていきます。久し振りにあんな水流を見てビックリしながら、可燃ゴミを出して足早に自宅に戻りました。

今朝のニュースでは、昨日の浜松は一日で115mmの豪雨になり、各地で冠水している場所もあった様子。更にビックリしたのは、雨と雨と強風で東海道新幹線の熱海-新富士間で一時運休したようですね。明日は新幹線で出かける予定があるので、何とか天候は戻って欲しいところ。今の所、今朝の天候は昨日の影響は消えていて、少し晴れ間も覗くような春らしい空模様。でも天気予報では、今日のお昼くらいからまた雨模様の天気に戻るらしい。明日の朝までにはその雨も上がる予報なんですが、何とか出かけるまでには雨が上がって、余計な荷物の傘無しでも出かけられることを祈っています。

少し前には、愛知県(東三河地方)の渇水対策支援で、天竜川上流の水を豊川用水経由で供給することがニュースで報じていましたが、昨日の雨でかなり回復したんじゃ無いだろうか。でも、各地で水が無いと言いつつも、浜松というか遠州地方はやっぱり天竜川があるから、まだ多少なりともそういう余裕もあるんでしょうね。リニア新幹線工事では大井川の水が問題になったけれど、静岡県は大井川に天竜川にと、大きな水系が南北に流れているから、国内自治体の中では渇水に強い地域なのかも。水が多いにしても少ないにしても、ほどほどを願いたいけれど、そうは行かないのが自然の難しく厳しいところですよね。暫く雨模様の天気が続きそうだけれど、ほどほどでお願いしたいです。 

2026年3月31日

BBQの思い出

ネットを騒がす日米BBQ談義。私もアメリカ出張中に何度か向こうのご家庭の食事に招かれて、その中には裏庭にBBQグリルを出してのBBQパーティーみたいなものも有りました。日本でBBQというと、少し小さめのテーブルくらいの焼き網を出して、その上で肉や野菜や海鮮を焼きますが、向こうはダイニングテーブルくらい大きな専用グリルがどの家庭にもあって、それを多い場合には2台とか3台とか並べて、左はビーフ、真ん中はソーセージ、右はまたビーフの別の部位みたいな感じで、数日前から仕込んで当日はその家のお父さんしかグリルに触らせてくれない。日本で言う所の「鍋奉行」「すき焼き奉行」みたいな「BBQ大統領」みたいな印象でした。

一度会社のレクリエーションで、仕事をお昼前に打ち切って、午後からは会社近くにあった屋外ステージ付きの大きなレクレーション施設に全社員集まって、そこでBBQパーティーが開かれたことがありました。BBQグリルを内蔵したような日本で言う4tクラスくらいのトラックが5~5台並んでいたかな。多分朝からBBQの準備をしていて、お昼過ぎ位に会場に行くと、どのトラックからも美味しそうな肉の臭いが立ち上り、アメリカでよく見る白いスチロールのランチボックスに、山盛りのBBQ肉と付け合わせでフレンチフライか皮付きのフライドポテトを入れてくれて、それを別テーブルで配布しているソフトドリンク(流石にアルコールは駄目だった)を受取、むしゃむしゃ食べるみたいな午後でした。勿論、お代わり自由でしたが、日本人は最初の一杯ででも多いくらい。

実はBBQと最初聞いた時に、日本のイメージしか無かったので、所謂大きな串焼きみたいなスタイルや、ステーキ肉を網の上で約物と思っていました。でも、配布されたBBQは今で言う所のサラダチキンとかほぐされたツナみたいな形状の肉。「えっ、これがBBQ?」と疑問だし、後食べてみて「うーみゅ、これは牛(ビーフ)ではなく豚(ポーク)じゃないだろうか」と更に疑問は深まったのでした。で、後から聞いたらBBQと言っても色々スタイルがあって、大きくは4種類あるらしい。

  • テキサススタイル:
    牛肉(ブリスケット)を塩胡椒のシンプルな味付けで燻製したように長時間調理したもの。多分日本人のBBQ感に一番近い気がする
  • メンフィススタイル:
    豚(スペアリブ)を焼いたもので、味付けはスパイス系や日本でお馴染みの甘めのソース味などあるらしい
  • カンザスシティスタイル:
    牛豚鶏等特に肉の種類は問わず、日本で言う所のBBQソースをつけ焼きしたもの
  • カロライナスタイル:
    豚(丸焼き、肩ロース)を長時間低温で焼いて、焼けた肉を繊維状に細かくほぐして、酸味のきいたマスタードソースで味付けしてパンに挟むなどして食べる。
私がこの時経験したのが最後の「カロライナスタイル」で、並んでいる焼き網の上には、豚が丸々一頭横たえられて焼かれていて、それを起用に大きなナイフとフォーク出切り分けてほぐして、肉の塊では無く繊維状にバラバラにほぐしていくんですよね。そのほぐされた肉繊維の固まりを、ランチボックスに入れたり、大きなホットドッグ用のパンに挟んだりしてくれるんです。ですから、かなりBBQのイメージとは自分的には程遠い印象でした。元々仕事で行っていたNorth Carolinaは農業州で、そこから興行へと脱皮しようとして大規模な工業団地を造成していて、そこに出張先の研究所とか有った時代。で、牛だとAngus Beefが有名で美味しかったし、豚もこの時もそうでしたが、よく行く日本料理屋で出されたトンカツも美味しくて、「アメリカでは珍しく豚肉も美味しい州」というのが、自分の勝手な印象です。昔「アメリカのバーボンメーカーを巡るツアー」というのがあったけれど、今回の盛り上がりで「アメリカBBQを巡るツアー」もJTB辺りから登場するような気がする。

スタートレックの時代

突然始まったX上での日米BBQ談義が、日米の文化比較や社会問題さらには「Kawaii談義」や、第二次世界大戦・太平洋戦争前後から現在に至る日米関係に関して等、壮大な規模での日米融和というかそれこそ国民一人一人レベルでの対話に成りつつあります。その一番の功績は、日本語-英語、双方向の翻訳機能を提供しだしたX(ex-Twitter)なのは間違いありません。世界的にはTiktokやInstagramその他新興ツールに押され気味だけれど、日本国内ではLINEとXは最大規模のツールですし、アメリカでもXはそれなりの存在感があるから、行ってみれば世界でトップ2のXユーザー圏同士が、それまでの言語障壁が無くなった途端に大規模かつ好走でデータ同期を始めたようなもの(恐ろしい...)

どうもこの翻訳機能を実装したのは、日本人のエンジニアの方らしいのだけれど 、いゃぁとんでもないことをやってくれたなぁ(賞賛)。凄いのは、Grokがただ単にリアルタイムに日英翻訳しているだけで無く、ちゃんと日本語のニュアンスや英語のニュアンスも含めて「翻訳」してくれていること。「翻訳」という範疇を超えて、日本語英語というこれまでの区別が、それこそその言語の方言レベルにまで落とし込まれた気がする。しかも「方言」と言っても、例えば日本語の標準語と関西弁との違いほども無くて、それこそ「東京弁」と「千葉弁」「神奈川弁」埼玉弁」くらいの差分と言っても決して大げさじゃ無い気がする。

今はXというプラットフォーム上で、バックグラウンドでGrokが一生懸命仕事をしているのだけれど、酷なようだけれどもう少し頑張ってくれないだろうか。つまり、今は日本語英語でテキスト入力しているわけだけれど、それを音声入力で同様に入力されたら自動翻訳して、その翻訳後の文章をテキストスピーチで流して欲しい。そうすると、ほぼリアルタイムの日英会話が成立するんじゃ無いだろうか。勿論、既に似たような同時通訳サービスやツールはあると思うんですが、今回何が印象的だったかというと、Grokが凄く自然な日本語に(多分英語にも)翻訳していて、そういうところまで実装しているようなツールやサービスは、自分はまだ知らなかったから。だから、その「良い部分」を何とかもっと広い範囲に実装できないものだろうか。

スタートレックの世界では、確か耳のところにインプラントが挿入されていて、地球上の言葉は勿論、標準的な宇宙の言葉も自動的に翻訳されて、普通に会話することが可能に。(P.S.あれって、だから相手も聴覚部分に自動的に翻訳されるインプラントなり機能を実装していると言う前提なんですよね?!) 話し言葉と書き言葉の違いはあるけれど、ここ数日の様子を見ていると、ちょっとスタートレックのあの世界観がちょっと見えた気がして個人的にワクワクしています。サテ、今回の日米文化交流はどこまで広がるのだろうか。明日は4月1日なので、とんでもない話があちこちで炸裂して、多分Xの一日のトラフィック記録を大きく書き換える気がする。

2026年3月30日

魔改造の国

X上に投稿された、とある米軍基地のある街の焼き肉屋さんで、焼き網の上で炭火で炙られるベーコンに狂喜する米兵の様子を描いた投稿が、アメリカの「BBQ文化」に共鳴して日米間での「BBQコミュニケーション交流会」の様相を見せてきた中の一つの投稿。 

BBQという典型的なアメリカ料理が日本で流行るだけで無く、その文化的背景を尊重しさらに自分達好みに改善改良していき、本家とは異なるものの親和性の有るものに昇華させていくのは、日本人が得意とするところ。日本人的気質の面白いと思うのは、一つはオリジナルを尊重して徹底的にそれを堅守する場合も有れば、そこから独創的な「和風風味」を追加したり、逆に異なる「洋風風味」を添加して似て非なるけれど決して改悪では無いものへと脱皮させていく二つの流儀があることだと思います。例えば食べたことの無い人も多いドイツの「バームクーヘン」は、日本では普通に食べられる洋菓子の一つだし、最近では色々とデコレーションされたり色々なフレーバーの物が作られたりと、本家のドイツ人が日本に来てビックリするくらい。クレープだって、本家のフランスではシンブルな物が殆どなのに、日本ではワンハンドスイーツとして、もはや日本独自のスイーツと言ってもいいかも。一番典型的なのは「ラーメン」でしょうね。本家の中華料理の中にも、スープに麺を入れた料理はあるらしいけれど、スープに独創的な味付けをして、そこに麺を入れて具材を追加して「ラーメン」に昇華させたのは日本の職人達。そこから、スープに拘り、麺に拘り、具材に拘り、さらにはラーメンを丼一杯の食事からコース料理にしたりとか、色々魔改造されているのはよく知られているところ。

確か中国の人が日本に来て驚くことの一つに、もう中国では無くなりつつある寺社建設が、日本では当時のままに残されて勝つ利用されていることと聞いたことがあります。中国の場合、体制的なこともあるから仏教排斥が酷かった時期もあるけれど、日本の場合は自然と生活の中に溶け込むような形で連綿と存在していますからね。アメリカだって、BBQだけで無くハンバーガーとかもそうだし、ラーメンだけで無く「中華料理」そのものが日本では国民食に近い物があるし。かなり乱暴な言い方かもしれないけれど、日本人って新しい物に目がない上に、その新しい物が直ぐに陳腐化するというか、自分一人の独占から少数でも広がってしまうと、もう次の「新しい物」を探そうとするDNAが埋め込まれているんじゃ無いだろうか。それが、一度手にしたものをどんどん魔改造していく気質にも繋がっているような気がする。

子供の頃によく読んでいた書籍に、「カラクリ儀右衛門」こと東芝(芝浦製作所)創業者の田中重久氏の伝記とか、平賀源内の話とかあって、子供心にワクワクする気持ちにさせられて、それが田舎にいながらゲルマニウムラジオの制作から電子ブロックに嵌まり、アマチュア無線免許取得にマイコンからのエンジニア人生に繋がったのは、ある意味典型的な日本人のキャリアパスかも(笑)。織物だったり、染め物だったり、陶芸に細工に、同じ様な話ってもうその人一人一人に存在していると思うなあ。そうそう、浜松市の子供の副読本として昔読まされた「日本楽器製造(ヤマハ)」の創業者、山葉寅楠の逸話にしても、元々は地元の小学校に納品されたオルガンの修理が切掛で今のヤマハに繋がるのは、Japanese Career Pathの典型と言えるそう。BBQに限らず、日本には各国の名店と並ぶような西洋料理や東南アジア料理店が多いのも、同じ理由なんでしょうね。しかも、そういう名店のシェフの結構多くの人は現地での修業経験が無く国内だけの経験で現地に並ぶものを調理してしまう。それって日本人のDNAとともに、日本という国の環境というか雰囲気というか、まさに国のDNAからしてそういうものを備えているんじゃ無いだろうか。それが日本の醍醐味のような気がする。

チームみらいの未来

 ReHacQで公開された、チームみらい関係のコンテンツ二つ。最初はチームみらい安野たかひろ党首と、高橋P、今野忍氏のまったり対談。もう一つは、今回の手技院選挙で当選したチームみらい所属議員である、河合みちお議員、うさみ登議員、みねしま侑也議員と、同じく高橋P、今野忍氏との対談。先の参議院選挙で安野党首が初当選をして、その既存政党とは一線を画すような政党姿勢に個人的に興味が有りましたが、今回の二つのコンテンツを視聴して、ますますその思いは強くなった気がします。

どちらも4時間を越える長尺のコンテンツなので、まだ全部は視聴出来ていないけれど、前半半分位迄見たところでも、やっぱりこの新興政党面白いなぁという感想と、それ故に既存政党に飲まれないように祈りたい気持ちが混在しています。後者に関しては、安野氏の回で話していましたが、既存の国会組織に合わせて政党内部の組織構成や人事配置をする時に、デジタル技術を前面に押し出す新興政党らしく、既存の仕組みや名称に拘らないアイデアも出たけれど、結局は何も知らないのだから先ずは現在の状況を理解するためにも、既存の組織を尊重してそれに合わせたという話は凄く良く分かる。

例えば新しい画期的なソフトを開発したとしても、先行ソフトが有る場合その先行ソフトとの類似性があるかないかで、どんなに良いソフトでも乗り替えしてくれるとは限らない。UIやI/Fを「よかれ」と思って変更してしまうと、既存ユーザーから総スカンを受けるのは良く有る話。また「組織改革」の時に良くあるのが、効率化とか先進化・機械化を謳って新規に構築してしまうと、やはり既存のプロセスになれた既存ユーザーには受け入れられない。面倒なんだけれど、先ずはそういう部分は一致させながら、少しずつ新しい方法に移行していく、ある意味「だまし絵」みたいな方法で時間を掛けて移行するのが、結果的には一番成功する方法だと思いますね。

新人議員の回では、21年振りに衆議院議員に復帰した、うさみ登議員の存在が新興政党にとってはかなり重要だなと感じました。安野氏を、若くして有る領地の当主と想定すると、このうさみ氏はその幼い当主を支える「筆頭家老」みたいな感じかな。21年のブランクはあれど、新進党に始まりある意味国内の政治が大きく変化した時代の中で裏方も含めて活動していた経験は、今回新しい波を生み出すことに関しての良き経験値として行かされそうな気がします。実際途中までの話を聞いていても、やはり左右に座る新人議員二人とは同じ様な発言をしても言葉の深みというか厚みが感じられる気がする。彼のスキルが、若い11人に上手く移行されると、この政党は「山椒は小粒でもピリリと辛い」という存在になりそう。政治的な方向性や意見以上に、特異なデジタル技術を生かした「政治機構改革」だけでなく、「政治情報革命」みたいなことも目指して欲しいですよね。例えば「政治解説AI」みたいなものを準備して、誰でもいつでも今の国会の様子や内容を質問すると簡単にまとめた際新情報などを解説してくれるようなAI。既存メディアの、かなりバイアスとトリミングされた画一的な情報ではなく、多彩な切り口や視点を提供してくれるような政治AIを是非つくって欲しいなぁ。残りも早い内に視聴しないと(大変だ)。

2026年3月29日

翻訳した意味

以前から気になっていたことではあるんですが、最近ではJRや私鉄の駅名が複数の言語に翻訳されて表示されています。例えば、基本の日本語に、英語、そして中国語(簡体字)、韓国語、台湾語(繁体字)というのが、特に関東の私鉄でよく見るパターンだと思います。

それぞれの国の文字で書かれているのですが、気になるのが日本語の「漢字」とは似て非なる、中国語の「簡体字」と台湾や香港で使用されている「繁体字」。台湾の反対時は、日本語の旧字体みたいな漢字なので、日本人でも何となく見て意味が理解出来るし、以前何度か仕事をした台湾のエンジニアも「日本語は繁体字に近いので、殆ど意味が分かる」と言っていました。それに対して中国(中華人民共和国) で使用されている「簡体字」は、所謂「漢字」を簡略化したもので、イメージ的には日本の漢字が「楷書」とすれば「草書」みたいな漢字と言えば、当たらずといえど遠からずじゃないだろうか。ただ、元の文字を簡略化したものだけで無く、新しく作った文字も多いので、日本人が見ると同じ「漢字」だと思って見ても理解出来ない文字も多いですよね。台湾のエンジニア達は、当時(30年以上前)でも中国本土に進出(提携企業への出向とか合弁会社で)していたので、結構慣れているみたいで、彼らは殆ど問題無く理解出来るようなことを言っていました。

気になったのは、例えば駅名が繁体字や簡体字で書かれた場合、それってそれぞれの国の人達に本来の意味で伝わっているのか、ということ。例えば山手線の「高田馬場」駅は、簡体語だと「高田马场」。「渋谷」は「涩谷」と、一部の文字(漢字)が異なるわけです。それって、日本の漢字で書かれている漢字を、現地の簡体字と交換しているのですが、壮だからと言って「高田马场」が「たかだのばば」と発音されるわけでは無いし、「涩谷」も「しぶや」彼の地の発音が変わるわけでは無い。「涩」が日本では「渋」と書かれることを知っていれば、「涩谷」が「渋谷」だと理解出来るだろうけど、逆になれていない多くの人は「涩谷」という表示を探して混乱するんじゃ無いかと思うんですよね。例えばアメリカの「New York」が日本人にも分かるようにと漢字で「紐育」と並記されていても、日本人はその漢字の意味は理解出来ても、それが「New York」や「ニューヨーク」の事とは理解出来ないのと同じ事が発生しないかと感じるわけです。

インバウンドの急増に伴い、案内や標識の多言語化が各地で進んでいるけれど、漢字圏の翻訳、特に今話題(問題?)になっている中国からのインバウンドにとっては、余り参考になっていないと思うのは自分だけ? 確か韓国語の場合は「しぶや」の発音を韓国語に置き換えて「시부야」と翻訳するから、「渋谷」→「しぶや」→「Shi-Bu-Ya」→「시부야」と変換出来るから、これは慣れれば分かると思うんですよね。でも中国語(簡体語)の場合は違う文字が当てはめられているわけだから、同じ場所の名前とは理解しづらいのでは。また、駅から外に出ると、そんな多言語サービスされている場所はかなり少ないわけで、となると逆に親切心で翻訳したけれど、本来の「渋谷」の表記になれて貰った方が実は有効なのかもしれない気がします。最近では、スマホで撮影すればほぼリアルタイムで翻訳される時代だから、そういうニーズもどんどん減ってくると思うけれど、その分本来の日本人が読みやすい表記に戻して欲しいと思う。

2026年3月28日

シーズン開幕

昨日は、昼間は大谷選手、山本選手、佐々木選手が所属するL.A. Dodgersの開幕戦で盛り上がり、午後からは日本のプロ野球のやはり開幕戦が開催されて、久し振りに地上波(地デジ)で巨人阪神戦が放送されていてビックリ。 Dodgersは、山本投手が打たれて2点先行されて有れあれと思ったけれど、その後逆転して開幕戦勝利投手となり、大谷選手もホームランは無かったけれど初ヒットを記録して、まずまずの滑り出し。Dodgersは、直前に衣料品のUNIQLOがチームスポンサー契約を締結して、スタジアム名も「UNIQLO Field at Dodgers Stadium」となり、UNIQLOの大きな看板も立てられていて更にビックリ。また、会見に出席した柳井会長は、UNIQLOの看板に当てるホームランヒッターには、何か商品を出すと行ったり、チームユニフォームは別スポンサーが契約しているので無理だけれど、それ以外で出来ることは何でもするとまで行っていて、いゃぁ柳井会長らしからぬ発言のような気がする。

日本のプロ野球は、子供の頃は父親や祖父が毎日夕方からのナイター中継を見ながら夕食を食べていたので、プロ野球が始まると春が来た4月になったという印象をより色濃く感じます。日本のトッププロスポーツであるプロ野球(NPB)も、最近では昔ほどの勢いや影響力は無くなってきているけれど、それでも国内プロスポーツ界の中では別格な訳で、やはりその影響力はまだまだ大きいと思う。昔は、セパ12球団有っても「巨人1強」みたいな印象でしたが、最近ではその巨人の力が衰えたのか他チームの力が大きく成長したのか、色々なチームが優勝したりするようになってきたので、個人的には昔より今のプロ野球の方が面白いんじゃ無いかと言う気がします。まぁ、贔屓チームのある人は、やはりそのチームが常に勝利して優勝して欲しいのだろうけど、そのスポーツのファンとしてはやはりスポーツ自体の魅力=複数のチームの鬩ぎ合い、が1番面白いと思う。

アメリカではシーズン制が確立していて、「○○のスポーツが始まると××の季節」見たいなパターンが確定しています。野球は日本と同じ4月だけれど、アメフトは9月(8月末)から2月まで、その他バスケットやホッケーというのが一番典型的なもの。ただ日本の場合は、野球以外はそういう印象を受けないし、野球の4月開催にしても、それって新年度だったり新学期だったり、日本ではいろいろな物事がスタートするタイミングでもあるので、そう言う意味での捉えられ方の方が大きい気がして「季節感」という印象では無い気がします。「球春」という言葉があるくらいだから、やはり野球のスタートは「春」というイメージは昔から有ったんだろうけど、そうなると「夏の甲子園」って必要なのと言う素朴な疑問も(笑)。

もう歳を重ねてくると、本当に1年1年の進み方が早くて、考えてみたら今年は2026年ですから、21世紀も1/4が終わってしまった。2000年問題とか、20世紀から21世紀への移動とかかなり騒いだ気がしますが、あれがもうそんな昔なのか、と。さらに言えば、つい最近お正月を迎えたと思っていたのに、もう4月になろうとしているわけで、2026年もあっと言う間に1/4が過ぎて仕舞いつつあるわけです。本当に時間の進み方が早く感じられてるけれど、だからこそ季節を思いださせてくれる色々なイベント、桜とか開幕戦とか、そう言うものがどんどん大切になってきているような気がします。そう言うものが無いと、1年が一瞬で過ぎ去ってしまうんでしょうね。ますます貴重に成りつつある「一里塚(マイルストーン)」でもあると感じます。

静岡銀行+名古屋銀行=静名銀行?

昨日のロールニュースのトップは、地元静岡銀行( しずおかFG)と、愛知県の名古屋銀行が゜2028年を目処に経営統合を検討しているというニュース。しずおかFGの参加に名古屋銀行が入る想定で、静岡銀行と名古屋銀行はそれぞれ現在の銀行名のまま存続して営業するとのこと。統合すると連結総資産は22兆円を越えて、地銀グループの中では全国四位(ふくおかFC、横浜銀行、千葉銀行)の地銀グループになるらしい。ふくおかFCが確か総資産で30兆円を超えていて、横浜銀行、千葉銀行は24~23兆円位だったと思うので、まぁほぼトップクラスの地銀になるという事なんでしょうね。

愛知県の銀行というと、昔アメフトの企業チームも保有していた「東海銀行(その後合併吸収で現在は三菱UFJ銀行)」が1番に思いだすけれど、さすが愛知県だけに、その東海銀行以外にも、今回の名古屋銀行や愛知銀行もあると言うからちょっとややこしい。まぁ静岡県も過去の柵から、県内最大の金融機関である静岡銀行以外にも、同じ静岡市を中心にスルガ銀行があって、さらに隣りの清水には清水銀行もあるからややこしい。それなら「浜松銀行」とかあってもいいじゃ無いかと思うけれど、それは地域エゴか。まぁ、浜松いわた信用金庫がその代役と思うべきか。

メガバンクが現在の四大バンクに統合する前は、その下のグループとして「地方銀行」というグループがあって、ここでは横浜銀行、千葉銀行、そして静岡銀行がトップ3として長く鎬を削っていたと記憶しています。その後統廃合がいろいろあって、より大きな地銀グループも誕生したけれど、静岡銀行はその堅実な経営方針と体質から「シブ(渋)銀(≓静銀)」とも言われていたけれど、そのお陰でバブル崩壊も乗り切り、信用度では3大メガバンク以上の値を有していて、その信頼性は国内でもトップクラスらしい。ただ残念ながら、長く都内に在住していたので、静銀に口座はあるけれどメインバンクでは無いので地元の恩恵はそんなに受けられないかも(笑)。

地元経済がこれで活性化されれば、生活品質(QoL)の向上も期待出来るから、うまくWin-Winの仕組みが生まれることを祈るばかり。また、人口減少も言われる静岡県ですが、愛知県からの流入も期待出来ないかなあ。愛知県との繋がりという意味では、隣にある静岡県西部地方特に中心の浜松市の役割も重要になると期待したいけれど、静岡銀行はなんと言っても静岡市中心の銀行だし(※あくまで個人の感想です)、浜松を飛び越えて静岡-名古屋のビジネスモデルだけが伸びるのはちょっとやだ(笑)。ところで統合後も「しずおかFG」を名乗って、本店も現行の静岡市のままなんだろうか。最近の地銀の経営統合の傾向では、どちらかの本店に集約するのでは無く、別に東京にFGの本店を作り、それぞれの本店は「○○市本店」みたいな形で残す立ちが1番摩擦が少ないみたい。今回もFGとしては静岡だけれど、その参加の「名古屋銀行」としての本行は現行のまま残るんだろうなぁ。まぁどこの業界も大変そう。

2026年3月27日

リニア新幹線

静岡県の鬼門の一つ、リニア新幹線問題。県知事も関わり、JR東海との話合いも双方前向きな感じで進んでいたこともあり、28の課題(項目)に関して「対話が完了した」状態にやっと到達。川勝前知事時代から始まった「リニア新幹線問題」は、正直無駄な10年近い年月を費やして、再びスタート地点に戻っただけだけれど、少なくとも膠着状態しか見えなかった前知事時代と比べれば、少なくとも前進する光が見えてきただけでもマシなのかもしれない。

元々の想定ならば、来年2027年には品川-名古屋間のリニア新幹線開通が予定されていたけれど、静岡工区のトンネル問題が足かせになり、開業時期は今の所目処が付かない状態。その後、静岡工区以外にも、地下水の流出問題や工事の遅延などの問題が生まれていて、決して静岡県だけの理由では無いのだけれど、やはりあの影響は大きかったことは事実。

静岡県にとってリニア新幹線は、静岡県の最北端、ユニコーンの一角のように飛び出ている場所を掠めるように通過するだけの存在で、正直リニア新幹線駅は無いしトンネル部分だから何か観光資源にする事も出来ないし、だいたい人も住んでいないような場所でも有り、正直工事による自然への影響を考えるとしても、南野人口が集中しているような場所へ何か影響が生まれるのかと思うくらいの奥地。「大井川の水問題」に始まり、何か解決の糸口が見つかるとまた新しい難癖要求を生み出して振り出しに戻すこと10年近く。懸念や批判はすれば良いと思うけれど、もう個人的なイチャモンとしか思えないような内容だったと私は感じます。

何度か書いているけれど、確かにリニア新幹線自体は静岡県にとっての恩恵はほぼ無いかもしれないけれど、それによって余裕が生まれる現在の東海道新幹線で静岡県内停車便の増加する事が出来れば、そちらの経済効果はリニア新幹線効果を補って余り有るものがあると思う。名を捨て実を取るのが政治の仕事だと思うのに、それすら行わなかった川勝前知事の責任は大きいと思う。 年内着工も言われているけれど、早い着工だけで無く何とか公示期間も効率的に進めて短縮して、10年毎予想されるリニア新幹線開通が、一年でも二年でも早くなり、自分も乗車する機会があれば良いなぁと思いますね。

The Silent Service (4) - Season 2

2年前にAmazon Primeで公開された「沈黙の艦隊 - The Silent Service」。この時は、ヤマト誕生から東京湾脱出までが描かれましたが、昨年秋にシーズン2として続編が制作。これはシーズン1と事なり、映画公開という形だったのですが、最近Amazon Primeで公開されるようになり、昨日やっと視聴しました。いゃ、映画でも行こうと思っていたんですが、何かゴタゴタしている間に公開終了してしまい、シーズン1程話題にもならなかったので、「あぁ、駄目だったのかな」と思っていたんですが、Amazon Primeに登録されたということは、やっぱりそれなりに反響はあったと言う事なんでしょうね。

今回は前回のように一話1時間弱のシリーズ形式ではなく、全体で2時間15分(135分)の映画として制作されているので、中々一気に視聴するにしてもちょっと覚悟が入ります。副題で「北極海大海戦」となっていたので、東京湾脱出の後北極海でのベイツ兄弟との対決が描かれて、最終的に勝利をして米ソの核搭載原潜が北極海から排除(退避)された、次はニューヨーク沖海戦というところまでかなと思っていたら、北極海回戦が終わりその後ニューヨーク沖海戦の場面となり、さらに国連総会出席のためにニューヨークに入港するところまでと予想外の展開にちょっとビックリ。更に最後には、「続編制作決定」みたいなバナーも表示されて、となると各国の原子力潜水艦がニューヨークに集まり、国連総会で海江田艦長が演説をして、そして狙撃されてその後の世界までをシーズン3で描くのかな。 

前回はシリーズ構成だったので、続けて観ているとちょっと冗長なところも感じたんですが、今回は2時間余りの映画構成なので本当に一気に見切ったという感じ。途中3回程CMが入ったけれど、それも気にならないくらい画面にのめり込みました。これ、Amazon Prime公開版は、昨年の劇場公開版に未公開シーンを追加した、だから劇場版よりも長尺の映像になっているらしい。となると劇場版も観て比較したくなるわけで、これはAmazonの戦略か? (笑)。前回のシーズン1と今回のシーズン2を観て感じるのは、原作はもう30年以上前に熱狂したコミックを下地にしているけれど、やはりあの内容とは確度が違っている事を理解というか認識しないと、どうしてもコミックの印象が強すぎて違和感を感じるかも。実は私もシーズン1を見た時にはそんな印象を受けて、その部分が不満だったのだけれど、今回のシーズン2を観たときに「あぁ、これはタイトルもベースも同じだけれど、別の『沈黙の艦隊』の話なんだ」と認識した次第。そして、それはこのシーズン2で良い意味での「裏切り」みたいな好印象を受けました。

別に狙ったわけでは無いと思うけれど、何か画面から感じるイメージというか空気感みたいなものが、今実際に起こっているイランとイスラエル・アメリカの戦闘に似ている気がするんですよね。全然背景も異なるし、登場人物派「アメリカ」が共通しているくらいで、殆ど一致するところは無いのだけれど、何か相似形のイメージというか漠然としているのだけれど似たような印象を受けました。言葉にするのは難しいのだけれど、今のイランが「独立国家ヤマト」だとは言わないけれど、力での解決を欲する作中のアメリカが現実のアメリカとも似ているような印象を受け、それが全く異なる物語であっても類似感を生むのだろうか。そうなると、完結編となるであろうシーズン3の内容と、その頃までには多分終了しているであろうイラン戦闘の結末がどの様な類似性を残すのか、あるいは全く異なる結末となるのか、別の意味でちょっと興味が生まれた気がします。一度見出すと2時間以上拘束されるので、覚悟を決めて視聴しないと行けないけれど、多分公開されている間今後も何度か繰り返してみるような気がする。

2026年3月26日

山葵の効果

山葵の成分がアルツハイマー病に効くという記事。当事者の一つが、日本の山葵メーカーの金印というのは理解出来るとして、相手側がスペインの大学というのがちょっと不思議。

で、発表内容では、山葵に含まれる成分(ヘキサラファン)が、脳内での多雨タンパク質の異常なリン酸化を抑えて、これがアルツハイマー病などの神経変性疾患の進行を食い止める可能性がある、らしい。将来的には、そう言う要素だけ生成して、問題箇所に注入するなどして寄り効果的な治療方法が開発されるんだろうけど、取りあえずは山葵を積極的に取り入れれば良いという事だろうか。

その山葵ですが、生産地の伊豆半島がここ最近色々な自然災害で山葵田も被害が大きく、以前ほどで回らなくなってきた気がします。浜松では、そうどこでもあるようなものでは無いけれど、それでも以前は2年物くらいの太い本山葵なんかもスーパーで見つけることが出来たけれど、最近ではそれが難しくなりたまに本山葵が置いてあっても、何未成熟な感じの大人の親指くらいのサイズの小さなものしか無い。伊豆以外の山葵産地からはこれまで同様共有されているからだろうけど、かと言ってチューブ山葵では「何か違う」し、粉山葵では「もっと違う」わけですし。先日も、いつも行くお鮨屋さんで日本酒を頂いたときに、摺り下ろした本山葵をアテにチビチビ頂きましたが、あれはやっぱり本山葵でないとなぁ。

山葵が、そのツンとする刺激から健康に良いとか神経に良い影響がある観たいという事は、以前から言われていた気がするんですが、それが今回ちゃんと研究調査の結果として一部証明されたということだろうか。考えてみたら静岡県は山葵はあるし、やはり健康に良いというお茶も産地だし、さらに柑橘系だけでなくイチゴとか果物類も色々揃っているし、更にさらに温暖な気候で多分正式的なストレスは低い方だろうし、これで長生きできなかったらどうするのみたいな場所だと勝手に思っています(笑)。ただ、そういう周りの環境は整っていても、本人が無精で生活習慣病になりかけでは言語道断だな。と、自戒を込めて今日もしっかり体調管理しないと。 

石油価格

昨日車で自宅近くのGSを通りかかったところ、レギュラーガソリンが166/lに、ハイオクが177/lと表示されていて、浜松では170円/lを切ってるんだとちょっと感激。実は意図したわけでは無いのですが、ガソリン価格が200円近くまで上がる直前に偶々タンクが空いていたので給油をしており、多分まだ一月位は今のままで給油は不要な状態。赤澤大臣の説明に寄れば、3月28日と4月に入って、ホルムズ海峡を迂回した石油タンカーが日本に戻ってくるそうで、そうなると完全では無いけれど石油供給の一つの目処が付いた感じになり、また少し石油価格が下がるかも。

ネット等では、余り備蓄が十分でない東南アジア各国などでは、石油由来の使用を控えるような行動が出ているのに、日本は補助金を出して以前と同じように使うことを奨励していて怪しからんみたいな意見がありました。確かに節約することは大切だとは思うけれど、それは以前よりもガソリン価格など身近な価格が上がっていれば、自然と節約する意識に傾くんじゃ無いの。それに政府が補助を出して価格を下げているとは言え、以前の150円/lくらいのと機に比べれば暫定税率が無くなる以前位の価格に戻っているわけで、それを「安いから」とこれまで以上に消費するような気持ちにはならないと思う。やっぱり批判のための批判だから、そういう前後の辻褄とか関連性を無視して、「現状だけ」で判断して批判している証拠だと思う。

個人的には、自分もリアルタイムで経験した1970年代のオイルショックの時代から比べたら、今は遙に安心出来るし石油備蓄も整っているわけで、早期の解決は進めるべきだけれどだからと言って今の状況は決して悪いわけでは無い。だいたい日本の場合は、一応240日以上の石油備蓄があるわけで、少なくとも半年(180日)はそれを取りあえず取り崩していければ何とかなるという想定。石油だけで無く、それ以外のLNGガスとか様々な輸入物も止まっているから、それらに対しての影響はまた別なんだけれど、でも大元の石油に関してはそれだけ大きなバッファーがあるわけだから、もっと落ち着けば良いと思うけどなぁ。これも、昔ほどでは無いけれどメディアの報道を見聞きしていると、何となく煽り気味な気がする。

ただ、オイルショックの経験から90%以上だったアラブ産油国に対しての石油依存度を下げることを初めて、最近では60%台まで下げたはずなのに、なんでまた95%とかほぼ完全にホルムズ海峡経由の石油に依存するような体制になってしまったんだろうか。特にきな臭い話が出始めたここ数年の様子を見ていれば、素人でもホルムズ海峡のリスクは感じるわけで、そこに95%も依存するような体制は何とかしないといけないと考えなかったんだろうか。石油各社なのか政府なのかそういう状況に戻してしまった責任の所在は分からないけれど、 今回アメリカと合意したアラスカ産石油輸入だけで無く、もっと色々多角化して中東での石油依存、少なくともホルムズ海峡依存に関しては早急に下げる事を平行して考えるべきだと思う。ホルムズ海峡の外側(東側)には、パイプラインで石油を積み出しできる設備があるらしいけれど、そういうところに日本としても開発支援みたいな形で援助して、今回の様なリスク回避をするべきだと思う。来年度予算の骨太の方針にも組み込むべき何じゃ無いだろうか。

2026年3月25日

タイムラインとサンプリング

佐々木俊尚氏の引用から、最近テレビを見なくなったら知っている芸能人がいなくなると言う話。テレビの閉鎖性が、昔は付加価値とか希少性として一般社会との差別化に繋がっていたけれど、最近ではその閉鎖性故に一般社会に届かなくなってきているという話。

以前も書いたことがありますが、私は1990年代頻繁にアメリカ出張していたときに似たような経験をして、以後テレビを視聴する機会がぐっと減って、更に見るコンテンツもかなり変化しました。それは、一時期ほぼ3カ月交替で、日本→アメリカ→日本→アメリカ→...と、足かけ三年くらい行き来していた時期があり、その後も年に何回か月単位でアメリカ出張とかしていた時期があります。それまでは完全な「テレビっ子」だったわけですが、3カ月単位で不在となるため、日本のテレビ番組が全く分からなくなったわけです。しかも時差ぼけが酷くなり、所謂リズム障害みたいな状態になってしまったので、日本に居ても夕方には眠くなるし、でも朝は2時とか3時位に目が覚めてしまうしみたいな状態に。だから日本のテレビを見る機会が激減したとともに、特に連続ドラマとかシリーズものなどは3カ月以上見ることが無いので、帰国する度に新しいシリーズが始まっているようなもので、もう見ても意味不明状態に。

逆にバラエティものだと、単発でその放送回で閉じているので、まだ視聴していても理解出来るし、逆に他の番組を視聴しても面白さや興味が引かれない分、そういうコンテンツに傾倒していくわけです。当時にYouTubeとか有ったら、多分問答無用で嵌まっていたと思うんですが、残念なことにまだインターネットは普及以前の黎明期時代で、BBSの時代でした。幸いなことに、私はLD(Laser Disk)に嵌まっていて、当時結構な数のコンテンツ(LD盤)を保有していたので、これをYouTube代わりに何度も視聴したり、あとアメリカ出張中に向こうのビデオ(そっち系では無く、NFLモノ)を購入してきたりしたので、日本に居る間はそう言うものを中心に視聴していました。それもあって、「テレビを見る≓アメリカのコンテンツを見る」みたいなモードにシフトしてしまって、それがますます日本国内のテレビ放送視聴から遠ざかる原因にもなった気がします。

そんなモードに1990年代から入ってしまったので、そういう出張機会がなくなってからも、テレビ番組を視聴する機会は激減。特に、例えばNHKの朝ドラとか、民放の「月9」とかのシリーズ物は一切観なくなりました。もう体が、「一話完結」でないと、拒絶反応を起こすような状態になっていたから。あと、3カ月毎に日本に戻ってくるとはいえ、やはりその時に売れている俳優さんとか芸能人の名前も忘れてしまうし、逆に自分がもう少し若い頃に知っていた芸能人やタレントさんの露出度は下がっていくしと、どんどん視聴機会は減退していくわけです。だから視聴するのは、単発的なバラエティーとか、その後知識教育系の番組観たいなちょっと経路の変わったコンテンツが放送されるとちょっと興味も引かれたけれど、でもそれも3カ月後には観られなくなるわけで、そこで帰国するともう終了していたりするし。結局、好きなときに好きなコンテンツを自由に視聴出来るネット系コンテンツが、今は1番体に合うことになるわけで、テレビコンテンツの衰退もあるんだけれど、やはり社会生活というか社会リズムが大きく変わってきていることが最大の理由だと思うなぁ。 

懲りない奴ら

辺野古での転覆事故から一週間が過ぎて、まだ事件の調査は進んでいるし、大体被害者が出た同志社国際高校の保護者説明会がやっと開催されたばかりというタイミングなのに、当事者の一つである基地反対派の人達は、もうほとぼりは冷めたとばかりに抗議運動再開。確か事故直後の会見では、抗議活動は来月(=4月)まで自粛すると発言していて「なんでまだ事件の詳細も解決策も出てこないであろう来月早々には再開するんだよ」と、その時にも怒りみたいなものを感じたけれど、その発言の舌の根も乾かないうちにもう忘れてしまったのかこういうことをやるから、彼らは支持されないし嫌われるのだと思う。大体「喪に服するからマイクは使用しない」って、犠牲者特に無理矢理事故に巻き込まれた形の高校生達を馬鹿にしていないか。

今回は会場での事故という事で、海上保安庁が操作をしているので、これまでの及び腰気味だった沖縄県警の捜査とは違って、厳しく追及されるという話もネットでは囁かれているけれど、どうだろう。私は別に事件を煽る気持ちは無いけれど、被害を受けた側の同志社国際高校側は、もっと起こるべきだと思うのだけれど、見ている範囲では殆ど沈黙しているような印象。今回の保護者説明会が初めての対応じゃ無いだろうか。事故直後の学校側会見も、何か他人事みたいな乾いた印象だったし。聞くところでは、この同志社国際高校という学校は、多くの生徒が所謂「帰国子女」が通う学校で、そう言う意味ではもっとオープンで自由奔放な学校というイメージが沸くんですが、ここ最近の様子を見聞きしていると、日本の古い伝統校みたいな閉鎖的な印象しか受けないのは何故だろうか。

もう一つ疑問だったのは、亡くなった女子高生が乗船していた船の船長が報道等の表面に出てこないこと。当初は、亡くなった船長と女子高生が同じ船に乗船していて、もしかしたら女子高生を助けようとして船長も犠牲になったのかなくらいのことを想像していましたが、そうでは無くて先に転覆した船の船長が犠牲者の船長で、それを救助しようと向かった二隻目の船も転覆して女子高生が犠牲になったと言う事。となれば、当事者としてまた当時の状況に1番詳しい人物として、もっと説明するべきだろうしメディアとしても取材が足りない気がするのは何か理由があるんだろうか。ネット情報では、この船長、地元では有名な共産党系の弁護士さんという話も聞くけれど、それも合ってかメディア各社、特に日頃こう言うことには厳しく追及する左派系メディアが及び腰に見えるのだろうか。北海道の知床での転覆事件や、日頃の辺野古報道を見聞きすると、全くメディアが仕事していないと思うけれど、それはこういう党派性というか、まぁ向いている方向が違うんだろうな納得してしまいます。

今年秋には沖縄知事選挙があって、既に那覇市副市長だった古謝弦太氏が出馬表明をしていて、公約の一つに辺野古移転推進を掲げています。もう一方の現知事の玉城デニー氏も出馬表明する予定だったのが、今回の事件に支持基盤のオール沖縄が関わっていたことや、自身も基地反対活動に傾倒していたこともあってか、その出馬表明を延期することに。他の自治体の行政に意見する立場には無いけれど、沖縄の基地問題は解決するべき課題だとは思うけれど、それに反対する事がフリーハンドの様に認められている現状は歪だと思うし、何か特別な理由が存在しているように強く感じますね。沖縄が太平洋戦争の激戦地の一つだった事は理解するけれど、浜松だって浜松基地は昔は陸軍の航空隊基地だったし、JR東海の浜松工場は昔の鉄道省の浜松工場(浜松工機部)だったこともあり、遠州灘からの米海軍の艦砲射撃で焼け野原になった事もありますからね。東京大空襲だって、決して小さな被害では無いと思う。沖縄が特別という事情は理解するけれど、だから反対運動が無法地帯になってよいという理屈にはならないと思う。

(UA Leg#5) HND-OKA/-HND

空港のホテルに宿泊して、7時前にはチェックアウトをして、まずは保安検査場を通過してラウンジへ入り、朝食代わりに御稲荷さんと中巻を頂いてお腹を落ち着かせます。まだ朝早いからか、ラウンジ内はそんなに混雑していない感じで、ゆっくり食事をしてその後はいつもの様にメールチェックで時間を潰しました。 

その後、出発ゲートが少し離れた58番ゲートなので早めにラウンジを出てゲートへと向かいます。外に出ると、朝の出発ラッシュの時間帯なのか結構混雑しています。また春休みだからか、中高生のグループみたいな団体さんも結構見かけるのも、この時期ならではなのかもしれない。

1) HND 07:45 - OKA 10:40 (NH463)

定刻30分位前にゲート前に到着したんですが、丁度事前改札のアナウンスがされていて、改札の向こうには車いすで搭乗する乗客の様子も見られました。その後、2歳以下の幼児連れの家族グループ等が結構中に入っていきますが、PBBの中のL1/L2への分岐点で止められている様子。そこが開かれて、中で待っていた乗客が機内方向へと流れ出したところで、グループ1からの優先搭乗も始まりました。

早速中に入って機内へと進みますが、何故かL1への通路にはまだテープが貼られていて通れません。仕方なくL2の通路に入りましたが、こちらは大渋滞。そのうちにL1の方もオープンされたのか、やっと機内に入り前方方向へと進もうとしたら、前から後ろに来る流れとぶつかりちょっと大変でした。

使用機材がB777-200の2-3-2の7アブレストなので、何となく旧シートの機材だと思っていたら、中に入ると新シートが並んでいて嬉しい誤算。このシートの違いだけでも、2時間余りのフライトだとかなり印象が違ってきますからね。搭乗は順調に進んだのか、ドアクローズは07:39。しかも私の右隣の席は空席のままとなり、どうも機無いアップグレードも無かったようで横からの圧力無いフライトになりました。プッシュバックまで少し時間がありましたが、ゲートを離れて出力調整後に移動を開始すると、結構早めのスピードで誘導路をRW05へと向かいます。離陸待ちも殆ど無く、そのまま離陸したのが08:01でした。

食事のサービスまでは少し時間が有りましたが、食事を頂いた後はいつもの様に機内Wi-Fiに接続してメールチェックとブラウジングで時間を潰します。この機体の機内Wi-Fiも比較的安定して居て、以前の設備に比べると改善された=最新設備に変わっているような気がします。四国沖辺りを通過したところでウトウトしたと思ったら、目が覚めるともう沖縄本島に差し掛かるくらいのタイミング。今回は北から第2滑走路のRW18Rへと向かうコースに乗ると、10:21に無事着陸。その後ターミナルへと移動しましたが、第1滑走路のRW18Lの手前で横切るところでホールドがかかり、JAL機が先ず離陸すると、続いて珍しい事に航空自衛隊のC-130H(ハーキュリーズ)が離陸していきました。久し振りに見たなぁ、4発のターボプロップ。その後やっと滑走路を横断して35番ゲートに入りましたが、それでも定刻よりも早い10:35着でした。今回は復路便の接続時間が少し短いので、早足で機外へと出るとまずは所要をこなしに一旦外へと向かいます。

2) OKA 12:10 - HND 14:30 (NH464)

用事を済ませて空港に戻ると、そんなに時間は無かったのですが取りあえずラウンジには寄って、冷たいお茶を一杯頂きトイレを使わせて貰いました。元々は33番ゲートだったのが、35番ゲートに変わっていて、到着した時と同じゲートから戻る事になります。

ラウンジでスケジュールを調べると、羽田からの到着機は10分位の早着で、沖縄からの復路便も定刻と表示されていたのでゲート前に行ってみたんですが... 35番ゲートからは、まさに今続々と降機してくる乗客の列が orz 一瞬ゲートチェンジかなと思ったんですが、ちゃんと「12:10 NH464」と表示されています。で、その時に「NH464便は12:25に遅延」のメッセージが。もうね、ANAのIT関係者に小一時間はクレーム建設的な意見交換をしたいところ。仕方が無いので、そのままゲート付近の椅子に座って搭乗開始を待ちました。

12:25からさらに遅れるかなと思ったんですが、12:05から事前改札が始まり、優先搭乗もその後から始まります。唯一救われたのは、この使用機材B777-200も新シートの機材だったこと。ここの所、B777-200の運用の時には旧シートの機材に当たることが多かったんですが、そろそろシート換装も完了したんだろうか。ドアクローズが12:26と、遅延しての定刻近くでしたが、その後プッシュバックまで10分以上掛かりさらに遅れそう。また、機首を方向転換して離陸ポイントのRW18Lに向かいますが、離陸待ちの期待が3機位並んでいて更に待機。離陸したのは、12:58と結構な遅れでの出発でした。

暫く気流が不安定な空域を通過して、そこから食事と飲み物を頂き、復路は早めにシートを倒してうつらうつらしつつの移動になりました。羽田の空域も混雑している様子でしたが、この時はA/C滑走路のRW34L/Rの二箇所を利用して降ろしている様子。ただ、D滑走路のRW05も離陸用に使われているので、RW34Rの方は時々途切れる感じでした。ターミナル的にはRW34Rの方が有利ですが、搭乗機はRW34Lへ向かうと14:56に着陸。右の誘導路へ離脱すると、T2の北側から時計回りに回り込み、59番ゲートへ入ったのが15:03と、約30分の遅延でした。この後京急線で品川駅へ移動して、浜松行きの新幹線を捕まえるのですが、事前に15時台のひかり号は間に合わないだろうから、1時間後の16:10初のひかり号を予約しておいて正解でした。品川駅では、夕食代わりのお弁当とかお土産類を調達して無事帰宅となりました。


2026年3月24日

(UA Leg#4) HND-OKA/-HND

三連休の間は暖かくて春らしい天候だったのに、週末が明けた月曜日の朝は「雨」。移動時の荷物は、最少化したい自分としては、折り畳み傘一つでも出来れば無しで移動したいのですが、ちょっと止みそうも無いなぁと諦めていました。その後身支度を調えて家を出る時間帯になると、幸いにも殆ど雨も上がり西の空も薄らと明るくなってきたので「よし、いける」と一度はバックパックに入れた折り畳み傘(約200g)を取りだして身軽になってから出発しました。

いつもよりは遅めのバスで浜松駅まで移動すると、朝7時を少し過ぎた位。いつもの様に駅ビルのスタバに入り、朝食代わりのホットサンドとコーヒーを頂いて一息つきます。そんなに混雑していなかったので、結構ゆっくり出来たのは幸いでした。その後浜松駅の構内へ移動して、07:50発のひかり号を待ちます。浜松駅を出発した時も、自由席は結構混雑している様子でしたが、やはり春休みが始まったからでしょうか、静岡駅からドッと乗り込んできて、7号車のe-Work車両も8割位の混み具合になりました。私の横にも、キャリーケースとバックパックをもった20~30代くらいの男性が座ったんですが、この人が静岡駅を出発して新富士の手前くらいで掛かってきた電話に出ると、 その後ずっと品川で下車するまで電話を受けたり掛けたりしていてうざったかったなぁ。

そんな不満を感じながら品川駅で降りると、駅構内は結構な人出。でも、空港行き京急線は空いた状態で入線してきたので、座席を確保して座って移動出来ました。空港も、京急の改札を出たときにはかなりの混雑具合でしたが、1Fに上がると何処かにその人では消えてしまい、3Fの出発階に上がるエレベーターはそんな混雑しておらず移動出来ました。そんなに時間は無かったのですが、先ずは保安検査場を抜けて、そのままラウンジに入り、飲み物とトイレを利用して一息ついたところで、出発ゲートへと向かいました。

1) HND 10:30 - OKA 13:25 (NH469)

元々は58番がアサインされていたのが、当日朝に63番にかわり、さらにラウンジを出る頃には60番へと変わっていました。ちょっと離れた60番ゲート前へ移動すると、ゲート前は結構混雑していましたが、まだ事前改札は始まっていないようです。10:10頃から事前改札が始まり、車いすの方や幼児連れの家族グループが乗り込んでいきましたが、これがちょっと時間が掛かり、優先搭乗に切り替わったのは10:18頃。やっと機内に入り、最新のシートにほっとしつつ出発を待ちます。ドアクローズは定刻から遅れて10:34 。5分後にプッシュバックが始まり、D滑走路のRW05へと移動します。先にJAL機が離陸待ちをしていましたが、直ぐに離陸するとこちらも滑走路に正対して、暫くすると四点鐘とともに離陸開始となりました。出発は少し遅れましたが、離陸したのが10:55で、ブロッキングタイムが02:19と表示されたので、到着は少し早いかもしれません。

離陸後は暫くちょっと揺れて、ベルトオフのサインが出るまでは少し時間が掛かったように感じます。その後は気流が安定していて、直ぐにミールサービスが始まりました。そうそう、ここの所プレートにセットされて居るであろうメニューの小冊子が無いことが続いていますが、今回もそう。後から「こちらが載っていませんでしたか?」とCAさんが持ってきてくれましたが、まぁメニューを見ることは無いけれど、なんてだろう。

食事の後は飲み物を頂いて、今回はラウンジで直前に入ってきた依頼後との対応でExcelを開きつつ作業を進めていました。機内Wi-Fiがそこそこ安定していたので助かりました。いつもは殆ど寝て過ごしますが、今回は真面目に仕事(?)をしていたので、それでもあっと言う間に着陸態勢のアナウンスを聞いたような気がします。今回は北側から進入すると、時間調整なのか少し西にくの字に回り道をしてから、RW36Lへ正対すると13:15に着陸。左の誘導路に抜けてUターンすると、ターミナルビルの32番ゲートに入ったのが定刻丁度の13:25でした。今回は接続時間が少し短めなので、そそくさと外に出てそのまま所要へと先ずは向かいました。

2) OKA 15:10 - HND 17:30 (NH470)

メール処理やファイルの転送などしたかったので、まずはラウンジに入り諸々の雑用を完了。冷たいお茶で喉を湿らしたところで、出発ゲートの33番ゲートへ向かいました。今回は往路・復路ともに使用機材が新シートのB787なので、非常に気が楽です。

そろそろラウンジを出ようかと思ったらこのNH470でのボランティア募集のアナウンスが。振替便は、10分後に出発予定のソラシド便+1万円との事で、殆ど時間が変わらないから一瞬心が揺らぎました(笑)。そんなアナウンスを聞きながら33番ゲート前に行くと、暫くして事前改札がスタート。優先搭乗が14:50に始まり、私も機内へと入ります。ほぼ満席の状態なので搭乗に時間が掛かり、ドアクローズはほぼ定刻の15:09。プッシュバックまで少し時間が掛かりましたが、動き出してしまえば離陸ポイントは直ぐ横のRW18Lなので、移動して先行機一機の離陸を待ち、その後15:29に羽田へと向かい離陸しました。

離陸して暫くは揺れる空域もありましたが、離陸して15分位して気流も安定して食事の配布も始まりました。食事後は機内Wi-Fiに接続してiPhoneでブラウジングしたりKindleで小説を読んだりして過ごしました。そう言えば、今回往路と復路の機内Wi-Fi接続画面が新しくなっていて、設備が更新されたんでしょうか。心なしかいつもよりネット接続が安定していて、スピードも少し早いような気がします。

復路は追い風になるので、あっと言う間に房総半島に接近(※あくまで個人の感想です-笑)。着陸はA/C滑走路を利用しているらしく2列に並んで進入する様子がFlightrar24で確認出来ました。搭乗機のほぼ横に、JALのJL32(BKK-HND)が並んでいて、この感覚だとJL32がA滑走路のRW34L、そしてこちらはC滑走路のRW34Rだなと予想。で、その通りにRW34Rへ降りたのが17:23でした。T2側なので早めにゲートインできるかなと思いましたが、到着ゲートは反対側の65番ゲートという事でUターンをして戻るのに時間が掛かり、ゲートインしたのは定刻通りの17:30でした。

いつもなら京急線へダッシュするのですが、この日は羽田泊まりなのでゆっくりと降機。到着階の2Fから一つ上の3Fに上り、T2の北側にある東急エクセルホテルへと向かいました。


Haneda Excel Hotel Tokyu

 昨年の10月以来、約半年ぶりの利用となる羽田空港T2直結の羽田エクセル東急ホテル。そのロケーションから、チェックインするときが遅い時間帯の時に利用することが多いのですが、今回は18:00前にはチェックイン出来る余裕の到着です。翌日も、フライトは07:45なので、ラウンジ利用するとしても7時前位にチェックアウトすれば十分なので、かなり楽な滞在です。

18:00前に部屋に入り荷物をいったん置いてから、再び外に出て夕食をどうするか考えます。T2のレストラン利用も考えましたが、丁度夕食時だからかかなり混雑している様子。まぁ、ゆっくり出来る部屋飲みで良いかと考えて、3Fから1Fに降りてホテル側にある小さめのファミマでアルコールとお摘まみ類を購入して部屋へと戻りました。

ちょっと失敗したのは、部屋にAC100Vのコンセントは何カ所かあるんですが、充電用のUSBポートが無く、そういう時に限ってUSB用のACアダプターを忘れてきていること。2台のスマホの充電をどうしようかと思いましたが、USBケーブル(Type-C-to-CとType-A-to-C)は持参していたので、先ずはThinkPadのゲンロク君を持参したACアダプターで接続して、そのゲンロク君のType-CとType-Aのポートに持参したケーブルを接続して、そこにスマホを接続して充電することにしました。どちらのUSBポートも、本体(=ゲンロク君)がパワーオフ状態でも通電してくれる仕様だったので、就寝するときにゲンロク君をシャットダウンしても充電は止まること無く朝には満充電状態になっていました。

チェックアウトは、少し早めに済ませて本日のフライトへと向かいました。

2026年3月23日

天気予報精度

最近改めて技術の進歩を感じて関心したのが「天気予報の精度」。WeathernewsとかTenki .jpのサイトを出かける前に見て、雨具の必要性とか寒暖差等を事前に確認するのはもう通常ルーティンと言っても良いくらい。最近では、1時間単位のそれもそこそこ狭い地域の天気予報も利用可能で、例えば自宅で本宅をして干してから出かけるときに、帰宅までに雨は大丈夫かなんて確認することも良く有る話。今日も朝から外出しているんですが、朝雨が降っていて「これだけ折り畳み傘必要かな」と思ったんですが、天気予報を見ると出かける頃には雨が上がって以降は曇りから晴れの予報。実際出かける頃には雨も上がり、西の空が少し明るくなってきたので、少しでも軽量化しようと折り畳み傘は持参せずに出発。1時間もすると、雲の切れ間から日もさすようになり、「今日の勝負は勝ち」とちょっと気分がアップしました(笑)。

昔というか20~30年位前だと、外出するときの天気確認でも、その日一日の天候とか精々午前・午後で分けて確認するくらいで、それでも晴れ予報なのに雨が降ったり、雨予報が結局は外れたなんて言うことは結構有りました。更に遡って自分が子どの頃などは、NHKのニュースで流れる天気予報よりは、両親とか祖父母から居られた「○○が見えたら明日は雨」「××の風が吹いたら、明日は寒くなる」みたいな、土着の経験則からの天気予報の方が正確だったことが多くありました。特にうちは農業もやっていたので、天気の様子には更に敏感になっていたこともあるかもしれない。

幾つもの気象衛星が今は地球の周りを回っていて、観測精度が大幅に向上したことと、それらのデータを大量且つ高速に処理出来る計算機技術も大きく進歩したことが、最近の天気予報精度を劇的に向上させたことは間違いありません。その先駆けとなった「ひまわり1号」が打ち上げられたのは1977年らしい。この頃は単に宇宙から日本列島周辺の雲の様子の写真が珍しかったりした程度だけれど、その後複数の気象衛星が様々観測能力を駆使して日本のというよりはアジア・太平洋州全般の観測をするようになり、個人的感覚では2000年代に入って天気予報の精度が実感するくらい向上した気がします。

天気予報言うと「降水確率」が1番身近に感じる指標だと思うけれど、例えば0~30%なら傘無しで出かけるけれど、50%位までだと傘を持参するか迷って、60%を超えたら「折り畳み傘持参」みたいな、人によって降水確率による傘判断は慣れっこになっているんでしょうね。降水確率の精度も上がってきたけれど、折り畳み傘の性能も上がってきていて、軽量且つコンパクトな物がどんどん販売されているので、逆に降水確率を意識せずに常に持ち歩くのが普通になってきた気がします。それに、最近では、雨対策としてだけで無く、これからは日傘としての利用ニーズも高くなるわけで、折角天気予報の精度が上がってきたのに、余りその恩恵を感じなくってきたのは寂しいかも。昔は「天気予報が外れた」と気象庁にクレームしてニュースになることもあったけれど、今はそんなことを思うことすら無くなるくらい普通になった天気予報。改めて、その技術革新と努力に感謝したいなと思いますね。