面白いのは、彼らが反応しているのが、厳密には日本そのものではなく、「アメリカ文化を丁寧に扱う日本」に対してだということです。KFCは本来アメリカ発の大衆チェーンなのに、日本ではそれが妙に清潔で、妙に安定していて、妙にちゃんとおいしそうに見える。するとアメリカ側は、自国の記号を海外で… https://t.co/QviPpVupU8 pic.twitter.com/JcucPAyMIX
— クレア (@kureakurea01) March 29, 2026
X上に投稿された、とある米軍基地のある街の焼き肉屋さんで、焼き網の上で炭火で炙られるベーコンに狂喜する米兵の様子を描いた投稿が、アメリカの「BBQ文化」に共鳴して日米間での「BBQコミュニケーション交流会」の様相を見せてきた中の一つの投稿。
BBQという典型的なアメリカ料理が日本で流行るだけで無く、その文化的背景を尊重しさらに自分達好みに改善改良していき、本家とは異なるものの親和性の有るものに昇華させていくのは、日本人が得意とするところ。日本人的気質の面白いと思うのは、一つはオリジナルを尊重して徹底的にそれを堅守する場合も有れば、そこから独創的な「和風風味」を追加したり、逆に異なる「洋風風味」を添加して似て非なるけれど決して改悪では無いものへと脱皮させていく二つの流儀があることだと思います。例えば食べたことの無い人も多いドイツの「バームクーヘン」は、日本では普通に食べられる洋菓子の一つだし、最近では色々とデコレーションされたり色々なフレーバーの物が作られたりと、本家のドイツ人が日本に来てビックリするくらい。クレープだって、本家のフランスではシンブルな物が殆どなのに、日本ではワンハンドスイーツとして、もはや日本独自のスイーツと言ってもいいかも。一番典型的なのは「ラーメン」でしょうね。本家の中華料理の中にも、スープに麺を入れた料理はあるらしいけれど、スープに独創的な味付けをして、そこに麺を入れて具材を追加して「ラーメン」に昇華させたのは日本の職人達。そこから、スープに拘り、麺に拘り、具材に拘り、さらにはラーメンを丼一杯の食事からコース料理にしたりとか、色々魔改造されているのはよく知られているところ。
確か中国の人が日本に来て驚くことの一つに、もう中国では無くなりつつある寺社建設が、日本では当時のままに残されて勝つ利用されていることと聞いたことがあります。中国の場合、体制的なこともあるから仏教排斥が酷かった時期もあるけれど、日本の場合は自然と生活の中に溶け込むような形で連綿と存在していますからね。アメリカだって、BBQだけで無くハンバーガーとかもそうだし、ラーメンだけで無く「中華料理」そのものが日本では国民食に近い物があるし。かなり乱暴な言い方かもしれないけれど、日本人って新しい物に目がない上に、その新しい物が直ぐに陳腐化するというか、自分一人の独占から少数でも広がってしまうと、もう次の「新しい物」を探そうとするDNAが埋め込まれているんじゃ無いだろうか。それが、一度手にしたものをどんどん魔改造していく気質にも繋がっているような気がする。
子供の頃によく読んでいた書籍に、「カラクリ儀右衛門」こと東芝(芝浦製作所)創業者の田中重久氏の伝記とか、平賀源内の話とかあって、子供心にワクワクする気持ちにさせられて、それが田舎にいながらゲルマニウムラジオの制作から電子ブロックに嵌まり、アマチュア無線免許取得にマイコンからのエンジニア人生に繋がったのは、ある意味典型的な日本人のキャリアパスかも(笑)。織物だったり、染め物だったり、陶芸に細工に、同じ様な話ってもうその人一人一人に存在していると思うなあ。そうそう、浜松市の子供の副読本として昔読まされた「日本楽器製造(ヤマハ)」の創業者、山葉寅楠の逸話にしても、元々は地元の小学校に納品されたオルガンの修理が切掛で今のヤマハに繋がるのは、Japanese Career Pathの典型と言えるそう。BBQに限らず、日本には各国の名店と並ぶような西洋料理や東南アジア料理店が多いのも、同じ理由なんでしょうね。しかも、そういう名店のシェフの結構多くの人は現地での修業経験が無く国内だけの経験で現地に並ぶものを調理してしまう。それって日本人のDNAとともに、日本という国の環境というか雰囲気というか、まさに国のDNAからしてそういうものを備えているんじゃ無いだろうか。それが日本の醍醐味のような気がする。
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