佐々木俊尚氏が引用されていた、CNNの記事。有名なアメリカ人歌手が、日本への親近感をインタビューで話したところ、その内容が「文化盗用」と批判されていると言う話。短い新聞記事の情報では、よく分からない部分も多いのだけれど、日本語記事とその原文の英語記事を読み比べてみて、
"I think it was a beautiful time of creativity...a time of the ping-pong match between Harajuku culture and American culture," Stefani continued. "If we didn't buy and sell and trade our cultures in, we wouldn't have so much beauty, you know?"
の日本語訳が
「あれは創造性の美しい時代だったと思う。原宿文化とアメリカ文化のピンポン対戦の時代だった」「もし私たちが自分の文化を売り買いしたり交換したりしなければ、これほどの美しさはなかったでしょう?」
となっていて、そんなに変な訳では無いと思うけれど"ping-pong match"が、原宿文化とアメリカ文化の戦いみたいな感じで訳されているのが誤解の元なのかなと言う印象。ここは、互いにより良い物に「切磋琢磨した」と捉えるのが良いような気がするし、多分多くの日本人的感覚だとそう言う理解をするから、別に彼女が「日本文化の盗用をした」とは感じないのでは。
少し前に、着物を着用した様子をSNSにアップしたら、日本文化の盗用だと批判されて削除した外国人女性の話があったと思うんですが、あの時も自分は日本文化を楽しんでいるんだろうなぁ位の印象だったし、あれを持って「文化盗用」と批判するのはかなり違う気がします。私は仕事も含めてアメリカ人との付き合いは平均以上にある方だと思うけれど、ああいう反応ってちょっと経験が無い事もあり、凄く違和感を感じた次第。あくまで想像ですが、多分最初の切掛はたまたまそう言う批判をする人が見つけてコメントを付けたら、それが予想以上に広がってしまったくらいの理由なんじゃ無いかと思うなぁ。それでも、そんなことを経験したことの無い一般の人なら、SNSの圧力に抗しきれずに沈黙してしまうだろうけど。
この記事のグウェン・ステファニーの場合は、自分のビジネス絡みという事も会って批判が生まれてきたのかもしれないけれど、単に過去父親の関係で日本文化・日本の情報に馴染みがあり、それを自分の歌やショーに生かしたと言う程度であれば、そんなに目くじら立てる話でも無いと思う。ただ、記事に掲載されていた2004年のAmerican Music Awardsの様子を観ると、本人は兎も角バックダンサーの日本人女性4人(日系人?)の衣装は、正直なところちょっとムムムではあるけれど。でも、昔よく見るような日本人をカルカチュアした「メガネ、出っ歯、カメラ」の様な風刺絵や写真何かと比べれば、まだマシな気がするけれど。
凄く飛躍した話かもしれないけれど、こう言う事が批判されるとなると、じゃぁ生物的には男性(女性)として生まれたのに、精神的には女性(男性)として生きたい人はどうなるんだろうか。その人は男性(女性)を差別していることになるのだろうか。あるいは、男性(女性)なのに「女装(男装)が好き」と言う人は、文化盗用ならぬ「性差盗用」とでも言われるのだろうか。日本のアニメ文化の影響もあって、今では世界どこにでも「コスプレイヤー」は普通に存在してそれなりに理解も進んでいるけれど、あれだって日本人以外がコスプレをしたら「日本アニメの盗用」と批判しないといけなくなってしまう。でも、多分そういう風に騒ぐのは日本以外であって、日本人なら「嬉しい、一緒に楽しみましょう」くらいの気持ちが殆どなのでは。まぁ、佐々木氏も書いているように、否定的なコメントをしている人達の「日本文化評」が一番の問題であるような気がします。