2026年11月5日

日本の近現代史

ReHacQのコンテンツから、MC高橋弘樹氏、ゲスト辻田真佐憲氏による、日本の戦後近現代史に関しての前後半のコンテンツ。私は、この辻田氏を以前ReHacQで拝見して、面白い人だなぁと思いつつその話されている内容も凄く筋が通っていると感じていた方。今回の話も凄く面白く感じて、特に印象に残ったのが「戦前、戦後とは異なる『第三の区切り』が必要」という意見。

辻田氏によれば、明治維新から太平洋戦争開始までが77年、太平洋戦争終戦から現在までが81年過ぎていて、更にこの先も「戦後」という言い方をするのは無理があるのでは無いか。80年という区切りの現在、さらに世界的に不安定な状況になりつつある現代において、別の区切りあるいは「言い方」が必要では無いかと言う意見はなるほどねと個人的には凄く腑に落ちる話。1990年位から、それまでアメリカに次ぐ世界第二位の地位にいた日本の衰退が始まり、その後30年間の間に状況は大きく変化しているけれど、それを正しく認識していない人が多いのではとの事。その最たる証拠が、「戦前に戻る」とか「戦後回帰」というけれど、そこに戻る事が正しいとは限らないという意見は正論だと思います。

高橋氏がしきりと「何か区切りとして表現できるうまい言葉が無いですかね」と言っていましたが、確かに長いデフレ期間を脱却して、まだスタートしたばかりで成果も結果も見えないけれど、新しい産業創成を目指すというこれまでに無い時代に変わりつつあることも事実。「戦後」と聞くと、どうして日本の戦争責任と敗戦からの復興という「重荷からの贖罪」みたいなイメージが続くけれど、周辺国の大きな変化もあって逆に日本が東アジアだけで無く、欧米列強の中の唯一のアジア圏代表としての存在感への期待感も膨らんでいるわけで、確かに「戦後」という言葉やイメージから脱却するのに今は絶好のチャンスなのかも。その為にも、やはりこれからの80年を表す様な「言葉」というのは案外重要かもしれない。

高橋氏から中国との違いを聞かれて、辻田氏が「自由」と答えは凄く的を射ている言葉だなと感じました。日本というのは、島国ということも有るかもしれないけれど、「あ、うん」の呼吸というのが何となく身につけられている集団じゃないだろうか。暗黙の距離感というか、関わり合いと言うか、そう言う見えないパーソナルスペースが尊重されている限り、他人の行動や意見に関しては寛容というか、面白そうと思えば関わるし、そうで無ければ何となく視線の外に外して置くみたいな、否定はしないけれど自分との関係性は希薄化していくことで、自分自身の「自由」を守っている気がします。そんなことを熟々考えていたら、ふと思い浮かんだ「戦後80年」で一区切りをして、これからの時代を表す言葉として「遷後(せんご)」はどうだろうか。「遷」は「変わる」という意味で、物理的にも時間的にも両方の意味を含む言葉。「戦後80年」が終わり、新しいフェーズに少なくとも今切り替わったということが確かなわけで、現時点では「遷後」と呼びつつ80年後の時には「あの時はああいうことがあったから○○と言うべき転換点だった」と、その時に確定的な言葉にすれば良いんじゃ無いかな。

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