2026年9月24日

醤油 in USA

佐々木俊尚氏の引用から、キッコーマンの売上げの5割超が北米からで、今回3箇所目となる醤油製造工場をウィスコンシン州に建設したと言う記事。キッコーマンがアメリカでも醤油を製造している事は、自分も出張中にお世話になっていたので知っていましたが、今では売上げの半分以上が北米空というのはビックリしました。

私の最初のアメリカ出張は1988年でしたが、この時は2週間の予定ということもありホテル(DoubleTreeだった)滞在でした。で、翌年の10月から2回目の出張が決まり、この時は当初一月と言う話で出掛けたものの、色々あって自分は結局翌年の2月迄滞在して、VIS Wavierの関係から2月に2週間日本に帰国して、その後再渡米してG.W.の直前に帰国しました。この時「一月滞在(マネージャーの大嘘)するから、ホテルじゃ無くてキッチン付きのホテルが良いよね」と言われて手配して貰ったのが、Residence Innで、実はこの時に気楽さや広さが気に入り、その後プライベートの時にも結構利用するようになったホテルでした。場所によっても設備の差はあると思いますが、この時のResidence Innは、三口の電熱コンロ、食洗機、電子レンジ、電気コンロ等一揃い有って、食器や鍋フライパンなどの調理器具も揃っていました。でも、当時は学生時代から自炊をしていたので「マイ庖丁(牛刀とペティナイフ)」持参で行ったのは内緒です(笑)。

この時の滞在地がフロリダ州の真ん中くらい(トランプ大統領の別荘マール・ア・ラーゴの近く)で、現地では高級スーパーになる「Publics」は、ほぼ毎日通うくらいで、ここには醤油、昆布、味醂なんかが当時でも店頭で販売されていました。ただ、醤油の味は日本のものとは一寸違っていて、所謂「薄口醤油」っぽい感じでした。味醂も、味醂と言うよりはアルコールに砂糖を溶かしたような味で、ちょっと「味醂」として使う気にはならなかったなぁ。記事によれば、1973年にはウィスコンシン州で最初の工場が稼働していたようだから、あの醤油はウィスコンシン州生まれだったわけですね。まぁ醤油の原料は大豆だし、大豆はアメリカでは幾らでも栽培しているから、困ることは無いでしょうね。

当時はまだ刺身や和食自体それ程一般的では無かったから、醤油の消費先としては佐々木氏も指摘している「照り焼き」が一番だったんじゃ無いかな。甘い味覚が好きなアメリカ人は、とにかく「Teriyaki」が大好き。何でもかんでも「Teriyaki」と言えば通るみたいな(笑)。でも、日本の照り焼きは、醤油と味醂を合わせるけれど、味醂が先にも書いたように眉唾っぽいから、Teriyakiと言いつつも実態は砂糖を溶かした日本で言う所の「砂糖醤油」みたいなものだった気がする。あと、刺身や寿司は当時やっとブームになりつつあるくらいの時期でしたが、それでも和食のお店には結構地元の人が来ていてお寿司を食べるんだけれど、兎に角醤油をびちゃびちゃにして食べるんですよね。山葵(殆どが粉の練り山葵だったと思う)も、味覚の痛点が違うのか、小皿一杯の山葵のを醤油に溶いてとろとろの状態で食べるんですよね。そう言う意味では、まだまだ刺身とか寿司の消費量は少なかったけれど、醤油の消費量は一般的な日本での食事の時の10倍20倍以上は使っていた気がする。なんせ寿司を醤油につけると、シャリ部分が醤油でびちゃびちゃになり、折角握ったのにシャリがぽろぽろ醤油皿に溢れてしまうくらいでしたから。後ステーキハウスとか行っても、日本人だと分かると「Do you need Soy-souce?」とか言われて、冗談半分で「Yes, please!」とか言うと、キッコーマンのあの赤いイカ耳みたいなデザインの醤油差しが出てきたりしたこともありましたね(笑)。アメリカへ行って「日本の味が恋しい」という時代も、どんどん薄れて行ってるんだなと感じます。

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