世界的な観光名所でもある渋谷スクランブル交差点から、今、日本のデモ文化を大きく変えるムーブメントが巻き起こっている。参加者はただ交差点を渡るだけというそのデモが持つ革新性とは。 https://t.co/MxxRnvAVnE
— VOGUE JAPAN (@voguejp) August 2, 2026
VOGUE Japanが紹介している、渋谷のスクランブル交差点での「革新的デモ行為」に関して。スクランブル交差点がインバウンドに大人気で、ここを訪れて活動が撮影が過熱化していることはYouTube等観て理解しているけれど、こんなことにも利用されているとは知らなかった。個人的には、VOGUEってリベラル色の強いメディアの1つだと思っているから、彼らがこう言う取り上げ方をするのに不思議は無いけれど、でも多くの日本人にしたら「迷惑な奴ら」という印象が多いんじゃ無いだろうか。
最近は都内に出掛けても渋谷方面へ行くことも無くなり、多分最後に渋谷駅を降りてスクランブル交差点を渡ってから10年以上は過ぎている気がする。当時は、まだインバウンドなどにも知られる前位だったので、確かに相互に横断歩道を渡るときに苦労することは無かったけれど、最近の様子を見ると途中で止まって動画撮影したり、中にはダンスしたりする「迷惑系インバウンド」も増えて居るみたいなので、多分自分ならばこの場所は利用しなくなるような気がする。
記事の中では、「革新的」という言い方でポジティブに伝えているけれど、結局は社会の暗黙のルール(横断歩道を安全に渡る)を曲解あるいは無視して自分達の自己主張の道具にしているだけで、正直自分的には「こすっからい人達」としか映らない。権力に対抗したいけれど、直接対峙しては相手の力が強すぎて叶わないから、こう言うニッチな所で自分達の力を誇示することで、相手の虚を突いたみたいな「爽快感」みたいなものを感じているんだろうなぁ。これも何度も自分は書いているけれど、元々の日本人は「性善説」で動いているから、こう言う「抜け駆け」みたいな行為は一番否定されるものだったはず。自分だけ利益を獲得出来れば、周りに迷惑掛けても気にしないと、ということですからね。ところが日本以外では「性悪説」が前提だから、「何をしたら駄目」という部分の抜け道を探すわけです。本来の「政治的主張」をするには色々手続きなり面倒なんだけれど、偶々政治的なプラカードを保持して横断歩道を渡っていたら、その場所が世界的に有名な場所だったから広く認知された、という抜け道利用をして溜飲を下げている気がします。
記事の中では「ワールドカップの時にも警察は取り締まらなかった」みたいな言い訳を書いているけれど、そういうのはお目こぼしされているだけで、これがどんどん過激化していったり先鋭化していけば、当然関係無い歩行者に危険が及ぶと判断されて、取り締まりの対象になることは明らか。其れ以前に、無関係な人達に悪影響を生み出しかねないと判断されたら、さらに厳密な取り締まりが始まる可能生もあって、その時には彼らは「権力の横暴」と言うのだろう。でも、それを誘発してきたのは、自分達の勝手な行動な訳ですからね。あの交差点、陸上を移動しなくても、地下街経由で移動も出来るし直ぐ近くに対面に渡る通常の横断歩道もあるので、最悪スクランブル横断歩道が廃止されて車両通行だけにする事も可能なはず。結局は「住みにくい世の中」というのは、自分勝手な行動をする一部の人達によってもたらされるものなんだなと感じます。あと、こういうものって簡便だったり革新的ゆえに一過性のブームで終わる事も多い気がします。「多様性の社会」というのは、色々な考えの人が少しずつ譲歩して互いに妥協点を見いだしていく「ちょっとした我慢の連携社会」だと思うけれど、その中で「自分達は特別」みたいな意識の集団が生まれると、その信頼関係が一気に崩れるそんな一例のような気がする。
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