2026年9月14日

中身の無い説明

佐々木俊尚氏の引用から、静止的発言の対象者は誰なのか、という話。最初に登城する小川淳也代表の話は、私も先日似たような印象を書いたけれど、その後の本田東京大学教授の話も含めて、一部の人達特にリベラル系の人達は「謝ったら負け」的な考え方がより強い気がする。

色々理由はあるとは思うけれど、やはりその問題点や課題に対しての解像度の低さが、いざ解党を求められるとそれ故低い解像度の回答しか出せず、場合によってはそれすらも自分達に降りになると思えば、迫力で押し切る「大声芸人」みたいな芸風に感じてしまいます。小川代表の話にしても、「借金がある」と言いながらもそれがどれくらいの金額なのか言わない。仮にその額が「15億円」だとして、「15億あるが全てを期日までに完済するためには、まずは10億円の政党交付金の活用と、残りは議員達が供出して解決したいと考えている」みたいな説明をしたら、まだ理解してくれる人も多いんじゃ無いだろうか。本田教授の件も、例えば近親者との関係をどの様に明瞭にして公開していくのか、その手段を考えるべきとか言うならまだしも、単に容姿を元に自分の好き嫌いだけを言っているから問題だと思う。その後に長文の「解説」を出してきたけれど、最初からこれを要約したものを言えば、彼女の意見もまだ受け入れられる余地は有ったかもしれない。

以前も似たようなことを書いていると思うんですが、どうも声が大きいことが正義だとか、相手の質問に対して丁寧に回答しろと自分達は言うのに、相手の質問が気に食わないとそれを逆に封鎖するような言い方をこの人達ってしがちですよね。「国民の声を聞け」「野党を無視するな」と言いながら、自分達がその様な行為行動をしている矛盾が最近はより顕著に見られるように思います。それなのにそれがますます先鋭化していき過激化していき孤立化していく。自業自得とは言え、それで結局不幸になるのは自分達以外の多くの国民だったりするわけですからね。短所を直していくことも重要だけれど、長所伸ばすことをもっとこの人達は考えるべきだと思うし、それなりにその世界の代表的な人達なのだからそう言うことをする責任もあると思う。

政治的発言に限らず、他者に対して何か意見するコメントを出すときには、やはりそれが相手のためになるような言い方・内容・伝え方をするべきだと思うし、それらが欠けているものは単なる「誹謗中傷」と言われても仕方ない気がする。小川氏の質問に帯して質問で被せてくる様子や、本田氏の感情むき出しみたいな意見に関しての自己弁護にもならない弁解とか、最初から相手の質問や問題点に対して真摯に対応する気持ちがないと表明している。何故なら、自分達の考え方や行動は、絶対的に正しいし受入らるべきだから、と言う考えというか思いが背景にあるんじゃ無いかなぁ。そうで無いと、ああいう発言や行動は出来ないと思うし、それも彼らにとっては予想外の反応なので逆に彼らが困惑しているというのであれば、多分彼らは異世界に在住しているのかもしれない。だからこそ、どんどん孤立していく理由も分かる気がします。

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