高市政権の支持率が高止まりしている理由をまたもSNSのせいにしてますが、もう少し左派の現状もきちんと分析して深掘りした方が良いのでは……。枝野幸雄氏「たとえば誹謗中傷動画、あるいは国会での答弁ぶり、海外でも様々な言動を目にした人たちからは、これはさすがにおかしいんじゃないの?… pic.twitter.com/gGXkTnA1gg
— 佐々木俊尚@新著「フラット登山 日本を歩く旅60」7月8日刊行! (@sasakitoshinao) June 26, 2026
佐々木俊尚氏の引用から、高市政権の支持率高止まりの理由がSNSの活用(悪用?)と持論を述べる、前立憲民主党議員の枝野幸雄氏。でも、その意見を公開しているのがSNS(YouTube/X)というのは、何か悪い冗談なんだろうか。
問題の枝野氏のショート動画を見てみましたが、高市政権に文句を言いたい、自分達こそが正しいのだから、そうで無い考え方の人達を覚醒させないといけない、みたいな印象しか感じないなぁ。何度か聞き直しても、音声だけだと良く分からない部分もあったので、Gemini君に文字起こしして貰い読み返しました。今の人達は新聞やニュースを見ずに、偏ったSNS情報だけを信用するから自分達の主張が受け入れられない、だからもっと自分達の意見・主張を「理解させる」努力をしないといけない、という自己中心な我が儘としか理解出来ない。Gemini君がタイムスタンプ毎に文字起こししてくれましたが、そのブロック毎にツッコミどころ満載な気がします。
(00:00) 内閣こんなにむちゃくちゃなことをやっているのに、なぜ支持率が高いんだろうと、こういう声を多く聞くようになっています。で、世の中全体が劣化しているのかと、こうした意見を言われる方もいますが、私はちょっと違っていると思います。
「多く聞く」という内容が、「無茶苦茶しているのに支持率が高い」という不満というのは、矛盾していないか。支持率が高いというのは、一番低い調査でも55%だったかな、多い場合は70%位あるわけで、それと反する意見はそれよりも少ないはず。自分の周りの意見だけ耳に入るから「多い」と感じるんだろうけど、それは現実を反映していないことはこのスレッドの最後に自分で言っていることじゃ無いの。つまり最初から前提設定が歪んでいる気がする。
(00:16) ネットが広がったことによって、例えば紙の新聞を読まれる方の比率は非常に小さくなりましたし、あるいはテレビをご覧になるという方が減って、特に夜のニュースをご覧になっていらっしゃるという方がもうほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか。
この部分は事実だと思います。実際新聞の発行部数はどんどん減っているし、テレビの視聴率はニュースに限らず下降傾向にある。それは、これまでの情報伝達の主役だったこれらメディアが、文字通り「オールドメデイア」化していて、主役の地位を譲りつつあることの証明でもあると思うんですよね。それ故、SNSの重要性が良くも悪くも増しているのだけれど、以下の話を見ているとそれを認めたくないという意志が、この時点で透けている気がします。
(00:41) 新聞を読んだり、あるいはニュース番組を1時間続けて見るということの意味は、自分に関心のないニュースも必然的に目耳に入ってくるということにあります。
これは我田引水では。「自分に関心のないニュース」は、文字通り関心が無いノイズなわけで、そう言うものは排除しても本来は問題無いはず。まぁ、100%完全に関心があるかないかの「0 or 1」の意味では無いと思うけれど、そこで見聞きしたから頭の中に残るかという事は別の話だと思う。少しでも感心があるのならば、頭の中に留めておけるように広く情報に接する習慣を持つべきだとは思うけれど、逆に無関心なのにそこでたまたま目にして、無関心故に誤解して理解することもあるわけで、そういうリスクもある。さらに言えば、最近では紙メディア・ニュースメディアが誤情報や虚偽情報を配信する事もあるわけで、それらに対しての信頼性が揺らいでいることも留意する必要が有るのでは。
(00:54) ネットでニュースを見ていると、もちろんSNSなどで情報が偏るのは当然ですけれども、ニュースも網羅的に、あるいは俯瞰的に世の中全体を見るということはできなくなります。
「SNSだから情報が偏る」というのは、誤解というか言いがかりだと思う。その人の閲覧履歴や検索履歴等から、特定の傾向に傾くことはあるけれど、SNS上には良くも悪くも全ての情報が散らばっている。それは、編集者が選別編集して提供される紙・放送媒体よりも、情報を広く網羅している世界であることは事実。それ故に、上手く使えば多角的な視点で情報精査も出来るし、より深く追求も出来る部分は、既存メディアでは出来ないメリットだと思うし、それ故に網羅的あるいは俯瞰的に情報を吟味することは、SNSが圧倒的に有利だと思います。与えられたものが全てと思うオールドメディアが良いのか、自分の疑問が広がれば広がるほどアクセス出来る情報が増えるネットが良いのか、それはもう言うまでも無い話だと思う。但し、ネットを有効活用にするためには、利用者側にも有る程度のスキル(ネットリテラシー)が必要。でも、オールドメディアだって与えられものを鵜呑みにすれば同じ。ネットだろうがオールドメディアだろうが「情報を盲信している」事に違いは無いと思う。
(01:11) 具体的なことは今日は申し上げませんけれども、例えば高市内閣の様々な言動についても、政府の公式見解すら入っていない方も多いかもしれません。
最初ここの部分の意味が良くわからなったのですが、つまり「SNS情報に依存して居る人の多くは、政府の公式見解すら理解していない」という意味何だろうか。でも、新聞やニュースだって公式見解の全て(全文)を掲載しない場合もあるし、「掲載」はしてもそれが読者の頭に入って理解されるかどうかは、その本人の問題で「掲載」した事はアリバイにはならないと思う。そう言う意味では、媒体が何であれちゃんと理解するかどうかはその人本人の問題であり、媒体の特性や状況には依存しないと思う。
(01:24) かなりのところで取り上げられている、例えば誹謗中傷動画、あるいは国会での答弁ぶり、海外での様々な言動に接した人たちからは「これはさすがにおかしいんじゃないの」「ひどいんじゃないの」という強い声をいただく一方で、そもそもそうした情報に接していない人たちがたくさんいる。
「接していない人達が沢山いる」というのは、どういう事実から言っているんだろうか。オールドメディアの場合は、事前に編集されるから逆にそういう情報しか掲載されない場合も有るわけで、それは許されるんだろうか。物事には何でも賛否があるわけですからね。またSNSの場合、例えばキーワードが「高市内閣」だったら、賛否どちらの意見もタイムラインには登場してくると思うのだけれど。そうで無ければ、反対意見のリプライなんて生まれないわけですから。これも、そう言う反対意見があるのに知らない人が居るという、自分の周りのごく少数の状況を単に全体の話として水増ししているだけのように感じます。
(01:45) そしてそういう人たちに向かって「高市さんひどいじゃないか」「早く辞めさせないと」という声が盛り上がれば盛り上がるほど、「この人たちは何を言っているんだろう」「自分たちとは違う声だな」ということで、むしろ政権に対する支持に向かってしまうと。今の状況を踏まえると、私はこういう現象が起こっているのではないかというふうに思っています。
これも「自分達が正しいのに耳を傾けない」という独善的な意見に聞こえるわけで、少なくとも国民の半数以上の指示を受けている状況でも、批判的に意見したり反論する人も多く居るわけで、それは健全な状況では。それが自分達の意見に反論することは間違っているという「思い込み」だけで批判している方が間違っていると思います。
(02:05) ですので、まさに今、リベラルというか多様性を認める姿勢が求められています。今、高市内閣を支持している、批判をしていない人たちの中にも、実は感性あるいは政治的なものの考え方については自分たちと同じような立場の人たちがたくさんいる。
「多様性を認める姿勢が求められている」と言いつつ、政権支持をする人達の意見を封鎖しようと言っていることは、この人達に共通している「最大の矛盾」だと思う。確かに高市内閣支持者の中にも濃淡は存在しているはずで、その中で自分達に近い人達を引き戻そうというのは正しい戦術だと思います。でも、次に述べているそのやり方というか考え方が壮大な勘違いなので、そういう境界エリアにいる人達、所謂「無党派層」と言われる人達からの支持が得られないのだと思います。
(02:26) ただ、自分たちとは違う情報に接している。同じ情報に接していないということが、政権に対する立ち位置を変えてしまっている。だからその情報ギャップにこそ我々は立ち向かうことが必要であって、いかに自分たちの持っている情報を多くの皆さんに共有するかという、この努力をしていかなければならないということを私は最近痛感しているところであります。
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