最近ライドシェアの話題がネット上にも多く登場するようになり、日本の閉鎖性への批判とライドシェア開放の意見が多く見られます。それに刺激されて誰にも頼まれてはいないけれど、自分なりにアメリカとかシンガポール等でライドシェアもタクシーも利用した経験から、ちょっと感じる事を徒然なるままに... 私は経済や社会システムの専門家ではないので、あくまで自分の個人的な肌感覚なんですが、日本でライドシェアが始まらない理由の一つとして、「既存のタクシーのサービスレベルが、それなりの満足度を提供していること」が有るんじゃ無いかと思います。勿論、一番大きな理由はそのタクシー業界が自分達の生存権が脅かされると感じて居るところだとは思うけれど、海外(アメリカ)の様にライドシェアに対しての声が中々大きくならないのは、そうは言っても今のタクシーに対しては、料金以外に関してそれ程不満が無いと言うに本の状況が一番大きい気がします。また、仮に日本で運用が始まった場合、ライドシェアのある意味肝である「ドライバー/乗客相互の評価システム」が、ある意味ドライに作用して成立するシステムだと思うけれど、日本人の場合「本音と建て前」があるので、つい高評価に傾いて信用度が劣化しそれがライドシェアに対しての低評価に繋がっていくような気がします。
最近では大都市圏では整備されてきたりするけれど、アメリカでタクシーを例えば空港からホテルへの移動で利用するというのは、少し前までは結構リスクだったと思うんですよね。先ずドライバーさんが南米系の人だったり、アジア圏なんかからの移民だったりするんですが、ある意味日本で言う「個人タクシー」に近い感じなので、車内の状況は千差万別。一番困ったのは、独特の香水を撒いている人が結構多かったことかな。昔だと、煙草(あるいは薬系?)の臭いや煙るが残っていることも結構有りました。また車内も、日本のタクシーに慣れているとお世辞にも「綺麗」という状態では無くて、シートなんかもぐちゃぐちゃだったりするのは普通。乗車しても料金がどうなっているか分からないし、メーターなんか動いているのかどうか分からない場合も。最後にやたらとチップを要求するドライバーも多く居ましたよね。だからライドシェアが始まったときには、その場で行き先を指定して呼び出せるアプリも便利だったけれど、ドライバーや利用する車の様子も事前にはアクできるし、チップにしても確か当初は無くて「アプリで指定された料金が支払われる」仕様だったはず。そういう既存タクシーに対しての不満が解消されるシステムだから、ライドシェア(当時はUber、今はLyft)はアメリカ人に歓迎されたし、どんどん古いシステムを駆逐して行ったと思うんですよね。
最近では、タクシー乗り場とは別にライドシェア用のスペースが空港やホテルでは普通に準備されているし、ある意味棲み分けが出来ていることも確か。ただ、最初に利用した15年位前と最近を比較すると、まず参加しているドライバーの質が変わったと実感します。以前は、本当に運転好きで場合によっては自分の車自慢をしたいような人が参加していたので、ドライバーも車もレベルはタクシーとは段違い。でも、最近では結構当たり外れが大きくて、それはアプリの評価で有る程度判断出来るんですが、利用者側も厳しい評価が多いとドライバー側にそれも伝わるので、敬遠されるみたいな事もあるみたい。そういうドライバー側や利用者側の評価で料金が変わったり、車種や時間帯でもダイナミックに料金が変化することは、アメリカでは「当然」だけれど、日本だとまだまだ受け入れられない素地が強いんじゃ無いかな。また、ドライバー側も、殆どの人は複数のサービス(UberとLyftとか)端末を車内に設置していて、常に次の予約なんかを探していたりして、もう完全に「仕事」なんですよね。元々は「ドライブ好きな人が、その余裕で小遣い稼ぎも出来るような善意のサービス」だったのが、今では完全に変化しているので、正直手軽さや利便性は認めるものの、最近ではタクシー会社の方もライバルに負けないように教育とか品質向上を心がけている雰囲気もします。
結局、これは自動運転開放も同じだと思うんですが、日本の場合は「万が一、万万が一でもトラブルや事故が発生しない」ことを前提にしないと、中々新しいサービスは始まらない。そこに既存サービスの障壁もあるし、タクシー業界はその中でもかなり厚くて高い障壁だと思うから、中々日本でライドシェアというのも厳しそう。結局は、タクシーサービスの一部みたいな形で、自分達の既存ビジネスを守りつつ新規サービスは自分達の陣営に囲い込むような形になっているのは、もう少し政府も考えた方が良いとは思うけれど、それをやってもしなくても何か有った場合には逆に「国は何をしている」という話になるのは明らか。また、民泊なんかがその良い前例(悪例?)だと思うけれど、やはり抜け道を上手く利用して稼ごうとする人達はいるわけで、そういう環境というか状況は日本は凄く甘いというか、ある意味解放したらやりたい放題になるのは、既に民泊とか一部業界が証明していると思う。ただ最近タクシーを利用して感じるのは、タクシー業界も人員不足なのかドライバーさんの質が昔よりは下がってきているというか、なんか乗っているときの雰囲気はライドシェアみたいな感じと思うのは自分だけ? 公共の利益最大化の結果として日本でもライドシェアが始まるのでは無く、サービス品質低下の結果似て非なる新しいサービスがスタートして、それが結果的にライドシェア的な新乗客輸送サービスになりそうな気がする。ただ、ライドシェアも自動運転までの過渡的手段になりつつあるのに、日本ではその自動運転もまだまだという現実は、もう少し真剣に考えないといけないと思う。それはそれで難しいのは理解しているけれど...
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