Xで居丈高に人を馬鹿にして来る人って、こういうこと。「自分の知っている知識や経験など取るに足らないことを理解しないと、人はますます無知になっていく。それを認める勇気を持てるかどうかで、知性のベクトルは大きく変わる」↓ pic.twitter.com/HVRId3wW2h
— 佐々木俊尚@「フラット登山 日本を歩く旅60」発売3週間で増刷決定! (@sasakitoshinao) September 3, 2026
佐々木俊尚氏の引用から、自分で学ぶことの重要姓と限界をどの様に突破していくかという話。「自分の器で学べることしか学べない」というのは、確かに至言の一つだと思う。自分も似たようなことを社会人になって仕事を始めた頃に経験したことは、非常に有益だったしそれがかなり自分の考え方なり行動形態まで変えたような気がします。
私が最初に配属された部門は、ハードウェア製品の診断プログラム開発の部門で、限られたコードサイズ(当時は4KByteとか8KByteとかだった)の中で、いかに漏れなくハードウェアのテストを実行して、動作に問題無いことを検証するか、ある意味職人技の世界。しかも、対象となるハードウェア(LSI)、別のチームが独自に設計して作成した「カスタムLSI」だから、どういうバグが潜んでいるか分からない。逆にハードウェアチームからは、こちらの診断ブログラムでバグ出しをして欲しいので、まともなハードウェアが先か、正確な診断プログラムが先かという「鶏と卵の話」が毎回勃発します。そんな中で体験実感したのが「前回の経験や結果が、今回も正しいとは限らない」「常に想像の外に原因はある」「問題解決するためには、先ずはその問題を100%再現する手法を確立する」の三つかな。自分のその時点での知識や経験を超えた範囲の情報も召集しないと問題の糸口すら掴めないわけで、そのためには先ずは知らないことを調べたり、何度もトライ&エラーをしながら範囲を狭めるみたいなテスト手法とか嫌というほど経験し、それが後に「情報はまずは疑え」「都合の良い情報を鵜呑みにしない」「分からない事はまず調べて、さらに教えを請うことを厭わない(無知を恥じるな、無知を誇るな)」という自分なりの信条というかスタイルになったのは、隠れた財産だと思います。
今回の話に登場した「部下氏」は、所謂帰国子女で海外のマインドで仕事をしてしまう人で、そう言う人が日本食の強い職場に入ると確かに大変でしょうね。自分が入った会社は外資系の会社で、最初は逆の立場(準日本人社員が、オープン&フリーな多国籍業文化に戸惑う)で苦労したけれど、正確に合っていたのかそれが段々と嵌まりだし、その後海外出張何度もして相手チームとの仕事が中心になると、非常にリラックスして仕事が出来るようになったように思います。更に、今のようなインターネットがまだ発達していない時代だったけれど、情報系の会社でもあったので車内ネットワークが充実していたし、情報共有システムみたいなものも世界中からアクセス可能で、そこで昔で言うところのBBS/News Groupみたいな情報交換サーバーも動いていて、インターネット黎明期の頃に既に現在に近い情報社会を経験できたことも凄く貴重だったと思います。それがある意味自分の器をどんどん広げてくれた源泉の一つだったと言えるかな。
ただ時代は変わり、昔は能動的に獲得しないと行けない「情報・知識」が、今ではネット経由で黙っていても届く「受動的環境」に変わってしまった。自分が必要不要関係無く情報はどんどん蓄えられていくけれど、当然上書きされたり押し出されて消えていく情報・知識も比例していくわけで、結局は一番頻繁に現れたり強調されるものだけが残る状態に。これが「人の器=記憶の容量」なんだと思うけれど、だからこそ「器のサイズ」を変える努力が今はより必要なんだと。それはどうするのかと言うと、受動的情報収集よりも、能動的情報収集作業をすることで、獲得したものの置き場が以前と同じ場所になる事もあるし、新しい場所に置かれる場合も有るような気がしています。同じ内容でも、タイミングを変更して何度もアクセスすることで、変更や差分に気がついたりすることも「新しい認識」に繋がり、その分器も少し広がるような気がするんですよね。そう言う気持ちと少しでも良いから実行する勇気だけは、最後まで忘れないでいたいものです。
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