2026年8月31日

All You Can Eat

佐々木俊尚氏の引用から、日本の「お代わり自由」システムについての、イタリア人目線での印象。確かに日本人の食事に関して言えば「いかに美味しくご飯を食べるか」としての副菜とか主菜とかご飯のお供を探求するわけですからね。それが派生して、例えばトンカツならば千切りキャベツも欠かせない存在だし、味噌汁だって食事のリズムを作る上で欠かせない。「リズム」と言う意味では、お漬物だったり梅干しという副菜の存在だって大事で、そう言うものもお代わり自由なお店だと、非常に評価アップになるのも日本独自かも。

例えば韓国の場合、キムチは実質無料でどんどん出されるけれど、あれはどういう立ち位置なんだろうか。韓国の食事の場合、日本ほど「米を中心に食べる」という印象は無いんですよね。やはり肉とか、主菜・副菜を食べるときの調味料というか味変として、色々なキムチが重要なんだろうか。日本で言う所の「お漬物お代わり自由」とは、ちょっと印象が違う気がします。

海外のお店だと、パンを食べきっていると「お代わり欲しいか?」と聞かれる時が時々あるけれど、あれって「Yes, please!」と言うとお代わり分料金が追加されるシステムなんだろうか(笑)。私はそんなに食べる方ではないので、幸いにもパンのお代わり経験は無い(と言うか、大概の場合食べきれなくて残す)のですが、何となく日本人の「お代わり自由」というイメージは、日本以外ではつい要しない概念なのかもしれない。勿論、足繁く通って顔馴染みなれば、それなりにサービスしてくれるのは万国共通だと思うけれど、一般的なお店の話とすれば日本独自のシステムかもしれない。

よくよく考えたら、日本に来ているインバウンドの人達は、「お冷や」の存在で既に感激するわけです。海外でも、有料の水以外に無料でコップに水を入れてくれることはあるけれど、結構稀な体験だと思う。日本の場合、お冷やとかお茶の提供は基本「無料」サービスの一部で、例えば烏龍茶だとか特定のミネラルウォーターを頼めば有料提供になるのは当然。「お絞り」の提供だって、考えてみたら海外ではまず無い無料サービスだし、そう言う意味では日本食の場合いかに「お米」を美味しく食べるかと言う中心要素に加えて、「いかに快適に食事できるか」という要素も結構存在しているんじゃないだろうか。海外の場合も「雰囲気」という要素は重要視されると思うけれど、それはお店の内装だったり空気感だったり、そういうお店全体に関わるものが多いと感じる一方、日本の場合は「快適な食事」という「食べる」という部分に集約されたサービス提供に集中している気がします。その辺りがインバウンドに対して魅力と感じるのかも。 

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