評論家というよりは、「博識コメンテーター」という印象が自分的には一番しっくりくる、山田五郎氏が、14日に闘病のかい無く他界されたというニュース。勝手に、自分よりは一回り近く上の人だと思っていたら、67歳と言うことでほぼ自分と同年代でビックリ。3月頃から治療と闘病生活に入っていたことは知りませんでしたが、少し前にちょっと浮腫んだ様子でテレビ出演されていた様子を見ていて、「あれ、体調悪いのかな」と思っていましたが、かなり急な話のように感じます。
山田五郎氏と言えば、自分的には「アド街ック天国」での、街角コメンテーターというか、どこの場所が取り上げられても、まるでそこに住んでいるかのような詳しい説明には、毎回脱帽していました。「その街のどこそこに、こんなお店がある、こんな場所が有る」という、場所的な情報だけで無く、その街の由来だとか著名出身人物の話とか、地域の情報を言わば平面的な二次元情報と思えば、そこに時間軸の情報を加えた三次元的な立体的な解説というか説明には、毎回感心していましたね。
後忘れられないのが、「タモリ倶楽部」での「お尻評論家」としての活躍。勿論、それ以外の評論も披露していて知識の広さと深さは言うまでも無いのだけれど、そう言う俗っぽい話も何か高尚な話題のように錯覚させてしまう、話の深さと上手さがあったように思います。人間はどうしても「見栄」もあるから、10の知識があれば、15とか20とか、酷いときには100位の知識があるように膨らませるけれど、山田五郎氏の場合は100の知識があるのに、その中から厳選した10の知識を提供するというか、そう言う「余裕」を感じられる人物だったと思います。
著名人にしても、身近な人にしても、時の流れには逆らえないのは誰も同じ。でも、誰もが充実して「やり切って」人生を閉じることが出来る分けでは無く、突発的な事故だったり災害死、あるいは今回の様に病気に苛まれて不本意ながら一つの歴史が終わってしまう事も。自分も段々とそういう状況に近くなり、最近強く感じるのが「今出来ることは、今するべき。待っていても、延期しても良いこと無い」という、ある意味諦めの達観したような意志なんですよね。やらずに後悔するならば、やってみて失敗しても成功しても、満足しても不満足であっても、自分の歴史の中に刻み込むことが一番重要だなと感じます。物欲はそんなに無いので、最近は「ほしい物リスト」も空白が増えていますが、「やりたいことリスト」はどんどん膨らんでいる状態。某CMじゃないけれど「やるなら、今でしょ」を再認識したような気がします。
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