2026年7月9日

シンガポールに住む

某タレント家族が、5年間のシンガポール生活に区切りを付けて、日本に帰国するという話がちょっとした話題になっています。ご主人が、まぁ良くも悪くもネットを利用して話題になっている人という事も有り、シンガポール移住の時も今回の帰国に関しても賛否色々言われているけれど、結局は移動の自由があるわけだし明らかな法令違反が無い限りは、いつ誰とどこで生活しようと、それはその人なり家族の自由だし外野がとやかく言う理由は無いと思う。

この話題から、シンガポールが生活の場として適しているかどうかという派生した話題も良くも悪くも盛り上がっていて、こちらも賛否色々あるんだけれど、結局は何かメリットがあればそのまま生活するだろうし、そうで無ければ日本に帰国するとか別の場所に移動するとか考えれば良いだけの話し。仮に自分がそういう状況になったとしたら、自分の場合は日本を拠点として年に数回訪問する場所の一つという形が最適解になると思う。そう感じる最大の理由は、シンガポールを表す言葉の一つ「多民族国家」が、自分にとってはメリットよりもデメリットに感じるからなんですよね。 

誤解を恐れずに言うと、良くも悪くも同質的な日本社会で生まれて生活していると、ああいう社会は最初は珍しく興味深く映るけれど、日々の生活がそうなる場所で我慢できるかとなると、私は駄目だと思う。それは差別とか言う話ではなくて、その「他文化」の中に「日本人」としての居場所が殆ど無い状態で暮らすことの苦痛というか。だから短期間の滞在ならば刺激になるけれど、ずっと生活するとなると居心地の悪さというか窮屈さを感じると思います。勿論、そういう環境を好きな人や適応力がある人は問題と感じる事無く、逆に新しい世界に嵌まることもあるでしょう。それを否定するつもりは無いし、実際シンガポールという国は「西側の北朝鮮」と揶揄されることもあるけれど、安全性も社会基盤も日本と同等以上に整備されているし、私はコンパクトに纏まっているところに利便性も感じています。なんて言うか、寒い地方に生まれた人が、沖縄へ行ってその気候に最初は喜ぶけれど、何日も滞在していると自分の地元を懐かしく感じるみたいな、そう言う「差の大きさ」が自分的には問題かなと感じるわけです。

「多民族国家」と言えば、一番よく訪問しているアメリカもまさにそうなんですが、アメリカはシンガポールと比べると「多民族化」してから時間がたっているので、何となく全体が融合して「アメリカ人」みたいな共通項の多い社会になっている気がするんですよね。勿論、出身がヨーロッパとか南米とか先祖は違うし、多少なりとも生活習慣に違いも残っているけれど、「アメリカ」という大きな括りでは共通項を互いに認識出来る感じというか。シンガポールの場合は、まだそこまで融合というか練れていない印象があるところが一番の違いかな。自分が、アメフトとかその他メジャーリーグスポーツが好きだとか、スタートレックとかアメリカの番組が好きだという部分もあって、日本やシンガポールと比べると多分QOLは低くなるだろうけど、親近感というか憧れみたいなものも含んでそういう気持ちになるんでしょうね。勿論アメリカならどこでも良いというわけでは無くて、個人的には2回目の長期出張で滞在したフロリダの某所には、また訪問してみたいですね。ここは大西洋側の街で、海沿いの運河沿いには船着き場付きの住宅が並んでいて、毎日夕日を見ながら一杯やるのが日常の街。もし自分の最後の我が儘が許されるならば、ここで夕日を見ながら人生最後の日を迎えるのが最高の人生の締めくくりかたかなと何度か思ったこともあります。仕事やプライベートでここで生活した日々は、トータルでは一年弱だと思うけれど、自分にとってはある意味人生の大きなマイルストーになった場所です。来年は、WDWへ行きながら、久し振りに訪問してみようかな...

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