2026年6月20日

古い記憶と歴史

天皇皇后両陛下がオランダを訪問した様子を、様々な媒体が報道しています。その中で、ほぼ異口同音に伝えられているのが、先の大戦中当時オランダが植民地化していたインドネシアへ日本が進駐し、インドネシアを植民地支配したことで、戦後もインドネシアやオランダが日本に批判的だったという話。 

私は、東南アジアへの旧日本帝国軍の侵攻は批判されるべき内容だったと思うし、その後の植民地経営が決して誉められた内容で無かったことも事実だと思っています。その後太平洋戦争終盤には、厳しい戦闘を強いられて後退するわけですが、ここでいつも感じる疑問がそれら東南アジアの植民地政策に関して、日本は当時の行為を問題視されるのに、其れ以前に植民地化していて、日本後退後に再び植民地経営を再開した欧米列強は何故問題視されないのだろうかということ。

「欧米がやっていたから日本も同じ事をやった」という言い訳は通用しないことは当然だし、日本の植民地経営が欧米列強の経営よりも過酷だったかもしれない。でも、その後それら植民地化されていた東南アジア諸国は独立を勝ち取ったことからも、彼らにとって植民地化は望んでいたもので無かったことは事実。それら独立戦争・闘争に、旧日本軍が支援してそれが独立成功へ繋がったという論説も聞くけれど、有る程度影響はしただろうけどそれで日本の行為が正当化されるわけでも無い。ただ、日本の当時の行為が批判される度に素朴な疑問として、「じゃぁ日本以前・以後の宗主国は問題無いのか」という疑問が浮かぶんですよね。

インドネシアに関しては、当時捕虜になったオランダ軍兵士への過酷な扱いもあり、昭和天皇のオランダご訪問の時には反対運動も起こったくらいだけれど、それとオランダのインドネシア植民地経営の話は別だと思うし、そこは彼らがどの様に対応しているのか考えたいところ。同じ様に他の東南アジア諸国に対して、日本の当時の行為は批判されるのだけれど、それはそれとして当時の行為を反省して未来に向けて新しい関係を作る方向に話が進めば、それは良いと思う。一方で、でもその日本の行為前後には別のストーリーも存在していたことは、重要な背景情報として理解するべきだと思う。同じ様に、日本の戦争贖罪の意識は今も続くわけですが、何故そうなったのかという背景考察って凄く少ないと思うんですよね。「平和教育」って、自分達の行為の正当性を強要することでは無く、それぞれが自分で考えて行動出来る「知識と経験の蓄積」を伝承することだと思うんですよね。そう言う意味で、今のように「日本の行為・結果」に注目していくのと同じかそれ以上にそこに至る「過程と背景」に関して、もっと考えるべきじゃ無いか感じるわけです。

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