相変わらず、悪口だけは天下一品な立憲民主党の安住淳国対院長。議院運営委員会へ菅総理が出席しないことを、「国民に説明する責任を放棄している」と言い、それを日光東照宮の「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿に擬えて「出たくない、来たくない、話したくない」と言ったとか。 確か、以前もこの政党の議員が、「猿がパイロット」とか言った記憶があるんだけれど、それって動物に例えて侮辱しているわけで、公人として許されるのだろうか。
気になって調べてみたら、日光東照宮の「三猿」は、
なお、「見ざる、言わざる、聞かざる」は「幼少期には悪事を見ない、言わない、聞かない方がいい」という教えであり、転じて「自分に不都合なことは見ない、言わない、聞かない方がいい」という教えにもなる。(要出典)
と言う意味らしい。つまり、「都合の悪いことは無視する」と言うのでは無く、「悪事からは距離を置く」と言う意味じゃ無いだろうか。となると、悪者は何処かの政党のことだろうか(笑)。その解釈は別にしても、「猿」引っかけての「...ざる」と韻を踏んでいるんだから、自分も「...ざる」と合わせなきゃつまらない。
『(国会に)出たくない・来たくない・話したくない』
じゃなくて、
『(国会に)出ざる・来ざる・話さざる』
と揃えなきゃセンスが無い(いゃ、そう言う問題じゃ無い)。 確かこの人は、国会議員になる前はNHKの報道記者だったはずだけれど、そう言うセンスはNHKでは疎んじられるのだろうか。
NHKだから、新聞記事とは縁が無かったんでしょうけど、以前自分達について書いた記事に、〇とか×とか赤ペンで書いて、それを国会の自分達の部屋の前に張り出すとか、もう子供じみている事を嬉々としてやって怒られていたけれど、それと同じくらい低レベルな例えというか、ある意味子ども「虐め」みたいなものですよね。そう言う大人が、人権とか差別とか虐め問題とか、本当に解決するための議論って出来るんだろうかと、甚だ疑問。まぁ、日頃事件侵害とか差別反対と声高に言う人ほど、その人の発言がそう言う方向性を感じさせる気がするんですが、これなんかその最たる例じゃないだろうか。
よく分からないのが、この議院運営委員会に菅総理が出席しないことを「国民に説明する責任を放棄している」と言っていること。議院運営委員会は、「法案の審議を各委員会に振り分ける」事が役目と書かれているわけで、ここでは予定や細目を決定するわけで、ここで総理が国民に対して何か説明する場面はない気がする。逆に、立憲民主党としては、テレビ中継があり一番注目される委員会に菅総理の出席を要請すれば良いだけの話しで、何で問題にするのか私はよく分からない。自分が野党の立場で、本人がいないので有れば、一番自分達の質疑が効果的になるような、場所(=委員会)と時間(=国会中継の最初)を要求するのだけれど。何で自分達の最高の機会を、自分達の理由でちゃらにするのか、やっぱり謎の政党ですね。
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