再開された国会の様子をネットやテレビで見ていて、正直ため息しか出ない。いゃ、中には真面目に議論や提案している議員さんも居るのだけれど、ごく少数の特定政党所属議員の行為が酷すぎて、結局国会全体の品位というか意味というか価値というか、それら全部を下げているようにしか見えません。 昨日何かは、某党名変更予定の議員が、総理の写真と鬼の写真を出して、自分はどっちだとか効いていたけれど、もうね「うましか」じゃないかと。そんな幼稚なことをしていて、年間何千万もの歳費や政党支援金を貰っていることを当然と考えているとしたら、国民も結構馬鹿にされているものです。
某政党の、元キャスターだった議員とか、同じく元タレントだった議員さんの発言の様子を見ていると、発言の内容では無く単に誤記の強さ声の大きさで相手を圧倒して無理矢理謝罪を要求しているようにしか見えない。これって、反社会勢力がやっている事と同じだと思うし、と言う事は彼らの質もなり発言には「事実」も「正義」も無いと言う事なんだと思うと腑に落ちます。「弱い犬ほどよく吠える」と言うけれど、まさにその見本みたいな事を毎回繰り返している。
以前も書いたけれど、高市政権の根回し不足事前協議軽視の様子は確かに見られるし、それが経験不足からなのか自らの主義主張のためなのかは不明。個人的に状況が似ていると感じる、自分中心の政治姿勢を貫いた小泉純一郎政権の時でも、裏では色々な番頭さんが動いて根回しなり事前協議なりをしていたから、あれだけ破天荒な総理でもそれなりに政権が昨日したし社会的にも高い支持率が得られていたと思うんですよね。私は、圧倒的な議員数は民意の結果でもあると思うので、その有利さは存分に使えば良いと思う。但し、そうすると反対勢力でもある野党だけで無くメディアも攻撃してくるわけで、それを覆すリソースも馬鹿にならない。トータルで考えると、やはり波風は出来るだけ立てないか低くする方が得だとは思います。
一方で、そう言うのって「古い政治システム」のお作法だとも思うわけで、「政治刷新」とか「リーダーシップ」とか以前は言っていたのに、そういう状況になってくると「昔は良かった」的な意見が出てくるのも困りもの。今の高市総理は、ある意味トランプ大統領の「自分中心に物事を決める」雰囲気にちょっと似た印象も受けるんですが、あそこまで極端にならなくても、やはり自らの公約なり信念みたいなものを中心に置いて仕事を進めることは悪い事では無い。実際それらは総裁選挙の時にも、選挙の時にも、公約として言っていたことな訳で、多数派を得たから急に言い出した話ではない。それに対して意義があるならば、ちゃんとその問題点を明確にするなり対案を示せば、野党としても存在感を示す事が出来るのに、結局は大声で自分達の存在を鼓舞するだけという、街の厄介者仕草しか出来ないから、与党支持率が下がっても自分達への指示へと繋がらず無党派層が増えるだけという現実を認識した方が良いと思うなぁ。
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