2021年4月14日

裏の構図 (5)

まだまだ続いている、この話。 前回JR東日本に一方的な取材と記事を掲載したGlobe+が、今度は何故か盲目の弁護士さんを登場させて記事にしている。援護射撃のつもりなのか難なのかは不明だけれど、世間一般の印象としてはこちらの記事にも書かれているように「火に油を注ぐ」状態になりつつあるように感じます。

どう言う経緯で、この弁護士さんにインタビューしたのかは不明だけれど、素朴な疑問として「障害を持つ弁護士」を登場させるのであれば、同じように車いすを利用している弁護士さんにお願いするべきでは無いかと思うんですよね。身体的な障害であっても、やはり「目が見えないことと」と「電動車いすでの移動」というものでは、「障害」と感じる内容も度合いも異なるし、同じ障害を持つの同士であれば、もしかしたら見逃していた事情なり経緯なりも分かるかもしれない。でも、本当に登場させるべき存在は、こう言う法律に詳しい専門の弁護士なり法律家ですよね。特に感じたのが、小田原駅での対応を批判しているのだけれど、その前提が「来宮駅へ行くこと」になっていること。彼女たちは、来宮神社やその近隣のレストラン・ホテルへ行くことが目的であって、小田原駅では来宮駅が無人で対応出来ないが、熱海駅から徒歩、バス、タクシー等の代替案を提案しているわけです。で、真摯にその様な提案をしていたが、彼女はそれを受け入れず熱海駅へ移動したわけで、その辺りの認識がずれて話を進めては意味が無い。

仮に、彼女あるいは社民党が漁夫の利を狙ってバリアフリー化を喧伝したかったとした場合、どうしたらもっと効果的に、彼ら自身に対しても実際に支援を必要としている障害者の人達にも反映できただろうか。例えば、自民党の功績を掠め取るのでは無く、「彼らの言う2年後では遅い。早急な対策が必要。なぜなら」として、関係者でもある彼女の苦労を言えば、それならば自民党の作業を否定すること無く、でも社民党としてはそれをさらに一歩進めたという「実」を得ることが出来るわけです。要求通り実現すれば自分達の功績と言えるだろうし、そうで無ければ「あれだけ言ったのに」と批判する材料に出来る。実際どうなのかどうかは別にして、社民党としての行動功績を残せるわけです。あるいは、今回は家族と友人で旅行したらしいけれど、ベビーカーが必要な家族などとも一緒に移動すれば、それは障害者だけの問題では無く、子育て世代の問題でもあるとい、より範囲を広げることが出来るでしょう。そうなれば、訴求対象も広がりより多くの賛同を得ることが出来たかもしれない。仮に、その時の彼女の行動が今回の様に不遜な物であっても、「でも、幼児連れだとやはり不便よね」という別の部分での擁護論が生まれるかもしれない。さらに今回利用した来宮駅は、元々は熱海の中心らしいけれど、実際には「熱海駅」の方が有名。ただ、熱海駅周辺は海岸との距離が近く勾配がキツい場所でもあります。来宮駅周辺は、地図で見る限りは駅と海岸線の間に距離がある、熱海よりはなだらかそうだから、「高齢者、障害者、家族連れにやさしい『熱海』」みたいなキャッチフレーズで開発するような提案をして、その為に必要な対策を来宮駅のバリアフリー化も含めて総合的に提案するとか。まぁ、やり方次第では幾らでもアイデアは出てくるけれど、少なくとも今回の様な一点強行突破は最も嫌われる方法と言う事は確かですね。

今回の批判に関して、ご本人は「わきまえる障害者にはなりたくない」と言われているようなんですが、どうも「わきまえる」の意味を、我慢するとか遠慮するとか、そんな風に理解されているみたい。「わきまえる(弁える)」の意味は「物事の違いを見分ける、物事の道理をよく知っている、心得ている」と言うような意味。となると「わきまえる障害者にはなりたくない」という事は、「物事の違いを見分けたり、道理をよく知る様な障害者にはなりたくない」という事になり、それって、まさに今回のご本人の行動そのままじゃ無いかと思うわけです。一応「コラムニスト」と名乗っておられるのだから、その辺りの言葉の使い方や重さにはもう少し敏感になって欲しいところですが。今回の騒動が影響してか、ご自分のブログの過去記事など8割位を削除しているようですが、その削除された記事や残された記事を見ても、そこで使われて居言葉遣いには正直眉をひそめたくなる言い回しも。言葉がきついとか、言い方が直球というよりは、自分中心の言い方をする場合が多いようで、それって人として、社会人としてどうなんだろうか。周りに居る人は、そう言う事になれている、そう言う事を受け入れている人達ばかりだろうから、そこでは通用するんだろうけど、それがSNSで一般に公開されるとある意味「生の反応」が返ってくるわけです。その事をご本人は批判しているんだけれど、でもそれが良くも悪くもSNSの世界だし、自ら招いた結果であることは事実。そこに気がつかない限り、この件はどう言う形にしろ解決しないでしょうね。(続く...)

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