HaffPost中村かさね氏の記事に関して、マスクをしてスーツ姿で食事を取ろうとしている岸田氏を、エプロン姿で立って見つめる奥様との写真を見て、「言葉に出来ない違和感を覚え」た訳ですが、その理由が判明。何故かデイリースポーツが報じていますが、TBS系列の「Nスタ」の取材が入っていて、その取材対応をしている間の出来事だったらしい。取材が入っていたためや、食事の後もテレビ出演のために岸田氏は再び出かける予定があったためか、スーツにネクタイ姿で食事を摂る様子が違和感を感じさせたこともあったみたいですが、まぁちゃんと理由も判明して、たまたまタイミングが悪くてああいう画がとれたと言う事は明らか。
最初の記事にも書いたけれど、たまたま見つけた一枚の写真「だけ」から、自分の想像を膨らませて主張して居るわけで、それって個人が勝手な感想を言うのならまだしも、仮にもメディア関係者、それなりに経験を積んだ汽車として、しかもその記事を公に仕事として公開するのであれば「軽率」と言われても仕方が無いのでは。「捏造」とまでは言わないけれど、全く前後の文脈を考えずに、たまたま使用された言葉一つだけを抜き出して、自分の都合の良い内容の記事に仕立て上げるのと同じ。まぁ、最近のメディア、特に左派系メディアでそう言う傾向は著しいので、今更不思議では無いけれど、でも少なくとも何らかのフォロー記事は必要だと思うけどなぁ。毎度の事で、言いっぱなし、書きっぱなしでお終いなんでしょうね。
で、ご本人のtwitterで、この記事に関しての批判に反論している中村氏の返信なんですが、「クソみたいなDM」という書き方は無いだろう... まぁ、酷い誹謗中傷や見るに堪えないようなDMが届いていることは想像に難くないけれど、少なくとも言葉を生業にして居る人が、仕事として公開した記事に対してのコメント/意見に関して、どれだけ酷い内容であろうが「クソみたいな」などという、罵声で答えるのは既にその「クソみたいな」相手に敗れている証拠では。せめて「誹謗中傷みたいなDMも届いていますが」が、メディア職業人としての言い方なんじゃ無いだろうか。日頃政治家の一言一句には粘着するくせに、自分達の言葉遣いには無頓着というのは、ある意味アンフェアな気がします。
良くも悪くも、ネットが社会インフラとして電気、水道などと同様に欠かせない存在になり、普通に人々が接して情報を入手する媒体になっている現在。それに対して、新聞、テレビ、雑誌などの既存メディアは段々と厳しい状況に陥っていることも事実。それらは、ネットという今の生活に即した特質に既存メディアの媒体が対応し切れていないことも理由の一つだと思いますが、やはり提供される「情報の質」を考えたときに、ネットからの情報により価値があると考える人が増えてきたことも一因だと思うんですよね。これまでのように、メディアからの一方的な発信はどんどん検証されて、間違いや誤認があればどんどん指摘されていく。対象者も広がっているから、例えば理解力の差も開くし、背景も多様化しているから、得た情報の評価も千差万別になっていく。だから、発信者にとってもより思慮深い対応をしないと、入らぬ中傷を受けることになる事は理解して覚悟しないといけない。SNSのような私的媒体と異なる、公的使命や役割を持つ既存メディアとしての存在価値を、自ら損なっている一例じゃ無いかという気がします。それこそが、まさに「昭和感」じゃ無いだろうか。
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