2026年5月20日

鉄腕アトムタイプAI

PC Watchの笠原一輝氏のコラムから、これからのAIエージェントに関して。最初の見出しの「ソフトウェアは事前定義型からAIによる動的動作型へと転換している」というのは、現在自分が欲している「自分専用(バディ)タイプAI」に近づくな物で、是非実現して欲しいスタイル。

少し前にネットに流れてきた書込で、AIの活用方法に関して言及している書込が幾つか流れてきていて、その中に標準的なコマンドプロンプトタイプの使い方は古い、今は自分で○○のパラメーターを設定して、□□をインクルードして、みたいな使い方を紹介していました。これって凄く「既視感」が有る話で、昔々パソコン(マイコン)が登場してきたとき、最初はマシンニーモニック(Machine Mnemonic)でプログラミングしていて(実はちょっとは直接マシン語を入れていたこともある-笑)、それがアセンブラーに変わったんだけど、平行してBASICがあって、これがインタープリター型言語(逐次翻訳タイプ)で、文字通りコマンド入力をして処理していった時代。そこから色々なプログラミング言語が登場して、そこではライブラリーとか内部関数とか外部関数とか設定して自分用の開発環境を整備しましたが、自分的には今の生成AIはそんな時代とオーパーラップします。

ただ、その当時の処理系と今の生成AIが違ってきているのは、処理系は自分でカスタマイズして行くしかなかったけれど、生成AIは「学習する」事が出来るのが大きな違いだと思うんですよね。サイトを見ているとよく表示される「ターゲティング広告」なんかも、その人のアクセスや検索の傾向を見て興味の有りそうな分野や内容の広告を掲載しますが、あれなんか生成AIを活用してターゲティングを厳選したら、もっと効果アップすると思うんですよね。それこそ、生成AIと広告主が握って、広告成果のキックバックを生成AIが受け取る代わりに、ユーザーへーノサービスオプションを無料にするとか、三者Win-Win-Winの形を作れば、生成AIは個別ユーザーに対しての精度が高まるし、エンドユーザーは効率アップして高機能利用の機会が増えるし、広告主はターゲティング効率アップするだろうし、どうだろうか。

世代が世代だから仕方ないのかもしれないけれど、 最近の生成AIの話を聞いていて思うのは、「これって鉄腕アトムの世界観だよなぁ」という事。息子を無くした天馬博士が、その息子を忘れられなくて作ったのが「トビオ(アトム)」。最初はあらゆるデータを入れられて「トビオ」になる事を強いられるけれど、結局失敗して捨てられて、それをお茶の水博士が引き取り、「人間の子供のように学びながら成長する」ように育てられた、みたいな設定だったと思います。まさにその「子供が成長して大人になるように」生成AIがこれから変わっていく取っかかりのような気がしますね。自分的には、さらにその生成AIがその個人専用の支援機能になり、それこそその人間が生まれたときには5歳位年上の「お兄ちゃん、お姉ちゃん」みたいな存在として、その子供の成長とともにAIも成長していく、みたいなシナリオが理想というか希望というか。そのためには、ローカルで相当のリソースを持たないといけないから、今の技術力でも中々大変だけれど、もし自分が100年後とかに生まれ変わることが出来たら、その時には自分専用の「アトム」がいつもそばに居てくれる世界になっているのだろうか。

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