京都の小学生行方不明事件では、カバンや靴などの遺留品の発見から、昨日夕方には子供の遺体が発見されて、今確認が進んでいるところ。素人目に見ても不思議なのは、大人でも分け入るのは難しそうな山中に、しかも学校からかなりの距離をおいて先ずカバンが見つかり、 さらに離れた場所で靴が見つかり、今度は比較的学校近くの場所から子供の遺体が見つかるという謎の多い状況。靴が見つかった場所と今回の遺体発見場所も何キロと離れているから、本人が裸足で移動したとは考えられず、やはり第三者の介在が疑われる事件ですが、早く詳細が解明されることを祈るばかり。
小学生が父親に学校近くまで送迎してもらい別れてから、二週間もその行動が不明のままというのも不思議でしたが、連日メディアは捜査の様子をヘリコプターまで飛ばして取材をして報道しています。勿論大きな事件であることは言うまでも無いけれど、それに対して沖縄のボート転覆事故に関しては、その発生時こそメディアは報道したけれど、産経以外は継続報道は無い。少し前にやっと遺族家族が情報提供をお願いするSNS(note)を立ち上げたことを各社横並びで伝えたけれど、事件関係者がはっきりしているのにその取材もしていないし、逆に関係者の団体などは「基地建設が原因」とか、八つ当たりというのか勝手な言い分の方を特に地元メディアは伝えているし。さらに言えば、当事者の一人である沖縄県知事も、事件解明よりも自分の知事選出馬表明の方が心配のような様子が伺えるし、本当に何やってんの状態。
事故発生現場の沖縄での報道も大きな疑問符が生まれるけれど、被害者が所属している京都の高校に関しても取材をしているのかしていないのか、殆ど状況が分からない。普通こういう事件が発生した場合はに、例えば同級生本人とかその家族とか、しつこいくらい取材攻勢を掛けて、毎日ワイドショー等で報道合戦をすると思うんですが、そう言う事も今回は無い。同時期に発生した京都の事件と比べても、明らかに報道努力が桁違いに違うようにしか見えない。しかも事件の規模から言えば、二人が亡くなり20人近い生徒が怪我をしているという大変な状況なのに、そういうところからの報道も無いと言う事は取材もしていないという事なんだろうか。私は、プライバシーを無視した家族や関係者への「取材」と称した「二次加害行為」みたいなものには100%反対するけれど、これだけ大きな事件であれば周辺取材だけで有っても重要な事柄は多く見つかるんじゃ無いの。それすら無いというのはどういうことなんだろうか。
事故を起こした側が、所謂左翼的集団でしかも沖縄ではそれなりの発言力があり、地元メディアも「味方」しているから遠慮しているのか、不可侵の話題として意図的に遠ざけているのか。結局日頃は偉そうなことを言いながらも、自分達の保身というか都合の悪いことは伝えず、そうで無い事柄あるいは相手が反撃してこない・来られないような弱者に対してなら幾らでも「取材・報道」というなのメディアハラスメントをするのになぁ、と小一時間。京都の小学生行方不明事件も大きな事件だけれど、それ以上に沖縄のボート転覆事件は、教育、思想、地方自治、法律遵守、メディアの意義、かなり重要な要素が含まれているかなり深刻な問題だと私は思うんですけどね。メディアには、何故粉のような報道格差が生まれるのか、いゃ「作るのか」、その理由を聞いてみたい。
0 件のコメント:
コメントを投稿