2026年3月7日

言語化と物語化

私も少しずつ生成AIを弄りだしているんですが、今のプロンプト経由の利用方法の場合、先ず一番必要なことは自分が欲している操作・機能を明確にAIに伝えるための「言語化能力」が必要と言うこと。そしてもう一つが、一回で期待したかいとうが出るわけでは無いので、何度か繰り返して内容を推考しつつ洗練させていくのですが、その時に闇雲に言葉を増やしても駄目で、以前のプロンプト群を元にした「繋がりのある詳細化」みたいなものが必須で、それって質問の「物語化」みたいな事じゃ無いかと思います。

私は子供の頃は「本が友達」みたいな時期が合って、田舎なので特に娯楽があるわけではなく、学校から帰宅すると自宅の田圃や用水路で魚や昆虫採集するとか走り回るくらいしか楽しみがない。反面両親が共働きという事も有り、何故か「読書」に非常に興味が沸き、確か最初に読んだのが江戸川乱歩の「怪人二十面相」シリーズで、それとともに遭遇した経緯はもう覚えていないけれど、エドモンドハミルトンの「キャプテンフューチャー」シリーズと出会い、これに120%嵌まったのが後に理系少年へと進む切っ掛けでした。家はそんなに裕福では無かったので、多分小学校の図書館で見つけたんだと思うんですが、小学校も高学年になるとお年玉で購入するのが楽しみに。そこから、夏目漱石のシリーズは手当たり次第に読んだし、今にして思うと結構待たせ子供だったと思いますね。

多分当時の読書量って、一日1冊は何か読んでいたので一月で多いときには50冊位は某かの書籍(主に小説とか伝記物)を読んでいた気がします。だから自然と「書き言葉」とか「文章構成」みたいなものが身についたのかもしれませんね。仕事をするようになり、色々なレポートや論文などを書くようになったけれど、結構文書化する作業は先輩社員からも評判が良くて、それは子供の頃のそういう下地が大きいような気もします。あと、曲がりなりにも理系でしかも物理とか数学という分野が好きだったので、「公式が存在して、それに当てはめる」みたいな作業を結構馴染んでいた気がします。それって、公式を想定して変数を変えながら結果を見るみたいな作業が何となく得意になっていき、それが現在の物語化、今増えに言えば「スクリプティングスキル」見たなものに繋がっているのかもしれない。

そう言う経験が無い今の子供達や若い世代は、では生成AIの使用で不利なのかというと、時代の変化がそれを吸収していくのだと思っています。つまりAIが逆にそういう質問のセットみたいなものをプールしていて、相手(=利用者)の反応を見ながら質問の傾向だったり言い回しなどを最適化していき、AIが逆に質問者の糸を引き出して相手の意図を推測してより洗練されたものに高めていくだけの能力を持つんじゃ無いかと思うわけです。「それって、AIが人間を超える話?」と感じる部分もあるけれど、それよりはまだ一歩手前の「賢い存在」みたいな一じゃ無いかな。ただ、それは言語化と物語化を担当する役割が変わっただけて、AIの本来の能力を引き出す要素としての両者の必要性は変わらない気がします。

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