昨日夕方、立憲民主党の野田代表と公明党の齋藤代表が、それぞれ新党設立に関しての会見をしたんですが、その中で言葉は多少違うもののどちらも「右派(極右/保守派)と左派(極左/革新派)の間の『中道政治』を目指す」ということを言っていたこと。以前からもそう言うことを言っていたので驚きは無いけれど、「中道」って何なんだろうかという疑問が何故か沸いてきました。
彼らが言うところの「右派」というのは、自民党を意図しているのだと思うのだけれど、じゃぁ公明党はその「右派」となんで26年間も連立を続けていたのか、そこが最大の疑問。右派から中道へと舵取りをしてきたけれど限界を感じて今回連立を解消したというのだろうか。でも、それなら第二次安倍政権の時なんか、もっと右よりだったんじゃ無いだろうか。また、右派=自民党ならば、左派はどこになるんだろうか。正当的には、共産党とか社民党なんだろうけど、少なくとも国会内での存在意識は皆無。「右派と左派の衝突」みたいなことをよく言うけれど、少なくとも国会ではそんな雰囲気は無い気がする。実際に左右が衝突しているのは、例えば言論界とかネット界隈だとか、あるいはメディアとか 、実社会の一部だったり、国際社会の中の歪みというか軋轢こそが「左右の対立」と思うけどなぁ。
いずれにしても、右か左かどちらにしてもそれらの勢力は「極端」という認識が刷り込まれている気がします。だから、極端にならずにその真ん中「中道」が一番の解決策というのが、多分彼らのロジックなんだろうけど、それって結局あれも良いこれも良いでも結局は何も選べなかった、みたいな話と同じ様な気がします。特に日本人は、松竹梅とあれば、無難な真ん中の竹を選びがちだと思うので、そういう考え方も支持されるんだろうけど、それってコウモリの逸話にも通じる話で、ある意味「孤立の選択」だと思います。と言うか「右・中道・左」と単純に三段階に分けられる話ではなくて、色々な濃度程度の考えが存在していることも忘れちゃいけないと思う。右派の考えとして、国際関係は複雑化するから有る程度の力を蓄えるべきだし、経済的には資源の少ない日本は原発を再稼働新設するべき、があるとすると、左派は複雑化するから話合いを重視して力の解決は問題外、原発も被爆国日本では不適切で再生可能エネルギーを利用するべき、と言う考えがあるとします。個々で中道の人はどういう立場を取るのだろうか。有る程度力を蓄えつつ話し合い重視、原発は先ずはしっかりと検査精査して安全性を高める、という人も、防衛力増強は必須でも原子力利用は核兵器に繋がるから駄目、という人も、先ずは外交努力をするべきで、国内経済はもっと物価を下げるためにコスト安の原発は再稼働すべき、という人も「中道」と言えそう。「右派、左派、中道」色分けするものの、実際にはそんな単純な分類では無く、複雑な柵や課題や義務が絡み合っているのが「世の中」だと思う。
そう考えると、必要なのは色々な問題課題、多様性のが存在する中で、どうのように折り合いを付けて、多少の濃淡はあっても総合的に全体の生活感がプラスに感じられる、ポジティブに感じる、そういう社会を目指すのが一番必要じゃないだろうか。逆に、選択出来る濃淡があることで、その人が自分が必要と思う方向性や手段を獲得する事が出来ることが一番重要で、誰もが同じ事同じ方法同じ考えを持つことは一番危険でリスクがあるように思います。それを「中道」という見方をしているのが、一番問題だと思う。「中道」というのは、確かに極端に荷担しない、安全な立場だろうけど、それって「中庸」であり「凡庸」にもなりがちな、極右や極左とは少し違ったリスクのある立場だと思う。
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