2025年12月26日

終わりでは無く変化する世界

佐々木俊尚氏の引用から、「日本終わった論あるけど、終わったのは世界では」というコラム。批判している人達が参照している「日本が輝いていた時代」って、多分1980年代から2000年位までの「バブル」の時だろうと思うんですよね。りゆうの一つは、この内田樹氏が1950年生まれで、多分一番当時の恩恵を受けた世代だと思うから。自分はそこから一回りくらい下の世代だけれど、それでも最後の5~6年のバブル恩恵は凄かったと記憶していますし。

当時は、エズラ・ヴォーゲル氏の「Japan as No.1」が大ヒットしていて、日本人の殆どが「そうだNo.1なんだ、みたいな美しい誤解をしていた時代。日本企業が、アメリカの著名ビルや企業を買収したりしていて、もしかしたら10年後位にはアメリカを追い抜くかも、みたいな誤解をしていた時代でもあるんですよね。で、当時の経済の中心だった欧州は停滞していて、確か英国とかドイツとかは、日本の半分位のGDPじゃなかったかな。確か「欧米の時代は終わった。次は日本を中心としたアジアの時代」みたいな事が言われ始めた時代だったと思います。まぁ、日本を強調しすぎると、太平洋戦争時代の日本の侵略行為を彷彿させるという事で、言い方はもっとマイルドだったけれど、日本だけ突出しないように、韓国だとか台湾だとかに経済援助や技術援助をしだしたのはこの頃だったと思うし、もう少し後の時代になると、台湾企業が中国進出して行ったこともあって、中国への支援が活発になったころ。

で、当時は「欧州は終わった」みたいな事を言われていたと思うけれど、2025年現在ドイツや英国は為替レートの影響もあるけれどGDPでは日本を抜いたし、なんと言ってもここまで中国が台頭するとは当時は誰も想像していなかったのでは。そう言う意味では「世界が終わった」というよりは、「世界の舞台が変わった」というべきだと思う。つまり、一時衰退した欧州が徐々に復活し、アメリカに次ぐNo.2の日本が後退する中で、力を付けてきた中国やインドが存在感を増してきている。そうなると、あと20年、30年もすると、今度はアフリカの時代になるのかなと言う気もするんだけれど、その時に日本の存在感・存在意義はどう変わっているのだろうか。

日本が目指す方向性は、どうしたらよいのか。個人的には、世界の中でも独自に発達して進化している「日本らしさ」みたいなものを、ますます磨き上げるような、言ってみれば「日本総オタク宣言」みたいな事が、今後も日本という国を他国と差別化する重要な要素に成るんじゃ無いだろうか。細かなところへの拘りだったり、一ひねりした笑いみたいなものとか、今あるものを継承するだけでも大きいと思うけれど、でも世の中も変わっているからなぁ。単に伝統技術を継承するのでは無く、そこに今の技術だったりデザインや機能性みたいなものを上手く取り込んでいけるような、そういう仕組みというかせめて雰囲気だけでも生まれれば、GDPではトップになれなくても、存在感では世界でも一目置かれる存在になり続けられる気がします。常に変化している世界に対して、日本という基板は残しつつどれだけ変化に対応出来るか、ある意味ダーウィンの法則みたいな話が一番大切な気がします。

0 件のコメント:

コメントを投稿