2020年7月31日

均質化する世界

朝日新聞に掲載された「ブラック企業」に関しての記事は、予想通りTL上で話題(問題?)なり、賛否が飛び交う状態に。ただ、どちらかというと否定や疑問を投げかける意見の方が多い気がする。どちらの意見にも色々理由はあるんですが、賛成する意見の多くは、世界的潮流、世界標準的な理由から日本でも避けるべきという主張が殆どなのに対して、反対する意見は元々異なる日本語と英語を混同することが変だとか、歴史的に欧米の奴隷制度という背景が無い日本で言うのはおかしいとか、理由は複数。

確かに、今はネットや様々なメデイアを通して、世界中の情報が日本に入ってきて、また日本から出ていき、色々な情報共有が生まれています。その中には、互いに相反する認識や表現がぶつかることもあるわけで、そう言う場合はそれまでの「ローカルルール」とは異なる、「共通ルール」みたいなものを設けないとその後が続かない。でも、その共通ルール作りが、さらにねじれてややこしい話になる可能性も。例えば、日本語で「サラリーマン」という言葉は、和製英語で本来の米語・英語には無い表現。で、本家の方で「〇〇-man」というのは表現(例えばbusiness man)は男性に限定していて差別的だという理由で、「〇〇-person」(business person)にするべきと言う意見が生まれると、何故か日本語(和製英語)の「サラリーマン」も「サラリーパーソンにするべき」という、ちょっと意味不明な話しが出てきたりします。勿論、日本語の「会社員」と言えば、男性女性関係無い話で、本来はそうあるべきだと思うけれど、和製英語まで英語の習慣に合わせるというのは、何か変な話。それだったら、LGBT+に配慮して、性別を含む表現は避けるべきとか言われた方がまだ納得出来るけれど。

件の記事を書いた女性記者氏も、色々突っ込まれて言い訳をしているうちに、何かしどろもどろになってきて、最後は「女性だから批判される」みたいな所にねじ曲がっていて「何だ、やっぱりそんな薄っぺらい理由だったんだ」とガッカリ。いゃ、女性・男性関係無く、「記者」という職業だから、自分の書いた記事=製品に責任を持てよと言うだけの話なのだけれど。で、もう一度彼女の記事を読み返してみたんですが、最初の段落の2行目の文章に改めて引っかかるものが。
悪質な職場を分かりやすく共有・追及する上で役割を果たしてきた言葉ですが、黒人(Black)などから不快に受け止める声が上がっており、意図はなくても差別を助長しかねないとの指摘も出ています。
 と書かれているけれど、ここで言っていることは、

  1. 「ブラック企業」の「ブラック」という言葉は、悪質な状況を上手く表現する役割を果たした
  2. "Black"と呼ばれる黒人から不快な声があがっている
  3. 意図は無くても差別を助長しかねない
もともと、欧米のアフリカ系の人を意図して「ブラック企業」と名付けたわけでは無く、たまたま同じ響きの言葉(ブラック/Black)だったために、アフリカ系アメリカ人の人が「これは」と感じたという話し。だから「意図は無くても差別を助長しかねない」と最後にまとめているけれど、そう言うことを言うことが差別を生んで、さらにそれが拡大して行く根源じゃ無いだろうか。「意図が無い」ということは、差別を意図していないという事で、それすらも許されないとなると、それこそ表現すること、話をする事を止めろという話にまで極端な場合は進んでしまう。例えば「Black 企業」と書いたり、あるいは「ブラック企業」を意味するアイコンがアフリカ系アメリカ人を想像させるようなものだったりした、それは「意図した言葉」になるわけだから、それは差別を助長すると言えるけれど、何でもかんでもそうだというのは乱暴だと思う。

今回は、外来語だから生まれた問題だと思うけれど、結局人間一人一人は色々な個性を持ち、それが異なるから互いに新しい発見や可能性が生まれていくもの。残念ながら、その「差」は時に「優劣」というものに変わったり、さらにそこから「差別」に変わることも多いので問題ではあるけれど、違いがあることが問題では無いはず。アフリカ系アメリカ人の人達が、自分達が"Black"であることに誇りを持つのであれば、おかしいと思うことに意見を言うことはどんどんやれば良いと思うし、それに対して日本人の考える「ブラック企業」はこう言う意味という説明にも耳を傾けて欲しい。そこで「納得」出来ない事もあると思うけれど、「理解」はして欲しい。少なくとも、日本での意味はアメリカでの意味とは異なると言う事は、理解して欲しいと思う。

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