2026年2月20日

公共放送としての矜持

以下略ちゃんの書込から、ここ数日NHKや民放による高市総理関連の報道で、映像が不自然に傾いていたり、先日の第二次高市内閣初閣議の映像では、左から右にパンしているのにピントがあっておらず、さらには手ぶれしているような映像も。素人が撮影しても、最近のスマホはオートフォーカス(AF)で手ぶれ補正もしているから、あんな映像を撮ろうと思っても取れないのに、プロ集団であるNHKや民放のカメラ担当者はどうやって撮影しているんだろうか。

偶々一般人の人が偶然高市総理に遭遇して急遽撮影した素材を使うなら、まぁ多少のクオリティの低さは仕方ないでしょう。でも、先にも書いたように仮にスマホで撮影するにしても最近のカメラ・ビデオ機能は数年前のハンディカメラ以上だから、それだってあんな映像を撮影する方が難しい。それに、そういう撮影機会の殆どは事前に撮影場所やタイミングが指定されていて、メディア各社のカメラ担当者は大きな三脚を準備して待機していると思われる状態のはず。三脚しているのに、何で手ぶれするんだよ。あと、未だにマニュアルフォースで撮影しているのかよ、と小一時間。

言われているような否定的な印象を暗黙的に埋め込みたいのかどうかの確証はありません。でも、少なくとも映像のプロがあんな状態の映像を使用するというのは、「恥」と思わないのだろうか。私もボランティア的にアメフトの写真とか撮影して、選手や関係者に渡したりすることはあるけれど、やはりそういう部分が一番気になるし、渡す以上は自分的にもそれなりの品質(ピント、画質、構図、表情、etc...)のものを渡したいと普通に思うけれど。それなのに、彼らはあの程度の映像画像で良しとすることが理解出来ない。プロフェッショナルとして自分の仕事を否定するとともに、それを視聴するであろうお客さんに対しても馬鹿にしている行為だと思うぞ。

以前から書いているけれど、何か犯罪の裁判などで容疑者の声を吹き替える場合がありますが、あれだって本当の声に近い声質で近い言い方話し方をしないと、それは事実を曲げていることになるのでは。変に恐そうな声色にしたり、背景でおどろおどろしいBGMを流したり、言い方を変に強調したり、それって視聴者に特定のイメージを植え付ける行為じゃ無いのか。そういう準備が出来ないのであれば、アナウンサーが原稿を読むように無機質な言い方で先入観が生まれないように吹き替えるべきだと思う。彼らはこれまで散々、特定の宗教団体が政治に関わることを批判していたけれど、こういう行為は特定のメディアが政治に関与しようとする行為じゃないだろうか。それならそれで、高市内閣あるいは今後の総務省は、電波オークションの実施や放送内容の公共に関してもっと強く申し入れるなど、こちらも関与を強くすれば良いのでは。

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