2026年2月19日

民主党政権vs高市政権

第二次高市政権が正式にスタートしたわけですが、自民党政権で言えば2012年の第二次安倍政権、さらにはその前の小泉郵政解散選挙以来の、そしてそれら以上の大勝だけに、いろいろと当時の様子や状況と比較されるのは仕方ない。大量の新人議員(それでも前回の衆議院選挙からの復活組も多いので、66人と先の2政権時と比べるとかなり少ない) から「サナエチルドレン」と呼び出したメディアも、以前の「小泉チルドレン」「安倍チルドレン」のときと比べて、流石に当時の経験則も生きているし余りニュースバリューとしては面白くないみたい。逆に、何度も何度も過去の言動ビデオが使用される、杉村太蔵氏はいい迷惑というか逆に知名度再アップくらいに思っているんだろうか。

同じ自民党政権という事でそういう比較・対比することは、まぁ理解出来るんですが、それならば所謂野党側政権で自公が下野した2009年の民主党政権誕生時の熱気とその後の消沈の様子も比較しないとフェアではないのでは。あの時も、選挙での得票数自体はそんなに違わなかったけれど、民主党が全国の小選挙区を席巻して圧勝。今回中道改革連合が49議席に終わったことを考えれば、当時の麻生自民党が100議席余りを守ったのはある意味賞賛されるべきなのかも。で、世間というかメディアを中心に「時代が変わる」みたいな熱狂みたいものが選挙直後には生まれたけれど、いざ民主党が政権与党になってみたらどんどんボロが出てきたわけで、もう早く次の解散総選挙が来ないかなと直ぐに反省した人も多いのでは。ただ、じゃぁ野党になった自民党がどうだったかと言えば、野党になれば野党仕草をするようになった事は問題だと今でも思うけれど、それでもその後再び与野党逆転しての野党の振る舞いよりはマシだった気はするけれど。

当時の民主党は、選挙前に余りに美味しい公約をばらまきすぎて、いざ自分達がその実現の責任者になると、何だかんだ理由をつけて取り下げていくばかり。「ガソリン値下げ隊」なんかもそうだけれど、やはり一番の問題は「沖縄基地問題」でしょう。選挙前には「最低でも県外」と言っていた鳩山総理(当時)が、いざ政権を取ったら「苦渋の選択」と辺野古移設へと掌返ししたわけですからね。自分の献金問題もあって辞任して、次の菅直人政権も酷かったけれど、東日本大震災が発生して、それどころじゃ無い状態が生まれてしまったのが二つ目の悲劇だったかも。震災が無くて、あのまま無能振りが続いていたら、多分野田政権は生まれなくて菅直人政権のときに不信任案を出されて、解散総選挙に追い込まれていたような気がする。もしそうであったならば、太陽光発電を中心とした再生エネルギーのFIT価格なんていう悪法も生まれなかったわけだし、「if」はあくまでifでしか無いけれど、こればかりは実現して欲しかった「if」のような気がします。

小選挙区制度に対しての批判も、それはそれで意味があると思うけれど、結局はアメリカのような二大政党政治を日本でもということで当時は民主党政権誕生もあって受け入れられていた制度。時代とともに変えていくことも必要というのは、ある意味自然の摂理でもあるので今後色々な改善や対策をしても良いと思うけれど、でもやはり日本での二大政党政治は無理な気がしていて、中選挙区制度になったらなったで、核となる自民党とそれとの連立を組む中小政党の他党政治が更に複雑化して、それに嫌気を感じた国民はもっと単純な「経験も知識もある自民党がまとめて効率よくやれよ」と言う、今回の様な結果に戻るような気がしますね。これまでの自民党だと、前回の様な「悪しき習慣の再発」みたいなモードに堕落するわけですが、それをこれまでの総裁とはひと味違う雰囲気の高市総理がどこまで清浄化するか、それも問われる第二次大会内閣なのかもしれませんね。

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