非常に大事な指摘。「中国に批判的なまなざしを向ける際、私たちは中国政府と中国に暮らす人々を混同して捉える傾向がある。この線引きを怠れば、批判は差別へとすり替わってしまう恐れ」/ 中国の何を拒否し、誰と連帯するか。反中で終わらせないために https://t.co/BdasWVa5OW
— 佐々木俊尚 五刷出来!「フラット登山」絶賛発売中 (@sasakitoshinao) December 24, 2025
佐々木俊尚氏の引用から、最近の日中のゴタゴタに関して十把一絡げの見方をしてはいけないという話。対中国という話に限らず、同じ事はどんなことにも言えますよね。ただ、歴史的な背景なのか、相手のやり方が巧妙なのか、どうも「対中国」という話になると変なバイアスが掛かるような気はします。
かなり偏見に満ちた意見かもしれないけれど、やはりその強引な手法や主張が嫌われるという事はあると思うんですよね。ただ一方で、巨大な中国市場の権益だったり製造工場や素材供給地としての重要姓も自国にとっては無視できないので、弱腰の対応になる事も問題だと思う。同じ様なことは、ウクライナに対してのロシアにも言えると思うわけで、こちらはかなり批判的な意見もあるけれど、日本としてもLNG権益だった困ることもあるので強硬姿勢は取れないところも。欧州は、「次は自国」という懸念もあるから熱心だけれど、肝心なアメリカはトランプ大統領になってからは、かなり風向きが変わった気がします。
ただ、外に対してだけで無く、内側(対日本人)を見ても、良い人・悪い人も同じ様に存在するし、最近だと右派・左派なんていうのは、何か異世界での仮想戦記を見ているようなバトルをする場合も。私はどちらかと言えば所謂「右派」的に思考に賛成で、「左派」と言われている人達の発言には同意できない場合が多いんですが、だから取って全否定するわけでは無く、中には理路整然とした「なるほど」という意見展開をしている人もいらっしゃいます。でも、そういう人達は左派系メディアでも中々取り上げられないので、今のようにネット時代のお陰でかろうじて情報本流の中で見つけることが出来るくらい。そういう状況を考えると、情報を伝達する部分の重要姓と偏りが、今の世界を歪ませているような気がします。
まぁ、今回の中国の件に関しては、発信元の中国政府とか人民解放軍からの発信がすでに「???」という状況だったりするので、ちょっと意味は違ってくるけれど、そういう疑問が最初から感じられるのにそれを「正しい」情報として伝えるメディアの役割も、もう少し真剣に考えないといけないのでは。確かに「事実をありのまま伝える」事も重要だから相手の言うことをそのまま伝える事も大切だけれど、今はそういうソース部分は誰でもアクセス出来る環境があるわけです。となると、メディアとしては相手とこちらの言い分の差分とか、それによって見つかる矛盾なり整合性と言った事柄を伝えてこそ意味があるんじゃ無いだろうか。だから、マクロとミクロをちゃんと使い分けて、しかも効果的に組み合わせられるような仕事をしないから・出来ないから、ある意味今問題になっているような対立が生まれてきている気もします。だからこそ、自分のアンテナの精度を上げて常に疑問を感じつつ精査する「情報リテラシー」が重要な時代なんだなと再認識。
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