2024年9月14日

都心の森

先の都知事選挙以降、あれだけ騒いでいた「神宮の森」騒動はパタッと消えて、あれだけ大きな争点だと騒いだ人たちからは、その後の発信が無い状態。一方で、其れ以前から都から要請されていた、保全計画に関して事業者側が修正計画を提出して、多分この新案で神宮周辺の再開発は進むのでしょうね。で、素朴な疑問として、 あれだけ騒いでいた人たちは何がしたかったのということ。

一方で、台風10号の影響と思われますが、立木が倒れる事案が複数発生し、中にはその倒木に挟まれて亡くなる人も。うちも、多分樹齢100年は越えるような木があるんですが(自分が子供の頃にかなり太い木だったから)、それがここ数年害虫にやられて、枝刈りしたり薬剤注入したりと手を打ったけれど、残念ながら完全に枯れてしまいました。枝刈りなどしていたので、元々はかなり大きなこんもりした木は、最後の方ではかなり細身になってしまったけれど、結局そういう手当や剪定を毎年毎年続け行き、場合によっては木そのものを伐採する事も必要なんですよね。台風10号の強風で、屋久島の弥生の屋久杉が倒れたけれど、何百年なんていう寿命の木は、流石にもう限界だと思う。

本来原野だったり森林だった場所に人間が入り、生活のために伐採したり整地したりして元々の植栽を整理し、その上で自分達の生活に有利なように植林したり整備したのが、今の都心だったり町並みの多くの部分だと思います。神宮の森も、今回の騒動で知りましたが、100年前に現在のような都心の中の森にする事を想定して、それこそシミュレーションみたいなことをして準備された物。そう言う意味では、100年後の今は一つのゴールではあるけれど、今度は次の100年に向けて今の森をどの様に残してどの様に整理してどの様に変化させていくか考えなきゃいけないはず。その大切な機会が今回の神宮外苑再開発ともいえるのでは。

結局は、彼らだって結論は分かっているんだろうなぁ。でも、何かの機会に注目を集めることで、自分達の行動自体が認知されることでの満足感、あるいは実績作りみたいなこととして活動しているんじゃ無いかなぁ。そうで無ければ、選挙に関係無く熱心に活動をして広報もするだろうし、仮にその改修が完了した後でも、そこからの変更に対しての意見を出し続けはずだし。本当に必要ならばそう言う事じゃないかなぁ。案外今回の修正案に関しては、自分達が声を上げたから被害は最少化された、みたいな「勝手な実績作り」に利用されるんじゃ無いだろうか。そう言うこう言って、間接的に自然に対しての冒涜とも言える気がする。

0 件のコメント:

コメントを投稿