2024年2月15日

安さ批判?!

 東スポ(リンク先はYahoo)に掲載された、須藤元気議員に関する記事。同じような内容の記事は、これまでも何回か見てきたのだけれど、その度に不思議に思うのは「何を食べて、日本は安いと感じているのか」言及が無いこと。例えば、訪日外国人に「日本で何を食べたいか」と聞けば、必ず帰って来るであろう「寿司、ラーメン、和牛」当たりだと、元々の価格設定が国内と海外では場合によっては数倍位違うわけで、剃りゃぁ同じものを食べても日本国内の方が安く感じるのは当たり前。どうせ比較するなら、例えばアメリカならステーキとか現地で一般的に食べられているような物で比較しないと、彼らの言う所の「安い・高い」の感覚は評価出来ないのでは。

勿論、今の円安の影響も大きいと思いますよ。同じUS$100の物でも、US$1=110円と=150円では、4割違うわけで、そりゃぁ少し前コロナ禍前の頃と比較すれば、母国通貨換算したら数割くらいの「割安感」を感じるでしょう。さらに言えば、アメリカ等だと外食に掛かる税金やサービス料、さらにチップも含めたら、元の価格の1.3~1.5倍位にはなるだろうから、それと消費税10%の国内の飲食代を比較したら、剃りゃぁ安く感じるでしょうね。相対的に、デフレが続いていた日本の価格が周りよりも安いことも事実なんだろうけど、だからと言って悲観したり批判する理由にはならないと思う。

国内の物価上昇に比較して給料のアップが遅いというのは事実だと思うから、それは批判しても良いと思う。でも、海外だって給与アップ以上に物価上昇しているから、決して豊というわけではない状況は、日本と似たようなものだと思うんですよね。少し前には、日本と比べて物価の安い東南アジアへの移住がブームというかマスコミなんかにも頻繁に取り上げられていて、どうしたら移住できるかとか、年金生活者でもこうすれば東南アジアでリッチな生活が出来るみたいなガイドが頻繁に取り上げられていました。でも、現在はある意味逆転しているわけで、無理に物価が安い地域に移住しなくても、日本でそこそこの生活が出来るとも言えます。結局、「安い・高い」とか「豊に・慎ましやかに」みたいな対比は、相対的な物な訳で、絶対的に優位な場所とか国なんて言うのは無いわけですから。当時は、マスコミとか関係業界が盛んに移住を煽って、それで豊かなあるいは幸せな生活を手に入れた人も勿論居るだろうけど、再び日本に戻ってくる人も多いと思います。だって、年を重ねれば、やはり最後は良く知った場所で終わりたいと思うのが人の常だと思うし、よほど互角に秀でた人で無い限り、日々の会話に苦労する事だけでもストレスになると思うし。

記事の最後に、

給料の伸び悩みに加え、円安の影響もあり海外との〝格差〟は広がっているようだ。

と書いて締めくくっているけれど、何の「格差」なんでしょう。給与という意味なら、確かに金額的には為替レートを考慮しても日本の年収などは低いかもしれないけれど、物価と比較してみれば、例えばアメリカは恵まれているとも言えないでしょう。それに、海外よりも安く食事が出来る事が「格差」なんだろうか。それって、日本がお得になるわけで、格差が広がって困るのは海外の人達なのでは。例えば、物価上昇率に比較して収入の上昇率の割合が、日本は諸外国の半分程度とか言うのであれば、それは理解出来ます。海外では、物価上昇率を「1.0」としたら、収入の上昇も「0.90」くらいで追随しているが、日本は収入の上昇率は「0.60」くらいでまだまだ低いとかいう情報なら、「なるほどね」と納得出来。でも、日本の方が元々安いだろう食事を引き合いにして、日本は安いと言われても「そうでしょうね」としか思えない。逆に日本のランチの食費も、海外並みにアップしろと言いたいのだろうか。何か、物価高、定収入を批判したいばかりに、何か辻褄の合わないロジックが展開されているように感じる記事だと思う。 

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