2023年8月25日

歴史の想像

AIによる創作・創造作業に関しては、良くも悪くも色々と話題になっているけれど、日本赤十字社が始めるというこのプロジェクトは駄目でしょう。 「関東大震災に関する史実書や証言文献から、60万文字以上の情報を読み込ませた」と書いてあったけれど、

  1. 一般的な文庫本は、1ページ当たり40文字×18行=720文字。全部文字で埋まっているわけでは無いから、空白などを2割位と想定して、576文字/ページだけれど、切りよく取りあえず600文字/ページと過程
  2. ちょっと薄めの文庫本でも、200ページ以上はあるから、一冊の平均文字数を600文字×200頁=12万文字
  3. つまり、「60万文字」って、高々文庫本5冊程度の情報量になります?! 

多分AIへの基礎知識として与えるならば、一桁どころか二桁位足りないんじゃ無いかと言うのが正直な感想。

「その程度」と言ってしまっては失礼だと思いますが、でもその程度の情報で、一つの絵に描かれた表情も背景も不確かな100人の人生を語らせるって、実際の情報ではなく推測や想像から作られた「フィクション」でしか無いと思うなぁ。それを例えば「AIで当時の状況を推測する」とかいう規格であるならまだ理解出来る。でも「生成AIによる"新"証言」というように、恰も当時の人の証言を発掘して公開したような言い方は不味いというか、それは「嘘」と言われても仕方ないのでは。

少し前に、故人となった音楽家の生前の作品を学習させて、さらにはその人の声も学習して、ご本人が歌っているような動作をするAIや作曲・作詞をするAIが登場していたけれど、あれってあくまで音楽作品を学習しているだけなので、多分何かの作品には似た雰囲気を感じるけれど、実際には似て非なるものでしか無いと思うんですよね。もし仮に仮想人格みたいなものを作って、個人が制作するような作品を創造するとしたら、学習するべき事柄は過去の作品だけで無く、世に出ていない未完成の作品はもとより、その人の生活習慣とか志向、趣味に食べ物に衣服などの好み、さらには交友関係とか場合によっては恥ずかしい事までも含めて、その対象者を「学習」しないと、本当の意味での「仮想人格」にはならないと思う。

その生成物の内容以前に、「日本赤十字社」という公共性も存在感も大きい組織が、AI技術を使用した中途半端な成果を公式に世の中に出してしまう行為は、やはり不味いというか稚拙だと感じます。過去の記録を語り継ぐ、引き継ぐことは大切だと思うけれど、どうしても時間の経過とともに劣化していくのが「情報」でもあると思うんですよね。その劣化を出来るだけに少なくするために色々な努力をするのだけれど、やはり後付け情報というものは後世のノイズが多分に含まれるし、元の情報からの乖離も大きくなるでしょう。戦争体験などの「語り部」の人の話ですら、直後の記憶とその後の記憶では大きく変化していることもあるわけで、それでもその体験の語り継ぎは実体験に基づくものだからまだ理解は出来る。でも今回の場合は、実体験ですら無い訳で、そこから生成された情報を「"新"事実」と言ってしまうことは問題だと思う。せめて「もう一つの戦後史」とか「ifの戦後史」みたいな、言い方であれば、まだ技術的なトライアルとして評価も出来るかもしれないけれど。でも、やっぱりこのプロジェクトは悪手だと思う。結局展示は中止することになったらしいけれど、同じAIを利用するならば、日赤の担当した症例から何か特有な傾向を予想するとか、新しい治療薬の知見を得るとか、あるいは血液に関しての情報収集をするとか、まずは実務に沿った活用方法を考えるべきだと思う。

0 件のコメント:

コメントを投稿