2023年6月2日

「観ると聴く」は「1:99」

ジャーナリスト佐々木俊尚氏のvoicyから、「話す前に聴く」ことが大事という話。ここではテレビやラジオでの討論会みたいな場を想定しての話なんですが、「話す」ということは、イコール「発信する」、「聴く」ことは読む・観る事と思えば、ネットでの書込だったり、書籍等での発言なんかも全部当てはまる話だと思います。

以前も書いたしこの手の話で先ず自分が思い出すのが、小学生の頃にJARLの講習会で初めてアマチュア無線(HAM)の免許を取得した時の事。確か試験に合格した後に、実際に通信機を購入してアマチュア無線の交信を始める前に、まずは自分が運用(参加)する周波数帯での他のアマチュア無線家のやり取りを、少なくとも一週間出来れば一月位はじっくりと受信して、やり方、話方等を勉強して、それから実際に「CQ, CQ, 」と発信するようにしてください、といわれた記憶があるんですよね。確か同じような事は、当時の「CQ誌(CQ ハム ラジオ)」とかのアマチュア無線関係の雑誌の初心者向け記事には必ずと言っていいくらい書かれていたよなぁ。

「討論する」「議論する」という事は、その当事者同士が同じ土俵で意見交換する事ですから、当然互いに背景や相手の考え方、さらには関連情報に現在の問題点・疑問点・提案等も把握した上で、例えば会社の利益の最大化の為にはどうしたらよいかとか、スケジュール死守するためにはどの様に問題点を解決していくか対応して行くかという話をしなきゃ進まない。それと同じ事で、ああいうテレビやメディアでの話出会っても、実は事前に準備しておくことが「聴く」事であるわけで、そこからの「話す」事は、実は凄く少ないはずなんですよね。でも、そう言う基本的な部分の共通認識が無いと、例えば相手の言葉の定義から再確認したりとか、実は事前に提案されていて資料かもされている話を、もう一度その場で延々と説明しなきゃ行けなくなって予約した時間が減ってしまうとか、まぁ「会議アルアル」みたいな事は幾らでも出てきます。

同じ分野の内容で、自分の関わっている仕事と相手のテーマが同じ土俵に有るのであれば、有る程度は自分の知識なり経験なりで乗り切ることも可能だろうけど、そうであっても実はそこでは別の方向性のアイデアを提案されると、自分に知識や経験が無いと話を進める事が出来ない。事前にちゃんと予習していれば、そこで自分なりのアイデアを伝える事も出来るだろうし、逆にその問題点を指摘することも可能でしょう。そう言う意味では、「相手の話を聴く」という事は、実は相手の主張を聞くだけで無く、実は日頃からアンテナを張って色々な情報や知識を常にインプットしている、という行為が重要何ですよね。それは本を読むことであったり、ネットを色々徘徊して情報ソースを確認したり、今は幾らでも手段はあるけれど、だから故に「何時でも分かる、何時でも調べられる」と実は知識吸収しているつもりだけのことも多いんじゃ無いだろうか。何でもかんでも知識を詰め込むことも、限度はあるだろうしそういう場合は知識量は増えてもその内容=品質は希釈されるような気もするし。「聴く」にしても、結局は自分なりの信念というかガイドラインみたいなものが必要だし、そこから何か「話す」場合にはそれ相応の自分としての裏付けというか根拠を説明できる無きゃいけない位の覚悟は必要なんでしょうね。だから、発信することは大切だけれど、発信だけの人は信用できないと思う。

0 件のコメント:

コメントを投稿