「軽量級」とか「重量級」とか、ボクシングとかのように体重で階級分けするなら分かるけれど、勝手な規準で「軽量級」とか「重量級」とか言うのは、 単に相手を格付けしているだけで無意味所か差別している発言じゃ無いか。さらに勘ぐれば、そうやってこの人達は人を区別(差別?)しているんだなと改めて感じる、立憲民主党の泉健太代表。
その「軽量級」の根拠にしても、
「歴代で最軽量の扱いを受けている」と揶揄(やゆ)した。
と言っているだけで、自分達が批判している自民党の罵声と変わらない話じゃないのか? しかも、その軽量級の根拠(?)は、与党の幹事長が一つの意見でしか無いと、身内の意見を重要視しないことを皮肉っているけれど、逆に首相が「その通り」と幹事長の意見をそのまま採用すれば、「党利党略だ」と騒ぐんだろうし。しかも、この記事にはその重量級の岡田克也幹事長の発言は何も書かれていないくらいの「軽量発言」とも思われるのに大丈夫だろうか。その岡田幹事長の発言にしても、民主党時代の自分達の失敗=財源確保が理由であることを棚に上げて、今の自民党を責めているわけで、重量級の物忘れの良さだなぁと。
いつも思うんですが、彼らは本当に10年前の自分達の政治を忘れているのだろうか。それとも、都合の悪いことは知らない振りをしているのか、どっちなんだろうか。本当に忘れているとしたら、正直救いようがない気がする。だって仮に立憲民主党がもう一度政権奪取に成功しても、旧民主党政権時代のような失敗をまた繰り返す可能性が高いというわけだから。商店に上がっている「子ども手当」の財源だって、探せばある、埋蔵金はある、と言って何の根拠も無く期待感だけ煽って居たわけですから。で、実際にお財布の中身を確認したら、そんな埋蔵金は無かったという、TBSの昔の埋蔵金シリーズみたいなオチ。正直、その後の仕分け作業にしても、結局は見つからなかった埋蔵金をひねり出そうという行為にしか見えなかったですしね。
まぁ、太陽が西から昇ってもそんなことは無いと思うけれど、10年前はこれこれこう言う理由から所得制限は失敗したけれど、今ならこういう風にやれば可能、とか前向きな意見なら幾らでも歓迎されるのに、絶対自分達の失敗は認めたくないから、そんなことは有り得ない。まぁ、「絶対に有り得ないことの例え」である"Blue Rose"が本当に出来てしまうくらいだから、「絶対」は無いとも言えるけれど、でも遺伝子操作等の最新技術を使ってやっと実現出来た「青いバラ」以上に、今の野党のマインドが変わることは無いだろうなぁ。仮に、それが実現したら。今度は"Moonshot"の実例として、後世まで語り継がれる逸話になるんじゃ無いだろうか。知らんけど(マテ-笑)。
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