2021年3月29日

世界の中心は我に有り

昨日のNHKの番組「日曜討論会」での、立憲民主党・安住淳国対委員長の発言ですが、もう「世界は自分達中心に回っている」とでも思っているのだろうかと思うくらいの独善的な発言。

「(官僚の)過重労働は国会議員の質問(通告)が遅いからというのは陳腐な話だ。官僚をあまり美化してはいけない」

 相次ぐ法案文書の作成ミスを想定しての発言なんだろうけど、荒れだって結局は人出が足りないところにコロナ禍対策などの重要作業が山積みになり、そこにまた法案作成等の業務が集中。さらに、河野大臣の肝いりでサービス残業が事実上禁止されて作業時間も減らされてしまい、結果的にミスが発生している、と言う構図らしい。自分達も以前会社組織の効率化とか、業績符牒による人員カットなど経験していて、でも開発作業自体は以前よりも厳しくなるという経験をしているので、何となく官僚の皆さんの苦労は分かる気がする。

一般企業であれば、それまで社員がやっていた仕事を、アウトソーシングするとか、非正規社員に置き換えて人員コストを下げるという方法が可能。でも難しい国家試験を合格して初めて手を付けることができる、色々な意味で「難しい仕事」を、単にコストやリソースの問題で外注したりとか、非正規社員を雇い入れてリソース不足を解消するというわけにはいかないでしょう。それは自分達の開発の仕事でも同じで、完全にOEM/ODMビジネスをするなら別だけれど、自社開発する上で可能なところをアウトソーシングするけれど、コア部分は自分達が握らないといけないのと同じ話。結果、官僚一人当たりの作業量は増えるばかりで、そこにヒューマンエラーが増加していくことも明らかな話。

安住氏の発言は、物理的にオーバーフローしている状態の解決策として、「泣き言を言わずに集中すれば解決出来る」という、精神論を言っているだけの話で、事の本質を全く理解していないか、知っていても知らない振りをしているとしか思えない発言だと思う。この人、元NHKの記者ということで、それなりに人生経験も社会経験もしていると思うんだけれど、以前も新聞記事に〇とか×とか赤字で入れて、外に張り出して顰蹙を買ったりしたけれど、何か子供じみているところが感じられる。本輪と言えば、自分達の政権時代に「無駄排除」と言いつつ、官僚の削減を進めたのは旧民主党政権だったわけで、その付けが今になってきているとも言えるのでは。

以前は私も、無駄は排除して効率化を進めれば、より高品質の製品がより低コストで開発製造出来ると思っていましたが、実際に自分がその場に入って仕事をしていると、確かに一定の効率化は必要だけれど、時には「無駄」と思える部分が重要な役割を持っていたり、そこから生まれる余裕が全体に対するバッファーになっていたりという事も。今回の場合も、まずは最低限のルールで有る、質問通告時刻の遵守と、必要十分な質問内容を事前に提供する事を徹底するべきで、それなのにまだ問題があるのであれば、次のその原因を追及して改善するべき。大体、質問内容にしても愚にも付かない内容のものも多いわけで、ああいうことを見ていると、実は自分達は思いつき程度の軽さで質問を作成しているので、官僚にしてもその程度の作業量で対応出来ると勝手に解釈しているんじゃ無いだろうか。そう言う意味では、国会議員、特に一部野党議員を余り美化しては行けないと思う。

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