2020年8月30日

自ら掘った長いトンネル

弁護士でヒューマンライツ・ナウ代表(事務局長)でもある、伊藤和子氏の記事。「長いトンネルが終わる」と書いているけれど、この人達は本当に安倍総理一人がそんなことをやっていた、出来ていたと思っているのだろうか。今の所、次期総裁=次期総理が誰になるかは不明だけれど、政権与党としての自公連立政権が変わらない限り、これまでの状況が急に変化することは無い事は確か。それなのに、彼らは安倍総理の退任を持って、自分達の不遇の時代が終了すると本当に思っているとしたら、それはとてもお目出度いことだと失礼ながら思ってしまう。

この人は、過去にもいろいろな発言をしているし、その一つ一つを取り上げないけれど、個人的には何か大きなバイアスを抱えて、良くも悪くも一途というか、まぁそういう人なんだろうな、と。ヒューマンライツ・ナウ(HRN)という団体(NPO法人)の活動も、その名前の通り人権に対しての被害や侵害に対して活動していて好感が持てる部分もあるけれど、疑問を感じることも少なくない。凄くざっくりとした印象では、海外の人権問題に関してはそれなりに理解出来るし評価出来るものが多いけれど、事国内問題、さらには安倍政権に対しての行動に関しては、何か私怨に狩られての行動みたいな印象すら受けるような事もあって、それが折角の活動すら曇らせている気がします。

で、伊藤氏は8年近く続いた長いトンネルをやっと抜けると書いているけれど、最初に書いたように現在の与党が変わらなければ、そんなに劇的に変化することも無いだろうから、それは甘い考えだと思う。それに、「長いトンネル=人権侵害」という事なんだろうけど、記事に列挙されている事柄に関しては、単にそう言う理由付けにしているだけで、疑問符が並ぶことも。例えば、特定秘密保護法に対しては、居酒屋で批判話も出来なくなると煽ったけれど、「いいね」すら許さなくしようとしているのは彼女たちの側だし、「桜を見る会」の私物化は民主党時代からも続いていた話だし、「報道の自由の制限」と言いながら、メディアは自由に政権批判や個人攻撃に近い事を続けているし、「ネトウヨの台頭」に関して言えば、完全に個人の感情じゃ無いだろうか。「自分達は、これだけの物に耐えてきたのだ」と言うけれど、でも安倍政権の足かけ8年の間には何度も選挙があって、幾らでも政権交代のチャンスはあった。でも、多くの人は安倍政権=自公政権を支持して、その度に与党は野党に圧勝して続いた物。結局、自分達が現在抱えている不満は、自ら招いた物という認識が無いんでしょうね。

彼に、彼女たちの理想が民主党政権時代であったというのであれば、再度民主党が与党政権を構築出来るように、何が失敗したのかどうしたら国民の支持が得られるのか、そう言うことをちゃんとやっていれば、もしかしたら再度の政権獲得だって可能だったかもしれない。でも、党の民主党は、自分達の政権運営を反省することも無く、振り返りすらせずに、さらには自分達手段の利益のために、離合集散していき、で今は「元の民主党」に又戻ろうとしている。結局、その「長いトンネル」を掘ってきたのは自分達自身の手であり、かつそのトンネルはまだまだ終わらないということを理解して居ない時点で、あぁこの人達は別の次元、別の世界に住んでいるんだろうなぁという感想しか浮かびません。この手の組織や団体の話を聞いて、いつも感じるのは、「自分達が信じる〇〇が正しく、それ以外の〇〇は正しくない」という対立構造を作る事で、自らの正当性を主張して居ること。「〇〇(例えば人権とか権利とか)」は、普遍的なものじゃないのか。仮に、憎い安倍総理の人権であっても、それが侵害されていれば彼らが支援している人権弱者と同様に意見するべきじゃ無いだろうか。でも、それをしないから彼らも理解されないのだと思う。少なくとも、「長いトンネル」は国民が支持した結果だし、それを「トンネル」と感じるのも、あくまで彼らの視点からだけ、ということを認識しないと、多分そのトンネルは永遠に続くのだと思う。

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