2020年3月7日

自由の乱用

テレビ朝系列の「羽鳥慎一のモーニングバード」でのコメンテーターの話の内容が間違っていると、厚労省や内閣官房が名指しで「訂正」を求めた件、予想通りメディア各社は一斉の「報道の自由の侵害」を言い出しているけれど、毎度の事ながら「それは違うだろう」と、小一時間。「報道の自由とは」、意図的強制的に報道する権利が阻害されることを防ぐものだと思うのだけれど、この人達は自由に自分達の発言を放送しているし、勝反論だって放送している。

問題なのは、当事者から「間違っている」と指摘されたことに対して、それに対して反証「こう言う理由、証拠があるから自分達の発言は正しい」と話をするわけでも無く、間違っていることに対して「その通りです」と認めることでも無く、その問題のコメンテーターは「誰でも間違いはある。でも、何故自分達の番組がやり玉に挙がるのか」という事を言っていること。仮にも「ワイドショー」「情報番組」として、情報伝達を仕事にして居る人間が、そう言う捨て台詞見たいな事を言ったらお終いなのでは。例えば自動車メーカーが何か不具合を発生させて、国交省から問題点の指摘なりリコール要求とか出されたときに、その自動車メーカーは「我々にも間違いはある。しかし、何故内の車だけ指摘するのか」みたいな事を言って通用するかどうか、考えるまでも無く明らか。

元々このコメンテーター氏は、自分の考え思いつきだけで話しをしているように感じられていて、故にその発言に重みすら感じていなかったけれど、今回も周りの発言に後先考えずに口から出てしまった(出してしまった?)んでしょうね。内は、朝食の時に何故か母親が毎日このテレ朝の番組にチャンネルを合わせているんですが(個人的は目覚ましを見たい-笑)、このコメンテーターに関しては「この人いい加減なことばかり言うから嫌い」と言っていてビックリ。いゃ、それならめざましにチャンネル変えろよと個人的には思うんですが。もう80歳を超えた母親ですが、最近の野党のいい加減さにもご立腹で、週に何度かコーラスとか趣味の集まりがあり同年代の人と四方山話をして居るそうですが、その時に出てくるのが「もう、野党はいい加減辞めれば、見苦しい」といつも全員が一致しているそう。野党の支持勢力である高齢者からも、そろそろ三行半を突きつけられつつある現実を、特定野党の皆さんはしっかり認識した方が良いんじゃ無いだろうか。

閑話休題。こう言う放送番組に関しては、SNSのように個人が勝手にやっているわけじゃ無いのだから、本当はより厳密に規律が求められるはず。個人のSNSだって、ルールから外れればアカウントをロックや削除されるわけだし、場合によっては犯罪捜査にもなるわけで、放送局や既存メディアがそう言うルールから自由という理由も権利も無いはず。特に放送局は、電波という国民の共有財産を利用しているわけだから、本当はもっと厳密な運用が求められるのでは。とは言っても、NHKですらあの体たらくですから、民放がより過激に、あるいは特定の視聴者に遡及することはあながち不思議では無い。でも、それをやるのであれば、ネット配信とかミニFMとか、免許以外の方法でやらなきゃ。今回の件を「監視」というのは、やはりそれだけ後ろめたい、あるいは見透かされたことに対しての過剰反応に近いものがあるんじゃ無いかという気がする。ここから、猛省するならまだ許せるけれど、結局反発してさらに過激になる方に100カノッサ。

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