2019年12月12日

NRT-LAX (番外編3) - カーシェアリング

番外編の三つ目は、今回もよく利用したカーシェアリングサービス、UberとLftyについて。日本では、タクシーとの兼ね合いで殆ど普及していない「カーシェアリング」ですが、アメリカではもう「庶民の足」と言って良い位の普及率。私なんかが一番便利と思うのは、一度アプリを登録しておけば、サービスの呼び出し、車両等の選択、行き先の設定、チップも含めた料金精算などが、全てワンストップで完了する所。さらに、ピックアップ場所にしても、行き先にしても、昔のように「どこそこの街のなんと言うところ」みたいな説明は入らなくて、GPSでポジション設定して、マップで指定するだけで完了するから、どちらにとっても誤解がない。現地の人は違うかもしれないけれど、海外旅行中の日本人の殆どは、ドライバーさんから話しかけられても会話に困ってしまうし、行き先の説明なんて言うのも先ず無理。まぁ、現代の技術を複合化して上手く利用している典型の1つでしょうね。

そんな便利なカーシェアリングですが、元々の発想は車を所有している人が、自分が使っていない時間に他の人のために運転してシェアする事で、多少の収入も得られるし、互いにWin-Winになるというもの。それはそれで「効率化」という意味では良いのだけれど、ボランティアでは無いから、どうしても目的が段々と違ってきている気がします。つまり、「カーシェアリング」というリソースの効率的な活用という目的から、自分の空き時間を活用した「副業」の意識がかなり高くなってきている気持ちを、今回さらに強くしました。サービスが始まった、最初の頃のUberのドライバーというのは、結構「車好き」と感じる人が、ドライブの傍ら人を拾って走って居るみたいな、大らかな感じを結構受けたもの。だから、配車されて登場した車は、結構良い車も多かったし、車内も「車好き」らしく綺麗な物が多くて、そういう部分がタクシーとの最大の差別化になっていたと思います。

最近配車されてくる車は、その当時と比較すると、やや庶民的な車が多くて、車内も「不潔」ではないけれど、結構使用履歴を感じるものが多くなってきている気がします。あと、一番感じるのが「ドライビング」。車好きの人の助手席とかに座ると、例えば結構スピードを出していても安定感・安心感を感じたものですが、最近のドラバーさんは、スピードは出して、結構運転も左右に車線変更して急いで行くから、一寸怖さを感じるときも。結局、少しでも早く送り届けて、次のお客さんをピックしようとしている雰囲気が、今回はどのドライバーからも感じられて、あぁカーシェアリングというビジネスにどっぷりつかっているのねと言う印象を強く受けたものです。

少し前は、Uber用とLfty用、それぞれのiPhoneを助手席前に設置して、それを切替ながら運転して居る人も見られましたが、最近はアプリが改善されたのか、iPhone 1台だけの車しかなくて、もしかしたらドライバー用のアプリは共通化されているのかもしれないなとかも思ったりしました。タクシーというのは、ドライバーの運転品質や対応品質が悪くなって敬遠された時期があったけれど、カーシェアリングも何となくそう言う方向に行きつつあるような印象を受けますね。アプリによるドライバー評価とか、フィードバックする方法はあるので、そこは有る程度歯止めが掛かる、スクリーニングされるという改善策はあると思うのですが。カーシェアリングも、一寸ずつ変わっている変化しているという印象を強く受けた、今回の訪問でした。

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