2019年7月26日

情けに訴える

れいわ新撰組の山本太郎代表が、今回当選した二人が厚生労働委員会に参加出来るように、自公に席を譲って欲しいとtweetしている。twitterでやることかという批判に対して、いや正式な手続きもした上で可視化のためにtwitterでも発言しているんだという擁護の意見もあるらしいけれど、それなら「一つ譲っていただけないでしょうか」ではなく、「斯く斯く然々でお願いしている件、了承されるようにご支援をお願いします」とか言うなら分かるんだけれど、やっぱり文面だけ見ていると、twitter上だけで言っているようにしか見えない。これって、山本氏側に取っては、成功すれば功績だし、駄目なら自公批判になる、しかもどちらの結果になっても世間には「自分はこれだけ努力した」という、雰囲気は伝わる。つまり、最悪のケースでもプラスのリターンがあるわけで、まぁこう言う事に段々と長けてきている気がする。さらに言えば、お願いする方の立場は少なくとも当選した二人の議員であって、落選した山本氏じゃ無いはず。幾ら政党の代表とは言え、議員でない一般人が立法に関与できることになってしまう。いゃ二人を代弁しているとなれば、そんな状態で国会運営に参加出来るのと言うやぶ蛇になりそう。

で、本来なら、共闘している共産党とか立憲民主党当たりに先ずお願いするのが筋なんじゃないの。身内の席数は減らさずに、相手に情けを掛けて貰いたいというのは、一寸調子が良すぎるというか図々しいというか。国会内の各委員会の参加者数は、国会のルールで所属議員数で決まると決められているわけだから、何か会派を作るとかそう言う方法だってあるはず。それをいきなり掟破りのこう言う方法を取るというのは、本当にその委員会に参加したいという根本の意図・目的とは違う物があるように感じるなぁ。

それに、今回当選したお二人とも重度の障害があり、どれだけ通常の国会での作業に耐えられるか分からない。さらに、厚生労働委員会は、厚生行政や労働行政に関わる多種多様な課題や計画に関して話し合いをする場であるわけだから、実は重度障害者に対しての議題なり話題は、そんなに多くないんじゃないだろうか。仮に10%がその分野の話だとすると、残り90%の時間は彼らはどうするんだろうか。あるいは、本会議等長時間拘束される場合も有るわけです。途中退出する事も出来たと思うけれど、それはそれで国会軽視と言われても仕方ないし。仮に野党が、以前のような牛歩戦術、長時間の趣旨説明とかをこのお二人の前でやった場合、彼らの支持者はどう思うんだろうか。今回、このお二人は「特定枠」で立候補し、正直山本太郎氏の力で当選させられたと言って良いような状態。何か、それって選挙とか議会を歪めていないか?

色々な背景や状況を持った人が、色々な職業にチャレンジする事は良いことだと思うし、そういうところから何か新しい物が始まることも事実。ただし、それが本人だけの範囲で納まっているなら何かあってもその人の責任で終わるけれど、今回のように国会議員ということは「国民の代表者の一人」な訳で、それなりの知識なり経験なりが要求される物。「何とか議員」と揶揄されるのも、そう言う資質に欠けていたからな訳で、それは経験とか知識とかもそうだけれど、やはり体力とかも含まれると思うんですよね。そう言う意味で、今回の当選は、新しい課題を投げかけたことは事実だけれど、果たしてその設問・課題内容が適切なものであったのか、という疑念は未だに残ります。また、そう言うことも含めて、山本太郎氏はお二人に対しての責任も負う覚悟があるのか、そう言う疑問も生まれてきますねぇ。

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