2017年12月4日

流言飛語大賞

今年の流行語大賞が発表されて、やはり既存メディアでは「インスタ映え」よりは「忖度」を中心に取り上げて、そこに政治的なエッセンスを塗して伝えているように感じるのは、私の心が曇っているから(笑)。同じくトップ10に入った「フェイクニュース」が伝えられる事も無いようだし。で、「流行語大賞」と言うよりは「流言飛語大賞」だなぁと個人的に感じたら、世の中では既にそんなタグも以前から存在していて「あぁ、結構世の中の人ってちゃんと見ているなぁ」と感心した次第。

で、タイミングを同じくして、子宮頸がんワクチンに関連して、こんなニュースも。何年か前から、子宮頸がんの発症を抑えるために、ワクチン接種が始まり、それが効果を出し始めたようなニュースを聞いたと思ったら、今度はその副作用が言われ出して、ワクチン接種も中断したようなことは聞いていたけれど、実は私も厚生労働書も中止を言っているくらいだから、ワクチン自体に問題があったのかと言うような理解をしていたんですね。でも、今度はワクチンと副作用に創刊は無いと言う意見が出始めて、ワクチン接種の再開を望む声というものも聞こえるようになり、えっ、良いの悪いの、という程度の認識しかありませんでした。それで、今回の記事を見て「あぁ、福島の放射線騒ぎや、最近のメディアの振る舞いと同じ話なのか」と納得した次第。

まとめ記事を見ると、この村中さんもかなり酷い誹謗中傷を受けてきたけれど、それでも科学的根拠をよりどころにワクチンの正統性を主張して、それがやっと公になったという感じ。私は理系の人間だから、基本的に定量的な話を信じるし、数字に話をさせるべきという考えの持ち主だけれど、その中でもやはりそれを超える話も理解出来るわけで、例えば凄く効果的だけれど死亡リスクも高い薬、なんていう場合は躊躇することもあるだろうし考えることもあると思う。でも、今回の場合はその定量的な検証も否定されるような話で、逆に反対側の検証過程に疑問があっても、それをメディアが潰し、それに厚労省も迎合したような流れになっているところが酷い話だなと今更ながらに感じますね。

自分達の科学技術も、まだまだ未熟だし不明な部分も多いとは思うけれど、それでも多くの事柄に関しては信頼出来る結果が得られる程度に発達していると思うんですよね。一方で、科学的に今のところ「完全に」とか「100%正しい」という事も無いことは明らか。必ず幾らかのリスクは存在するし、分からなかったリスクや問題が後から発見されることもある。ただ、そう言うことを認識しても、それによって助かる人が多いのであれば、それは利用するべきは利用していくことで、多くの人の人生が助けられるだろうし、利益も大きくなるんじゃ無いだろうか。勿論、今回のワクチン騒動のように、実はワクチンと相性が悪くて接種したことで命に関わることになった人もあるだろうし、実はその人はワクチン接種しなくても子宮頸がんにかからなかったかもしれない。ただ、そう言うことを言い出すと結局何も出来なくなってしまう。交通事故が怖いからと一切外に出ないことも一つの選択だと思うけれど、それ故に自分の部屋に何かトラブルがあって大事に至るかもしれない。人生が次の瞬間どうなるか分からないのであれば、まだ不確かな部分は多くても、定量的に確認されていてリスクも分かり成功する確率もある程度期待出来ることに進むのは、悪いことじゃ無いと思うんですけどね。そうやって、ここまで生きてきたわけだし。

そういう意味で、未だ感情的に視聴者や読者をつなぎ止めようとしているメディアの世界が、一番非科学的で、一番前近代的な存在なのかもしれない。例えば彼らのKPIとして、一年間で何件のニュースを配信して、その中で何%が間違いとか不正確であったから、来年はそれをこれだけ改善する、とか、そんな事を表明していけば、仮に間違った情報が伝えられても、次の情報に対しての信頼度はそれ程変化しないと思うけれど、今のように出しっぱなし、売りっぱなしで、後から間違いを指摘されても馬耳東風の状態では、衰退していくしか無いんでしょうね。

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