2015年6月19日

Pepperは感情を持っているのか

SoftbankのPepperの一般販売が開始される事になり、ニュース等では盛んに「感情を持つ初めてのロボット」という言い方をして報じているんですが、それって正しいのだろうか。確かに、これまでのロボット、あるいは対話型コンピュータも含めても、感情的表現は豊富だし、その時々の状況を判断して的確な回答も与えることが出来るんだろうけど、それって「感情を持つ」と言えるのだろうか。

Pepper登場以前、例えばAIBOなんかは、ユーザーとのコンタクトを重ねるうちに学習して、どんどん個性を持つようになり、確か以前聞いた話しでは、芸能人(誰かは失念)でAIBOファンが居て何体も保有しているんだけど、その行動パターンはSONYの技術者ですら解らない、あるいは考えられないような振る舞いをするそうで、そこには技術を超えた何かがあるかもみたいな話しを聞いたことがあります。沿ったの方がよほど「感情を持つ」と言える気がするんですけどね。

ところで、Pepper本体の価格は20万円を着る価格に設定しているそうですけど、オプションで色々付けると何百万にもなるらしい。うーん、それって本末転倒のような気が...

我々の世代だと「感情を持つロボット」と言うと、先ず思い出すのが鉄腕アトムかな。色々なことを経験して学習して成長するように子供のロボットを作った、と言う想定だったと思うけれど、感情って言うのは人間にしても将来のロボットにしても、植え付けられものでは無く、獲得していく、成長していくものであることは確か。多分、一番基本部分にはシンプルな動作なり意識しかなくて、それが色々な刺激を受けて段々と組合せや強弱、さらには何か突然変異的な要素が生まれて、さらに広がっていって、それが外部的には喜怒哀楽とか表情とか対話におけるやり取りみたいなものに成長していくんでしょう。だからPepperが色々な人との対話を利用して感情表現を身につけていくことは有りだと思うけれど、その一番基本になる部分って言うのが、予め作り込まれていた物では一寸意味合いが異なるのかも。「感情表現」というゴールを達成するために、予め加速しておくというのは解るんですけどね。

ただ、これまでの対話型コンピュータと言うものがディスプレーの中だけの存在であったものが、その形や挙動が制限を受けているとは言え、こうやって現実社会、生活の中に登場して、物理的な接触や表現も伴いながら、感情表現のデータを蓄積していくことは凄く意味があると思います。そう言う意味では、この大規模な社会実験が何か意味のある結果を残して欲しいけれど。

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