2015年2月17日

残虐な映像

まだまだ混沌として出口が見えない、ISIL関連の諸々。今朝のニュースでも、エジプト系人質21名処刑のニュースを流していたけれど、YouTubeに登録されているその処刑の様子を延々と流しながら、「残酷な」とか「処刑を」とかアナウンサーがコメントを付けていくんですよね。いつも感じるんですが、そう言う行為、特にISILが登録した映像をさらに拡散させる行為って、まさに相手の思うつぼなんじゃ無いのか?

どうしても言葉で表現できないような場合に映像を使うのは仕方ないと思うけれど、今回の様な場合にはより生々しい動画じゃなくて、その一部の静止画でも十分だろうし、わざわざ凄惨な場面が想像出来るようなつかいかたをしなくても良いんじゃ無いかと思う。

こういうテロ事件だけで無く、国内で発生する殺人事件の場合は、例えば直接の被害者の映像なんてまず使わないじゃ無いですか。正視できない映像だと言うのもあるだろうし、そこまで恐怖心なり嫌悪感を煽る映像が必要とは思わないことも理由だと思うんですよね。しかも最近では個人情報とかプライバシーの関係だと思うけれど、結構モザイクが掛けられていて何が何だか割らない映像が多いのに、ISILの映像はそのまま流れることも多いし。報道と言う名の下に、実は相手の利益になる事をしているような気がしてなりません。

さらに、最近ではSNSやYouTube等の映像を普通に使っているけれど、結局それで済むのであれば、わざわざニュース番組を見る必要も無いんじゃ無いかと。直接見に行けばいいわけですからね。ああいう素材の多様というのは、メディアの劣化を自ら加速しているようにしか思えない。だからといって、危険を冒して現地取材しろというわけでは無く、SNSの素材を使うのであれば、もう少し工夫が必要なんじゃないかということ。その辺り、既存メディアの限界なのかもしれない。

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