2015年1月17日

阪神淡路大震災

今年は阪神淡路大震災が発生して20年目。地震があった1995年1月17日は火曜日だったんですが、前日の16日は「成人の日(当時は15日固定)」が日曜日と重なったため、翌日月曜日の16日が振替休日でした。その為、16日の夜当時付き合っていた女性と飲んで帰ってきたとき、この子が一寸変わった子で酔っ払いながら夜空を見て、「あっ、虹がでている。綺麗だねぇ」と言っていたのが妙に記憶に残っています。で、翌日、目が覚めると世間は朝から震災のニュース一色。多分、この日は有休を取っていたんじゃ無いだろうか、ずっと1日震災のニュースを見ていた記憶があります。

この10年前に就職していて、その直後に現場実習で神戸に配属されていたので、震災で倒壊した駅前のビルとか回りの住宅街とか見ていると、涙も出ないくらい悲しかった。その後、やはり10年位してからかな。再び神戸に行って、その頃は殆どの地域の復興が完了していて、震災の記憶は殆ど感じられませんでした。復興も必要だけれど、だから取って震災の後が無くなってしまうと、どんどんその記憶が風化していくのも事実。どちらも大切で、どちらだけ残すというわけにも行かないだろうけど、やはり日々の生活を考えると復興やその後の「普通の生活」が中心になってしまいますよね。

震災当時の映像を見ると、まだ今のようにスマホや高画質のデジカメ等普及していなかったので、画質も粗いし、もしかしたらアナログビデオで撮影したような映像が多いけれど、それでも当時の被害の大きさや状況の厳しさは十分に感じられますね。直接的では無いけれど、当時その瞬間に生きていた自分は、まだそう言う映像などを見れば当時の記憶が蘇るけれど、震災以降に生まれて成長してきた人にとっては、単なる記憶映像にしかならないんでしょうね。でも、少しだけでも、すこしずつでも、そう言う記録や記憶を残していくことで、将来怒るかもしれない更なる災害に対して少しでも安全係数が大きくなるなら、それが重要な仕事だと思わないと。そう再認識した朝です。

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