2008年5月27日

KYと言われるかも (2)

聖火リレー絡みの風評で批判の矢面に立たされていたカルフールが、震災に対しての義援金の多さで一気に小差員の対象になっているというこの記事。まぁ、いかにも中国とか韓国とかにありそうな話だなぁというのが正直な感想。「良い・悪い」という話ではなくて、尺度として見ているんですよね、その人・会社の財力を。日本人の感覚にすれば「はしたない」という感覚になるんですが、彼らにしてみれば普通の感覚。でも、そうは分かっていても、やはりこういう震災の後で聞くと違和感を感じるのも、日本人としては事実。

ただ、そういう事情を知った上で考えると、先日も書いたミャンマーへの支援の話にしても、彼らなりの誠意の現れと考えられます。まぁ、それでも、あれだけ大きな震災被害の最中にという違和感は残るけれど。日本語に「手の裏を返すように」という言葉があるけれど、日本人からするとまさにこの言葉通りに現象なんですよね。もう一つちょっと怖いなと思うのが、一度「こう」と言うことになると一気に集中する事ですよね。先日の長野での聖火リレーの時もそうだし、今回なんかでもスローガンのバナーを先頭に突き進むという光景をテレビのニュースなんかで見ると、ちょっと怖い気もします。

仕事柄、中国の人との付き合いもあるし個人的に知り合いも多いんですが、一人一人は普通に良い人ばかりなんですよね。ただ、集団になったときにちょっと猪突猛進的な傾向があるとは思うのも事実。もちろん、どこの国の場合でもそう言うことはありますが、それでもその集団の中にもいろいろ多様性が必ず存在します。でも、彼らの場合にはそう言う存在を許さず唯一の目的だけを許容する集団になりがちというのが、個人的に不安というか心配を感じる部分なのも事実です。これまでは、情報が制限されている国内の人間固有の話と思っていたけれど、聖火リレーとかの場合では海外に出ていていろいろな情報に触れている人でもそう言う傾向になりがちな様子を見て、ちょっとショックを感じました。それも「多様性」と言われてしまえばそれまでなんだけど、でもGlobalに生きるということは、自分の価値観とは別なことも許容する必要があるわけで、そう言う意味で今回の経験を良い意味に生かして欲しいなと個人的に感じています。

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