2026年2月5日

野田檄文

中道改革連合の打芳彦共同代表が掲載した「 《緊急メッセージ》『親愛なる有権者の皆さんへ』」と題された檄文。選挙戦も終盤に入るものの、終盤の情勢調査の多くは同党に否定的なものが多く、このままでは自民党に伍するどころか、折角結党した新党の存続にも影響するような状態に。そんな存亡の危機感を何とか打破しようとしての窮余の一策となるべきメッセージだけれど、内容を読んでみても何か言い訳しているようで心に響かない。

ネットでの反応を見ていても、同じ様に感じる人は多いようで、その中でも秀逸なのは「Jリーグのお気持ち表明みたい」というコメントには、失礼ながらも爆笑してしまつた。なるほど、チームに取っては来シーズンの存亡にも響きかねない重大危機だけれど、中の人が切実に必死になればなるほど、外から見ると逆に白けてしまったり何か責任転嫁みたいな印象を受けてしまったりするかもなぁ。

こちらに掲載されている全文を読んでみましたが、色々ツッコミどころ満載な文章だなぁと言う印象。

  • 冒頭「ストリートで生まれ、ストリートに育てられた政治家」という言葉が出るんですが「ストリート」って何ですか? 野田氏の選挙区は、千葉14区で船橋市の一部と習志野市。千葉県の中でも大きな都市なので「○○ストリート」という名称の場所はあるだろうけど、ちょっとイメージが違う。自ら「ザ・昭和の人間」と言うのであれば、ここは「街角で生まれ」とか「辻立ちで育てられた政治家」とか言う方がしっくりくるのでは。いきなり「ストリート」と言われて、何か人気の無いと言われている若者世代に迎合しているのかとちょっと思ってしまう。
  • この方の好きな言葉No.1と言って良いと思う「熟議の国会」「熟議」という言葉。色々な視点立場から意見を出して議論をして互いに納得出来る妥協点を見つけることは大切な工程であるけれど、場合によっては結論や妥協点が生まれずに時間だけを浪費する結果になることも。自分なりの解釈で言えば、その議論や意思形成の工程で時間をかけることで、互いに理解が深まることもあるだろうけど、多くの場合妥協するにしても時間が掛かることが最大の課題だと思う。国会なんて、国の方向性や国民の生活や人権など重要な議題を話し合うのだから、そうで無くても何かを決めるまで時間が掛かるのが常。それ故軽々しく決定することは許されないけれど、でも時間も無限では無い。有る程度の期限を決めて、そこでベストでは無いだろうけどベターな結果結論を出すのが政治家の最大の仕事だと思う。そう言う意味でこの人達は「熟議」という事を自分達が何か結論や結果を出さない出せない事の言い訳にしている気がします。
  • 高市内閣に対しての熱狂具合、圧倒的な支持率の様子は、確かに小泉政権や第二次安倍政権の時の様子に似ているし、それを引き合いに出すのは良いけれど、それならば自分達が主導して同じ様に300議席を超える大勝利をした「民主党政権」時代の、「ガソリン値下げ隊」とか「最低でも県外」とか「高速無料化」とか「埋蔵金」とか、自分達もかなり反省するべき事があるはず。そこから経験して今反省して、だからこそ今の政治に行かせることもあると思うけれど、そんなことは全く無くて単に相手を否定批判するだけ。
  • 最後の方で「言葉」に拘るのは良いけれど、特に政治家に必要なのは自分の考え、政策、行動規範と言ったことの「言語化」まで昇華させることだと思う。多分この人の頭の中には「郵政民営化」とか「アベノミクス」という「言葉」が頭の中で引っかかっているんだろうけど、自分達の過去の「言葉」も含めて、その中身をどれだけ説明して国民や支持者が正しく理解したかという事が一番の肝のはず。そう言う意味では、国民民主党の方が実績も出しているし「政治」としての工程は正しい気がする。でも、だから選挙で勝てるか、政党として支持が集まるかというとそうで無いのが政治の難しさ不思議さでもあるんですが。
  • 「中道」という言葉を聞く度に思いだすのが、江崎グリコの「カフェオーレ」のCM。
    「強いコーヒー(右派?)もいいけど、優しいミルク(左派?)もステキなの、白黒つけないカフェオーレ(中道?)」というのが、まさに言い得て妙だといつも感じます。カフェオーレの優にほぼ完全に混ざって灰色になるのが良いのか、あるいは少し素材が変わって、コーヒーをコーヒーゼリーに、ミルクをホイップクリームにしたら、カフェオーレの様に完全に混ぜるのでは無く、崩して混ぜて食べた方が多分美味しい。あるいは、フルーツポンチとして食べるのか、それを完全にミキサーにかけた「ミックスジュース」が良いのか、同じ「中道」でも形や様式が変わることで随分違いが生まれるもの。単純に「どちらにも属さない真ん中だから正しい」という思い込みを注入されているように感じるのが、多分不信感にも通じるものがあるように感じます。レバタラだけれど、新党の手前「統一名簿」くらいにして置いた方が、まだ良かったかもしれない。そうすれば、それぞれの主張も残せたし、ある意味選挙区毎の独自性も保たれたんじゃ無いだろうか。

結局は立憲民主党への不満というか不信は、民主党政権時代の反省も改善もせずに、自分達は正しかったという幻想だけでこれまで来ていることなんだろうなぁ。そう言う意味では、同じ根っこの国民民主党は、それなりに反省というか振り返りをして今に至る分、まだまともだと思う。もう少し党首がしっからしたら、とは思うけれど。

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